23 PvP
合戦のイベントから五日。
いよいよ、PvPが行われる金曜日になった。
しかし、その間これといった出来事はなく、敵とのレベル差も開いてしまったため経験値効率もガクッと下がって、ようやくレベル55になったところだった。
といっても、他のプレイヤーたちと比較すればかなり高いことに変わりはない。
俺を除けば、おそらくRUNEのメンバーたちが一番高く、すでに第十三エリアまで足を踏み入れているようだ。
アップデートの周期より、プレイヤーたちのレベルが上がるほうが早くなったため、スタートダッシュの恩恵はほとんどなくなってきていた。
これからは、クエストなどを独占することだってできやしないだろう。むしろパーティではない分、不利になるかもしれない。
しかしもうプレイヤーたちは随分と減っているため狩場はスカスカで、レベル自体は上げていくことができる。VRであることもあって、装備による差を覆すことはさほど難しくはなく、クエスト報酬の武器を無理して手に入れることもない。
《PvP開始1時間前です。30分前になると自動的にフィールドに転送されるため、準備してください》
ウィンドウが開いた。
俺は今週も、プレイヤーが一人もいなくなった始まりの街のレストランで、時間が来るのを待っていた。だから、なにも驚くことはないし、すっかり落ち着いたものだ。
暇つぶしに、ステータスと装備を確認する。
水無月恭弥
レベル 55
HP 5500/5500
MP 5500/5500
最大重量 5495/5500
攻撃 5985
防御 261
移動 663
幸運 30
武器 U 村正
防具 U ラビットレッグ
U フェザーコート
U村正
重量4830
攻撃3040
◇即死ダメージ3%
◇クリティカル10%
◇HP吸収1%
◇切断ダメージ+200%
◇非切断ダメージ-500%
Uラビットレッグ
重量283
防御193
移動248
◇跳躍力+30%
◇幸運+20
Uフェザーローブ
重量382
防御68
◇移動+380
◇跳躍力+20%
◇幸運+10
◇全属性防御5%
重量の制限から、村正を装備するために、鎧と手の装備は外してある。そのため、防御力は前よりも落ちているという悲惨な有様だ。
また、第十三エリアのジャイアントラビットから得られる装備は基本的に防御力が低く、移動が上がりやすいことも影響している。
そのため、たった一撃でも貰えば致命傷になりかねないスタイルでもある。しかし、ローブによって隠されているため鎧の有無が外からではわからないことや、なにより鎧ごと叩き切ってダメージを与えられるこの武器の威力には目を見張るものがあることから、俺はこれでもいいだろうと判断している。
攻撃力強化のスキルを10まで取り終えたこともあって、そこまで深くない傷でもHPを大幅に削り取ることができるだろう。
また、そのほかにもスキル難易度5と最高難易度のスキルセカンドリーパーを取っている。これはスキルの継続中、現在装備中の武器を重量の増加無しにもう一つ装備できるものだ。これにより二つの装備を合算した攻撃力を得ることができる。スキルレベルがまだ1と低いため、今は30%の増加しかないが、上げていけばますます攻撃に特化することができるだろう。
モーション補正が低下するが気になるほどではないため両手に装備してもいいし、単純に攻撃力増加の用途としてだけ用いて、鞘に収めておいてもいい。
もうPvPへの準備は万端だ。
しかし――
「水無月さん、浮かない顔してますねー」
俺の考えを遮るように、朗らかな声が聞こえた。エプロンを身に付けた小柄な少女――アーリンだ。
「心配するな。たとえ俺が冴えない顔をしていようと、代金はちゃんと払うからさ」
「それはもちろんですよ。踏み倒したら、どこまでも追いかけていきます!」
「じゃあ今度からそうしてもらおうかな。一人でいるのにも飽きてきた頃でね」
「そ、それは――そんなことしちゃだめですからねっ!」
アーリンはぷくっと頬を膨らませ、子供を叱るように言う。しかし、彼女が童顔なせいもあって、頑張って背伸びをしているようにしか見えない。
「冗談さ。だいたい、俺と一緒に狩りをしてくれる人なんて、いやしない」
「……そうでした」
重い話をするつもりはなかったのに、妙にしんみりしてしまった。
だから、俺は反省も込めて努めて明るく言う。
「さてさて、今週も締めくくりに働いてくるとするよ」
「はい、いってらっしゃいませ!」
代金を支払い、それからアーリンに向かって微笑んだ。
「今晩の夕食も、楽しみにしてるよ」
他人から見ればあまりにもくだらなく些細な出来事を糧にして、俺はこの世界で生きている。だから今回も必ず、ちっぽけな楽しみのために帰ってくるのだ。
アーリンに見送りされながら店を出るなり、俺はPvPエリアへと転送された。
†
まず襲ってきたのは、熱気だった。
あたりを見回すと、赤茶けた岩がごろごろと転がっており、積み重なって小高い山のようになっている。
どうやら、火山のエリアらしい。
俺は集まったメンバーの様子をざっと眺めると、隅っこのほうで岩に腰かけた。
転送から30分間は、移動できない時間がある。初回や二回目ならば、準備や話し合いの時間として使われていた。しかし今となっては、すでに座して待つだけのものとなっている。
というのも、メンバーが随分と減ったからだ。主に生き残っている者たちは大型ギルドの者たちで、それぞれ連絡も取り合っているため、この場になってから取り立てて騒ぐことはない。
そして俺もまた、誰かとやり取りすることはほとんどなくなっており、連絡もチャット機能を利用しているため、近寄ってくる者はいない。
ただ一人を除いては。
十分ほどたったところで、RUNEのメンバーとの会話を切り上げてこちらに向かってくる女性が一人。柳さんだ。
けれど、なにかを言ってくることもなく、こちらに一瞥をくれると、ほど近いところの岩に腰掛ける。
俺からなにかをすることもないため、なんとも言い難い雰囲気になる。
はたして、彼女はなにを思いここにいるのだろうか。
そうしていると、チャットウィンドウにメッセージが表示される。
『もうすぐ、はじまるね』
『そうだね』
柳さんの文に、俺はそれだけしか返せなかった。自分の返答がどう思われるのか、心配だったのかもしれない。だから、できるだけ短くて、意思がわからないような、同意するだけの表面的な言葉を選んだ。
開始時間の直前になると、プレイヤーたちは一斉に動き始める。支援スキルを用いて、フィールドへの入り口に集まって待機する。俺も同様に動くと、柳さんが俺にスキルを用いた。
ふんわりと、羽が広がるエフェクト。会ったときから使っていたものだ。今では効果も随分と上がっている。
他のプレイヤーも、このときは俺に支援スキルを使ってくれる。協調性がないことはすでに彼らも既知だが、放っておけば敵を倒してくれるのだから、使えることは使える。おそらくはそんな認識だろう。
時間になり、プレイヤーたちの侵入を阻んでいた壁が消えた。
一斉に、者どもが駆けはじめる。
俺は早速、いつものように別行動に出ようとしたのだが――。
一本道が続く。そして向こうには部屋状の、平らな土地。そこからいくつかの道が続いている。ようするに、広い部屋同士を繋ぐ通路があるだけで、基本的には開けた地形ということだ。
これでは潜むとしても部屋の入り口の死角くらいしかなく、奇襲などできやしない。敵がどこかの入り口から来ることがわかっているのだから、敵もそんなことは読んでいるだろう。
逆に、これだけ開けているのなら、一人でいるプレイヤーなど絶好のカモでしかない。
俺は今回ばかりは単独行動を止めて、彼らのあとに続くことにした。危険を顧みない俺といえども、命が惜しくないわけじゃない。無駄死には御免だった。
『珍しいね』
『そうかも』
柳さんが、単独行動をしていない俺のほうを見た。心なしか、距離が近い気がする。
日本人の俺にとって、大和撫子然とした彼女の容姿はなんとなく落ち着くものだ。懐かしさを覚えると言ってもいいかもしれない。
外出せずに海外プレイヤーのアバターを見ることが多かったせいだろうか。
そんなことを考えながら、俺はひょいひょいと安定した足場を上を行く。
ところどころ、中から炎が噴き出すところがあり、さらには崩れるところもあるため、比較的注意が必要だった。
しかし、中々敵が見つかることはない。mobもほとんど存在しておらず、仮にいたとしてもトッププレイヤーたちの前ではなすすべもなく沈んでいく。
そんな時間がしばらく続いたのち、地震と思われるほどの振動が伝わってきはじめた。
しかし周期性はなく、ずん、ずんと震源が近づいてくることから、そうではないことが判明する。
かなり大型のなにかが接近してくる。そこに紛れて、数十人の足音。
『右斜め前方30度の方角から巨大モンスターと敵プレイヤーが接近してくる可能性がある。撤退を勧める』
俺はチャットでそんなことを連絡する。
しかし、かえってきた返事には疑いが含まれていた。
『数十人? どうしてそんなことがわかる』
『足音が聞こえる』
『なにも聞こえやしないじゃないか、大型モンスターのものかどうかもまだわからない』
結局のところ、人は自分のわからないものを信じられないのだ。俺だってそうだ。いきなり他人から言われたことを信じて動くことなんてできやしない。
けれど以前、敵がトレインしてきたmobを擦り付けられたメンバーがいたこともあって、すんなりと受け入れることになった。
そうして一団が動き出す。
できるだけ震源から離れるように、道を選びながら。
しかし、足音を立てすぎたのかもしれない。あるいは、敵に探知スキルを持つものがいたのか。
時間が経つにつれ、震源が追ってくるようになった。
「くそ、振りきれ!」
「もたもたすんな!」
次第に苛立ちが混じり始める。
もう時間の半分くらいは走り続けているかもしれない。しかも、道が塞がっていることが多くなってきた。移動できるルートがどんどん減っているのだ。
そして向こうには、二つの道が見えてきた。
『左側は塞がっている可能性がある。右に行った方がいい』
おそらく、巨大モンスターが道を破壊しながら移動している。俺は音から敵の移動ルートを把握し、頭の中にあるマップ上を繋いだ上で、チャット機能を使用。
『おい待てよ! 右から音が聞こえるじゃねえか!』
『さっきは通れたんだ、左に行くべきだ!』
確かに右側から音が聞こえてくるが、敵の進行速度を考えればぎりぎり切り抜けられるはず。
しかし、一度勢いづいたものがしぼむことはない。もともと、俺に対する反感は大きかったのだろう。だから、感情的に反発せずにはいられなかった。
俺だけ別のルートを取ることもできたが、いかんせん、敵の足音がばらけつつあった。しかも、逃げているのではなく追っているようなものも感じ取れる。
ようするに、誰かが囮となっているのなら、そこを背後から見つからないように追い続ければ安全、という考えだろう。となると、敵の聴力はあまり高くないが、脚力と持久力に優れている、ということになるのかもしれない。
向こうが続いていることを祈りながら、俺は最後尾を行く。
けれど、そんな期待は裏切られることになった。案の定、道は閉ざされている。
「くそ! こっちじゃねえ!」
「お前だろうが、選んだのは!」
罵詈雑言が飛び交いながらも、誰も行動はできなかった。
足音が、唯一の退路から近づいてきているのだ。
俺は刀を抜き、構える。もうすぐ、敵プレイヤーが率いるモンスターがやってくるはずだ。
こんなときであっても、俺はひどく冷静だった。結局のところ、すべきことは敵を倒すだけだから。
向こうの入り口から、プレイヤーたちが現れた。その顔はすっかり疲れ切っているようだったが、こちらを見て僅かに笑みを浮かべた。
それは敵をなぶり殺しにするときのものではない。僅かな希望が見えたときのものだ。
プレイヤーたちは一斉に、敵目がけて遠距離から矢を、石を、スキルを放った。
降り注ぐ攻撃に、敵が貫かれていく。一人が絶命した。一人が致命傷を負い、慌ててポーションを口にする。
そして敵が入り口の死角に隠れた瞬間、向こうから巨大な顔を覗かせるものがあった。
《火竜 レベル341》
人の三倍はあろう体高。巨大な顎に、涎の滴る牙。
矢の一本が鼻先を掠めていくと、ぎょろりと剥いた瞳が、新たな獲物へと向けられた。




