19 死霊の王
敵が近づくにつれ、腐臭が強くなる。
リビングデッドどもは、各々の武器を振りかざしながら、こちらに向かってくる。動きはそこまで早くない。
眼前まで引き付けて、敵が武器を振るうなり急停止。空振りさせた直後、俺は剣を振るう。
鎧が砕け、腐肉が飛ぶ。
しかし、体力が高いのだろう。それだけでは消滅しない。すぐさま振るわれた武器を仰け反りながら回避し、剣を一閃。
まだ死なない。
すでに他のmobも集まってきていた。囲まれる前に俺はバックステップで距離を取る。
そして全体を見渡せるほど距離を取った瞬間、レイスが杖を掲げた。そして、まばゆい光が放たれる。
炎だ。赤々とした炎が、円形の一室の中央に鎮座していた。
やがて杖が振り下ろされると同時、赤い揺らめきが俺目がけて突き進んでくる。
直撃すれば、一気に体力を持っていかれるだろう。ややもすると、固定ダメージの可能性が高い。となると、防御関連をほとんど上げていないため、数発も耐えられないかもしれない。
俺はすぐさま弧を描くように移動。すんでのところで炎を回避する。俺の移動した軌跡に、火が灯った。
が、安堵してなどいられない。目の前にはリビングデッドが待ち構えている。
俺は剣を掲げ、一気に踏み込むなり、敵の首を一撃で叩き落とす。大抵のmobはこれで沈黙する。しかし、やはり死肉ということもあって、簡単に動かなくなることはなかった。
それから数度、敵を切りつけて強度を確認。剣ではろくに戦えないことが判明する。
さて、試してみるか。
俺は武器をボーンクラッシャーに変更。そして敵をできる限り引き付けておく。その中に、レイスもあった。俺を見つけるなり、鎌を大きく振りかぶって投擲してくる。
ぎりぎりのところで回避するも、首に直撃していれば、すでに地面は血の海になっていただろう。
緊張感が高まっていく。
俺はスキル「パワーチャージ」を使用。mobは全方位を取り囲んでおり、もはや逃げ場はない。いや、あえてそうしたのである。
敵を巻き込める範囲を確認してから、スキル「フィールドブレイク」を発動。地面に突き立てられた槌の周囲が割れ、岩石が敵を貫く。
「くっ……!」
全身に痛みが走った。ボーンクラッシャーの効果である、HP減少が理由だ。思わずステータスウィンドウを確認する。
《HP2405/3700》
これは予定通りの減少だ。フィールドブレイクのあたり判定は一回。そして敵の数を35体とすると、ぴったりになる。
俺はポーションを取り出し、一気に飲み干す。瞬時回復でクールタイムが存在するものではなく、どれほど飲もうがゆっくりとしか回復しないタイプのため、しばらく攻撃を受け続けるのは避けたい。
それから、大量に流れていったウィンドウの残滓を確認。
……
獲得経験値 35.7
次のレベルまで1324
獲得経験値 35.3
次のレベルまで1288.7
一気に三割以上の経験値が入ってきた。もしかすると、これでは湧きが悪いかもしれない。
そんなことを考えていると、目の前に鎌が迫ってくる。すかさず「ステップ」によって回避。冷たい刃がすぐ横を通り過ぎていった。
ヘイトが貯まったらしいレイスが、俺のほうへと頻りに接近してくる。けれど、まだ奴を倒すには早い。攻撃パターンが読めないだけでなく、ここの狩場としての性質を把握していないからだ。
俺はレイスに背を向けるなり、リビングデッドの残党へと襲い掛かる。まだパワーチャージの効果は切れていないため、スキル無しでも数度叩けば倒すことができた。
そうしてレイスと一対一になると、奴は杖を掲げ、絶叫する。刹那、金属音が響き渡った。どうやら燭台が破裂したらしく、灯りがなくなる。
周囲は完全な闇に包まれた。
もしかすると、すべてのリビングデッドを片づけることがこのステージに移行する条件だったのかもしれない。ならば、パーティのうち一人が、mobを隔離しておく役割を担うのが定石となるだろう。
が、そんなことは俺には関係がない。
すぐさま地面を蹴りつけ、指を鳴らす。敵の位置を確認。
真っ直ぐに飛び込むなり、鎌が俺の頭を狙ってくる。だが、武器の性質上、懐に潜り込んでしまえば当たることはない。
ボーンクラッシャーを振りかぶり、足を僅かばかり浮かせて「エアリアルステップ」で距離を詰める。
そして「スラスト」を使用。すさまじい勢いで放たれた骨の頭がレイスにぶち当たると、俺の倍近いあろう巨体が飛ばされていった。壁面に衝突すると、そのままだらりと倒れ込む。
好機と見るや否や、俺はさらに勢いづく。そして接近するなり、「スラッシュ」を用いて思い切り柄を振り下ろす。
すさまじい衝撃とともに、骨が砕ける音がした。斬撃に適したスキルであるスラッシュと、このハンマー型の武器は相性が悪い。モーション補正は減ってしまうが、スキル補正のほうがやや上回っており、本来の武器と相まってこのような結果になったのだろう。
更にもう一撃、と振りかぶったところで、レイスが杖を向けてきた。炎が生じる。真っ暗な闇が突如切り裂かれ、あまりの眩さに俺は目を閉じた。そして素早くサイドステップを取ったが、肩口を炎が掠めていった。鈍い痛みが体を苛む。
《HP 1453/3700》
リビングデッドを蹴散らしたときの影響が残っているとはいえ、途方もない威力だ。直撃していれば、一撃ですべて持っていかれていたかもしれない。
それだけじゃない。これによって、プレイヤーたちはせっかく慣れた暗闇から、再び遠ざけられることになる。順応にはまた時間がかかるはずだ。
けれど、次に取った俺の行動は、目を瞑りまたもやボーンクラッシャーを振り抜くことだった。舌打ちし、反響音から敵の位置を確認。こちらに向けているレイスの杖を持つ手に、ハンマーを直撃させる。関節が砕け、杖が宙に舞った。
俺はそれを蹴飛ばしてレイスから遠ざけ、自身もやや後退する。
おそらく、敵はあの杖がなければスキルを発動できないのだろう。ならば、奪ってしまえば攻撃パターンが変化するはず。
案の定、レイスは鎌を振りかぶり、直接俺へと襲い掛かってきた。
さすがに体力の減少もある。俺は武器を剣に持ち替え、鋭い敵の一撃を受け止めた。
こうしている間に、リビングデッドが湧くことはない。もともとリスポーンしないのか、はたまたすべて片づけてしまったことが理由か。
いずれにせよ、あまり長引かせる必要はない。片腕になった死神へと、俺は剣を数度打ち付けた。そのたびに骨が砕け、悲鳴が上がる。
やがて、炎が生み出されることもなく、沈黙が訪れた。
獲得経験値 2543
レベルアップ!
次のレベルまで2545.7
クエスト達成
獲得経験値 8000
レベルアップ!
次のレベルまで2445.7
クエスト
依頼主 地下道 盗賊の一味
要求 死霊王レイスの討伐の報告
レベルが上がった。それもたった一度に、3つもだ。レベル40に到達したことで、さらなる高レベル帯への移動も可能になるだろう。ここでの狩りも悪くないが、もっといいところがあるなら、それに越したことはない。
俺は帰ろうかと思い至ったところで、ふと思い出す。まだ、お宝をもらっていないのだと。
どこだろうかと探していると、軋む音が聞こえる。地下への扉が開いたのだ。
そちらへと進んでいくと、小さな研究室らしき場所があった。書物などを一つ一つ見ていく。
獲得アイテム U死者の槍
32万ゴールド
U死霊使いのローブ
N鎧の破片
U炎の魔導書
使えるものと言えば、これくらいらしい。俺は一つ一つ確認していく。
U死者の槍
重量2230
攻撃1024
◇即死ダメージ1%
◇クリティカル+35%
U死霊使いのローブ
重量783
防御120
◇全属性防御20%
◇浮遊
U炎の魔導書
スキル「フレア」を習得。
おそらく、スキル「フレア」はさきほどレイスが使っていたスキルだろう。こういうものは大抵、一つしかないスキルというわけでもなく、別のmobからドロップする、あるいはのちのステージで獲得することができる。だから早めに手に入れられるくらいしかメリットはないのが一般的だ。
とはいえ、あれだけの威力が出せるならありがたいことこの上ない。基本的に俺は攻撃力自体を上げており、MPを使用することが少ないため、有り余っている。
それから、通常時使用する武器として、死者の槍は有効だ。クリティカルと即死があるため撲滅速度にばらつきが出てしまうが、単純な攻撃力自体も高い。
最後に死霊使いのローブだが、これはいまいちだ。属性防御があるのはありがたいのだが、移動の上昇がなく、これといったメリットもあまりない浮遊の属性がついている。
ためしに装備してみると、ふんわりと体が浮き上がった。ある程度高低を調節できるが、地面を踏み込めないため、力が入らない。
「ネタ装備だなこれは。一つくらい仕方がないか」
俺はここでの接収を終えると、やることもなくなったので踵を返す。
円形の広間を抜け、長い一本道を進んでいく。すると、格子戸の向こうに蠢くモンスターの姿を発見する。
《クエスト失敗》
そんなウィンドウが開くとともに、呻き声が聞こえてきた。リビングデッドだ。おそらくだが、このフィールドにはリビングデッドは存在していなかった。だから、俺が行って帰ってくる間に生じたことになる。そして、クエスト失敗の文字。
それらが意味するところは――。
俺は死者の槍を手に取った。ずっしりと重く、しかしバランスがいい。
くるりと穂先を翻すと、次の瞬間には突きを放った。リビングデッドは抵抗することもなく、その場に頽れた。
せめて安らかに。
俺はいつもよりも素早く、敵を仕留める。
獲得経験値 1
次のレベルまで2444.7
もう、そこに動く者の姿はない。
俺は出口に向けて、歩き出した。ふと、柳さんの言葉が頭の中で反響した。
「躊躇、しないんだね」
確かな彼女の声音で、俺に囁く。
一度だけ、足を止める。そして俺は、頭を振った。
「そうさ。そうだとも」
もう振り返らない。一人だけの靴音が、地下道に響き渡った。




