17 すれ違い
第十一エリアでの狩りは、かなりの高効率をもたらしてくれたため、夕食を取りに街に帰る頃には、すでにレベルが上がっていた。これまでまずい狩場にいたこともあって、感動はひとしおである
ほくほく顔で駆ける俺の脚には、自然と力がこもるというものだ。
このAWOの世界では、転移ポータルによってエリア間が繋がれているが、だからといって超距離感を一瞬で移動することはできないため、街には自力で移動するしかない。
この時間をロスと考えるか、それとも息抜きと考えるかは人それぞれだろう。以前の俺ならば、間違いなくレベリングの機会損失と捉えたに違いない。けれど今は、生きるために必要な時間でもあった。
俺はPvPを終えた日から、比較的近い沼地の町ではなく、始まりの町まで帰っていた。これも俺の心境に変化があったからだろう。俺自身、どんなものか、いまだ測りかねているものでもあるのだが。
そんなことを考えていると、ポータルが見えてきた。そこに一歩足を踏み入れると、次の瞬間には始まりの町の常夜灯が輝いていた。俺はあたかも光に引き寄せられるように、街中へと歩みを進める。
もうパーティの姿はほとんどない。きっと、もう狩りなど止めてしまったのだろう。この町には、夜遊びをするような場所もない。だからさっさと寝てしまうか、ねんごろになった人がいればともに夜を過ごすのだろう。そう考えると、人によってはひどくつまらない世界なのかもしれない。
変わり映えのしない街並みが通り過ぎていく。毎日毎日、同じ景色を眺めながら歩く。
けれど、俺はこの町が嫌いではない。暗闇の中で必死に輝く街灯は頼りなくも美しいし、道行く人々の顔には変わらぬ笑顔がある。
そうしているうちに目的の食堂に着くと、扉を押し開けて中に入った。からんころん、と小気味いい音を立てて、鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ! ……あ、水無月さん、こんばんは。おひとりですか?」
ウェイトレスの女の子が、ぱたぱたと駆けてくる。小柄な少女で、ややもするとまだ子供に見える。けれど、フリルのついたエプロンを身に付けていることもあって、れっきとした店員だ。
俺は最近、朝昼晩とこの店に通っていることもあって、すっかり顔を覚えられていた。
「こんばんは、アーリンさん。俺がほかの人と一緒にいることなんて、めったにないじゃないか」
冗談めかして言うと、アーリンはふっくらした頬をますます膨らませながらも、からかうような笑みを浮かべた。
「えー。水無月さん、前に女性と来てたじゃないですかぁ。どんな関係なんです? たしか二人でしたよね」
「よく覚えているね。どちらも、業務上で知り合っただけだよ。毎日狩りしかしていないんだから、それしかないだろう」
「そうなんですね。うん、そんなところも水無月さんらしいですよ」
「俺の唯一の個性だからね」
そんなやり取りをしてから、俺は席に案内される。アーリンは俺の注文を聞くと、店の奥へと向かっていった。
再び一人になると、なにをするでもなく天井を見上げた。ぼんやりとした明かりを見つめながら、物思いに耽る。
俺はこうして毎日、変わらない生活をしている。なんの変化がなくても、延々と続いていくことだろう。ならばNPCとの違いとは、なんであろうか。
なににも動じることはなく、ただ狩りを続ける俺は、どうやらゲームにのめり込んでいるプレイヤーたちから見てさえも異常らしい。
どう見られているかなど、気にするほどのことではない。しかし、疑問を抱かずにはいられなかった。むしろ俺は、この世界が変わることのほうを恐れているのではないかと。俺が熱中できる世界が変わってしまうことを不安に感じているのではないかと。
きっと、オンラインゲームに興じたことがあるものならば、一度は覚えたことがあるだろう。このまま楽しい時間が続けばいい、余計なアップデートはなにもいらない、と。けれど、大抵そんな願いは続かない。サービスが終了したり、アップデートでめちゃくちゃにされることも理由ではあるが、大方の理由は飽きてしまうからだ。最後の最後まで、一つの世界に執着し続ける者なんて、滅多にいない。
俺はいつまでこの世界に興じていられるだろうか。いつまで変わらずにいてくれるだろうか。そんな詮無きことを考えていると、アーリンが注文していた料理を持ってきた。
「お待たせしました! ……水無月さん、そんな顔もするんですねー」
「あ、どうも。って、普段はどんな顔だと思ってるんだ?」
「無愛想で、ちょっと目つきが悪くて、あまり自信がなさそうな感じ?」
「うわー、最悪じゃないか。気を付けることにする」
女の子に正直な感想を述べられてしまうと、昔の嫌な思い出がよみがえってくる。
そんな俺を見て、アーリンは口元に手を当てながら、可愛らしく、くすくすと笑った。
「そんな本気にしないでくださいよ。たまーにしてる、真剣な顔、嫌いじゃないですよ」
俺がしっかり視線を向けたときには、すでに彼女は背を向けていた。去っていく彼女の後姿を、しばらく眺める。
……小振りながら、形のいい尻だ。
つい、おっさん染みたことを考えてしまってから、俺は料理に手を付け始めた。
†
食事を終えてから外に出ると、気温がますます下がっており、やや肌寒さを覚える。けれど、動いているうちに慣れてくるだろう。剣を握っていれば、気になりはしない。
俺はすっかり気力も高まって、どんどん狩っていけそうな気分だった。我ながら、実に単純なものである。
早速一歩踏み出すと、向こうから歩いてくる人物に目が留まった。柳さんだ。
「あ……」
「こんばんは」
俺は小さく頭を下げる。柳さんもまた、お辞儀した。少し視線を逸らしながら。
ふわり、と長い黒髪が揺れる。もう狩りには出かける予定がないのだろう。スカートなど、女の子っぽい格好をしていた。
それからお互いに言葉もなく、すれ違う。もう、彼女の姿は前にない。
「あの……!」
柳さんがいつになく強い口調で、後ろから俺を呼び止めた。振り返ると、後悔したような、怯えたような彼女の顔が目に入った。
可愛らしい顔立ちは、異様な必死さに乱されていた。
俺はどうしていいのかもわからず、彼女の言葉を待った。けれど、彼女はきゅっと口を結ぶと、俺にスキルを使用してから背を向けて、逃げるように駆け出してしまった。
柳さんの姿が、街角に消えていく。もう追うことはできなかった。
俺はまだ残っている、羽のエフェクトが消えていくのを、じっと眺めた。それから、ウィンドウを開くも、一向に指は動かない。これを使えば、いつだって彼女と連絡を取ることはできる。
たった一言、聞くだけでいい。なにか言いたいことがあったのではないかと。
しかし、補助スキルが切れてしまうときになってもまだ、俺は動けなかった。随分長い時間だった。これをメインに上げているのかもしれない。
結局、もやもやしたものを抱えながら、ウィンドウを閉じる。そしてこれまで通り、すべきことをなさんと、西のポータルに足を踏み入れた。
今日も、俺は一人でmobを狩る。
誰もいなくなったエリアで、幾度となく飽かず襲い掛かってくる敵どもを、蹴散らすのだ。
そう言い聞かせるも、やはり心のつっかえは取れなかった。




