16 三週目
昼下がり、俺は昼食を取っていた。同席しているのは、シスターさん――エルフリーデさんだ。
あの教会を訪れる者は多くないらしく、毎日何度もスキルを習得すべく、足しげく通っているのは俺くらいだそうだ。だから、自然と彼女との付き合いも増えた。今日は、丁度お昼の時間だったので、こうして誘ってみたのだ。
そんなエルフリーデさんも、今は私服姿だ。大人しめのロングスカートに、カーディガンを羽織っている。取り立てて言うべきほどのものではないが、彼女の温顔にはよく似合っていた。
「水無月さんは今日もお出かけですか?」
「ええ。それしか能がないので」
だから必死に狩りを続けてきた。けれど、あの日から少しばかり心境には変化があった。
できるだけ人目を避けるよう、行動は夜が中心になった。この世界では疲労も反映されているため、さすがに何日も不眠不休で動き続けることはできない。だから人の多そうな昼前にはいつも寝ており、ようやく起きてきて活動を始めたところだ。
けれど、そんな習慣も三週目に入った今、なんの意味もなさなくなってきている。
たった二度のPvPを経ただけで、プレイヤーたちの数は半数以下にまで減っていた。俺は交流を持っていないため、どうなっているのかはわかっていないけれど。だから、どこに行っても過疎状態なのに変わりはない。
そして、こんな時間を取るようになったのも、もしかすると俺の孤独が理由なのかもしれない。たいして意識することもなかったが、どこかで人との交流を求めていたのだろうか。
「さてと、そろそろ俺は行きますね。付き合ってくれてありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、御馳走になりました。頑張ってくださいね」
エルフリーデさんは微笑む。俺はそれだけで、今日も一日頑張ろうと思うのだった。
「またお暇ができたら、会いに来てください」
きっと、社交辞令なのだろう。そうであっても、俺は純粋に嬉しかった。こういう経験をすることは、今までなかったのだから。
店を出ると、俺は西へと移動する。
PvPのたびにマップは解放されるらしく、前回のPvPでは南側に広がった。一方、今回では南に広がらなかったため、おそらく北に進めるようになったはずだ。
となると、かつて進めなかったあの砂漠を通過していくことになる。
俺のレベルは現在35だ。初日に18まで上げたことを考えると、あまり上がっていないように見える。しかし、さぼっていたわけではない。俺が息抜きするのは、昼食と夕食のときだけ。このスタイルは変わっていない。単純に必要経験値が増えたため、上がりにくくなっただけのことだ。
第三エリアまで一気に駆け抜けて、そこから北のポータルへと向かう。
途中、グリーンタートルが群がってくるも、甲羅を蹴りつけただけで倒すことができるようになっていた。それだけ、俺の攻撃力は上がりに上がっていた。
そして第十エリア、以前は命からがら逃げだした砂漠に足を踏み入れる。
だだっ広い砂漠には、紫がかったサソリの姿があった。俺は遠距離から弓を構え、気付かれないうちに矢を放つ。
命中すると、そのモンスター、デススコーピオンはこちらへのヘイトを高めて向かってくる。移動速度が遅いこともあって、俺は数度矢を放ち、距離が近くなるとスリングに持ち替えて岩石を当てていく。
やがてぐしゃりと潰れて体液を噴き出すなり、消えていった。
獲得経験値 11.2
次のレベルまで2821.5
獲得アイテム Nサソリの尾
硬いだけ硬くて、経験値は大して入らない。ここのエリアは外れなのだろう。以前にも来たが、効率が悪すぎてまだ前のエリアのほうがましだったのだ。
初期の低レベル状態でも侵入できる高レベルエリアは、得てしてそういうものだ。レベルが上がってから期待していくも、そのまずさに幻滅するのである。
俺はさっさと通り過ぎるべく、足に力を込める。
しかし、どうやらこのマップはかなり広大だったらしい。ポータルを見つけたときには、すでに三時間ほど経過していた。
第十一エリアに足を踏み入れると、俺の目の前には廃墟が広がっている。
ざっと辺りを見回して敵がいないことを確認し終えると、俺は全体チャットを開いた。そして第十エリアの情報をざっと書き込んでいく。
敵の位置、有効な攻撃、ドロップアイテムなどだ。
俺自身にとってはなんの利もない行為だ。情報を与えるだけなのだから。まして、自慢だと非難する者もいる。
以前の俺ならば、考えられなかったことだろう。彼らにも頑張って貰わねばならないほど、状況はあまりにも悪かったというのは、俺にとっては些細な理由にすぎない。最後の一人になろうと、やることはなんも変わらないのだから。
今は追い付かれて狩場を占領されることはないというのもあるが、心境の変化が大きい。
彼らと自分では、同じくプレイヤーでありながらまったく違うと感じることが多くなったからだ。もちろん、技術や情熱という観点からすれば、完全な上位にいることは間違いない。しかし彼らは、人生のすべてを投げ打って、あらゆる娯楽や自由を踏みにじってまで、魂を捧げられるかと言われたら躊躇してしまうだろう。
そこが、決定的な違いだ。
しばらくすると、返信があった。柳さんだ。
『情報ありがとう。順調に進んでいるね』
返すかどうか悩んで、結局やめた。俺と親しくしていると思われたら、彼女にまで不満を露わにする者がいるかもしれないから。彼女はあくまで、「情報を提供する俺に形式的に礼を言っている」べきなのだ。
「さて、やるか」
自分自身に向けて告げる。そして剣を手にするとフィールドを探索し始めた。
がれきが転がっており、どこか物寂しい風景が続く。すると、ややクリーム色に近い頭蓋が、崩壊した壁の向こうに見えた。
《スケルタル・ソードマン レベル36》
レベルは高いが、問題はない。
俺はすかさず距離を詰め、背後から一気に切り掛かる。しかし、骸骨はさっと飛び退くと、直撃を回避する。
剣は肋骨を二本切り裂いていく。にもかかわらず、骸骨は勢いよく剣を振り乱しながら迫ってきた。脳もなければ神経もない。だから痛覚などというものはないのだろう。
どこで感知しているのだろう。そんな疑問が浮かぶが、いかに考えようと分かり得ることではない。
喉を狙った突きを回避し、すかさず相手の腕を切り上げる。勢いよく音を立てながら、上腕骨が飛んでいった。
立て続けに数度切り付けると、いよいよHPがなくなったのか、敵は消滅した。
獲得経験値 15.8
次のレベルまで2805.7
獲得アイテム N骨の欠片
敵はこれまで戦ったmobの中では飛躍的に強くなっているが、狩れないほどではない。経験値や硬さは申し分ない。
そして、湧きもだ。
物音を聞きつけて、骸骨どもはからからと音を立てながら近づいてくる。その数、およそ五。槍やメイス、ハンマーなど様々な武器を手にしている。
このマップは障害物が多いため、上手くやれば一対一に持ち込める反面、囲まれるとどうしようもなくなる可能性がある。
俺は数度舌打ちし、反響音から周囲の状況を探る。
そして敵との距離が近くなると、比較的広い場所に移動してスキル「パワーチャージ」を使用。30秒間、攻撃力が30%上昇するというものだ。「攻撃力強化」をひたすら上げ続けて派生するスキルであり、まさに俺のスタイルに合っていると言えるだろう。
迫ってきた剣を弾き返し、横薙ぎの一閃を放つ。骨が砕け散り、欠片が舞う。
俺は群がってきた骸骨どもの中に飛び込んだ。数本の剣が俺の体を掠めていく。
鋭い痛みがやってくるも、俺の頭はそんなことなどどうでもいいとばかりに、周囲の情報だけを淡々と処理していった。
そして適切な距離になる。
俺はスキル「フィールドブレイク」を使用。剣を地面に突き立てた。
瞬間、周囲の地面が割れ、岩石などが飛び出していく。俺の周囲二メートル内にいたモンスターは、貫かれ消滅していった。
範囲スキルで基本ダメージに補正はかかりにくいとはいえ、俺の攻撃力がそもそも奴らに比すと高すぎるのだ。
俺は残党を素早く仕留めると、すぐさま駆け出した。30秒は思っている以上に長い。敵を見つけるなり飛び掛かり、相手が構えた剣ごと粉砕して叩き切る。
強引なプレイさえも可能にする圧倒的な攻撃力。防御を犠牲にしてもいいと思える爽快感がそこにあった。
スキルの効果が切れるなり、俺は回復ポーションを飲む。基本的には敵の攻撃を回避、あるいは死なない程度に体当たりしながら狩ってきたのだ。敵の攻撃が激しいとき、すべてを回避しようとすればかなり時間がかかってしまう。それより、多少の傷を負いながら攻勢に出たほうがよほど早い。
スキルのクールタイムが終わるまでのんびりと狩りをしつつ、準備が整うと一気に敵を蹴散らす。この繰り返しで、俺はどんどんと経験値を貯めていった。




