13 意識
俺は重い瞼を気力で持ち上げながら、昼飯を口にしていた。
結局、昨晩は深夜に一度どこかで休息を取ろうと思ったのだが、宿はどこもあいていなかったため、一晩中狩り続けることにしたのである。一日や二日くらい、徹夜してもなんともないだろうと思っていたのだが、どうやら疲労感は想像以上に溜まったらしい。しかし、経験値も随分と貯まったのも確かだ。
俺のレベルはたった一晩で、19まで上がっていた。我ながら、よく効率を落とさなかったものだと感心する。いや、実際にはすでに落としてしまっていたのかもしれない。計算上は、20まで達成できるはずだったから。
なにより、虎型モンスターのいる第五エリアでの適正レベルも越えてしまっており、どうやら解放されているマップはほかにないらしいということで、これから先の狩場に困ったことが大きい。
どうしようか、などと思いながら茶を啜り、パンを口に放り込む。
そも、こうしてぼんやりと飯なんかを食っているのは、PvPがこれから行われるからだ。しかし、誰も知り合いがいない俺はどうすればいいのかいまいちわかっていない。
とりあえずできることと言えば、装備などの確認くらいだ。俺はステータスウィンドウを開く。
水無月恭弥
レベル 19
HP 1900/1900
MP 1900/1900
最大重量 1854/1900
攻撃 645
防御 315
移動 183
幸運 0
武器 U タイガーサーベル
防具 SR 虎の皮鎧
SR 虎の皮手袋
U クラブレッグ
U ブラックコート
初期と比べると非常に心強くなっている。しかし、ユニークではなくスーパーレアが混じっているのは、夜間でクエストが受けられなかったからだ。ユニーク品はクエストが一番手に入りやすい、とこの一日間の経験が物語っている。
そのため、モンスタードロップ品のほか、鍛冶屋で作ってもらったもので間に合わせている。
そしてスキルのほうは、攻撃力強化を6まで上げ、攻撃スキルを取った。相手を突き飛ばす「スラスト」と、強く切りつける「スラッシュ」の二つだ。
したがって、このような超攻撃重視のステータスになったのだ。効率重視の結果とも言える。
それにしても、ほかのプレイヤーたちはどれほど進んでいるのだろうか。夜間に第五エリアでパーティは見かけなかったから、俺とは離れているかもしれない。
しばしぼうっとしていると、女性の声が聞こえた。
「あ、水無月さん。こんにちは」
振り向くと、アリエルさんがいた。あのときとは違って元気そうで、笑顔が眩しい。
覚えていてくれたことに喜びつつ、俺は返事する。
「こんにちは、アリエルさん。今日はどこかお出かけですか?」
「いえ、買い物ですよ」
そういって、彼女は手にした買い物かごを見せる。
こんな家庭的な姿もいいなあ。眠気のせいか、俺はだらしのない考えばかり浮かべる。それから少しだけ、彼女と並んで話をする。
今日のお天気だとか、街で流行のお花だとか、実に他愛もない話だ。けれど、俺はその平穏さに、浸らずにはいられなかった。
「あ、ごめんなさい。つい話しすぎてしまいました」
「いえいえ、楽しかったですよ。また、お話しましょう」
俺はプレイヤーたちには全然言えなかった言葉を、すらすらと述べることができた。きっと、俺の中にまだつっかえて取れない意識があるからだろう。彼女たちと自分は違うのだという。
手を振るアリエルさんに、俺も振り返しながら、そんなことを思った。
と、警告ウィンドウが開いた。
《PvP開始1時間前です。30分前になると自動的にフィールドに転送されるため、準備してください》
どうやらそういうことらしい。俺はポーションなどをチェックする。念のため100個近く用意したため、問題ないだろう。そもそも、回復速度はレベル依存で基本的に固定なため、たくさん使用したところで、回復が早くなるわけではない。だから、そこまでの量は必要にはならないはずだ。
それから少しだけ、俺は他のプレイヤーたちの姿を見て回った。装備から察するに、レベル6から12といったところだろう。あまり熱心に狩りをしたものはいなかったのかもしれない。確かに、VRMMOの性質上、プレイヤースキルが重視されるところはある。けれど、圧倒的なレベル差がついてしまうと、倒せないことはないが、やはり不利になることに変わりはない。
そうしていると、全体チャットで連絡が回ってきた。転送されたのち、ある程度グループでまとまろうとのことだった。
俺は異論もなく、ウィンドウを閉じる。
そして日の眩しさに体を委ねていると、景色が変わった。
†
岩肌で囲まれた空間に、百人ものプレイヤーがおしこめられていた。たった一か所だけの入り口には、半透明の扉が存在している。おそらく、PvPの開始とともに開くのだろう。
各ギルドのマスターたちが中心になって、人を集めていく。全体で一つのチームだが、パーティを組めば、パーティ内全体に有効な支援スキルが働くなどのメリットがある。
しかし、当然のことながら、俺はギルドになど所属していない。ぽつねんと立っていると、同様に余った者たちで顔を見合わせることになった。
「あ……ども」
「えと……」
「お願いします」
どうやらもともとソロでやっていたらしい二人と、とりあえずパーティを組む。俺は申請を受け取るなり受諾。
メンバーの名前などが表示される。
一人はトゥーレ・ラウリ。俺にはどこの国の名前かはよくわからない。彼は金髪に西欧っぽい顔立ちをしていた。アバターとはいえ、違和感をなくすべく現実の肉体に寄せる傾向があった。だから、そんなところだろう。
もう一人は柳明日香。名前的には日本人だろう。見た目も長い黒髪を束ねていたり、茶の瞳だったりと、合致する部分が多い。
可愛らしい顔立ちをしているが、どうにも目を合わせようとしない。彼女も俺と同じく、人付き合いが苦手でソロになったのかもしれない。
「えっと……これは相手を倒せばいいだけなんだよね?」
「そう、だけど……」
「パーティごとに動くらしい。けど、俺たちは三人で動くことになる」
俺の疑問に、トゥーレが答えてくれる。それから今後の予定などを少々。しかし、なぜそのようなことを知っているのかと尋ねると、どうやら初めに集まったとき、グループチャットを開始していたからのようだ。全体チャットではなく、そちらを主流に使っていたため、俺にはまったく連絡が来ないことになっていたと。
俺はかつてクラスで、自分にだけ連絡が回ってこなかったときの嫌な経験を思い出して、思わず顔をしかめた。
ともかく、まずはフィールドの探索から始めることになる。相手チームとの距離もどれだけあるのかもわかっていないからだ。
とりあえず、俺たち三人は日本の有名ギルド、黒衣のSAMURAIのメンバーたちと同行することになった。しかし、いかんせん口下手なこともあって、彼らとの会話になど入っていけやしない。
しかし、今回はグループ内で纏めた情報を全体チャットで伝えたりしているため、俺のところにもマップなどの情報が入ってくる。
ときおりモンスターも襲ってくるが、やはり世界大会出場メンバーだけあって、ほぼ無傷で仕留めていく。
延々と続く道を十分ほど、いくつかの分岐を経ながら進んでいくと、いよいよ他のグループから交戦の報告が上がり始めた。
となると、相手の速度が速かったのか、あるいはここらが両チームの中間地点ということになる。
気を引き締め始めると、いよいよ相手チームの男が見え始めた。髭を生やした中年男性がたった一人だ。
しかし彼は両手を上げたまま、左右を森林に囲まれた一本道をこちらに向かってくる。降伏の意を示す行為だが、はたしてどうだろうか。
「俺は降伏する! こんな戦い、望んだわけじゃないんだ!」
一同の視線が、彼に集まる。黒衣のSAMURAIのマスターが前に出て、男のところに行く。
「本当に、戦いを止めると言うのだな?」
「ああ。だから剣を納めてくれ」
マスターは振り返り、他のメンバーに意見を求めた。彼の処遇をどうするのかと。黒衣のSAMURAIメンバーたちに動揺が走る。
一方で俺はそんな姿を見ながら、周囲の風景を眺めていた。俺がなにか口出しすることなんてないだろうから。そもそも、たった一人の意見など、黙殺されてしまうだろう。
しかし、だからこそ気付くことがあった。
足音だ。しかも複数。
できるだけ音を立てないようにしている者もいるようだが、いかんせんmobらしき軍団の音までは消せていない。
mobを引きずって移動するトレインだ。巻き込まれたら、無事では済まないだろう。
「トレインしながら向かってくる者がいる。ここから離れたほうがいい」
俺はパーティメンバー二人にだけ告げるなり、この場から離脱する。こんな集団を素早く動かせるような技術は、俺にはなかったからだ。
気付かれないよう集団から距離を取っていく。すると、柳さんも一緒についてきた。トゥーレはなにやら、そこに残ったままだ。
俺は五感をできるだけ働かせ、足音の辿るルートを予測する。
そして足音が近くなるなり、木々の影に身を潜めた。柳さんも同じところに隠れたため、体が密着する。
小柄だと思っていたが、痩せぎすということはなく、出るとこはしっかり出ている。女性らしい柔らかさに俺は思わず生唾を飲み込んだ。
が、そんなのんきなことを考えていたのは俺だけだったのだろう。文字によるチャット機能で、柳さんが俺個人に伝えてくる。
『どうするの?』
『まだわからない。mobによって混戦になったとき、敵がここから離れようとするならば、一人ずつ足止めして倒す。そうでないなら、ヒットアンドアウェイで集団の外からやる。あまりにも劣勢だったら、ここから逃亡する』
すぐに送った返事に、柳さんは意外そうに俺を見た。
俺だって、口を開かないコミュニケーションなら問題なくできるのだ。ちょっと、面と向かって会話するのが難しいだけで。
彼女はそれ以上なにかを告げることはしなかった。
そして、足音がすぐそばを通り過ぎていく。心臓が早鐘を打つ。たった二人だからこそ見つかりにくいが、反面気付かれた場合一巻の終わりだ。
収まれ、収まれ。必死に自分に言い聞かせるも、場の空気が、俺の緊張感を高めていく。
やがて、複数の襲撃者たちは、足音を隠そうとすることもなくなった。いよいよ、彼らがいるところへと飛び出すのだろう。
争いが始まった。上がる叫び声、打ち付けられる干戈の音。
俺は木々の合間から飛び出し、様子を窺う。敵が引き付けてきたモンスターは、大型の熊に似たモンスターだ。
黒い毛を持ち、腕には鋭い爪。レベルは15と、かなり高い。
突然の出来事に、黒衣のSAMURAIメンバーは慌てることはなかった。マスターの男が皆に指示を飛ばしていたからだ。
しかし、彼の声はすぐに途切れることになった。
背から胸へと、刃が貫いていた。




