第7話 協力要請
水城院 幸守の新学期初日。
先ずは体育館にて新入生だけで入学式。それが終わると2、3年生が体育館に入場して続けざまに始業式が行われた。
校長先生の話を聞いていると眠くなるタイプの金髪ベジタリアン照明君は器用に立ちながら眠りこけていた。面倒臭がりの代名詞である将隆君は登校初日から出欠だけ取って屋上へ昼寝しに行ってしまった。新園さんは教師陣にバレないようにワイヤレスイヤホンで音楽を楽しんでいる。リズムに乗っていたらバレそうなものだが、素晴らしい胆力だ。
僕の友人には割と不真面目な子が多い。ただいま絶賛更生中の子が多いと言い直した方が良いのだろうか?
真面目に校長先生の話を聞いていたのは水城院 幸守と少数の優等生諸君だけだろう。
2年A組の教室に戻ってきた僕と照明君、それに新園さんの3人は担任の教師が来るまでの空き時間で、窓際の1番後ろの席なんてものを引き当ててしまった僕の周りに集まっていた。良い位置だ。幸先は悪く無さそうだ。
「幸守。そこ替わろうか?」
「嫌だよ。テルは見た目通り勉強できないんだから最前列でちゃんと勉強しなきゃね」
「よくぞ見抜いた! 流石は幸守だぜ! それはそうと幸守は目も良いし、とっても優しいな~! だから、とりあえず席を替わろうか?」
担任の教師が到着まで無限にダメだよを連呼させられる予定だった僕に、テルの横から割り込んで来た新園さんが尋ねてくる。
「それよりもさ。幸守君って妹居たんだね。それとも…もしかして、そういうこと?」
流石に気になってしまうか。
僕と仲の良い照明君と将隆君、そして新園さんには僕の正体を多少は明かしてある。彼女がそう尋ねて来るのも必然かもしれない。
僕は新園さんに向かって軽く首を横に振る。
「違うよ。義妹は、唯香は源治郎さんの本当のお孫さんだよ。僕とは違う…」
孤児だった僕とは違う。源治郎さんが新たに孤児院から養女を迎えたわけでもない。
「ふ~ん、でもあの子、根っからのお嬢様って感じしなかったよね! つまり、後輩ちゃんのご両親は今ちょこっとだけ金銭的な余裕が無くて、後輩ちゃんを進学させるために源治郎おじさまの力を借りて仕方無くこの学園に義妹ちゃんを入学させたってことかね!?」
うちの事情にもそこそこ詳しい新園さん。将来は、さぞかし優秀なゴシップ記者になるのだろう。敵には回したくないな。敵に回したくないから今のうちに潰しておくのも1つの手かもしれない。そんな物騒なことはしないけども。
「そうかもね。当たらずとも遠からず。半分くらいなら、合っているかもしれないね…」
この学園には敵に回してはならないと噂の女生徒が存在する。その女の子は特別喧嘩が強かったりするわけではない。敵に回してはいけない理由がこれだ。
「喉乾いたな〜。テルちん、ちょろっと自販機でサイダーでも買ってきておくれよ〜」
「はぁ!? ざけんなよ。乳でも揉ませてくれんなら引き受けてもいいが、ボランティアでこの俺様を使おうなんざ…」
「8月7日。放課後。学園の校舎に忍び込んだテルちんは当時1年D組だった…」
「ごめんなさい! わぁ~!? 何だか俺ユミリンにサイダー奢りたくなってきたわ!」
「喉が渇いていたのは気のせいだったかもしれないな〜。D組の〜! 笹森さ…」
「どぅわぁあああぁああ!!? 一生の頼みでごぜ〜ます! サイダーを奢らせてくださいユミリン様! どうか、どうか慈悲を!?」
情けなく土下座してしまった金髪ベジタリアンの照明君。その肩に僕はソッと手を置く。迷える哀れな子羊に祝福を…。
「ゆきもり〜」
捨てられた子犬のような目で僕を見上げて来る友人。救いの手を差し伸べてくれるとでも思ったのだろう。何を勘違いしているのだろうか。打点が足りていない。まだ僕たちのバトルフェイズは終了していない。
「テル、僕はライフガードをお願いするよ」
「テメェ金持ちのくせしていけしゃあしゃあとたがりやがって!? 覚えとけよド畜生! 放課後体育館の裏で待ってっかんな!?」
「うん、わかった。待っててね。生活指導の豪州先生を呼んでおくよ。照明君がサシで語ろうって言ってましたってね…」
元ヤンから更生した過去を持ち、今では立派な鉄拳制裁ヤンキー更生系熱血教師として学園でも有名な、訴えられない程度に拳で語る生活指導の教師だ。照明君がお世話になった回数は2桁に到達しているかもしれない。
「すんません。もう勘弁してください…」
「テルテル! あんぱんも追加で!」
打点はもう足りている。
テルテルのライフはもう0なんだけどね?
2年生になっても変わらないな。変わらない日常で安心するよ。屋上サボタージュを決め込んでいた将隆君も、しれっと教室に戻って来て、自分の席に座るなり再び突っ伏して寝てしまった。彼は何をしに高校に通っているのだろうか?
他人様のことを必要以上にとやかく言うつもりは無いけれどね。
担任教師が2ーA教室に入って来ると同時にクラスメートたちが自分の席に座る。友人であると言える程度には仲の良い4人が今年も同じクラスになれたのは幸いだ。
もしかしたら新園さんが教師たちを脅迫して、クラス分けを操作した。なんて事は無いだろうと信じたいけれど。彼女が本気を出せば充分にやりかねない範囲ではある。
自分の席に座った新園さんをチラッと見てみると何やらニヤリと笑っている。悪い顔で笑っているな。担任の教師はというと、顔が引きつっていた。紛うことなき生粋の問題児を抱えてしまったのだから仕方無いだろう。
御愁傷様と言わせてもらおう。1年間何とか頑張って耐え凌いでもらいたい。
放課後になると2、3年生は新入生より先に下校を始める。本日はガイダンスがあるため新入生は上級生より下校時刻が僅かに遅いのだが、義妹の唯香と少しでも仲良くなっておきたい僕は校門前で彼女をひたすら待っていた。
「……フン…」
綺麗な黒髪を纏め、緑色の髪留めでツインテールにしている設定上僕の妹である唯香お嬢様が、僕の存在を視認し、華麗なるスルーを決めてくる。
知ってはいたけれど嫌われているなぁ。どうやら1人ではないらしい。良かった。隣に居るのは友達だろうか?
随分と仲良さげに話していた。銀髪ロングヘアの美少女だ。唯香お嬢様と比べても引け劣らない容姿。育ちの良さそうな女の子だ。今年の1年生はレベルが高いぜと照明君が言っていただけはある。興味が無いため流していたが、なるほど嘘ではなさそうだ。
唯香お嬢様が1人で下校しないのであれば、僕の出番もそう無いだろう。ただ、唯香お嬢様は『水城院家の人間』として、一般人よりは遥かに不届きな輩に狙われやすい人種だ。ストーカーじみた真似をしてしまうことにはなるが、陰ながら護衛だけはしておこう。
当然ながら、友人との下校は途中までだ。その後、唯香お嬢様は結局1人で屋敷の正門まで帰って来ていた。
水城院家の正門が開けられて唯香お嬢様が敷地内へ入って行くのを確認し、僕もその後に続いて歩き出す。彼女が何者かに尾行されている気配は無かったな。でも、しばらくは同じように続けようと思う。
「何の用なのよアンタ!?」
「どわっ! ビックリした!?」
待ち伏せとは心臓に悪い。閉まった門の向こうから唯香が突然話しかけて来た。自分のことを棚上げにしているって? いったい何のことでしょうか? とりあえず、ご機嫌伺いから始めようと思うよ。機嫌は悪そうだけどね。
「ご、ごめん… 唯香お嬢様はその、もう通学ルートは覚えたかなと思ってさ。それと、何も無いとは思うけど、一応護衛をね…」
「バカなの? 大した距離じゃないんだからこの程度の道のり、1度歩けば猿でも記憶できるし、正直言ってアンタに尾行されている方がよっぽど危険で気持ち悪いのよ!」
君からしたらそうかもね。言葉がキツいな。若干涙目になりそうだ。でも、こちらとしては、はいそうですかと止めるわけにもいかない。
唯香お嬢様はフンと鼻を鳴らしながら僕に背を向けて、さっさと屋敷の中へ入って行ってしまった。女の子と仲良くなる術には詳しくないんだけどな。ナユタとはどうやって仲良くなったっけ? 新園さんと仲良くなったきっかけは何だったかな?
自分から仲良くなるための行動をして、仲良くなった人というのは居ないかもしれない。女の子の扱い方に関する経験値が圧倒的に足りないよ。困った問題だ。
水城院家のお金目当てで、こんな冴えない男に付きまとって来るような女の子なら、何人か交際を断った経験はあるのだけれど、それだって受け身で対応しただけだしな。
お金にはさして興味も無い新園さん以外では、僕はまともに女の子と会話した事すら無いような人間なんだよな。
変態メイドのナユタさん?
あの子は、まともな女の子という区分に当てはめていい存在じゃないと思うんだ。ナユタは良くも悪くも僕にとって特別な人だからね。考えるのは後にしよう。
「帰ったよ。ナユタ、開けてくれるかな」
インターホンに向かい話しかける僕。噂のまともを知らない緑髪メイドの水城院ナユタが返事をする。
「お帰りなさいませ幸守様ぁ〜! 門の向こうから股を開けだなんて、そんなぁ〜! 恥ずかしいです幸守様ぁ〜!」
言ってない。今日も今日とてうちのメイドさんはお元気いっぱいのようで何よりだ。
「早く開けろってば!…ああ、もういいや裏に回ろう…そもそも、愚直に正門から帰宅して準備万端で待ち構えているナユタと対峙するなんて僕に何のメリットがあるのか?」
いいや。たまにはスキンシップを取らないと先日のように溜まった欲望を解放しかねないので、数日に1度くらいのハグならば受け入れなくもないのだけれど…。
一先ず今日のところは勘弁してもらおう。
少し手間だが、僕はお屋敷の表口で僕を待ち構えているナユタにエンカウントしない裏口からの帰宅を試みることにした。
回り道をして、何とかお屋敷の自室に帰ってみるとベッドに正座した緑髪のメイドさんがシチュエーションを重視した新手の嫌がらせを強行して来た。確かに、僕の部屋で待機していればエンカウントは必然だ。
「幸守様ぁ~! どうですかこの布面積極小の裸エプロンは! 萌えますか幸守様ぁ〜! 押し倒したくなりましたか幸守様ぁ~!」
まだ、溜まっているのかな?
視線を逸らして、とりあえず鞄を机の横から出るフックにかけて、僕は何も見なかったことにして早急に退室しようとする。彼女を刺激しないようにそっと熟す。
僕の唯一の安息の空間が、変態とはいえ巨乳美少女であることに異論を唱える余地など無いナユタのニオイで彩られて行く。本当にやめてもらいたい。こちらにだって理性の限界というものはあるのだからやめてくれ!
ここは僕の部屋だぞ。貸し与えられた部屋ではあるが、今は僕のプライベートルームだ。ドアにはしっかり『ナユタ立ち入り禁止』の貼り紙もあるというのにも関わらずだ。
そこで問答無用で毎日待機しているこのメイドさんは何がしたいんだ?
本日はメイド服ではなく裸エプロン姿だ。その格好のままクルッとターンでもしてみたら、上ではなく下が見えてしまうような無防備な姿なのである。
彼女は僕に襲われたいのかって?
そうだ。残念ながら、彼女は僕に襲われたいのだろう。源治郎さんのお屋敷を、僕とナユタの愛の巣にするわけにはいかない!
ここで僕が選択する正義は何だと思う?
ああ、そうだよ。逃走することだよ。
「急用を思い出した! 源治郎さんから呼び出しを受けていたんだったなあ〜…」
ナユタを振り切る手段ならばいくつも用意してある。中でも、最も有効なのは源治郎さんから言われたことを遂行中なので邪魔しないでくださいと伝えることだ。この一手は流石のナユタも無視することができない。
クルッとターンされる前にクルッとターンして退室しようとする僕の腕を淫乱メイドさんがガッチリ掴んで放さない。
「こちらも急用ですよ~! 幸守様ぁ~。実践的保健体育のお勉強という名の~」
「保健体育? ああ、あれね。大丈夫間に合ってます。というか、ここら一帯に散らかるSMプレイ用と思われる玩具の数々が保健体育という勉強にどう必要だって?」
「それはナユタの趣味です!」
でしょうね。
僕は今忙しいんだ。これ以上源治郎さんに心配をかけないためにも迅速に唯香お嬢様と仲良くならなければならない。構ってあげたいのは山々だが、優先順位というものがあるんだよ。わかるだろう!?
待てよ。いっそナユタに協力を要請してみてはどうだろうか?
ナユタは僕が知る限り最強最高の変態だが、この最強の変態が協力してくれれば唯香お嬢様との仲を修復できたりするのでは?
僕はやられる前に尋ねてみる。
「ナユタ! 頼みがあるんだけど…聞いてくれるかな?」
「はい! 性的な事であれば何なりとお申し付けください幸守様ぁ~!」
じゃあいいや。と逃げても逃走成功率は著しく低いので、逆転の発想で切り返そう。
「いや、唯香お嬢様の事なんだけどさ…」
ナユタ対策として勝率が悪くない手立ての1つはこれだ。先手必勝。彼女が用意していた僕に自分を襲わせるための何かを起こされる前に、こちらからその隙を与えない何かを起こしてしまえばいい。
「ナユタ、相談する相手が間違っているのは理解しているつもりなんだけど、僕は唯香お嬢様と仲良くなりたいんだ! 何か妙案があれば教えてほしい。お願いだナユタ!」
「ガーン! 幸守様は、年下のペッタンコがストライクゾーンだったのですか? ナユタのこの胸では萌ないんですかぁ!?…だったらこんな無駄な塊は切り落としましょうか……」
涙目になりながら自身の最高火力である特盛りな胸を押し付けて来るナユタ。柔らかい。クセになったらどう責任を取るつもりだ。全ての責任を取りそうだ。無駄に僕の心が右往左往するため是非とも止めていただきたい。
「い、いや…違うって! 物騒な事言わないでくれるかな。女の子としてじゃなくて! い、妹としてだよ! 妹として!……」
「…………妹…萌え?…」
「萌えとかじゃなくて。そういう話じゃなくてさ…僕も結構苦労しているんだ。真面目に聞いてくれないと怒るよ?…」
「お仕置きご褒美ですかぁ〜!?」
お仕置きとご褒美が何故セットでお得みたいになっているのだろうか。瞳を輝かせて嬉しそうにしないでほしい。僕にそんな特殊性癖は無い。断じて否だ。
「必要な事なんだよ。僕のやらなきゃならない事に、これは必要な事なんだ。力を貸してくれないかな? ダメかな…ナユタ……」
真剣に彼女を見詰めると、少しだけ拗ねたように頬を膨らませる1つ年上のメイドさん。
「……ご褒美、貰えますか?…」
「う"っ…か、考えとく……」
検討するだけなら、タダだからね?




