第74話 荒事処理
「何で…尚川の命令には皆従うんだ。テメェもこっち側の人間だろうが…気に入らねえ…」
人が700人以上も集まれば、その中には悪意を持って人の頑張りを踏みにじろうとする者も現れてしまうものだ。仕方の無いことだと思うよ。別に僕だってそこまでの善人というわけではないけれど、やっぱり悪人は嫌いだ。
帰りがてら、2年生の不良の溜まり場になっている場所を見回りに来て本当に良かった。
「気に入らなくても構わないけれどね…」
「んだ、テメェ……」
「コイツ、水城院とこの…」
「どうも。水城院 幸守です…」
「金持ちのボンボンが何の用だよ!?」
「遊ぶ金でもくれんのかお坊ちゃま!」
敵意むき出しで威圧されるけれど、ナユタの威圧の1%にも満たない素人のそれだ。彼らのことを、見かけ倒しと言うのだろう。僕は本物の恐怖も暴力も知っている。
恐怖の最大値から逆算してしまうと、どうにも恐怖というものが薄らいでしまう。目の前に熊が現れたとしても、アレよりは何とかなるだろうという人外を僕とナユタは知っている。だから、基本的には誰に臆することも無い。
何と比べても、アレよりは温い。例えそれが刃物や拳銃を持っている、殺意剥き出しの凶悪犯だとしてもである。
相手は…まだ、ただの子供だ…。
「お金は出せないかな。僕お小遣い制で月に5000円だからね…」
「えっ!? 少なっ!?」
「庶民かよお前…」
「俺でも1万5000貰ってっけど?」
高校生のお小遣いなんて月に平均5000円ちょっとらしいから、僕は妥当なところだ。失礼な人たちだよね。別に平均よりほんの少し下振れているだけだし、月に5000円もあれば普通に筆記用具も買える。充分学業に勤しむことができるだろう。他に、何をそんなに無駄遣いすることがあるのだろうか?
この学校は私立高だし、近くにはお金持ちの家もたくさんあるからお小遣いの平均額が高いのは新園さんに聞いていたけれど、この不良君は僕の3倍か。裕福なんだね。
まあ、僕もお金が本当に必要な時は源治郎さんに理由を話して融資を受けているから、実質月のお小遣い5000円かは怪しいところだし、ナユタというバリバリの24時間10人分働けますスーパーウーマンが僕に貢ぐせいで、それこそ月のお小遣い5000円詐欺も甚だしいところではあるのだけれど…。
思い出したら胃が痛くなって来た。
そうだった。ナユタがまた変な貢物を購入していないか確認して、定期的なクーリングオフを心がけなくては…。
これは、幸守様に携帯していただく、悪い虫撃退用目潰しスプレーですと痴漢撃退用のお高いスプレーを渡された時は、早速ナユタに吹きかけようかと思ったくらいだ。
僕に痴漢して来る物好きは君くらいだと言い返してやったさ。
そのまま唯香にプレゼントすることでナユタのお金を無駄にせずに済んだけどね。ナユタのことだ。実際には唯香にプレゼントするつもりで僕に渡したのだろう。ナユタも何だかんだで唯香のことを心配しているのだろう。
どいつもこいつもツンデレさんなのだ。
唯香が痴漢撃退用スプレーを初めて使った相手が照明君だというのは、悲しいエピソードではあったけれどね。それは自業自得だったので悪友を庇う気も無い。身の危険を感じたという唯香の主張が聞き届けられた。
照明君もまだまだだね。
「…はぁ……やれやれ…」
「何溜め息吐いてやがる!?」
「見下しやがって!」
「貧乏ボンボン野郎がよぉ!!」
「あっ、ごめん…別に君たちに、やれやれと言ったわけでは…テルに対して、どうしてもっと普段からちゃんとできないのかなと…」
「コイツさっきの計画聞いてやがったな…」
いや、僕は何だかよくわからない照明君フルボッコ計画までは聞いていない。新園さんに言われて、うちのクラスちょっくらピンチになるかもしれないねとは言われたけど。
「どんな計画を立てているの? 照明君だけをフルボッコにする計画なら、僕はその計画を聞かなかったことにするよ!」
「………………………」
「…コイツ仲間か?」
「敵だろ!? 標的のクラスの野郎だ!」
敵とは穏やかではないな。
「そうだなぁ〜。お前、尚川の野郎の友達だったよな。てことは、お前を餌にすればあの野郎をおびき寄せることができるってことじゃねえか!?」
いや、僕では無理だと思う。唯香か和奏ちゃんを人質として連れ去ったら、照明君が激怒して動くとは思うけど、野郎の面倒なんざ見てられっか。ぺっ! と、道につばを吐いて鼻で笑うのが僕の悪友だ。
やっぱり友達の縁を切るべきか??
ちなみに、唯香や、唯香の親友である和奏ちゃんに手を出したら、水城院 幸守としてこの不良たちを徹底的に再起不能にする。だからそれだけは、全くもってオススメできない。
「「な、何だっ!?」」
「ゾクッ…いや、気のせいだ……」
「大人しく、残りの学園生活を謳歌しておきなよ。忠告は…したからね……」
「上から何調子こいてんだこの野郎!!」
喧嘩っ早いな。もう拳が飛んで来た。ストレスでも抱えていたのかな。それにしても人を殴る気がある拳なのだろうか? 遅い。この程度であるならば、照明君1人でも何とかしただろう。彼は1年生の時にやんちゃをしていたから、その時にでも恨みを買った生徒なのだろう。
「コイツ!」
「何空振ってんだ。だっせ〜」
「いいからやんぞお前ら!」
「おっけ〜!」
「謳歌するための金づるにしてやんよ!」
「……………………………」
3対1だ。囲まれた。カメラはどうだ?
目ざとく新園さんはビデオカメラを回してくれているようだ。野生の獣のような気配の消し方だ。これはバレないね。いいタイミングで来てくれた。REC。
「ようモテ男! とりあえず、その面1発殴らせろやコラァ!!」
遅い。おっと、足元がお留守だ。
僕は前のめりに殴りかかって来た校内の不良君Aの攻撃を躱しながら足をひょいと出す。それに引っかかって転倒する不良君A。
「あっ、大丈夫A君?」
「いって、テメェ何故俺の名前を!?」
「大丈夫かよエイジ!?」
「コイツ意外と動けるぞ!?」
球技大会はサボりだったのかな?
僕は去年も今年もそこそこ動けることを見せていたと思うのだけれど…。
「3人で同時にやんぞ!」
「おうよ!」
「よし!」
3人同時の暴力。拳を避けて、手のひらで受け止めてももを上げて蹴りをガード。蹴った彼の方が痛がっている。それは、折れても僕の過失じゃないからね?
「いったぁ〜!? 何だコイツの脚!?」
「えっと、僕これでも病み上がりだから、あんまり力は出せないんだけど…」
「ふざけやがって!」
「やっちまえ!!」
飽きるまで付き合うか。
「よっ…ほい。…うんうん…軽い運動としては悪くないのかも…今のはまあまあ…惜しいね。あっ、ごめんそれはガードだ…」
あっ、また痛そうにしている。ごめん。
「だはっ…はぁ、はぁ、はぁ……」
「何なんだよテメェは!?」
「や、やべえよコイツ…」
「暴力は反対だよ。暴力による解決って確かにわかりやすいし簡単だけど、決定的な弱点があると思うんだよね…」
「じゃ、弱点?」
「うん。それはさ…自分よりも強い暴力に、無力だってこと……そう思わない?…」
「「……………………………」」
「だっ、だからどうした…俺たちに手を出したら裁かれるのはお前だ!…へっ、へへへへへ! 優等生がしゃしゃり出やがって…」
「僕は手を出すつもり無いんだけど?」
「バーカ!! 俺の腕の骨1つでも折って、あること無いことチクれば、お前は終わりだろうがお利口ちゃんの水城院君よぉ〜!!」
「なるほど。そんな手が……でもそれも、痛いだけだから止めた方がいいよ?…素行の悪い君たちと、自ら学園の雑務も手伝っている僕とじゃ、信用が違うからね…」
「面白え!! だったら、そいつを検証してみようじゃねえかぁああ〜!!」
人の狂気って怖いよね。
実力が伴っていればだけれど…。
「REC…もういいかな幸守君?…」
「うん。良いんじゃないかな新園さん…」
「………はっ!?……………」
突然ビデオカメラを片手に現れた小悪魔系女子がニッコリと微笑んで見せる。
「…な、何だよそれ…何撮ってやがった?」
「何って、初めから、全部! だけど〜」
「ふざけんなこのクソっ!?…」
「ああ、ごめん。僕に何しようと別にそれはいいんだよ。殴ろうが蹴ろうが、ナイフで刺そうが、拳銃をぶっ放そうが、治る程度の痛みなら別にそれはいいんだ…」
僕は新園さんの盾になる。
「はっ!?…お前……誰だ…………」
殺気の放ち方ってものがある。
僕は得意ではないけれど、圧倒的な格下をビビらせる程度なら訳は無い。
「誰って、僕は水城院家の跡取り…お金持ちのボンボンの水城院 幸守だよ。暴力でも財力でも君たち3人とも纏めて人生終わらせられる程度の男だ……ちょっとした悪ふざけで済んでいる今が君たちの引き際だよ。僕の友人に手を出す気なら君たち3人とも終わらせるしかなくなる。僕に何もできないと思うなら、好きなように詰むといいよ…」
「ほい、幸守君!」
どこから持って来たか知らないが、新園さんに放られた鉄パイプを渾身の裏拳でひゃげて見せる。大きな音が響いた。人が集まって来るだろうから潮時だろう。
「「ひぃいいぃい〜!!?!?」」
「何を驚いているの? 暴力を武器にしたいなら、これくらい肉体を鍛えるのは当たり前だよ? 初歩の初歩。本当の暴力に触れて来た人間なら、僕程度にもこのくらいできるんだ。この程度で震えるようなら、君たちにその才能は無いと思うな……悪いことは言わないから…詰まないように以後、真っ当に生きようね…」
ここで恐怖を刻み込む。
後が無いことを悟らせる。
「は、はい…」
「真っ当に生きます!」
「うん! うんうん!」
「君たちタバコ臭いけど…隠れて吸っているのかな? タバコも、喫煙可能な年齢になるまでは止めようね。身体に良くないし、そもそも校則違反だし…ダメだよ……バチが当たっても知らないよ?…」
「「は、はい! すみませんでした!」」
「…え? 幸守君、こっわ〜……」
「そうかな? あっ、新園さんこの人たちの名前一応後で教えてくれる。もしも懲りてないようなら、次の手を打つから…更生するまで何度でも、何度でもね……顔も、ちゃんと覚えたし…」
「「…………………………」」
「はいよ〜。幸守君だけは、敵に回したくはないさね〜」
「そう思うなら、新園さんももう少し真面目な学園生活を心がけようね」
「はーい! わかってま〜す!」
僕と新園さんは楽しくお喋りしながら何事も無かったかのように、その場を後にする。
「おい、その鉄パイプ、殴ってみろ…」
「ふっ! いっ…痛っ!!? 本物だ。本物の鉄でできたパイプだぞこれ! 無理だこんなもん拳でひしゃげるもんじゃねえよ!?」
「な、なあ、手を引こうぜ…俺まだ人生終わりたくねえよ!!…アイツ普通じゃねえ!」
「あ、ああ……やめよう…関わっちゃならねえ奴ってのは…居る…もんなんだなぁ…」
「どうすんだ俺たち…偉いもんに目をつけられちまったぞ!??」
「そ、そんなもん!!…真っ当に生きるしか…ねえだろうが……少なくとも、この学園を出るまでは…大人しくしよう…」
その後、彼らが卒業まで学園で暴れるようなことは無かったという。
僕と新園さんは、たまにコンビでこんな慈善活動をしていたりもする。1年の時に、悪いことをする子は大体粛清したと思っていたのだけれど、働き蟻の法則か何かなのかな?
定期的に湧いて来るものだ。
「やっと帰って来たか幸守! ユミリンも! お前らどこで油売っていやがった!?」
「油は売っていないよね?」
「喧嘩は売られたけどね〜」
「は? 何だそりゃ?…」
照明君が1年生の時に喧嘩で叩きのめした不良グループの子たちが良からぬことを企んでいたんだよとは言わない。今の照明君は、ちゃんと喧嘩からは足を洗ったんだ。
彼は変わるための努力をしてきた人間だ。
あちら側に戻させる気はない。
「文化祭を盛り上げることに、一役買っていたんだよ。まあ、いつも通りね…」
「右に同じくさね!」
「……そうか。がはははは! まあ、幸守がそう言うならそうなんだろうよ! ほれ、お疲れ様だぜ! 幸守…ユミリンもな!」
僕と新園さんは照明君にほうじ茶のペットボトルを放り投げられて、それを受け取る。将隆君の好きなお茶だ。教室の隅で寡黙にコツコツ作業をしている将隆君も、照明君からほうじ茶を受け取っているようだ。飲み切るまでは将隆君は真面目に働くだろう。
「さあ、今度は俺様を手伝ってくれや! 頼りにしてんぜ! 相棒!」
相棒ではないけれど。
「はいはい。それじゃ、やろうか…」
「さあ、もうひと働きと行きますか〜!」
クラスのことを任せておける人が居るというのは、とても有り難くて、動きやすい。親友と呼ぶには疑問が残るが、持ちつ持たれつ気軽に話せる腐れ縁の関係だと思っているよ。この先も、付き合いはそれなりに長く続くだろうからね。




