第73話 リーダーの資格
メイドさんの殺人的な一撃。
あれは、本当に痛かった。
僕の指示で腹に受けたダメージはすっかり良くなり、水城院家のコンバットメイドさんであるナユタにお預けを言い渡して数週間が経ったが、まだ少し痛いかなと言って嬉し恥ずかしい恐ろしい同衾生活の始まりを引き延ばしてはいるものの、そろそろ完治したことがバレそうな今日この頃である。
果たして僕は、今日も無事に学園が定めた不純異性交遊の禁止というルールを守り、水城院家の好青年として生き延びることができるのだろうか? 大人の階段を上ってしまうのもそう遠くはない未来なのかもしれない。
そんなこんなで学園生活は続き、季節は秋へと移り変わっていた。暑くもなく寒くもない。僕はこの季節こそが、人が最も快適に過ごせる季節だと思っている。
そして、この季節になると私立鳥羽園学園では特に勉強嫌いな生徒諸君が徒党を組んで騒ぎ始める秋の一大学園イベントがある。
鳥羽園学園の行事の1つである文化祭『鳳凰祭』が催されるのである。
「それにしても、大層な名前の文化祭ね」
艶のあるきめ細かな黒髪を緑色の髪留めを使い両サイドで固定し、可愛らしいツインテールにしている我が校でもトップクラスの容姿と人気を持つ美少女が呟いた。
僕の義妹にして、大切な意中の女の子。
彼女の名前は、水城院 唯香。
その名はこの学園のみに留まらず。世間でもある程度の人に認知されている。彼女はこの国で指折り数えられる程の大財閥である水城院 源治郎の孫娘。所謂、超が付く程のお嬢様なのである。
なお、一般家庭の出だと思っていた唯香本人にお嬢様である自覚は無いため、お嬢様扱いすると怒るのでお気を付けください。
「な、何よ…じっと見てどうしたの?」
「気になる女の子のことをじっと見るのは特におかしなことでもないのではないだろうか…」
「そ、それは…そ、そうだけど……ってそういうこと公共の場で言うな!…バカ……」
今日も唯香はとても可愛いな。からかい過ぎると反撃が痛い。もとい怖いので、じゃれ合う程度で済みそうな今のうちに笑って誤魔化しておくことにする。
時々、不思議に思うこともあるけれど、僕らはこの街で巡り合い。僕と唯香の行動の果てに、晴れて僕たちは両想いになっていた。
問題は、男の方が絶賛2股中という、自分でもその単語を聞くと精神的ダメージを受けてしまうダメ男特有の状況にあることなのだが、唯香はそれを理解した上でこんなダメ男のことを慕ってくれている。
まさに今、泥沼真っ盛りの大青春時代。
いずれは必ず何とかするつもりなので、もう少しだけ時間の猶予を頂きたいところだ。
義妹の在籍する鳥羽園学園1年Cクラスは球技大会のバスケットボールでMVPを取った成績優秀スポーツ万能、男女問わず人気もあり、リーダーシップも申し分無い彼女、水城院 唯香をリーダーとして、数日後に控えるこの学園の文化祭『鳳凰祭』に向けて準備の真っ最中だった。
「ユイ〜! ど〜ん! えへへ〜」
「わっ! もう、危ないでしょ和奏〜」
白沢 和奏ちゃん。
唯香と新入生美少女ランキング1位を争う小動物系銀髪美少女である。強面男子からはとにかく逃げるが、1度仲良くなってしまえば人懐っこい仔猫のような女の子だ。
不意にニャーニャー言うのは、どちらかというと唯香の気もするけれどね。そういう意味では仔猫と言うより仔犬系少女なのか?
「幸守先輩! ユイのお手伝いですか?」
「うん。何故、僕が義妹のクラスを手伝っているのかという話ではあるのだけれど…」
「人手が足りないからヘルプよ!」
ここに居ると僕、妹さんとお付き合いする権利を頂けないでしょうかお兄さんと男子生徒諸君に声をかけられまくるんだけど?
手伝うのは構わないけれど居た堪れない。
「人手不足は僕のクラスにも言えることなんだけどね。まあ…いいけれど…あっちはテルたちが張り切って進めているし、こんな時だけは頼りになるお猿さんだからね〜」
「労働力としては評価できる友人なのね」
都合の良い友人関係だな〜。
唯香と和奏ちゃんの関係とは程遠い。友達付き合いは過ごした時間だけで決まるものでは無いのだと思い知らされる。
親友からの他薦により、初めは渋々リーダーを引き受けた唯香も、クラスメートたちのサポートもあり、数日も準備の作業をこなしていると、内に秘められていた潜在能力を見事に発揮し、そのカリスマ性と統率力を遺憾無く披露していた。水城院家の血は争えない。
学業優秀で裏表も無い真面目な優等生である唯香がリーダーだ。無理難題な指示も飛ばしてはいない。きちんと無理の無い範囲内でタスクも管理されている。誰も彼女に不満は無いだろう。普段やるべきことをしっかりと果たしている人に率いられるのだから、自分も為すべきことを為さねばとやる気にもなる。
別のクラスの問題だが、僕の1年生時に、立候補でリーダーとなった生徒が居た。彼は普段やるべきことをやらずに、イベント事の時ばかりに威張り散らかして仲の良い相手でもないクラスメートに自分勝手な命令を下すそんな生徒だった。
普段からその生徒による迷惑行為で悩まされているクラスメートも少なくはなく、嫌いな人間から嫌な作業を押し付けられる形での文化祭準備は、モチベーションを低下させ続け、結局クラスは最後まで団結できずに出し物は散々なものとなってしまっていた。
縦社会に置いては、ある程度の我慢は必要だろうと思うし、その指示に見合うだけの対価が払われているのであれば、当然文句があろうとも、その対価に見合った義務は果たすべきだろう。
人を動かす力の無い者が、その資格も無いのに突然リーダーを買って出たところで人を動かせはしない。この世界は、そういう風にできている。
そのことを僕は理解している。
では、こんな時ばかり威張り散らかしたいクラスのリーダーを買って出たお猿は、どうやってクラスを纏めているかというとだ。
「俺様がやる! 任しとけ! そこは気を付けろよ! 難しかったら俺様に言え! 塾があるから残れねえだと! そんなもん塾を優先したらいいだろうが! お前も用事かよ!? まあ構わねえよ! 他の奴らも何かあれば言ってくれよ。無理はしなくていいかんな! 体力と時間のある俺様が居残って足りない作業は全部片付けてやっからよ!! 気にすんなや!」
普段の行いすら埋め合わせてしまえる程のカリスマ性を行動で示すしかない。僕の友人の照明君は素行が良いとは言えない目立ちたがりの問題児ではあるけれど、こんな時に人を引っ張って行く力はある。その能力がある。
普段から素行の悪い彼のことが気に入らないクラスメートも多いだろう。
それでも、嫌いではないクラスメートの迷惑にならない程度には自分も頑張ろうと思わせるやり方を照明君は自然と選んでクラスのリーダーを行っている。
球技大会の時は空回りしていたけれど、今回は大丈夫そうだ。1年生時の文化祭でも彼は大活躍していたからね。そこまで心配はしていなかった。僕が他のクラスを手伝うために少しだけ離脱すると言った時も、照明君はノルマを果たしてくれればそれでいいから行って来いと快く僕を送り出してくれた。
これで照明君の残業時間が確実に増えたにも関わらず、嫌な顔1つ見せなかった。
だから、僕も、その気遣いに報いるためにノルマは果たそうと思えた。
これが、持たざる者が人を動かす方法だ。
彼から学ぶことだって、たまにはある。
悪友の照明君は、見た目通りの脳筋で、筋肉と本能で動いているため、取り柄などそれしか無いように見えるけれど、僕が友達を続けているのにはそれなりの理由がちゃんとあるんだ。こう見えても僕は、友達はちゃんと選んでいるつもりだ。
「唯香…こっちは一段落したよ。悪いけど、僕もそろそろクラスに戻るよ…」
「ええ。ありがとう幸兄。うちには比較的器用な子が少ないから助かったわ。こっちの作業が片付いて時間が余ったら、和奏と一緒に幸兄のクラスの手伝いにも行くわね!」
「お任せください幸守先輩! ふんす!」
「ははは、2人とも助かるよ…」
照明君がうだうだ言わずに僕を他クラスに快く送り出してくれたことで、唯香の手伝いが捗り、僕1人のマンパワーが結果的に2人分の追加戦力となって返って来る。
その約束を取り付けることができたわけだ。
これも照明君の采配あってのものだろう。
最も彼は、何も考えておらず、全部自分でやりたいだけなのかもしれないけれどね。




