第72話 キングサイズ
ナユタと和解し、彼女の条件を飲んで残りの2発分は彼女の言うことを何でも2度聞くことでケジメとすることにした。
間違ってもナユタに命じて骨を折らせましたなんて源治郎さんに報告できないし、この事実が唯香にバレるだけでも2次被害が出る可能性が高い。ナユタは唯香の攻撃を一切避けず、防御の1つもしないだろう。そんなこと、僕は望んでなんかいない。
腰に包帯を巻かれて、応急処置を施してもらった僕は自室のベッドに座る。
「い、痛い…いった…い………ぐっ…」
身体が熱い。呼吸もやや荒いか…。
内蔵も損傷しているのか。
後程、病院で検査が必要かもしれないね。
「当たり前です! 常人なら本当に2、3人死んでいますからね!? 何でナユタが、こんなことしなくちゃならないんですかぁ〜…」
「ご、ごめんって…本当に……泣かないでよナユタ…僕は大丈夫だから、しぶとく生き残ることにかけては、ナユタ以上だよ?…」
「ナユタの方がしぶといと思いますぅ〜…」
まあ、ナユタはそもそもの話、こんなケガするような未熟な腕じゃないからね。
「………今からお家デートは……ちょっと厳しいかも…本当は色々と、ナユタに楽しんでもらえそうなことを考えていたんだけど…」
それはまた後日改めてになりそうだ。
「今はお身体を休めてください!」
「……大丈夫だって、というか…せめて、話だけはしないとさ。何のためにナユタに無理言って時間を作らせたかわからないよ…」
「いくらでもナユタが時間を作ります!…ナユタの時間は、全て幸守様に捧げているのですから! だから、その幸守様自身の時間(生命)を削るような真似はやめてください。幸守様の居ない日常など、ナユタは…耐えられませんっ!……」
「…ナユタは…僕が大好きなんだね……」
「はい! 愛しています幸守様!…」
ここまで疑いようの無い人の言葉を僕は知らない。君だけは、例え何があろうとも、僕を裏切りはしないのだろう。
でも、今の僕にはまだ、君と同じようにそこまでは言えないんだ。君だけを特別にできない僕では…。1人の女性として愛してるなんて言えないし、その器も資格も無い。
それでも、気持ちを伝えないと。
「…僕は…ナユタのこと、大好きだよ…」
「……嬉しいです!!…」
伝えないと、気を失う前にだ…。
「でも、でもね…僕は今、2人の女の子を同時に好きになっているんだ。どちらも選べないくらい、大好きなんだ。1人はナユタで…もう1人は…唯香だ……」
言われなくてもって顔だね。
でも、言わせてほしい。
「2人は選べないんだ。でも、どちらか1人を選ばなきゃいけない。いつかは、選ばなきゃいけない日が必ず来るんだ…」
「……ナユタか…唯香様…ですか…」
「うん。そうだよ。僕は2人のことをちゃんと見ているからね……ナユタ………」
いけない。肉体のダメージが限界だ。
「幸守様!? もう、休まれてください…」
「……………そうだね……」
僕はベッドに横になることにした。
1日寝ればすぐに全回復なんて、驚異的な回復力も僕には無い。せめて、土日で何とか動ける状態に戻して、それから、いつものような学園生活を送らなければ。ナユタが休まないというのなら、僕だって休んでなんかいられない。
骨にヒビ程度で済んでいればいいけれど…。
「…ナユタ…勝手なお願いだけど……唯香とは仲良くね……2人とも…僕の大切な…」
僕の大好きな人。
大切な、家族なのだから…。
気を失うように僕は眠りにつく。
本当にギリギリで、最低限の目的を果たすことができた。最低限にも限度があるけれど、情けないけど、今の僕ではこれが精一杯だ。
あまり喧嘩を、しないでくれると嬉しいな。
「………唯香様は、ナユタの恋敵なのですよ幸守様…難しいことを言いますね…」
先ず1つ。ケガの手当てをすること。
これで2つ。
水城院 ナユタは自身の唇を恋する人のそれにそっと重ねてから、ゆっくりと離す。
「……ナユタなりに、頑張ってはみますけれど、ナユタにだって野望はあります。無理難題を押し付けているのは幸守様の方なのですから、その分はちゃんと、ナユタにも還元してくださいね……幸守様…」
唇に指を当てて心臓の鼓動を確かめる。
絶対に、1歩ずつ前へ進んでいる。
いつかちゃんと貰ってほしい。
目指す場所は何も変わらない。
この気持ちも死んでも変わらない。
「お仕事に…戻らなくては……源治郎様に報告も…ナユタ、珍しく源治郎様に怒られちゃいますね。減給で済めば良いのですが…」
水城院 ナユタは幸守の部屋を立ち去る。
仲が悪いと言うけれど、認めているところだってちゃんとある。認めていなければ、敵だなんて思わない。この人がライバルだなんて思わない。そういう関係になるまで、ライバルが現れてしまうまで、手を拱いてしまったのは自分自身。臆病風に吹かれていた。
でも、大好きだって今の幸守様にも確かに言ってもらえた。もう迷う理由も無い。
「…困りましたね……まさか、源治郎様の孫娘様がここまでの方だなんて…想定外ですよ〜…たった数ヶ月でナユタが積み上げてきた幸守様との時間を詰めて来るなんて…」
果たして自分は、この負けられないレースに勝つことができるのでしょうか?
負けず嫌いなあのお嬢様に…。
勝ちを譲る気はありませんけどね!
「………うぐっ…いっつ〜……」
「幸兄! 起きたのね!?」
腹の物理的な痛みで目が覚める。自室で寝ていたらしい。数秒何が何だかわからずに動かず痛みに耐えてから、状況と自分の状態を理解した僕は、心配そうに僕を見詰めて来る唯香に向かい微笑んだ。
「おはよう…唯香……今何時?…」
「もう20時20分…」
マジかぁ〜。この程度のケガ。どこかのコンバットなメイドさんなら8時間も寝たら何事も無かったように動き出すというのに、軟弱な身体が恨めしいよ。
「………お腹空いた〜……」
「メイドから聞かされていたよりも元気そうで何よりだわ。それよりも、幸兄ってもしかして…バカ! なんじゃないの!!?」
「うっ、やめて。お説教は聞きたくない…」
「そうね。お祖父様に改めてお説教される方が幸兄には効果があるものね!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…心拍数が上がって来た。ゆ、唯香さん…今ケガ人に追い打ちをかけることに何の意味が?…」
「教訓から学ばせるのよ!」
な、なるほど。愛の鞭ってことですね。
「兄さんは反省していますよ?」
「あっそ! メイドがもう報告済み…」
手遅れだったか。そりゃそうだ。ナユタが源治郎様に黙っているはずがない。ナユタが罰を受けていなきゃいいけれど、ナユタのことだから僕を庇うような報告をしてそうだ。
またナユタに助けられてしまうのか。
「ナユタは?…」
「メイドなら、今日も満身創痍な幸兄の看病を私に任せて今日も元気にお仕事…」
あのぉ〜。唯香さん。人のこと通常時が満身創痍みたいな言い方は止そうね?
まあ、否定する要素が足りないんだけどね。
「ナユタが唯香に頼んだの?…」
「よろしくお願いされたわよ!」
「…………そっか…苦労をかけるね…」
「なるべくかけさせないでほしいわね…」
「め、面倒くさいもんね…」
「…バカ…心配しちゃうからよ……」
「…そっか…そう、だね……ごめん…」
唯香の悲しむ顔を見て、悪いことをしたという実感が出て来た。自分の身体をどう扱おうが自由だったはずなのにな…。
今はもう、僕が傷付くと大切な人までもを巻き込み傷付けることになる……。
理解していたはずなのにな…。
教訓から学んだ。自傷は控えよう。こんな悲しい顔は、もうできれば見たくない。
「謝っても許さないけど!」
「許さないんだね…」
「けど、任されたことはやらなくちゃね! 幸兄いっぱい汗をかいたでしょ。だから服を脱がせて汗を濡らしたタオルで拭くわ。服脱がせるからね!」
「えっ、いい、いいよ…そんなこと…」
「幸兄? 嫌がって無理矢理脱がされて痛い思いをするのと、私と協力して手早くなるべく痛くないように済ませるのどっちが好み?」
「ゆ、唯香…怒ってる?…」
「どっちでもいいのなら…」
「や、優しくお願いします……」
「素直にそう言えばいいの…よっ!!」
えっ!? あれ? ぎゃあああぁあぁ!!?
とてもとても痛かった。もう少し優しくできた気もするのだけれど、これも教訓から学ばせるための愛の鞭なのだろうか? 少なくとももう自傷行為は行わない方針で行きたいと思う。これは流石に痛過ぎるので。
包帯も唯香に巻き直してもらった。僕が気絶している最中に医者も呼んでもらい、容態を見てもらったらしい。数日安静にしていれば問題無いとのことだ。やっぱり、ナユタにはバレない程度に手加減されていた。
手加減しても3人分の命を門の向こうへ持って行く拳を持っているということだ。プロボクサーでも大成しそうだね。末恐ろしい美少女メイドさんである。
「幸兄…今日は一緒に寝てもいい?…」
「うん…いい…いっ!? な、何で?」
「メイドに、何でも1つ願いを叶える権利を与えたそうね…」
「いや、2つ与えた気がする……」
ケガの手当てなんてノーカウントだし、いつでも自分からキスする権利だって、僕からしておいて彼女からはするななんて理屈が通らないのでこれも余裕のノーカウントだろう。
「へぇ〜…」
「そ、その…成り行きで……」
「私今お世話してあげたわよね?」
「わかりました! 唯香にも1つ!…ああぁ、ごめん。2つ進呈しようかなって…」
「そっ! じゃあ、貰っとくわ。それで今日は一緒に寝てくれるのよね?」
「な、何で??」
「メイドと2人切りのベッドで寝かせられるわけないでしょ!? 間違いしか起きるわけないじゃない! それに、このベッドのサイズをよく見なさいよ!!」
僕のベッドは普通のシングルサイズ…。
「…え? 何で横に広いの? 成長した?」
寝具にも、成長期ってあるんだね…。
現実逃避はよくないな。
「あのメイドが、今後必要なものですとか何とか言って自腹で幸兄のベッドを買ったのよ! あのメイドいくら貯金があるのよ!?」
まあ、ナユタの働きっぷりと仕事量を考えると貯金なんていくらでもありそうだ。水城院財閥の当主を支えるお仕事だしなぁ〜。
「これ、何サイズ? ダブル?」
「キングサイズよ…」
「何のために?」
「幸兄に相応しいのは王様のサイズだから、だそうよ…」
「意味がわからない…」
「私もそれについては同意するわ…」
「……え? ちょっと待って、本当にここで一緒に眠る気なのナユタ!? 唯香も!?」
「元はと言えば、幸兄の脇が甘過ぎることが原因なんだからね!! 何でも1つ願いを聞く権利なんて与えて、あのメイドが…え、え…エッチなこと要求したら、幸兄はどうするつもりだったのよ!?」
「だ、大丈夫だよ…ナユタって実はそこまで自分からエッチなことをするタイプでは…」
ナユタにはナユタの美学。メイドさんは自分からは襲わない。御主人様に襲われることこそがメイドさん。というポリシーがあるからして、僕は何とか今まで童貞を保って…。
「幸兄が決めた恋愛をしない縛りとやらは解除されたし、両想いだということも言質を取ったから、これからは、作戦をガンガンエッチに変更するって瞳を輝かせていたけれど本当に大丈夫なのかしらねぇ〜??」
「……まっ!?…ま、マジですか?」
唯香がジト目のまま頷く。
「………………………………………」
「……大丈夫って言いなさいよ!?」
ごめん。ダメかもしれない。
素の戦闘力で勝負されたら僕、勝てない。
「どどどど、どうしよう唯香!??」
「情けない声出さないでよ!!…だ、だから仕方無いから、私も幸兄と一緒に寝て抑止力になってあげるって言ってんのよ!」
「……なるほど!?」
「…よ、抑止力に……なれるか、どうかは私にも…わからないけれど………」
唯香が赤面してもじもじしている。
「ほ、本当に大丈夫!? 1人が2人に勝てるわけないじゃないかにならない!?」
「知んにゃいわよっ!! 私だって男の人と同衾にゃんてしたことないんだからっ!!」
唯香もいっぱいいっぱいのようだ。
「……そ…れ…は…………」
「まだ、私も居た方がたぶんマシ!…だとは思うのだけれど……どう、する?…」
苦肉の策とはいえ、この申し出を断ってしまえば既成事実で即詰みの可能性は大きい。既成事実で即詰みでも良いのかもしれないけれど、それで唯香が納得するのかと言われると絶対にそんなことは無いと思うわけで…。
「……うっ…ぐっ…ぬぅ〜………」
とりあえず、ナユタと2人切りの同衾なんて絶対に捕食される。いや、僕に捕食を促すようにあんなこといいな。こんなこといいな。を仕掛けて来るに違い無い。
背に腹は代えられない。
「…い、居てください……」
「う、うん。わかった……」
「あ、あの、僕今、本当にケガが見た目よりもずっと痛いので、変なことしないでね?」
「何で幸兄が女の子である私に襲われるかもしれないようなこと言ってんのよ!?」
「だ、だって唯香僕のこと大好きじゃん!」
「にゃあぁ〜!!? そ、それは、それはそれなのよ! ば、バカ! バカバカバカ!!」
「だから僕今っ!…あっ……」
「あっ!?…」
唯香の照れ隠しが僕の腹に直撃する。
身体を落雷が貫くが如く。
僕は泡を吹いて再び気絶した。
「ゆ、幸兄ごめん! 幸兄? ねえって、ちょっと嘘でしょ。幸兄ぃい〜!??…」
本当にナユタと違って唯香さんは容赦という言葉をご存知でない。だがしかし、万が一このまま死因照れ隠しで水城院家に死人が出るわけにもいかないということで、3人で仲良く同衾の試練は、僕が程良く回復するまで待ってもらえることと相成った。
水城院 唯香。
水城院 ナユタ。
僕の大好きな女の子。
僕の過酷な初めての恋愛は…まだ…。
始まったばかりなのである。
「…ガクッ………」
「幸兄ぃいいぃ〜!!?」
つ、づ、け…。




