第67話 和奏ちゃん
言ったことに責任は持たなくちゃ…。
「水城院先輩! 呼び出しに応じてくれてありがとうございます! それで、その…えっと……球技大会でご活躍を拝見した時から気になっていました! 良ければ私とお付き合いしていただけないでしょうかっ!?…」
「ありがとう。気持ちはとても嬉しいよ。でも、ごめんね。僕にも気になる子が居るから君とは交際できない…」
「…そ、そう…ですか………」
何度も見て来た違う女の子の落ち込む表情。
「君は、勇気があるんだね。好きなのに、好きだって伝えて来なかった僕とは大違いだ。尊敬するよ……僕も、君のように頑張ってみようと思うんだ…」
「……はい! ありがとうございます! そのお言葉だけでも充分です! が、頑張ってください。応援していますっ!」
「ありがとう…」
あと何人の女の子を泣かせるんだろう?
僕なんかが……。
校舎の屋上を立ち去る1年生の女の子を見送ってから、僕は携帯電話で1人の女の子を呼び出すことにした。
今から1人で屋上に来られないかな? 待っています。追伸、唯香たちには内緒でね。
「……………………………」
季節は移り変わり、秋になろうとしている。
この夏はとても暑かった。
本当に、本当に、あつかったな…。
まだお昼だというのに黄昏ていると、銀の長い髪を携えた小動物系美少女が屋上の扉をゆっくりと開いて校舎から出て来た。
小動物系美少女は僕の姿を見付けるなり、誰もを魅了する笑顔を見せて、てちてちとこちらに向かい駆けて来る。その最高速度は水城院 唯香さんの3分の1程度である。いや、もっと遅いかもしれない。
「幸兄さん! 極秘任務にお呼ばれして参上しました! 次の任務は何でありますか?」
「君にどのような任務が熟せると言うのかね? 先ずは特技を言ってみなさい」
「水泳です! この夏、梶原先輩の教えを受けて新規習得に成功しました! 20メートル泳げます! ふふ〜ん!」
「25メートルまであと少し…惜しい…よく頑張ったね。でもそれでは、特技と言うには少し弱いかもしれないね。他に何か凄い技を持っていないのかねエージェント和奏君」
「他に凄い特技ですか! ユイと凄く仲良しさんになれる特技があります!」
「あの、それは、是非とも僕にご教授してもらえませんでしょうか…わりと本気で…そのスキル欲しい。マストで欲しい…」
「任せてくださいボス! 先ず、ユイは、えいって抱きつくと、もう、どうしたの和奏と、優しく私の頭をなでなでしてくれます!」
「きゃー変態! ってビンタが飛んで来ると思います。それは和奏ちゃんの特技ではなく、特殊能力だと思います」
とは言っても、時と場所を選んでくれたら抱き締めてくれたり、キスしてくれて構わないからねと言われた女の子ではある。濃厚なキスだった。ふと思い返すと、何て大胆なことをしたんだと顔が熱くなってしまう。
「幸兄さんにも特殊能力、最強無敵のお兄ちゃんがあります!」
「ほう。それはどんな能力かね?」
「先ず、こうして近付いて、こうして頭を差し出すと、条件反射でなでなでしてくれる最強のお兄ちゃんです!」
しまった。つい手が勝手に!?
僕は慌てて手を引っ込める。
「え?…幸兄さん?……」
「和奏ちゃんに、お話があってさ…」
お兄ちゃんが欲しかったと言う和奏ちゃんの兄代わりになるのは僕もとても楽しかった。良い経験にもなったし、癒された。できることならばこれからも続けたい。何より美少女の頭を撫でられるなんて役得以外の何でもないだろうからね。でも…。
「僕、好きな人ができたんだ…」
「………………禁断の愛!……」
「ちょっと待とうか。唯香は別に実妹ではないから禁断の愛ではないと思うよ…」
「誰もユイだとは言ってないです!」
「………引っかけたね和奏ちゃん?」
「エージェント和奏にかかれば、この程度のトラップは朝飯前なのです! ふふん!」
何やら得意気だ。今回は1本取られたことを認めてあげても構わないだろう。
「なかなか見事な手前だね。それでね。実は僕にはもう1人好きな人が居るんだけどね」
「待ってください!…むむむむむ、わかりました新園先輩です!」
「君はエージェント失格だよ。そんなわけないじゃないか身震いしちゃったよ?」
「冗談です! ナユタさんですよね?」
「君はユーモアもあるようだね。でもお兄さんを身震いさせて楽しむ遊戯は悪趣味だからやめなさい。いつかお兄さん泣いちゃうかもしれないからね…」
「てへっ…」
何だこの可愛過ぎる生き物は?
やっぱり3股しても良いでしょうか?
「……………………………」
まあ、そういうわけにはいかないか。
「僕は、唯香のことが好きなんだ。それと同じくらいナユタのことも好きなんだ。だからどちらかを必ず選ぶよ。逆に言えば、どちらかしか選ばない。他は…選ばないんだ…」
「………つまり、私は……」
その先は、言わなくてもいいことだ。
むしろ、言わせないために僕から和奏ちゃんにこの話を伝えたんだけどね。
「幸兄さんに、振られちゃいました…」
「…和奏ちゃんは僕が好きだったの?」
「私だって、彼氏役をお願いしますなんて、好きでもない人にお願いしません! あわよくば、本当にお付き合いできたらな…なんて考えもあったのです……」
言わなくて良かったのに…。
皆、勇気があって困る。
僕が臆病過ぎるだけなのかな?
「そうだったんだね……」
「…私にはもうチャンスは無しですか?」
「今、決めておかないと、ズルズルと和奏ちゃんを振り回してしまう。僕は優柔不断な男だから、先にそうはならないように先手を打っておく必要があったんだ…ごめん……」
「………いえ……幸兄さんが謝るようなことではないと思います……」
「そうかな?…」
「そうです。それに私は…私の想いはきっとユイの本気には届いていなかったです。本当にそれを求めていたのなら、もっとがむしゃらに、こうなる前に、お兄ちゃんなんて言わないで、幸守先輩で行くべきだったのだと思います。だから、私は………私の本気が…足りなかったのだと、思います……」
僕との関係。その未来が途絶えたことに、涙を流してくれるんだね。だったら…。
僕は、和奏ちゃんの気持ちが唯香に負けていただなんて思わないよ。これまで僕が振ってきた女の子たちだってそうだ。その気持ちが他の子に負けているだなんて思わない。本気で涙を流せる恋だったんだから。
でも、それを彼女たちや、和奏ちゃんに伝えてしまったら未練を残してしまうと思う。
残酷に、僕は和奏ちゃんにこう告げよう。
「…そうだね……」
この経験が糧になれば良いと思う。
友との誓いを果たし、キッパリと断つ。
胸が痛いけれど、これでいいんだ。
和奏ちゃんを泣かせてしまったことを、後で唯香に怒られるだろうか。僕がもっと上手く立ち回れていたのなら、こんな酷いやり方を選ばずに済んだのかもしれない。
今更だけれど…。
僕も君のことが好きだったよ。
だから、この言葉は墓まで持って行く。
「3股でも…良かったと思います…」
「それじゃダメだよ。いつかは誰かを、選ばなきゃいけないんだ。この人だって思える人が僕には1人だけじゃなかったから…嫌でもお別れしなくちゃ選べないんだ……」
「幸兄さんは優しいから仕方無いです…」
涙を流しながら和奏ちゃんは僕のことを気遣ってくれる。小動物のような可愛らしい女の子だけれども、彼女が弱い女の子だと思ったことは1度だって無い。あの唯香と親友になってしまえるような子が、弱いはずない。
最初から、わかっていた。
「………幸兄さん…」
「ん?……」
「私にも、良いなって思う、気になる男の人が2人居たんです…」
「そうなんだ…」
「私も2股だったのでしょうか?…」
「い、いやぁ〜…違うんじゃない? 都合の良いキープをしているような僕みたいなクソ野郎を2股って言うらしいよ。唯香にガミガミ説教されちゃったよ…」
「だったら、私も幸兄さんに説教してあげますね! がみがみがみがみ!」
「勘弁してください…」
僕が泣いてしまいます。
「……幸兄さんは…ユイとナユタさん…どちらを選んで、どんな風に、恋をしていくのでしょうか?…大変興味がありますね…」
「………………………」
「幸兄さんに振られた私は、ユイの親友なので、ユイの応援に励むことにします! しばらくはまだ、きっと…幸兄さんのことを好きな自分を消せないって、思います…でも!…」
和奏ちゃんは自ら涙を拭い笑顔を見せる。
「キッパリと言ってくれてありがとうございます!…幸守先輩!…これで、ユイと嫌な関係にならずに済みました……ユイに嫌われても幸守先輩さえ居てくれたら、それだけでもいいなんて、私にはきっと言えませんでした。だから…これで良いんです!」
「…………………………」
「だから、これからは後輩として、仲良くしてくださいね。幸守先輩…」
「…わかった…ありがとう…和奏ちゃん…」
もう君の頭は撫でてあげられない。
そうしてあげる相手はきっと僕ではない。
もしも、僕が、唯香とナユタに出会わずに、君だけに出会っていたのならば…。
僕はきっと……。
それ以上は考えないことにした。
和奏ちゃんの方が僕のために、未練の残らない選択肢を選んでくれたのに、僕が躊躇わせたら申し訳無い。僕は和奏ちゃんを、義妹の親友として、学園の後輩として、これからは恋愛感情を抱かない友人として、付き合って行かなければならないんだ。
この世界はなかなか難しいことを言う。僕には過ぎた、贅沢過ぎる悩みなのだろうけど。
「もう、あまり僕を誘惑しないでよ?」
「小悪魔和奏ちゃん始めました!」
冷やし中華始めましたのノリで言わないで。
「ほ、本当にやめようね??…」
あまり、僕の決意を信用しないでね!?
「冗談です。これからは、冗談で幸守先輩と戯れます。だから、そろそろ…教室に戻りましょう先輩! ユイがやきもちを焼く前に…」
「…ふっ…そうだね…」
「ユイはすぐにやきもちを焼きますからね。困った私の親友ちゃんなのです!…それとなく今のことを伝えておきますね…」
「うん……ありがとう。迷惑をかけるね…」
「大丈夫です。幸守先輩に振られて号泣させられましたと言ってやります!」
「勘弁してください。エージェント和奏君、できればオブラートに包んでもらえればと…」
僕が唯香に泣かされます。
「冗談です!」
「心臓に悪い冗談続くなぁ〜…」
「迷惑は、私の方が幸守先輩にたくさんかけて来ました。だから今度は、幸守先輩は私を頼ってくださいね! ユイのことで、わからないことがあれば私が相談に乗ります! 大船に乗ったつもりで頼りにしてください!」
「心強いよ。その時はお願いします!」
「はい! お願いされちゃいます!」
和奏ちゃんは誰を好きになって、誰と恋をして行くのだろう。和奏ちゃんにも気になる人が居るって言っていたけれど、心当たりは1人しか知らないな。その相手が、僕の思い通りの人なのだとしたら…。
「和奏ちゃんも何かあれば、僕に何でも相談してくれていいからね。ちなみにマサの好物は、ほうじ茶とお萩だよ…スポーツドリンクより、ほうじ茶が好感度を稼げるよ…」
差し入れのほうじ茶はかなり喜ぶ。
「むぅ〜…余計な御世話です!」
怒られてしまった。
でも、僕も2人を応援しているよ。
どこかの知らない男に、妹みたいな和奏ちゃんを預けるなんて気が気じゃないからね。




