第66話 好きな人
「ゆ、唯香って僕のこと好きなんだよね?」
「なっ!? 何よ急に!??」
よし、これで心臓の鼓動もトントンくらいにはなっただろう。そういう目的で尋ねたわけではなかったけれど、唯香の顔が真っ赤になっているからして、たぶん、おそらくは。
「……バカ…散々アピールしたでしょ!…それに私、好きな人にでも誘われなければ、2人切りでデートなんて絶対承諾しないわ!」
「……最初は断られたけどね?」
「それは! 和奏との約束が!……もう、そういう幸兄は私のことをどう思っているのよ。どう思って、何故デートに誘ってくれたの? どうせ幸兄の悪い友達に、唯香ちゃんなんてデートにでも誘えば、曲がったへそも1発で直っちゃうよ〜。とか何とか言われてその気になったんでしょうけど…」
「に、ニアピン?……」
「そんなことだろうと思ったわよ!」
「で、でもさ!?…和奏ちゃんとだけデートしたのに、もっと親しい唯香やナユタとデートしてないのは何だかおかしな気がして…」
「………もっと…親しい……」
「……違いましたかね?……」
「メイドの名前出したから減点100点!」
ぎゃああぁあぁああ〜!!
飛び! 文句無しの飛び!! 破産!!
「お、恐るべきナユタトラップ…」
「はい減点100点です!」
「もう殺してください…」
「馬鹿ね〜。減点100点くらい何度繰り返したって私が幸兄に幻滅することは無いんだからね! 幸兄が私のことを好きなんじゃなくて、私が幸兄を好きなのよ!……こうして隣に居るだけで…居てくれるだけで、好きの気持ちが溢れて嫌いになんてなれないもん…」
「…………………かわいい…………」
不意にそんな言葉が自分の口から溢れた。
それが、僕の本心なのか。反射だった。
「…そ、そうですか! 早起きして、2時間かけてセットして来た甲斐あったわよ!」
「……………………」
「……………………」
ライクかラブかはわからないけれど。
ずっと隣に居て欲しい。ずっとこうして、くだらないことで笑い合えるそんな関係で居たいと願っている。そんな自分には気付けた。
「順番来たわよ幸兄! ドラゴンツイスターのお手並み拝見と行きましょ!」
「うん! テルのホームランを超える大物なのかどうか確かめないといけないね!」
「あんな大物は超えないかもね…」
「いつの間にそんな過大評価に!?」
「ただの皮肉よ!」
「そ、そっか…ふぅ、良かった……」
ふぅ、良かった?
僕は何を言っているのかな?
これじゃあまるで……。
ジェットコースターに乗り込んで隣で安全ベルトを身体に固定し、レバーを下ろしてもらってからワクワク待機している唯香の横顔を見詰める。可愛い。大切だ。愛おしい?
わからない。でも僕は……。
「唯香を他の男に取られたくない…」
「………えっ!??……………」
「…えっ!??」
「何で自分で言って驚いてんのよ!??」
顔を真っ赤にさせた唯香が怒鳴り散らす。
「だ、だだだ、だって自然に……」
「言うタイミング!! バカっ!?」
「それでは楽しんでください〜!!」
アナウンスのお姉さんの掛け声と共に、僕らの加速した心拍数が下がる前に不意打ちのように発進するドラゴンツイスター君。少し空気を読んでほしいが、お前が言うなと言われればその通りで反論の余地も無いだろう。
「「…………………………」」
沈黙したままドラゴンツイスターが最高到達点に達した。ここから滝のように落ちて一気に加速し、怒涛のツイスト回転と息もつかせぬ絶叫コーナーが連続する。
落ちる。落ちたのか。
これは、恋なのだろうか?
「「ぎゃああぁあぁ!!?」」
三半規管をぶち砕く勢いの風圧と横Gを受けながら、他のお客様方の絶叫が聞こえて来るがそれどころではない僕と、おそらくは唯香もそれどころでは無かったのだろう。
「それって私のこと好きってことぉ!!?」
唯香からの絶叫代わりの問いである。
「今ここで聞くようなことじゃないのではありませんでしょ〜かぁああ!!?」
「アンタが言うなぁあああ〜!!」
「すみませんでしたぁああ〜!!」
色んな意味で刺激的な体験ができたドラゴンツイスターァああぁアああ〜!! だった。
「ありがとうございました〜! またのご来場をお待ちしておりま〜す!」
「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」」
終わった。何だかよくわからないうちにいっちゃん凄いやつが終わってしまった。
「ば、バカなんじゃないの!? 私がなんのために最後に観覧車に乗りたいと言ったか少しは考えてみなさいよ!??」
「た、確かに……」
そこだわ。色々言うならそこです!
「「………………………」」
「幸兄!」
「はい。すみません…」
唯香に胸ぐらを掴まれる。懐かしい。まだ数ヶ月前の出来事のはずなのに懐かしい。
「い、今のは一旦忘れましょう…」
「は、はい。僕は何も覚えていません…」
2人でそういうことにして、残りの遊園地のアトラクションを楽しんだ。まあ、当然100%アトラクションに意識を割くなんてことはできるはずも無かったんだけどね!
あれよあれよという間に日も落ちて、メインディッシュ足る観覧車に乗り込む僕と唯香。わざわざ唯香が気を利かせて用意してくれた2人切りになれる空間である。
よし今だ! いや違う! たぶん今ではない。まだ高度が足りないんじゃないか!??
でも、唯香はそわそわしているし…。
我慢ができない。
それは唯香も同じだったみたいだ。
「私は幸兄のことが好き! こんなに、誰かのことを好きになったことなんて無いし! 初恋だし! は、初恋を実らせる予定しか無いから幸兄以外を恋人にする気は無いので!!」
「…………………………」
そうだよね!? デートってそもそも、こういうこと言うためのステージだもんね!?
「幸兄は、私が恋人は…ダメですか?…」
「ぼ、僕には勿体無いとは思う…」
「そういうことじゃ…」
「でもっ!!…」
言葉を遮るように割り込んで、続ける。
「他の男に唯香を取られるのは嫌だ!!」
唯香の頬が真っ赤に染まり、瞳に僅かに涙が浮かび上がる。
「…だったら、私が…他の男のものになる前に何もかも全部奪って…全部、幸兄だけの私にして…幸兄が望むなら全部あげるから!」
唯香の全部が欲しいと思った。
思ったけれど、伸ばす手を、グイッと握り締めて優しく解き、引っ込める。
「…ライクじゃないと思う。唯香のことを僕はもう妹として、見ていないから…僕も唯香のことが好きなんだと思う。1人の女の子として本気で好きなんだとは思うよ!!」
「……………………………」
察している表情だった。
名前を出すなと散々言われて来たけれど。
デートの最中に、最低だとも思うけれど、彼女のように自分の真剣な気持ちを伝えないことはもっと最低なことだと、今はそう思うから…。
「…でも、僕にはこれまでに、水城院 幸守という人間が決して壊れないようにって、その人生全てを賭して、こんな僕のことを懸命に支えてくれた女の子が居るんだ!…確かに変な子だけど……こんなこと伝えるのは最低だとも思うけれど、唯香に幻滅されても、それでも僕は…僕の気持ちを伝えるよ…」
それが僕の本当の今だと思うから。
嘘偽りは無い。断じて無い。
「僕には2人好きな人が居る! ライクじゃなくて、ラブの方だと思う! 2人とも幸せにしてあげたいって、そんな都合の良いことを考えてしまっている女の子が居る!!」
「……………………………」
「1人は唯香だ! だってそうだろ…他の男には渡したくないなんて、そんな身勝手なこと本気で考えてしまったんだから……」
そして、もう1人、君の姿が思い浮かぶ。
「もう1人は、ナユタだ…これまでずっと僕のことを支えてくれた大切な人だ。1つ上の姉のような存在で、でも性格は全然子どもじみていて、孤児院からの幼馴染で、ずっと一緒だった。妹みたいだなって思ってた。恋はしないって決めていた時から、そんなことお構い無しに僕を振り向かせようとしてくれた彼女のことが、僕はずっと好きだった!」
「…………そうよね………」
幻滅されるのか? それは、嫌だな。
心が痛む。でも、隠すよりはいい。
偽るよりずっといい。
「知っているわ。そんなこと…」
「………えっ!??…」
「どう考えたって両想いだったじゃない。そんなこと、お祖父様のお屋敷に来たその時から知っていたわよ。見りゃわかるわよ!」
「…あっ、いや、あの、そ…そなの?…」
「バーカ! 何で隠せていると思っていたのか知らないけれど、今更そんなカミングアウトされても困るんですけど?……で?」
唯香のジト目が僕に突き刺さる。
「な、なので、今すぐに、唯香を僕のものにしちゃいます。みたいな返事はできないといいますか。生まれて来てすみませんといいますか。こんな時、どうするのが正解なのか僕にはまだ結論が出ていないといいますか…」
「要するに都合の良いキープをして、私とあのメイドで2股がしたいわけね?」
言われてから気付く。そうだね???
「…何その響き。死にたくなって来た」
「それなりの自覚があるだけ結構よ!…情けない声出さないでくれるかしら〜、イライラしちゃうから〜…」
「……げ、幻滅したよね………」
「まあ、少しだけね!…」
泣きたくなって来た。泣きたいのはこっちの方よと言われたら、満場一致で僕が悪いことになるのだろうし、実際そうなのだろう。それくらいの自覚は僕にもある。悪いと思っていなきゃ後ろめたい気持ちでこんなことを告白していないだろうからね。
「でも、少しくらい幻滅しても幸兄の恋人になりたい気持ちに変わりは無いわ。全く熱が冷めないもの!」
「……………………」
「だって、そういうところも全部ひっくるめて私は幸兄に恋をしたんだもの……」
「…唯香………」
「む、むしろ、ここでメイドと幸せになりますなんて言われてたら私、たぶん1ヶ月は学園を休むくらい落ち込んで、無気力生活を謳歌していたと思うから、ギリギリ耐えたと言っても過言ではなかったわね〜……」
「…何かすみません……」
「やっぱり、立ち塞がるのはあの変態メイドってわけなのね。どうすれば私は、あの変態メイドを打倒出来るのかしらね〜」
いや〜、唯香じゃナユタには勝てないよ。
僕でも勝てないもん。
「物理的に勝つ気は無いわよ! 恋愛で勝てば私の勝ちなんだから! どうせ、変な勘違いで唯香ちゃんはナユタには勝てないよ。僕でも勝てないもん。とか思っていたんでしょうけど勘違いを今ここで正しなさい!」
「はい。ぐうの音も出ません…」
もう唯香に何度心を読まれただろう?
最早ナユタの域に居るのではないだろうか?
「…他の子に…靡いたりしないわよね?」
「………………和奏ちゃん?……」
「ぶん殴られたいのかしら〜!??」
「和奏ちゃんの名前は親友だから出しても構わないって言ったよね!?」
「減点しないとは言ったけど、ぶん殴らないとは言ってないわよ〜!?」
「そんなのズルくない!?」
「誰が悪いか多数決する〜!?」
「今ここで!? 僕が悪いに2票入って僕が唯香に殴られるから嫌だ〜!」
「自覚があるから許してあげるけど!…つまり幸兄は和奏のこともそれなりに好きな女の子として見ているってことね!? 他には居ないでしょうね!? 新園先輩は!??」
尋問が始まった。ここは観覧車という名の取調室だったのかもしれない。
僕は首を思い切り横に振る。
「本当に?…」
ひぐらしの鳴く声のあとに思い切り嘘だと言われそうな展開だったが、それでも僕は首を大きく縦に振る。
「ち、誓って他の子には見向きもしてない! 告白されても全員断った! 気になる子が居るからごめんなさいって断った!」
「気になる子が3人ねぇ〜…」
「その件につきましては、生まれて来てすみませんでした!!」
「生まれて来てくれたことには感謝しかしていないから2度と言うんじゃないわよ! 幸兄が居なきゃ今頃私も、私のお父さんも、お祖父様だってどうなっていたかわからないわ! 生まれて来てくれてありがとう!!」
怒気混じりに言われましても。
まあ、これは僕が悪いな。僕以外誰も悪くないから仕方無いな。
真正面の席に座って居た唯香が頬を赤く染めながら上目遣いで呟く。
「幸兄…そっち行くけどいいわよね?…」
「ぶ、ぶっ飛ばしにですか!??」
「そうね! ついでに、1度くらいぶっ飛ばしておくのも良いかもしれないわね! どういうわけか、幸兄は私の攻撃くらい軽く避けられるはずなのに、1度も避けたりしないものね〜!」
自責の念がありまして。
「…け、ケガはなるべくしないでくれと源治郎さんからの思し召しが……」
「じゃあ、なるべく痛くないようにしてあげるからこっち向いて目を閉じて、思いっ切り歯を食いしばって前歯が折れないようにしておいてくれるかしら?…はぁ〜……」
拳骨を作り拳に息をかけて温める美少女。
顔はやめて。腹にして。見えない場所にしてという被害者の都合は聞き届けてもらえなさそうなので、僕は言われた通り目を瞑って思い切り歯を食いしばる。インプラントも入れ歯もきっとお高い。歯は大事にしたい!
「お、折らないで〜…」
「……折らないわよ。バーカ…」
ちゅっ。
温められた拳骨によるインパクトとは違い柔らかくて優しい何かが唇に押し付けられて、僕はまさかと思い切り目を見開く。
「……んっ!???……………」
「…ん……ちゅっ……はぁ……」
唯香の赤面した顔が目の前に…。
僕、今、唯香と…。
「幸兄からもして…」
「……で、でも僕…2股……」
何なら和奏ちゃんとか言っちゃった。調子に乗って本当にすみません。
「してくれたら、今は許す……」
「………………………」
「私のこと、あのメイドと同じくらい大切に思ってるって、女の子として好きって、それが本当ならお願いだからしてよ!……せめて勝負…させてもらえているんだって、そう思わせてくれてもいいでしょ!……今日は私とのデートじゃないの!?…今日は私だけが幸兄の特別で居させてよ!!」
「…………目を………」
唯香がゆっくりと瞼を閉じる。
彼女を抱き締めるように引き寄せて、僕は自分から大切な義妹の唇を奪いに行った。
甘いリップ。柔らかい感触。彼女から漂う女の子に匂い。キスだけしか許されていないはずなのに、僕たちは抱き合うように、何度も何度も唇を重ねていた。僕からしたはずの口吻は、いつの間にか唯香からの激しいアプローチに変わっていた。受け身の自分が心底嫌になる。それでも僕は…。
2人の女の子を同時に好きになってしまった今の僕には、これ以上自分から唯香を求める資格なんて無いのだと思うから…。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「………唯香……は、激しい…」
とても必死で、不器用なキスだった。
そんな必死な姿もとても愛おしかった。
「私の気持ちはこんなものじゃない…」
「…う、うん………」
「こんなものじゃないんだから、ちゃんと覚えておいてよ。幸兄をメイドに取られたら、私絶対に泣くから…お屋敷中に響くくらい大声で泣き出すからね!!…だって、きっと…我慢なんてできないんだから!…」
「……そ、それは………………」
卑怯だなんて言えない。
それは彼女が、僕に対してどれだけ本気の恋愛感情を抱いているかを伝えるための言葉でしかないから。そして僕は、その気持ちをきちんと受け止めなければならない。
「唯香は僕のことが大好きなんだね…」
「そうよ! だから、片時も忘れないで!…」
「…うん。片時も忘れないよ……」
僕たちはどちらともなく、もう1度だけ、優しくて長い…少しだけしょっぱいキスを交わした。片時も忘れない。絶対に…。
それから唯香は、座る場所などたくさんあるというのに、ゴンドラが下に降りるまでの間ずっと僕の膝に座っていた。後ろから抱き締めて離さないでという言葉に従い、僕は唯香を包み込むように抱き締めた。彼女の良い香りで頭がおかしくなりそうだった。
唯香が恋人になってくれたのなら…。
この先も、こんな日々が続くんだなって。
続いて欲しいなって、そう思った。
「楽しかったわ。今日はありがと! またいつでもデートに誘ってくれていいからね!」
「うん。また、必ず誘うよ…」
「それと、キスしたくなったり、抱き締めたくなったりしたら、時と場所を選んでくれるなら私はいつでも歓迎…だからね!……」
「うっ、うん…か、考えとくよ……」
「私からも、またしてもいい?…」
「時と場所を選んでくれるならね!?」
「ふふっ、わかったわ!! あのメイドくらいには時と場所を選んであげる!」
「うん。…ん?? いやいや、全然わかってないよ!? あ、あの…唯香さん…ちょっと家族会議をしませんか?」
「わかってるわよ〜! うるさいわね! ああ〜聞こえない聞こえない〜。妹に口うるさい兄なんて嫌われちゃうんだからね〜!」
「もう妹に嫌われるのは別にいいや! 女の子の唯香に嫌われないなら、問題無いし!」
「…バカ……幸兄のバカ……バーカ!…」
そんなに頭は悪くないと思うけれど。
今日の僕はところによりお猿さん以下。
僕はバカじゃないとは間違っても言えない。
「……バーカ…」
「………………」
「幸兄、大好き!!」
自己採点。今日のデートは大成功。
そう言っても許されるんじゃないだろうか。




