第61話 最高の囮
「へいへいへいへいへい! パスパスパスパスパスパスパス!! うおぉおおっしゃあぁらぁいあぁあああ~~ぃ! どりゃ〜!!」
気合いの入り過ぎた咆哮と共に金髪を逆立てた2年A組が誇る最弱のお猿こと尚川 照明の蹴り上げたボールが高々と宙を突き抜けた。
見事な場外ホームランである。
やる気ピンク。ストレート150。コントロールZ。ノビ◯。センス×。ケガしにくさ◎。ヒートアップ。闘魂。エラー。三振。ムード×。短気。乱調。抜け球。チームプレイ×。ブンブン丸。類人猿。超ベジタリアン。
彼のステータスはこんなところだろう。
「引っ込めノーコン!」
「舞台降りろド3流!」
「惑星ベジタリアンに帰れ!」
味方からのブーイングを受けながらも、決してめげたりはしない照明君。目立ちはしないがリベロから走らされ、安定したボールパスでそれなりに無難なアシストを連発させている僕にお猿の汚いウインクが飛んで来た。
「さあ、ウォーミングアップはここまでにしようや相棒! ここから本気! 俺様が覚醒するのはこっからだからぁ!!」
「いや、さっきも同じこと言ってたよね? あんまりやりたくはないけれど、フォワード替わろうかテル?」
たぶん。アレよりはマシだ。確信がある。
「もう1回チャンスをください幸守様!」
まあ、あそこまでの情熱が僕にあるわけでもないからして、今回は任せるか。
「次は決めてよテル⋯」
「任せろってんだ兄弟!!」
「はぁ〜!? 兄として義妹は渡さない!」
「そーいう意味じゃないよ〜!?」
気付けば僕はミッドフィルダーのような動きをしていた。ゴールの手前で棒立ちしていたいだけなのに。どうしてこうなった?
「頑張って幸兄ぃ〜!」
「幸兄さん頑張です!」
まあ、唯香と和奏ちゃんに応援されては後ろでサボってもいられないか。水城院家の人間ならば、サッカーだろうがゴルフだろうがアメフトだろうが、それなりに上手く熟して見せるのだ。無様だけは晒せない。
僕は水城院の名を背負っているのだから。
「行ったぞ水城院!」
「ナイスパス! おっと⋯」
ボールを胸でトラップしてディフェンスの居ない空間に落とし、軽く蹴り出してから僕は照明君が飛び込んだ前線のスペースへとボールをピンポイントで送り出す。
「テル!」
「どんぴしゃ! 貰ったぜ先制点! 秘奥技ドラゴンシューッツ!!」
天高く蹴り上げられたボールは本日最大級の場外ホームランとして語り継がれた。威力だけは凄まじいものがある。サッカー部3年のエースストライカー以上だろう。ただし、威力以外の全てが負けている。
僕を含めたチームメンバーたちは溜め息混じりに理解していたことだと諦めた。
「アホだこりゃ」
「ダメだこりゃ」
「無理だこりゃ」
「ウォーミングアップは終わりだ! そろそろ本気を出そうぜ幸守! バッチコーイ!!」
それは野球じゃないのかな?
総当たり戦の第1試合が終了してホームクラスである2年A組の教室に戻って来た僕とそのクラスメートたち。そして、そこに混じる1匹のお猿は軽いミーティングの最中だった。
「水城院のアシスト本当に良かったぜ! それに比べて5回もチャンスがあって何で1回しか決まんないんだよ!? 相手のディフェンダーも別に大したこと無かったし、ゴールキーパーは無駄に威力だけ高いせいで怯えてたんだから軽く打ち込めば入ったろ!?」
「それじゃあドラゴンシュートじゃねえ!」
「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるシュートに改名しろこのノーコンベジタリアン!」
「んだとこの野郎!? 勝ったからいいじゃねえか! ギリギリで勝つように狙ったのさ! 俺様はエンターテイナーだからなっ!」
「嘘吐けハットリ半蔵トリック野郎!」
「野球じゃねえんだよこのハゲ!!」
あ〜あ〜、ムードが最悪だよ。
「止めなくていいの幸兄?」
「えっ…いいんじゃない?…」
わりといつもこんな感じのクラスだよ?
最早ミーティングではなく、お猿の袋叩きではあるが、動物愛護団体が動くことも無いだろう。動物愛護団体が動くことの無いただ1匹だけのお猿。それが照明君である。
「どうぞ幸兄さん! タオルと、スポーツドリンクです! 梶原先輩もどうぞ!」
「ありがとう和奏ちゃん」
「…ん……助かる…」
「え、えへへ〜…」
テレテレと人差し指同士を合わせてもじもじする和奏ちゃん。将隆君の視線が僕に向く。彼女と何かあったのかだって、あったどころの話ではないが、その話は今ここでするのは非常に良くない。袋叩きの対象が僕になってしまうからね! その役は照明君のものさ!
「ようしわかった! 次は俺様がハットリ半蔵トリックを決めてやんよ! 任せろや!」
「言ったなこのお調子お猿め! じゃあ、決められなかったらフォワードはやけに動けてる水城院かマサとチェンジだ! いいな!?」
「水城院と梶原は調子良いよな! けど梶原をディフェンスから外して大丈夫か? 正直この2枚の盾で全部防いだから勝ったような試合展開だったぞ?…」
「確かに、この2枚が抜かれなければどうということは無いという話もある。うちのクラスそれで良いのかという話もある…」
将隆君は動けているが、僕と同じで照明君程やる気は無いようである。やるからには仕方無くそこそこやるムーブを継続中だ。
「フォワードはテル…」
「流石だぜマサ! 俺は良い友を持った! わかってんじゃねえかよぉ~!!」
「ディフェンスにテルとか…ペナルティエリアでファウルを貰われてPKだけで敗ける可能性を上げるだけだ…負けたいのか?…」
「「………………………」」
クラス中が将隆君に、ぐうの音も出ない程説得されていた。
「て…テメェ!? この野郎!?…言いたい放題だなこの野郎! だが許す! 何故なら俺様がフォワードを継続できるからだ! んがっはっはっはっは!!」
「マサって意外とよく考えてるよね…」
「地頭悪くないわよね梶原先輩…」
「理想のお兄ちゃん第2号です?…」
友人たちからの将隆君の評価も、クラスメートからの将隆君の評価もとても高かった。これで面倒臭がりな性格と、やる気の出し方さえ覚えれば女子からもかなりモテそうだ。
照明君がモテるようになるより、将隆君をモテるようにする方が圧倒的に簡単だろうね。
第2試合が始まる前のメンバーとのミーティングで照明君に繋ぐだけではなく、僕も積極的にゴールを狙う事になった。どうしてディフェンダーが前線に上がっているのかと言えば、僕はリベロだかららしい。この役を将隆君に譲ろうとしたら一言、嫌だと言われた。
NOと言える男に僕もなりたい。
リベロだからゴールを狙えと言われてもな。パスとシュートは全くの別物だ。自信はあまり無いのだけれど、確かにこのままテンションだけで空回りしている照明君に任せ切るのもどうかと思う。
彼はうるさいので…。
いや、彼は非常に目立つし元気があるので、囮としては頗る優秀だ。そんな彼を囮として使うために前半は引き続き照明君ばかりでゴールを狙って来た。全部外れたけどね。
応援してくれている唯香と和奏ちゃんにも、自分で自分でと言われるし。照明君はもうマークされまくりだなぁ。
どうせ5本に1本しかゴールの枠の中に行かないのだから彼は放っておいてもいいと思うのだけれど、そんな事情相手は知らないわけで、流石に放置はできないようだ。
盤面は整った。
「………よし…やるか…」
サッカー部はうちにも2人居る。どうして彼らがフォワードをやらないのかというと、部でのポジションが違うかららしい。うちの中盤は本当に優秀なんだけどね。
「カズキ君、ユウヤ君…ちょっといいかな…そろそろ行こうかなと思って…」
「待ってたぜ! この瞬間をよぉ!」
「了解だぜ! 学年首席殿!」
動きっぱなしなのに運動量だけは変わらない照明君にボールを集め続けていたため、次第に相手チームのディフェンスはワンパターンに中央から突っ込んで行く照明君へ引きつけられていた。もう少し左右どちらかに寄ってほしいが仕方無い。
「ユウヤ君…ごにょごにょ……」
「よし、任せとけって!」
小声で打ち合わせを行った後、僕は最前線の照明君に指示を出す。
「テル! 左サイドがら空き!」
「なるほど! よっしゃこっちだな! どらららららららららぁ! へいへいへいへい! ここらでいっちょ汚名万来と洒落込むぜ!」
大丈夫だよ。汚名ならもう万来しているからそのまま続けてディフェンダーを引き付けていてくれると有り難い。
「行くよ! テル!」
「来いや! 幸守!!」
そこから僕は逆サイドに上がったサッカー部の2人にセンタリングしまくって得点を重ねて、照明君は見事にその目立つ頭と態度で最高の囮を演じきったのであった。
計画通り!
「んのやろぉ~! 騙しやがったな!? 勝負すっかこの野郎がぁ~!?」
「流石は我が校の頭脳だぜ!」
「お猿のコントロールもお手のものだな!」
「ムキィイイイ! ウキィイィイイ!!」
「どうどうどうどう! ほらバナナ食え⋯」
「野生のお猿に餌を与えないでください!」
「もぐもぐもぐもぐ、ゴックン!」
実は仲が良いのではないだろうか?
今回は、作戦勝ちだ。
「次の試合も今の感じで頼むぜ尚川!」
「お前のその見事なピエロの演技が俺たちを勝利に導き、使い物にならないと判断され、最後の最後でディフェンダーすら外れたその時にこそ真の主役が登場って筋書きだ!」
「何っ!? 真の主役の俺様無双!?⋯いいだろう。そのピエロの振りとやらを俺様が完璧に演じ切って見せようじゃねえか! 主演男優賞はこの俺様のものだぜ!」
まあ、振りではないんだけどね。
僕からそんなことを言ったら怪しまれると思ってサッカー部の2人に、お猿の手懐け方を伝授しておいた。これで照明君も立派な僕らの戦力というわけさ!




