第59話 釣り合う関係
「…幸守先輩!」
「君の先輩ではないけどね?」
間違えてはならない問題も世の中にはある。
「2番目の彼女にしてください!」
「何言ってるの??」
「俺を捨てる気か!?」
「だ、ダメです! 幸守先輩は誰にも譲りません! 幸兄さんは私のお兄ちゃんです!!」
「「お兄ちゃん?」」
和奏ちゃんも何言ってるの!??
いつもの呼び方に戻っちゃったけど!?
「あっ、えっと、親友の兄が僕なので、一時期、幸兄さんとか、お兄ちゃんとか、呼ばれていたことがあってね…」
いや、僕も何言ってるんだ?
乗らなくて良い波に乗った気がした。
「ダメ元で告ってもいいじゃん! こんなステータス高い人居ないよ! よく見たら顔も凄く良い気がしてきたし!」
それは君、気のせいだと思うよ。顔はよく見たところで第一印象から変わらんでしょ?
「それに幸守先輩お金持ちだよ! だってほら、幸守先輩の着ている服見てこれ!?」
しまった。保険で付けていた値札が!?
「ん!? 1、10、100、1000、10000、100000…ひゃ!??……」
和奏ちゃんを負ぶさっていたせいで咄嗟に引っ込められなかった。策士策に溺れるとはまさにこのことなのだろう。
「あっ、えっと、これは……」
「「…………………………」」
「私、愛人でも大丈夫です!」
「ダメだから!? 少し落ち着きなさい!」
「すげえ、すげえや兄貴!!」
「誰が兄貴だ! 僕に球児の弟は居ない!」
「あっ、では私はいかがでしょう?」
「モーちゃんまで何言ってるの!?」
「……………………………」
「彼氏君放心してる! 冗談だよね!?」
「ダメぇえええ〜!! 誰にも幸守先輩は譲りません! なっちゃんも、モーちゃんも私の幸守先輩を盗らないで! 幸守先輩は誰にも譲りません! 絶対絶対譲りません!!…」
む、胸が思い切り背中に…。
「そ、そうだよね〜。確かに、こんな彼ピ居たら死んでも手放さないよね〜…でも、中学ん時はワカと釣り合う男って誰よって話してたのに…案外居るもんでビックリした〜」
「むしろワカに釣り合って…る?…」
「兄貴、もっと上狙えますよ!!」
「…ハリウッド女優とか………」
言いたい放題だなこの子たち。
和奏ちゃんの抱きつく腕に力が入る。
「……はいはい。ここまでにしよう。こんな話をするために遊園地に遊びに来たわけじゃないよね? 今日は遊園地を楽しまなきゃ!」
「確かに……」
「盛り上がってしまった…」
「せっかくのデートですし…」
「…ん…………」
「むぅう〜…むぅうう〜……」
機嫌を悪くした和奏ちゃんをハッピーな気持ちにさせるにはどうすべきか。そりゃもうあの手で行くしか無いだろう。
「和奏、そろそろお昼時だし、ほっぺの落ちるって噂の、あま〜いホットケーキでも食べに行こうか?」
「食べます!」
よし、食いついた! ありがとう唯香! 和奏ちゃんがもしも何かの拍子に不機嫌になった時の対処法。聞いていて良かった。備えあれば憂い無しってね!
「皆もどうかな?」
「あっ、自分身体作り中なんで!」
流石は高校球児だ。しっかりしている。
「あたし食べる〜!」
「私もお腹空きました」
「食べに行こう…」
「それじゃあ、皆で行こうか…」
「兄貴の奢りで!? あざぁーす!!」
えっ!!?
「「あざーす!」」
ここでダメと言ったら最高にダサいよね?
僕は断腸の思いで頷いた。
「…す、好きなだけ食べるといいよ!」
ははははははは、あ〜。
こんなこともあろうかと、ナユタに軍資金の提供をしてもらっていてよかったが、この借りは大きく付きそうだなぁ。とほほ…。
水城院 幸守は心の中で涙を流した。
僕の諭吉に羽根が生えて飛んで行く。
遊園地の飲食店。高くない!?
食後のデザートまで容赦の無い後輩たちだ。後輩じゃないけどね!? そろそろ僕の胃に穴が空いちゃうから少しは遠慮してね!?
し、仕方無い。これも唯香のため!
そして、和奏ちゃんに恥をかかさないため!
「おっ! 来ましたよカップル専用ダブルアイス! こうやって、両側からペロッと行くアイスらしいっすよ兄貴! ささっ、最後の一口を互いに舐め取ろうとして、ベロとベロが重なり合うところをどうかこの俺たちに!…」
「できるかボケぇ〜!!」
高校球児にデッドボールをくらわせる。そこの売店で売ってたサッカーボールを擬人化した期間限定キャラクターの手のひらサイズのぬいぐるみである。
「いでっ!? あ、兄貴すげえ…甲子園狙えますよ兄貴!? マジ、パねえっす!!」
「え!? ワカと幸守先輩はラブラブの恋人なのにできないので!? 思いの外、高スペックな先輩の登場でちょっと冷めつつある、あたしと彼ピでもできますよ! ペロッ」
「え? 俺別れる気無いけど…ペロッ」
「冗談じゃん…ペロッ」
「兄貴の愛人は本気だったろ…ペロッ」
「それは仕方無いじゃん…ペロッ」
「兄貴なら確かに仕方ねえ…ペロッ」
チュー。
い、逝ったぁああぁああぁあああ〜!??
できるかボケェええ〜!!
「…兄貴、溶けちまいますぜ!」
「そうだね! 君たちが熱々のせいだね!」
モーちゃんとミニミニ将隆君も当然のように逝った。嘘だろと思いながらも、本当に溶け始めているアイスに目をやる。
え? えっ!? え、え?? え! え??
「やりましょう幸守先輩!!」
「えっ!!?…や、やるの?」
僕の持つアイスクリームの端を和奏ちゃんが身を乗り出してペロッと舐める。舌を出してキスを求めるようなそのいやらしい表情に枯らしたはずの僕のナニが反応してしまう。
「ペロッ…幸兄さんも…はやく……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
和奏に手を出したわね。私の親友に、ついに手を出したわね。死刑死刑死刑〜! って唯香に怒られちゃうから!?
「…わたしでは…いやですか?……」
「………い、や…じゃない…けど…」
「兄貴! 女に恥をかかせるもんじゃないですぜ! 食っちまえばいいんすよ!!」
ジントニックの兄貴。食っちまいましょう。そんな黒ずくめの組織知らない。兄貴兄貴言われる度に自分がカラスのように真っ黒なことをしている気がするからやめてほしいのですが!
「……ユイにはナイショにします…」
「…………………ん……ペロッ……」
何だこの公開処刑は。ハイキックか? この公開処刑を止めるには、その首4つにハイキックを決めればいいのだろうか?
こそこそ話す僕。
「…で、でも……」
「だ、大丈夫です! 私は…幸兄さんとキスするのは嫌ではないので………ペロッ…」
「へっ……」
突然和奏ちゃんの頬が真っ赤に染まって、小リスが如く小さな唇を振動させてアイスクリームの片側をどんどこ舐め取って行く。もうこのまま和奏ちゃんに任せてしまいたいところではあるが、今の僕は和奏ちゃんの完璧な彼氏として、彼氏を演じなければならない。
「…ペロッ………」
間一髪のところで止めればいいんだろ?
僕の反射神経なら余裕さ!!
ま、まだ大丈夫。まだ行ける。まだ…。
和奏ちゃんの唇が残り数センチのところまで来て、何て柔らかそうで美味しそうな唇なんだろうなんて感想が脳裏に過ったその時。
薄くなったアイスクリームの柱が倒れてしまう。当然、僕はそれを零さないように反射でそのアイスクリームを頬張りに行く。反射で動くのが僕だけでないことを忘れていた。
気付いた時には、手遅れだった…。
「むちゅっ……んむっ!?!??……」
「…んっ……ご、ごごごごめん!??」
アイスクリームの冷たさと甘さを纏った和奏ちゃんの唇が向こうからも伸びて来て、僕はアイスクリームと共に和奏ちゃんの唇をモロで食べに行ってしまった。
今の感触は紛うことなき………。
「……………………………」
和奏ちゃんは唇を押さえながらしばらく沈黙して頬を真っ赤にしていた。周りからの歓声など僕たちの耳には届かない。なまじ反射神経があるせいで、少し考えればわかったはずのトラップに自ら飛び込んでしまった。
そもそも、これが狙いで生み出されたカップル専用ダブルアイスなのかもしれない。製作者を呼んで来てほしい。とりあえず、そいつにローキックからのハイキック、終いには唯香直伝のかかと落としをくれてやろう!
和奏ちゃんは、嫌がってはいない??
みたいだけれど…顔が凄く赤いし、耳まで真っ赤になってしまっている。
「…ご、ごめん………」
「…ファーストキス…奪われちゃいました…ペロッ、幸兄さんが私の初めてです…」
本当にごめん! 死んでお詫びを!?
というかたぶん僕が唯香に殺される。
オバケ屋敷では全く涼しくなれなかったのに今は心臓まで凍り付きそうな程、凍えているのは何故だろう? あっ、でも段々温かくなって来たよ? 僕も和奏ちゃんとキスできて嬉しいのか? そりゃ、ドキドキしているし嫌じゃないけれど、でも、だって、和奏ちゃんは僕の恋人ではないのに……。
「えへへ〜、ついにやっちゃいました〜」
「………あぐあぐあぐ、ゴックン!…」
このゲームもう終わり! 心臓が保たない!
「な、何かエロくね?」
「わ、わかるわ〜」
「アダルトね…」
「参考になる…」
冷静になったら周りの声が聞こえて来て僕も恥ずかしくなって来た。顔が熱い。
「おっ!!」
「「おっ!?」」
「お会計して来ますっ!!」
「「ごちそうさまでした!!」」
うるさいうるさい!!
うっ、うるさぁああ〜い!!!
ど、どうしよぉおお〜!?
今から入れる保険はありませんか!??
午後からは数時間程、それぞれのカップルで行動することになった。束の間の休息である。
気不味い雰囲気の僕と和奏ちゃん。たった今で構わない。異世界の門が開かれて、怪獣大戦争でも始まらないだろうか。戦うことしかできない戦士のように振る舞えたら、何も悩む必要など無くなるというのに。
「幸兄さん…」
はい。生まれて来てすみません。
「さ、さっきのは事故だよね?」
「じ、事故だと思います!」
「ご、ごめんね。和奏ちゃんの大切なファーストキスがあんな…嗚呼、やっぱり死んでお詫びが必要なのかな!? かなあ?」
「ご、ごめんなさい! 私こそこんなことに巻き込んでしまって本当にごめんなさい! さっきも言いましたが、私は! 幸兄さんとのチューは嫌ではないので大丈夫なので!!…でも幸兄さんは…い、嫌でしたよね………」
そりゃ和奏ちゃんはこの彼氏の振り作戦を僕に依頼した時点で、後ろめたさで何てことをしてくれたんだよこのバカちんがとは言えないでしょうよ。そこは、僕の方が先輩としてしっかり線引きをしておくべきだった。
「僕も嫌じゃないって! それに、彼氏の振りを今やめるわけにはいかないし……役得って事にしといてもらえるかな!?……キスと言っても、アイスクリームのカバーの上からだったわけで、オブラートに包まれていたようなもの、実質ノーカン! あっ、でも事故でも和奏ちゃんとキスできて超ラッキー! 世界一ラッキーな男が僕!?…そういうことにしておいてもらえるかな!?…………」
「世界一ラッキーですか?…」
「………宇宙一にしとく?…」
「………………………………」
何かを考え込む和奏ちゃん。コイツをどう裁いてやろうか。なんてことを天使の和奏ちゃんが考えたりはしないだろう。僕が裁かれるとしたら、唯香かナユタにだろう。
「宇宙一ラッキーな女の子です…」
「ぼ、僕は女の子ではないよ?」
僕が女の子に性転換すれば、あの異性とのファーストキスという一件を無かったことにできるとでも言いたいのか。性転換手術っていくらかかるのでしょうか? 僕の内臓売ったお金で足りますか?
「私です…」
「………へっ?…」
「宇宙一ラッキーな女の子は私です! 幸兄さんは、自分に自信が無さ過ぎます! 皆さん言っていました! 私よりずっと、幸兄さんの方が凄く凄いんですよ! 私では…幸兄さんには釣り合っていないんです! 釣り合っていない私が幸兄さんと、き…キスできたんですから、ラッキーだったのは私なんです!…人の運を取らないでください!!…むすぅ〜…」
「……………それで、いいの?……」
「それでいいです!…それよりも…」
「………………………」
「こんなことで、幸兄さんに嫌われてしまう方が、私は怖いです……」
「き、嫌わない嫌わない!? ちゃんと和奏ちゃんの理想のお兄ちゃんも続けるし!」
「…理想のお兄ちゃん………」
「うんうん! 任せてよ!」
「…………………………」
ん? 何か間違えた??
「はい…よろしくお願いします……」
「よろしくお願いされます!」
これで、一先ず延命はできた。のかな?
和奏ちゃんが唯香かナユタにこのことをポロリと零した瞬間に僕は死にそうだが、仮にそうなったとて恨むまい。和奏ちゃんのファーストキスにはそれだけの価値があった。僕はそう思うからね。
ここはとある遊園地。
とある建物の陰である。
身を隠すには打って付けのその場所には、ピキピキっと血管が切れる寸前で堪えている黒髪ツインテール少女と、にっこりニコニコ笑う緑髪メイドの姿があった。
「あっ! メイドさんだ〜。髪緑だ〜!」
目立つから変装しろと言ったのにお屋敷勤めのメイドはこれ以外に服を持っていないからとメイド服姿のまま飛び出して来た。遊園地のキャラクターと思われているようだ。
幸兄が尋ねる。付いて来ないでよ?
私は答える。当たり前でしょ!
黒髪ツインテールの少女が義兄と誓った約束は所詮ただの口約束。あえて言おう。そんなものバレなければ、約束は果たされたも同然なのである!!
もし万が一、幸兄が和奏を変な所へ連れ込もうとしたら、事件が起きる前に止めに入る。昼食の時に一瞬2人を見逃してしまったが、大体は監視に成功している。
それにしても良い雰囲気よね?
「ふっふっふ、正義は我にあり~っ!」
バレないように地味な格好をして義兄の後を追って来た黒髪ツインテールの少女、水城院 唯香は隣で叫んだ無駄に隠密スキルの高いメイドさんの襟を掴み引き止める。
「待ちなさいよおバカ!」
「何故止めますか唯香様ぁ〜?」
「とりあえず、私たちはここには居ない予定なのよ! 武力介入しないって言うから連れて来たんだから約束は守りなさいよね!?」
武力介入されたら和奏が瞬殺されてもおかしくはない。このメイドと野生のライオン。どちらが恐ろしいか正直よくわからない。良い勝負をしそうだ。
「幸守様との約束を破って女々しく尾行している唯香様に言われたくは無いですね〜…」
「今のところまだ完全はんっ…約束は破られていないわ。アンタが勝手な真似をしなければこのまま無事に終われるわよ! とにかく、今回だけは私じゃなく和奏のために言うことを聞いて!…ください……」
「はぁ〜、仕方無いですね。唯香様のためではないというところが気に入りました。今回は唯香様に従いましょう…」
「…………私、ナユタ嫌い…」
「はい〜! 存じておりま~す!」
そもそも、アンタだって幸兄に任されたお屋敷の警備をプライベートポリスの皆さんに丸投げして出て来たじゃない。これがバレたらアンタこそ幸兄の信用を失うわよ!?
互いにバレてはいけないはずなのだ。
嫌いでも今は尾行仲間であり、互いに秘密を守り通さねばならない仲となった。最低限は仲良くしなくては仕方が無い。
「唯香様、和奏様は幸守様を理想の兄役として好きなんだと思いますか? それとも、性的に好きなんだと思いますか?」
「アンタ言い方を選べないの? 選んだからそうなったの? 後者は…つまり、異性として好きなのかって捉え方でいいのかしら?」
「まあ、大体そんな感じです。ようは、その雄とエッチして子を残したいかです!」
幸兄の子を残したいかどうか?
それは、い、いずれは……。
何考えてるのよバカじゃないの気が早いにも程があるわよ私のおバカ!?
「アンタはもう少し恥じらいというものを持ちなさいよね! 声もデカいのよ! 幸兄ってかなり勘が鋭いんだから、尾行がバレちゃうでしょ!?…」
「盛大にブーメランですね〜」
少しだけ冷静になるために深呼吸。
「和奏に、直接聞いたことは無いけれど、あれはどう見ても…ライク……の範疇にはいない態度に見えるわね。つまり…」
「ほう。幸守様の子を孕みたっ……」
「男としてっ! 男の人として好きになっちゃってる感じだと思うわよ…ハラミ言うな!」
つまり、和奏もそうなんだ。
これまでだって、どう考えたってそうだったけどね。まさかとは思うけれど、和奏に告白されて、あっさりOKしたりしないわよね?
和奏も私の友人で、ライバルになるんだ。
相手にとって不足はないけれど、どういうわけか彼氏が居る他の子からも口説かれているように見えたのは何故かしら?
会話は聞こえないけれど、やっぱり幸兄ってモテるんじゃない!
僕はモテないよ〜。なんて言葉鵜呑みにするんじゃ無かったわ。幸兄のアホ。嘘吐き。
「デレデレするな…幸兄のバカ……」
「送り出しといてそれですかぁ〜…」
女の子にまるで攻略されない難攻不落の要塞だと信じて送り出したけれども! 不安な気持ちにはなるのよ。だって、和奏はとっても可愛いし、幸兄が恋に落ちる可能性は充分にあるもの。
………仕方無いじゃない…。
「幸兄のアホ……」
「唯香様も立派な幸守様中毒ですね〜。ですが、気持ちはわかりますよ。横からかっさらいそうな伏兵が居るとするならば、あの娘くらいですからね…」
水城院 唯香。並びに、水城院 ナユタの2名は運悪く最大の山場を見逃していたのだが、彼らを見失わず現場に居合わせていたら、きっと凄いことになっていただろう。
ぶるるるっ!?…お、悪寒が……。
水城院家のお屋敷に居る唯香に噂でもされているのだろうか?
和奏ちゃんが本当の彼女だったなら…。
いいや、それは考えても仕方の無いことだ…。
僕は和奏ちゃんの理想のお兄ちゃんだからね…。




