第5話 兄妹設定
春風が吹き乱れる中、きめ細かいツインテールの黒髪を靡かせながら徒歩で私立鳥羽園学園に通う新入生の少女。真新しい制服がとてもよく似合っている。
ナユタ以外でこれ程までに整った顔立ちの美少女が存在するなんて正直驚きだ。
彼女と何とかして親しくなろうと試みたのだが、迫れば迫る程に煙たがれてしまう哀れな男子高校生の姿がある。ていうかそれは僕だった。初顔合わせから数日、水城院家のお屋敷で1つ屋根の下の共同生活を送って来たわけだけれども、全く仲良くなれなかったよね!
少しへこむよ。努力はしたつもりだけどね。結果が伴わなければ僕の場合は無意味だ。
この地域はそれ程治安が良くない。まだ明るいうちから、登校中に何かがあるとは思わないけれど、念のためにボディーガード紛いのことはしておく。僕が今ここで、彼女のためにしてあげられることなど、この程度のことだろうからね。
仲良くなれないのなら、無理に仲良くする必要は無い。そうは言っても最低限の業務連絡は行える程度の関係は維持しておきたいものだ。僕は唯香お嬢様に自分が嫌われているのを承知の上で近付いて行く。
「えっと、唯香お嬢様? 心なしか歩くスピードが速くないかな?」
「別に速く無いわ。普通よ。アンタの足が短足で遅いだけよ! フン…付いてこないで!」
「いや、それはちょっと…通っている学校が同じわけだし、スタートもゴールも同じだから、登校ルートが一緒になってしまうのは不可抗力だと思うんだよね?…」
「だったらアンタだけ回り道してよ! または登校時間をズラしたらいいじゃない!」
「いや、それもちょっと…」
「だったらせめて、話しかけないで! うざい!」
取り付く島も無い。美少女からの本気のうざいは心に深く突き刺さる。若干涙目にもなってしまう。
これでも学園が始まるまでの数日間、春休みの間に必死に仲良くなろうと努力はしたんだよ?
結果が伴わなかったから無意味だけどね。
源治郎さんも、養子の僕と孫娘の唯香お嬢様の仲が犬猿だなんて望んではいないだろう。もう少しだけ頑張ってみようかな。好きになってくれとは言わない。普通に話ができる程度で構わないんだ。
「そんなに僕が嫌い? 確かに、唯香お嬢様の下着姿は見ちゃったけど…」
「にゃぅっ! わわ、忘れなさいよバカぁ! 何なのよ信じらんない! 最低! 変態!」
嫌われている自覚はあったがそれが最もという字を用いる最低ランクだったとはね。この底が見えない溝は埋められるのだろうか。僕と唯香お嬢様との関係は、僕が水城院家を去るまでこのままなのだろうか?
いや、この程度の仲直りもできないようでは僕に先など無いだろう。最終目的である、源治郎さんと息子さんを仲直りさせることなど不可能だろう。予行演習は必要だ。
先ずは彼女と仲直りしなくてはならない。
それができなくとも…。
できなくともなんて考えは一旦ゴミ箱に捨てるんだ水城院 幸守! このくらいできなければいけないんだ! これが僕の新学年での課題其の1なのだろう!
「唯香お嬢様!…あれ? って歩くの速っ! ちょっと待ってってば、お嬢様ぁ~!」
せめて好感度はマイナスからではなく、ゼロから始めてほしいところだ。今更手遅れなのだろうけどね。
学生である僕、水城院 幸守と彼女、水城院 唯香お嬢様が通うのはここ私立鳥羽園学園高等部。お金持ちの坊ちゃんお嬢さんもそれなりに在籍している学校である。
とはいえ、平均的な学力レベルは大したことはない。学年成績首席クラスの在校生は現役東大生並みの頭脳を1年次から持ち合わせていたりするのだが、そんな生徒は数えられる程度しか居ない。逆に下位はそこらの公立校の下の下と同程度だ。詰まるところ、僕らの通う学園は、そこらの一般的な高校とそれ程大差は無いと言えるだろう。
「おっす! 幸守! また同じクラスだな!」
ご覧の通り、運が良ければバカでも入学できる事は証明されているからね。彼が進級できているということは、今年は全員進級できたということだ。まず間違い無いだろう。
「おい何だその不愉快な視線は!?」
野生の勘なのだろうか。
コレがアホの子です。彼こそが我が校の最底辺と呼ぶべき代表生徒です。そんなご紹介に預かった彼が不愉快極まりない気分になるのは仕方の無いことだろう。
校門前から学園を眺めていた唯香お嬢様の隣に近付く見知った顔の友人。美少女には声をかけろがデフォルトの行動なのだろう。唯香お嬢様を早速ロックオンしている。
「でだ! この可愛い後輩ちゃんは誰子ちゃんなわけよ幸守く~ん!?」
下卑た面構えだ。唯香お嬢様が下心100%の金髪男を見てドン引いてしまっている。近くに居るとバカが移ることに勘付いた様子である。そうだ。テルテル菌にはアルコールの霧吹き消毒が有効だ。目を狙うんだ。今度痴漢撃退スプレーを唯香お嬢様にプレゼントしよう。重ねて言おう。目を狙うんだ。
いや待てよ。それ、受け取った瞬間に僕の目に飛んで来る確率80%はありそうだ。やっぱり止めておこうかな。痛いのも染みるのも嫌だしな〜。
新学期早々僕の思考はテルテル菌に汚染されてしまったのか。馬鹿な考えは一旦そこらに置いといて。
折角なので、唯香お嬢様に彼を紹介しておこうかな。いいや、必要無いな。うん。
無駄に大きな図体に、見るからに単細胞そうな面構。更には逆立つ金髪を象徴とするあの伝説の超戦士たちをリスペクトした髪型で決めているお調子者の彼の名は、以下省略…。
「馬鹿野郎! 1番大事なとこを省くんじゃねえよ! 俺に彼女は居ない! フリーだぜ!」
1番大事なところは名前じゃないらしい。君は今日から名無しの権兵衛君として物語に登場することになるが、構わないだろうか。別に僕は構わない。一向に構わない!
「これは一応、友人のテル。モテない…」
「その補足説明は要らなかったよな!?」
言われなくても理解していそうな唯香お嬢様がジト目で僕の友人その1を眺めているが、特に興味は無さそうだ。印象の悪い男の友人。そんなもの印象が良いはずもない。計画通りだ。
関係を尋ねられると面倒なので、一応設定があるのだけれど、源治郎さんが定めた設定なので唯香お嬢様も文句は無いだろうし、そういうことにしておきますよお嬢様。
惑星ベジタリアンから飛来した金髪猿の後ろから更にもう1人、これまた見知った女生徒が顔を覗かせている。手間が省けて良い。後から根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だ。
「…彼女は……僕の妹だよ…」
嫌だった? ごめんね。睨まないでね。唯香お嬢様をチラッと見ると案の定軽く睨まれはしたが、源治郎さんの設定を否定するまでには至らなかったようで一安心だ。
「…バカな兄が…お世話になっているようで…」
うわ。僕を兄と呼ぶの嫌そう。
「ううう、嘘だなととと、友よ! この子が幸守の妹だって? その可能性はありえない。だって可愛いじゃねえか!?」
失礼だな。唯香お嬢様程ではないにせよ、僕だって顔立ちはそれなりに整っているだろ。少なくともテルよりはモテている。何せ約1名の女子からは週に何度か夜這いを仕掛けられる程度にアプローチを受けているからね。
やっぱり、内鍵は必要なのでは?
「血の繋がりの無い義理の妹なんだよ…」
「義理の妹だと!? そんな、まさか…義理の妹ってことは、幸守お前この子に手を出すつもりじゃねえだろうな!? 着替えを覗きたい放題じゃねえだろうなぁ〜!??」
見て来たように言い当てられる。唯香お嬢様もこちらを睨みつけて来るが、ポーカーフェイスでやり過ごしてほしい。ボロを出さないでほしい。このお猿は勘が鋭いんだ。
「ははははは…まさかまさか…手を出すなんて滅相もないことだよ。そもそも僕は唯香に普通に嫌われているし……」
「フン……」
「そうなのか? そいつは愉快だな!」
照明君からしてみればそうだろうさ。
「ふむ、ふむふむ…後輩ちゃんは水城院何ちゃんなのかな? お姉さんにちょいと教えてみようか。後輩ちゃん」
唯香お嬢様に尋ねる見知った同級生の名は新園 弓莉。あだ名でよくユミリンなどと呼ばれているが、必要以上に誰かと仲良くなる気の無い僕は名字にさん付けで呼んでいる。
「新園さん、後輩をイジメないでね。ガキ大将じゃないんだからさ」
「イジメてないさね! 私はただ、後輩ちゃんから面白そうなニオイを嗅ぎ取っただけさ!」
変な奴の友達はやっぱり変な奴だ。とでも言いたいようで唯香お嬢様は関わり合いになりたく無さそうな微妙な顔をしている。
まあ、気の良い奴らではあるんだよ。
無害か有害かは諸説だけどね。
「早速だけど妹ちゃん口説いていいか!?」
「それはダメだね。どうせ振られるだろうからやめとこうか。僕は、妹に振られて意気消沈して1日テンションだだ下がりになっていたのに、寝て起きた次の日にはすっかり元気を取り戻した能天気ベジタリアンの姿なんて見たくもないよ。面倒臭い…」
「何だとこの野郎!? 上等だ表へ出やがれこの野郎! 妹ちゃんを賭けて勝負だ! ババ抜きで勝負しろこの野郎!」
ここは既に表だけれど。表で室内の遊びを提案されても困る。殴り合いで白黒つけようなんて言われなかったことは平和的で良いとは思うけれど、申し訳無いが僕に唯香お嬢様をどうこうする権利は無いので余裕の却下だ。
「おい、こら放せよマサ!?」
因みに、暴れようとする飛来系ベジタリアンの関節を決めて難なく拘束している後ろの少年の名は、梶原 将隆君だ。あだ名はマサ。基本は無口で無表情。いつもやる気の無さそうな顔をしているけれど、やる時はやる本気にさせると凄いタイプの僕のまともな方の友人だ。
「おはよう。マサ…」
「ん……はよ……」
男性陣営が騒がしくしている中で、新園 弓莉は渋柿でもかじったような顔をしながら嫌々対応する唯香にひたすら話しかけていた。
「お名前は? 住所は? 電話番号は? スリーサイズは? 好きなもの嫌いなものは?」
水城院 唯香は思う。この上級生からはどこかの緑髪メイドさんと似た臭いがする。所謂苦手なタイプというものだ。
ともあれ名乗ってはいけないわけでもないので唯香は吐き捨てるようにその名を先輩である女生徒に教えた。本命となるオマケを添えて…。
「唯香です。嫌いな者はそこの変態です!」
躱せ!!
危険察知能力に長けた僕は指差しをサッと避けてから、友人の背後に隠れ、盾として利用したそこの変態こと照明君に話す。
「変態だってさ。嫌われたね…テル…」
「ガーン!? いや、オメェ…今ロックオンされてたのは幸守じゃねえのかオイ? ってかマサが腕をロックしてっから俺は避けれもしねえじゃねえかよう!?」
「「ドンマイ…」」
僕と将隆君は変態の汚名を着たくないため、心の傷くらい寝て起きれば治せるタフガイの照明君が変態扱いされたことにした。別に間違っちゃいないので良いだろう。
「お前ら後で覚えておけよ!?」
「……………変な人たち………」
唯香お嬢様は軽くお辞儀すると、新園さんの横をすり抜けて校舎へと1人歩いて行った。ここまで来れば警備員さんも居るため、ボディーガードをする必要も無いだろう。
あの性格では友達づくりはハードルが高そうかもしれないが、容姿は良いので彼女に話しかける人は少なからず居るはずだ。まさかとは思うけれど、いきなり男友達ができたりはしないよね?
「幸守君よ~、仲悪そうじゃないかい? 所詮妹なんてこんなもんって事なのかな?」
逃げるように学園へ消えて行った唯香お嬢様を見詰めながら、僕は友人である新園さんの質問に答える。
「複雑なご家庭の事情なんだよ。僕も仲良くしたいのが本心なんだけどね。唯香おじょ…義妹は、僕を酷く嫌っているみたいだ…」
自業自得なんだけどね。言わないでおこう。
「あの子と1つ屋根の下で暮らすことになったんだよね? てことは、不慮の事故で生着替えでも見ちゃったとか〜? 歳下に嫌われるとか珍しい〜!」
頼むからエスパー少女とか勘弁して下さい。
「ち、違うよ…」
「ふ~ん、幸守君は相変わらずラッキースケベなわけね。メイドちゃんだけでは飽き足らずに義妹にも手を出すなんて…」
手を差し出したりはしたけれど、手を出して言い寄りはしていない。断じて否だ。
「………………………」
「おや、だんまりかね?」
黙秘する。新園 弓莉というこの少女は会話で言葉巧みにボロを出させる事に長けた女の子なのだ。メンタリズムで勝負するつもりは無い。このパターン、ベタ降りで良い。だんまりを決め込むのが最も安牌なのである。




