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第54話 護身術


「…幸兄、これって、私のため?……」


頬を赤くして上目遣いで見ないでほしい!


「…だ、だから!…違うって! 自分のため。僕はただ…また、もしもの時が来た時に…身体がなまっていて動かなかったなんて理由で…大切な人を守れないことが…嫌だから……」


「……大切な人に私、含まれてる?…」


先ずは、その上目遣いをやめてくれ!!


「ど、どうだろうね……」


「何度も命懸けで守ったくせに……」


わかってるなら聞かないでよ!?


「イチャついているところ悪いのですが、ナユタも幸守様にあの程度の襲撃で死なれては困りますので、本気で鍛え直しますよ〜!」


「イチャついてないよ!」

「イチャつくのはこれからよ!」


作画崩壊そろそろ直りませんか!?


「ああ、もう! 始めようナユタ! 唯香、見学するのは自由だけど、見学するなら危ないから離れて見ているんだよ?」


「うん! ちゃんと見ているわ!」

「…ううっ……………」


やりづらい。


でも、丁度良いかもしれない。


外からのプレッシャーという要素は戦闘における大事なファクターの1つだ。唯香が見ていてくれるのなら、願っても無い。本番の環境と同じじゃないか。誰を守るために鍛え直そうと思ったのかって話だよ。


僕が1番守りたいのは…。


言わないけどさ!!


ナユタが僕の上段蹴りを軽く腕で止める。


「20%から行きましょう幸守様!」

「オッケー! 病み上がりだからね…」


組み手。組み手。組み手。組み手。


ひたすら実戦的な格闘術の繰り返し。


拳と掌底の応酬。突き出し、受け止め、弾いていなし、また突き出す。そこに蹴り技も混ぜて、互いの身体を温めて行く。ナユタのペースが徐々に上がって来た。


「30%です幸守様!」

「大丈夫、まだ付いて行ける…」


「…………………凄い…………」


3割の力も出せば、そこそこのアクション映画で見られる格闘技の応酬くらいにはなっているだろう。


唯香は僕の頼みを聞いて、離れたところから見てくれている。


40%…50%…60%…。


これ以上は厳しい。


意識して、脳のリミッターを外す。


「80%です幸守様!」

「くっ……限界だ…はぁ、はぁ、はぁ…」


ナユタが持つ8割程の力が、僕が捻り出せる限界値だ。ナユタに汗をかかせることくらいはできるが、彼女がその気になれば僕など瞬殺しているだろう。でも、今更無い物ねだりする気は無い。この限界値を必要な時に迅速に引き出せるようにしておきたい。


それが、僕の今回の目的。


僕にできないことを無理にはしない。意味が無いから。持てる力をいつでも引き出せる脳にしておくことが重要だ。


ナユタと幾百もの拳を交えて、調子を取り戻してきた後、無理はせずに少しだけ休憩することにした。ナユタは才能の塊だよ。勝てる気がしない。男の僕が女の子のナユタに勝てる気がしないなんて、情けない限りだけれども、腐ったりもしない。


これが僕の能力なのだから、僕は、僕の持てる能力の全てを用いて物事に対処すればそれでいい。身体の扱いにかけて僕はナユタに完敗しているが、状況判断や計算能力なら僕の方が勝ってはいるんだ。


僕には僕に合った戦い方がある。


それだけのことだ…。


「…身体中に幸守様の汗が飛び散り染み渡るこの感覚! この高揚! あぁああ〜ん!」


「さっさと拭きなさい変態メイド!」


唯香が白いタオルを投げつける。部屋の端にある棚から出してくれたようだ。


「どうぞ幸兄。スポーツドリンクも…」

「ぜぇ、はぁ…えっと、ありがとう唯香…」


ナユタとは随分と対応が違う。


「嫉妬とは、お可愛いことですね〜」


「何よ変態メイド! 私だってやろうと思えば幸兄の相手くらいできるんだから!」


「ほほ〜、ほ〜、ほほほ〜…では、こちらに唯香様のサイズに合わせて仕立てておいた道着がありますので、その大口がホラでは無いことをこのナユタめに見せてくださいませ」


だから、いつ仕立てたんだよ!?


そしてどこから取り出したんだよ!?


「はぁ、はぁ、はぁ…なっ、何言ってるのナユタ? 唯香には無理だって……」


「そ〜ですよね〜! 唯香様に幸守様のお相手は無理ですよね〜! 幸守様にかかと落としを食らわせて気持ち良くなっていた唯香様もそろそろ気付いていますよね〜! 幸守様は避けようと思えば100回中100回唯香様のへっぽこキックを避けられたんですよ〜!」


今更そんな話掘り返してどうするの!?


「…ぐっ…この、意地悪メイドぉ〜!…」


唯香の闘志に火がついた。


唯香は突然服を脱ぎ、道着に着替え始めてしまった。僕は慌てて目を閉じて、隅っこの方に飛び退き見てませんアピールをする。


「…って!? ダメだよ唯香本当に!?」

「私にだってできるわよ!?」


「おや、調子出て来ましたね唯香様ぁ〜」


確かに調子は出て来たが…。


「着替えた!」

「着替えちゃったよ!?」


何を考えているんだナユタ!?


「良いではありませんか幸守様! この際、逃げ回ることすらできなかったお荷物唯香様にある程度の護身術を叩き込んではいかがですか? 幸守様の足手まといは嫌ですものね〜?」


「幸兄! 私に護身術を教えてよ!!」

「挑発を少し受け流そうよ唯香!?」


でも、ナユタの進言にも一理ある。


唯香自身が護身の術を持つことは、唯香自身の身を守ることにも繋がりはする。繋がりはするけれど、それは相当後の話だ…。


「いや、ダメだよ!」

「どうしてよ幸兄!?」


「中途半端に学ぶのは危ない。少し学んで、自分にもできると思い込み、不要なリスクを冒す必要は唯香には無い!…唯香は僕が必ず守るから…だから学ばなくてもいい……」


「………………………」


「ナユタ。唯香を煽らないで…怒るよ…」

「出過ぎた真似でした。ご容赦を…」


素直に謝ってくれるナユタ。


「私だって何かしたい…」


「…………え?……」


「私だって幸兄のために何かしたい! 私じゃ何もできないって言いたいの!?」


「できないんじゃなくて、する必要が無いと言ってるんだ。護身術は一長一短で体得できるものじゃない。体得した気になっている人は世界にごまんと居るだろうけど、いざという時に実際に使い熟せる人は稀だ! それよりも、できるつもりになって相手を煽るような真似をする方が危ないんだ!…唯香ならわかってくれるよね?」


「幸兄の言うことはわかるけど……それでも私も何かをしたい!…だったら、私は幸兄のために何ができるのよ!?…私もナユタのように役に立ちたいだけなのにっ!!」


「………唯香……」


「幸守様、このまま放っておいたら、我流で覚えようとしますよ〜。そちらの方が最悪の足手まといが爆誕しかねません!」


ナユタが煽ったせいでしょうに!


確かに、優秀な敵より、無能な味方の方が厄介だという言葉もある。唯香は無能ではないが、中途半端な技術を振りかざし、役に立とうとして空回りしたら本当に危ない。


だとするならば、ここはあえて教える知識と技術を限定しよう。


「はぁ、わかった…ただし、危ない真似はさせられないからね! 唯香に教えるのは敵を制圧する技じゃない。リスクとリターンを考えて冷静に行動できる?」


泣き喚いて頭を抱えうずくまっていてくれた方がこちらに都合の良い場合も多い。パニックになってわけのわからない方向に走り回られるより何倍もマシだ。


「やってやるわよ!!」


「……本当は…唯香に危険な真似をさせたくはない…」


「うん!…幸兄、わがまま言ってごめん…」


「…………いいよ…」


「でもね…私…私は……幸兄が血を流している最中に身を伏せて怯えているしかできなかった自分が許せなかったのよ!」


「………………………」


「幸兄や、メイドのように、ああいうことで私が役に立てるなんて、自惚れたりはしないわ! でも…私が怯えずに、もっと冷静に動くことができていれば…自分の目と耳を塞ぐことくらいできたと思うの!…幸兄の耳を負傷させずに済んだはずだもの!」


「…あれは、僕の判断ミスだよ……」


「だとしても! 同じように何もしない自分が許せないの! だからせめて、私を守りやすい女にして! それが、私にしてあげられる精一杯だと思うから!…」


唯香は頭の良い子だ。自分にできることと、できないことの区別ができている。


守られる側の立ち回りを知る。


確かにそれは今の彼女に必要なことだ。


そういう話ならいくらでも協力しよう。僕にとってもプライベートポリスの方々にとってもありがたいことこの上無い。


「わかった。それなら、やっぱり道着を着る必要は無かったと思うけどね。どんな時でも冷静に頭を働かせるようにすること、それが唯香の課題だ。正しい知識を得て、冷静に頭を働かせることさえできれば、唯香は直ぐにでも守りやすい警護対象者になれると思う。地頭は良いからね」


「どんな時でも冷静に…」


早速体験から学ばせよう。


「ナユタ!」

「はい! 幸守様ぁ〜!!」


僕の呼びかけでナユタが唯香に襲いかかる。どこから取り出したか玩具のナイフだ。


「きゃっ!??…」


ナイフが唯香の顔の寸前で止められている。いきなりやり過ぎかもしれないが1つ目の課題はこれだろう。


「唯香様…何故、目を閉じるので? それは最も愚かな行動です。何も見えずに何をどう判断し、対応するつもりなのですか?」


「……だ、だっていきなり!?………」


「守りやすい警護対象者を目指すのでしたら自分がどのように動けば守りやすくなるのかを考えて動かなければ意味がありません。目を瞑るなんて、思考の完全放棄ですよ〜! 先ずはその臆病さの矯正からですね〜」


言い過ぎ。僕だって始めのうちは目を瞑ってしまったし、唯香は至って普通だ。


初めから恐れを知らない戦士のように柴神師範に向かって行けたナユタの方が、どこかおかしかったと思う。そう思いたい。


「言い方に棘があるよメイド…もう少しオブラートに包んでくれる?」


「申し訳ありません! でも、嫌です!」

「……目は瞑らないわ!……続けて…」


「ほらほら〜! 唯香様も、厳しいレッスンがお望みみたいですから〜!」


君が挑発したからでしょうに!!


「ああ、もう…でも、絶対にケガさせたりしないでよナユタ?…」


「それは、唯香様次第ですね〜!」


玩具のナイフは続投で、ナユタに不審者を演じてもらい、唯香には相手を挑発しないように時間を稼ぐ術、立ち回りを伝える。


唯香は知識から学ぶべきだ。


唯香に敵を倒す技術は必要無い。彼女に必要なのは危険から自身の身を護る護身の心得だ。彼女が一定ラインの攻撃を回避、あるいは防御可能だとするならば僕もプライベートポリスも敵の制圧に力を割くことができる。


状況を長引かせることが危険な場合、例えば相手が拳銃などを所持していた場合などは多少のリスクを取っても敵陣の制圧を優先させた方が良い場合もある。


直近の誘拐事件がそのパターンだった。状況に応じた最善手を限られた時間の中で判断し、正しく動くことは難しい。けれども、前もってある程度の事態を想定しておけば、用意しておいた行動のパターンから最善と思われる1つを選んで行動することくらいは可能だ。


先ずはこれを反射でできるようになってもらう。


遅かれ早かれ、水城院家の人間として必要になって来る知識だったのかもしれない。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」


「幸守様ぁ〜、このツインテール生意気にも動けます! 可愛げがありませんね〜」


「こらこら〜、雇用主の孫娘をツインテールだとか生意気だとか言わないの…」


「アンタは動き過ぎなのよ!? ほ、本当に人間なの? 幸兄も、若干人間か怪しいけれどアンタは確実に人間を超えているわよ!」


「それ程でもあります!」

「褒められてはいない気がする…」


唯香もナユタの実力を認めているのだろう。コンバットメイドのナユタに動ける。生意気。と言われて褒められたことで、逆に自信がついてしまったようだ。


確かに思った以上に筋が良い。運動神経も抜群だし、判断能力もある。言われたことを確実に実践できているし、向上心もある。


ここまで動けるのなら本格的な護身術を教えても、ものにするのではないだろうか?


いや、それは自分が楽になりたいだけだ。


当初の目的通り、警護対象者の唯香を戦力としてカウントするような真似は止そう。彼女に教えるのは知識と状況判断、回避と防御による立ち回りのみに留めておく。


休憩を挟みつつ、数時間かけて唯香に必要最低限の護衛対象者側の心得を叩き込んだ。その後は身体が動かなくなるまでひたすら回避の特訓をやらせてみたが、本当に筋が良くて驚いてしまう。身軽で柔軟な体捌き。素人の振り回すナイフくらいなら、8割方躱してしまえそうだ。末恐ろしい源治郎さんの孫娘。


しかし、慣れないことをして体力を使い果たしたのか、汗だくになった道着姿の唯香は肩で息をしながらフローリングに倒れ込み…。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…ぜぇ……も、もう限界……あんだけ動いて何でアンタは…はぁ、はぁ…息1つ切らさないのよ!?…」


「幸守様の女としての格が違うのですよ!」


「こんのっ! まだまだ!……」


「だからっ! 変に煽らないで! 唯香も真に受けて立ち上がろうとしないで!!…無茶をしても良いことなんて1つも無いから…」


流石にもう起き上がる体力も無い様子だ。初日から、ナユタはどれだけハードに叩き込んでくれたんだと思ったが、唯香の真剣な表情と学ぶ態度に見惚れてしまい、途中で止められなかった僕も僕だな…。


ここは強制終了とさせていただく。


「よいしょっと…」

「きゃっ!? にゃににゃににゃに!??」


お姫様抱っこで唯香を持ち上げる。


「お疲れ様、唯香…今日はここまでにして身体を休めよう。それに、僕もナユタと組手して僕自身を鍛え直したいからさ…」


唯香を部屋の端まで運んで座らせる。


「あっ…お姫様抱っこ……」

「………ん?…………」


「…な、何でもない!……」


いちいち反応が可愛い子になってしまった。


「…幸兄………」

「…ん?……」


「あ、後で一緒に…おふ………」


後で一緒にオフ!? 何を切る気だ?


「やっぱりなんでもない!!」


顔を真っ赤にさせて唯香がそう言い切る。


「…そ、そう? うん……うん?…」

「唯香様も、まだまだですね〜!」


ニヤつくナユタは唯香が何をオフにするのかわかったのだろうか。後でこっそりと教えてもらおうかな?


さて、訛った身体を本調子に戻す作業だ。


「ナユタ! 相手を頼めるかな?」

「はい! 朝でも夜でも何度でも〜!」


組手の! 相手だからね?




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