第53話 武術
夏休みが明けるまであと数日。
悪友たちはキャンプ意外にも色々と夏休みの予定を計画していたようだけれど、僕が入院してしまったせいで、そのほとんどをキャンセルしてしまったのだと言う。申し訳無いことをしたとは思うけれど、誘拐事件なんてものを不意に仕掛けられてしまっては仕方が無い。
夏休みの宿題は、お見舞いに来てくれた唯香に持って来てもらい全て病院で片付けた。残り数日の僅かな時間は、都合が悪くて遊ぶことができないと照明君たちには携帯電話で連絡を入れておいた。水城院家のお屋敷に無理矢理押しかけて来る可能性もあるが、彼らとて毎日遊んではいないだろう。
そもそも、今頃はろくに片付けていない夏休みの宿題に追われ泣きながら勉学に励んでいるだろうから、だからこそ泣きついて来そうだな。
去年は夏休みが終わる1日前に泣きつかれたからね。来年は絶対に助けないからねと言って去年、1日中夏休みの宿題を手伝ったことを覚えている。あれは大変だったなぁ。
「ナユタ…」
「はい〜!」
「照明君と新園さんが来たら追い返して…」
「畏まりました御主人様ぁ〜!」
今年は本当に手伝わないからね。
「ナユタ…」
「はい〜!」
「久方振りに後で少し相手をしてくれる?」
「はい!! 身体を清めてから伺います!」
「身体が訛っちゃってる気がして…状況判断に不満があってさ。あのフラッシュバンも見てから反射で遠くに蹴り飛ばす選択肢もあったよね。次からはそうしないと…また、唯香に心配かけちゃ元も子もないから…」
「むすぅ〜! もっとナユタのトークにドギマギしてくれる幸守様を所望します!」
「頼りにしているんだよ! マイメイド…」
「幸守様に余裕のようなものを感じ、ナユタは少し複雑な気分です! 頼りにされているのでしたら是非もありませんが! でしたら唯香様も呼び出しましょう!」
「えっ!? いや、いいよ! なんで!?」
むしろ呼び出さないでほしい。最近の唯香はデレ期が鳴り止まなくて僕を見付けると直ぐに腕に絡みついて来るんだよ。強引に振り払うわけにもいかないし、もっと別のアピールは無いのだろうか? あちらも恋愛については初心者ということなのだろうか?
「私が居たらお邪魔なのかしら?」
「ひいっ!? ゆ…唯香……」
「何が、ひいっ! なのよ!…メイドに身体を清めさせて何する気なのよ!?」
「結構前から聞かれてる!?…ご、誤解だよ唯香…これには理由があって、唯香が居ても特に何もできることは無いというか…」
「わ、私だって幸兄にエッチなことくらいできるわよ! できるって証明してあげるから!」
「だから誤解なんだよっ!?」
源治郎さんにでも聞かれたらどうするの!
というか、エッチなこと…できるの!?
そ、そうなんだ。覚えておこう。
「幸守様も満更ではありませんね〜」
「う、うるさい! そんなことはない!」
「違うなら、私が居てもいいわよね!?」
唯香も引き下がらなくなって来たな。
「良いではありませんか幸守様ぁ〜」
普段のナユタなら唯香まで巻き込もうとはしないはずなのに、今回は巻き込むのか? どういう風に吹き回しなのだろう。嫌な予感意外何も感じ取れない。もう既に胃が痛い。
「本当に唯香には何もできないよ?」
「好きな人を見ていることはできるもん…」
「…………そ…そう……まあ…うん…」
だぁああぁあああ!!
唯香がいじらしくって可愛くって調子が狂うんだけど!?
振り向かせると言われてから意識させられっぱなしで今にもついうっかり交際をOKしてしまいそうになる。僕にとって唯香はそういう対象じゃなかったはずでしょ!?
唯香は義妹。唯香は義妹。唯香は義妹。
幸作さんにも、お前にはまだやらんと言われているんだからダメだってばよ!
「幸守様ぁ〜! 準備できましたよ〜」
スッと消えていたメイドさんが、スッと帰って来た。もう、メイドさんというか神出鬼没な怪盗さんか呼べば出て来る忍者さんに近いジョブをしているのかもしれない。
全部足して2でかけたのがコンバットメイドのナユタさんと言っても過言ではない。普通は割るところだというツッコミは、この後のナユタを見れば妥当だったと思えるだろう。
「それじゃあ…始めようか……」
「はい〜!」
「え!? こんな部屋もあったのね?」
お屋敷の一室を開く。内部構造を見て唯香が驚くのも無理は無いだろう。ほぼ5ヶ月このお屋敷で暮らして来た唯香でも、まだまだ知らない部屋がいくつもある。
フローリングの床。まるで小さな道場のような内装。壁には開閉式の大きな鏡が取り付けられているため、やろうと思えばダンスのレッスンなどにも使用することも可能な部屋だ。
最も、大鏡は武道による自分の動きを確認するために備え付けられたものだが、今は使用する必要が無いので閉じてある。
「どうぞ幸守様ぁ〜!」
「うん。ありがとう…」
ナユタから道着を受け取って開いてみると、僕の成長に合わせてサイズを見事に調整してくれていた。道着のサイズ調整まで行えてしまうなんて、君には何ができないのかと言いたくもなるだろう。ナユタには勝てない。
服を脱いで着替えを……。
「あの…ガン見やめてもらえる?…」
「み、見てないわよっ!!…ちらっ…」
「見ていません! じぃ〜…」
更衣室が無いのは不親切設計だよね。ここを利用する場合は、自室で着替えてから来るのが鉄則だったのを忘れていた。僕もそう何度もこの部屋を使ったわけじゃないから、いちいちそんなことは覚えていなかったな。
今から戻るのも時間の無駄になるし…。
「だだだ、大体、幸兄だって私の着替えを散々覗いたくせに今更何言ってるの!?」
その件につきましては脳天かかと落としを避けずに貰うことにより、チャラとなったはずではありませんでしたでしょうか?
「……………まあ…いいか…」
パンツまで脱ぐわけじゃないし、学園のプールでも、混浴風呂でも、トランクスタイプの水着姿は既に見せている。今更トランクス1枚の姿を見せたところで別にどうということは無いだろうからして…。
「ゆ、幸兄っ…しゅごい身体……」
「いつかあの身体に抱かれるのですね!」
「僕! そこまでガン見はしてないよね!?」
「今度私の着替えガン見すればチャラよ!」
「そ、そっちで解決しちゃうの!??」
「…こ、こっそりなら……いいわよ…」
「ナユタはガン見大歓迎です幸守様!」
「…………………………」
誰か唯香を止めてくれ!!
ナユタはもう諦めているけどさ!
僕の義妹が可愛過ぎる件について!
言ってても始まらない。もう、気にせずにさっさと着替えよう! よし、着替えた!!
「…あっ……」
残念そうな顔をしないでください唯香さん。君はどれだけ僕のことが好きなんだ。そんなになのか!? ちょっとキャラ崩壊が激しいんじゃなかろうか!?……いや、きっと今だけに違いない。そのうち作画も戻るはずだ。
「スチャ! ナユタも着替えました!」
所要時間2秒のメイドの早着替え。
「え? 先ず、その技、僕に伝授しない?」
「それはダメよ!」
「それはダメです!」
君たち仲いいね? 唯香とナユタが仲良くしてくれることはとても嬉しいんだけどね。こんな時だけ仲が良いことが複雑なんだよ。
「幸兄って格闘技なんて習っていたの?」
「習っていたというか……」
「弄ばれていたというか〜」
「はい?」
唯香には軽く説明しておこう。
「僕とナユタが同じ孤児院出身なのは知っているよね?」
「ええ…」
「幼馴染メイドと義妹ってどっちがステータス高いと思いますか幸守様!?」
「ごめんねナユタ。ちょっと黙っててくれるかな? 話が進まないからね?」
僕はそのまま話をもとに戻す。
「そこでは、健全な精神は健全な肉体に宿るって教わっていてね。護身術と称して自分の極めた格闘術を孤児院の子供たちに伝授する不思議なおば…お姉さんが居て…僕たちはそのおば…お姉さんから自身の身を護る術を叩き込まれているんだよ…」
「何者なのそのおばさん」
「お姉さんね! ぶっ飛ばされるよ!?」
「幸守様はサボりがちでしたけどね〜」
「だってあの人僕にばっか厳しかったし!」
今になって思えば、僕とナユタはあの人に特別、目をかけてもらっていたのだろう。僕に才能があったとは思えないが、ナユタには確かに武術の才能があった。
表の世界ではこの技を使うんじゃないぞと言われていたから、基本的に僕たちは彼女から教わった護身術を乱用したりはしなかったけれど、使ってもいい条件はあった。
久方振りに、本気で人を殴ったよ。
「つまり、幸兄が大抵のことには動じずに、ピストルの弾くらい平気で避けちゃうのは…そのおば…」
「唯香っ!?」
「…お、お姉さんの指導の賜物ってことなのかしら?」
「まあ、不覚にも、そうなるね…」
「あの人、人間辞めてますからね〜!」
君が言う??
君も大概ファンタジーだよ?
「本当は唯香に見せるつもりなんて無かったんだけどね。だってこれは武力じゃないからね。これはただの、暴力だから…」
準備運動は念入りに行う。
「暴力って…幸兄さっき、護身術だって言ってたじゃない?」
「護身術だって暴力だよ。というか、護身術だなんて柴神師範が勝手にそう言ってるだけであの人が教えてるのはどう考えても護身術じゃないからね」
「護身術じゃないですね〜!」
「幸兄は凄いところで育ったのね?」
「うん! それは断言できるよ!」
凄い人外に鍛えられたよ。
一般的な孤児院というよりは、どちらかというと何らかの施設に近かったかもしれない。寄せ集めの孤児に教えるにしては、教育も武術もあまりに過剰だった。まあ、そのおかげで僕とナユタは源治郎さんに拾ってもらえたわけで、今ではその過剰な環境にも、とても感謝しているけどね。
柴神師範には、いざという時のために教えていると言われたけれど、本当にいざという時が来てしまった。柴神師範に弄ばれていたそのおかげで、僕は唯香と幸作さんを助けることができたからね。当時はかなり嫌々だったけど、今はちゃんと感謝しているさ。確かに、無駄じゃなかった。
無駄じゃなかったことを証明されてしまったから、なまった身体を再度鍛える必要があると思ってしまったんだ。




