第50話 水城院家の敵
頭が真っ白になりかけている。
唯香はいったい誰のために?
僕のために、僕がここに居てはならない理由を奪い去り、僕がここに居なくてはならない理由を与えた。
僕はまだ、気持ちの整理がつかない。
僕のこれまでは、何だったのだろう?
源治郎さんの言ったことは全て…。
僕を護る優しい嘘だと思っていたのに。
水城院 幸守という人間が、音を立てて崩れ落ちる。そんな錯覚に陥った。僕の新たなる役目は。僕は本当に、ここに居て…。
ここに居ていいのだろうか?
君と……居て、いいのだろうか?
僕はただ、君を利用していただけなのに。
刹那。
過剰に蒸したエンジン音。アクセル全開で突っ込んで来る車。夏休みだからといって羽目を外し過ぎてはしゃぐ若者も多い。
明らかな危険運転だ。だが…何か変だ…。
ぼんやりしていた。
僕は何を呆けていたのだろう?
抱えていた課題が、僕が、僕の力でやり遂げると決めていた誓いが、意図せずに解決されてしまったからなのだろうか?
水城院家の正門の前で急停止した黒い乗用車の中から目出し帽を身に着け、金属バッドを手にする4人組の男が現れた。明らかな不審者たちだというのに、畳み掛けるような展開に脳の処理が追いつかなかった。
「写真で見た男だ!」
「隣は娘か!? コイツもだ!」
「な、何だね君たちは!?」
「ちょっ痛い! なにっ、触らないでよ!」
「なっ!!?」
「幸守様!!」
ナユタの待機していた位置が悪かった。彼女が即座に対応できる位置に居れば、僕と彼女の立つ場所が逆だったのならば、こんなことにはならなかったのだろう。ナユタならば、こんな油断はしなかった。これしきのアクシデントは完璧に対応して見せただろう。
男2人に車へ強引に押し込まれようとする唯香と幸作さん。抵抗の激しかった幸作さんが頭部をバットで殴られ流血する。
「んがっ!?」
「いやっ…お父さんっ!!?」
本当に、僕は何をボケっと突っ立って居たのだろう。役立たずだ。役立たず!
「何だよ。お前たち!? 唯香を放せ!!」
金属バッドを振り上げ、容赦無く僕の顔面にそれを打ち下ろして来る。
これは何だ。人攫い。誘拐。こんな昼間に。堂々と。数でゴリ押して来た。計画性の欠片も無い強硬手段。待った無しの暴力。
暴力。暴力。暴力。暴力。暴力だ。
暴力は暴力でねじ伏せろ。
師の教えだ。
「いやっ! 助けて幸兄ぃ!!」
脳を覚醒させリミッターを外せ。
ここは、暴力で解決して構わない!
水城院の敵を迅速に排除しろ!!
金属バッドを片腕で止めながら、もう片方の腕で目出し帽の男の顔面に裏拳を放つ。鼻の骨を砕くような強烈な一撃を叩き込んだ。
「ごふっ!?」
「…ゆ、ゆきにっ??………」
そのまま車に押し込まれようとしていた唯香の手首を掴むと、車の奥に居た男がハンドガンを構えて僕に向かって叫んだ。
「動くな! 動くとこの女の命は…」
「改造銃、粗悪品だ……」
状況判断。次なる行動。唯香を撃たせるな。
「人質が死んだら身代金もクソもないな」
「ぐっ……だったら、テメェを…」
唯香から銃口が逸れた。
弾丸が急所部にでも当たらなければ絶命することはないし、唯香は人質として拐われようとしていた。人質は無事であり、生きているからこそ価値がある。彼らは唯香ではなく、僕を撃つ。言葉巧みに誘導し、成功した。
僕が構わず唯香の手首を掴んで車の中から彼女を引っ張り出すと、唯香はそのままアスファルトに身を倒して受け身を取った。乱暴に扱ってしまった。後で謝らなければ。
「こ、この野郎ぉおお!!?」
問題無い。銃口の先は頭。引き金をよく見て指に力が入ると同時に首を横へ倒し…。
ダンッ!
改造銃から飛び出した弾丸を避け、そのまま後部座席に居た改造銃の男の顔面に重たい拳をめり込ませ一撃で仕留める。
「うがっ!……」
あと2人。
「女を撃て! 撃て撃て!!」
主犯格の男が外に出ていた仲間に命じる。
中の鎮圧は後。外の男の排除が先だ。
「くそっ!? 何なんだよこのガキ!?」
「えっ…嫌…いやっ……」
銃口が唯香に向けられる。
「幸守様!」
ナユタは間に合わないが、弾丸すら弾き落とせる特別製の警棒を投げて渡してくれた。僕はそれを受け取り、目出し帽を被る男が持つ改造銃の銃口を確認。発射角。手の震え。引き金を引くタイミング。計算しろ。今。
鋭く警棒を振り抜き弾丸を弾く。弾道が逸れてアスファルトに着弾した。
2度、3度と引き金を引く男。
しかし、3発全て警棒で同じように弾いて見せる。
「う、うそっ??…幸兄!?……」
「はっ!? は、はぁああ!!? がはっ!」
3人目。顎を蹴り上げて脳しんとうを起こさせる。しばらくは目覚めないだろう。
ラスト。運転席に居た男。改造銃無し。助手席には額を殴られて気絶させられた幸作さんが乗せられている。迅速に救出を…。
「このっ!? バケモノが!!」
「っ!?…」
手榴弾! いや、フラッシュバン!
優先は、唯香の目と鼓膜を護ること。
僕はうつ伏せに倒れる唯香に覆い被さり、両耳を強く抑えつけて目も塞がせる。この体勢では僕も首を倒し自らの肩で片耳守るのが精一杯ではあるけれど…。
激しい爆発音と閃光が奔る。
「きゃっ!?」
想定通り。わかっていれば対策は可能だ。
片耳は鼓膜に甚大なダメージを受けたが、もう片方は死守したから問題無い。どれだけのダメージも、自分を使い捨てることを前提とした動きを予め覚悟していれば、動きに迷いが生じることなど無い。
痛みは止まる理由にはならない。
効率的に詰めろ。
水城院家に牙を剥いた愚か者ども。この者たちの間違った人生をここで詰ませてやる!
「ナユタ!!」
「お任せを幸守様っ!」
ナユタがようやく間に合った。
車はアスファルトに横たわる仲間たちを置き去りにして、後部座席のドアが開いたまま走り去ろうとするが、ナユタが高く跳び上がりメイド服のスカートから取り出したセンボンが鋭く投てきされ、車の後部に突き刺さる。
流石にタイヤは狙えなかったか。本当にナユタの位置が悪かった。だが、充分だ。
「あっ、お父さん!? お父さん!!」
三半規管にダメージを感じ取る。
目眩は軽い。これならまだ動ける。
「ナユタ! 携帯電話、貸して…」
「はい!」
彼女が放って投げた携帯電話をノールックで掴み取り開く。
「幸作さんは僕が助ける。ナユタは唯香と源治郎さんを守ってあげて、頼んだよ…」
「仰せのままに!」
「ゆ、幸兄ぃ…お父さんが!…」
アスファルトに横たわる泣き出しそうな唯香に向かい僕は優しく微笑む。
「大丈夫だよ。僕が必ず助けるから……」
「…幸兄ぃ…ううっ……」
携帯電話の非常回線を開き、水城院家がもしもの時に雇っているプライベートポリスに連絡を入れる。こんな時のために待機させている者たちだ。久しく無かった仕事の時間だ。
「僕です…源治郎さんの息子さんが拐われました…いえ、僕ではなく本当の源治郎さんの息子の幸作さんです。車のナンバーは……」
息をするように敵を追い詰めろ。
何も悩む事は無い。機械のように詰めろ。
この家に手を出した者に容赦はしない。
「……はい。よろしくお願いします! こちらにも1台車を回してください…発信機は仕掛けました。いえ、必要です…指示に従ってください……僕なら、逃走者の思考を読み、計算で車を降りた後の逃走経路も特定できます…このまま回線は開いたまま、全員指示に従ってください…水城院家の水城院 幸守としての指示です!……協力感謝します…」
僕はそのまま走って大通りまで出る。
ズキンズキンと耳が痛むが関係無い。
動けないわけではない。
それならば、この程度の痛みは我慢可能だ。
一時の痛みに惑わされるな。
幸作さんを失った唯香の痛みを考えろ。
『道具』のケガなど、くだらない痛みだ!!
「幸兄…耳から血が……」
「粗末なスタングレネードですね〜」
緑髪メイドから殺意が溢れる。
「幸守様を傷付けるとは…許せない……はぁ〜……ナユタが排除したいところですが、幸守様に任せましょう。唯香様はこちらへ」
「ナユタ…お父さん!…幸兄も!?……」
「唯香様が安全な場所に移動していなければ幸守様が幸作様の救出に全神経を注げなくなってしまいます。グダグダ言わずに、幸守様を信じて待つ! ナユタにできて、唯香様にはできませんか?…愛の差ですかね〜…」
「…………できる……」
いつだって何からだって守ってくれた人だ。
唯香が震える足で立ち上がると、ナユタはアスファルトに倒れて気絶する男たちの目出し帽を剥ぎ取って顔を確認する。
「ブサイク。見覚えがありませんね〜。唯香様は知った顔ですか?」
「わからない。わからないわよ! いったいこれは何なのよナユタ!?」
「何ってそりゃ、誘拐ですよ」
「……誘拐?……どうして?…」
「身代金目当ての誘拐ですよ。人生逆転の大博打、とでも考えているのでしょう。しかし、幸作様はこれで2度目の誘拐ですか? 唯香様のお父様は運が悪いのでは?…」
「…父は昔から運は悪いわ……でも…いざという時の悪運は、強いわ!……」
「でしたら騒がず待ちましょう。誰が誘拐犯を追っていると思っているので? 幸守様が本当に、どこにでも居る天才程度の器だとお思いですか?」
「…ねえ…ナユタ!? 幸兄って、いったい何なのよ!?…金属バット腕で受けても顔色1つ変えないで…銃も避けて…あんな細い棒なんかで何度も弾いて!?……」
「だから、唯香様はまだ幸守様のことを何も知らないと言ったのですよ! 大丈夫です。こちらの司令塔は月ノ宮孤児院切っての天才ですよ。本気を出した幸守様が自分がやると言いました。ナユタの御主人様がやると言い、できなかったことなどありませんので!」
「………うん…私も…そんな気がする…」
信じて待っていいのよね!?
幸兄は大丈夫なのよね!?
お父さんを、助けてくれるよね?
助けて……お願い……。




