第48話 帰省
水城院 ナユタ。
あの緑髪のメイドはいったい何者で、どこから来た誰なのだろう。やることなすこと変態なのに、仕事ぶりは見事なものだ。2日間の里帰りとして手配されたものも、文句のつけようが無い仕事ぶりだった。幸兄と源治郎お祖父様が一目置くだけのことはある。
私は水城院家のお屋敷を出て、実家の一軒家に帰って来ていた。里帰りはする予定だったけれど、幸兄のせいで期間が少しだけ早まってしまった。
人のせいは良くないわね。
自業自得だもの。
私が彼を好きになり、彼を振り向かせるために必要だから自主的に動いている。これはもう幸兄のためなどではない。私は自分自身のために、自分自身の恋のために必死になっているだけなんだ。
それがこんなにも心地良いなんて…。
悩みが晴れていくようだ。
「お帰りなさい唯」
「ただいま。お母さん!」
「お父さんは、娘の一大事だからって半休を取って帰って来るそうよ。あの人、唯を溺愛しているから1秒でも長く娘との時間を共に過ごしたいのでしょうね。最近は唯の昔のアルバムを取り出して枕元に置いて寝ているのよ。早く子離れしてほしいわよね」
「そうね……子離れしてもらわないと…お嫁に行くこともできないわ!…」
「そうそう。お嫁さんに………」
母にガシッと肩を掴まれる。
「できちゃった結婚??」
「できちゃってないわよっ!?」
「大人になっちゃったのね唯。お父さん失神して倒れちゃわないかしら?」
「大人になってないわよ! 私はまだ子供で、何もできない……子供な自分が…嫌い…私も誰かに気遣いができるような、そんな人に成れたらいいなって、ちょっとだけ思ったのよ…」
「………彼氏のお名前は?…」
「…幸兄……水城院 幸守……って!?…」
何をさらっと聞き出しているのかしら!?
答えている私も私だけれども!!
だって、何だか、久方振りの我が家が、妙に懐かしくて、安心してしまって…。
「幸守君! お義父様が引き取った孤児だった子ね。会ったことは無いけれど、お父さんから話は色々と聞いているわよ! 優しくて真面目で誠実で、とても頭が良い……」
話を切るように母に確認する。
「お、お父さんから!?…どうしてお父さんが幸兄のことを知っているのよ!?」
「それはそうよ。だって、お父さんとお義父様は年に数回、夕食を共にしているもの。その時に色々と……あっ……」
「…………え??…」
お父さんとお祖父様は絶縁したって…。
そういう話じゃなかったの?
「これ内緒だったんだわ。今の話は聞かなかったことにして、お父さんから直接聞いてくれるかしら? お母さんはこれから、唯と早退魔のお父さんのために、美味しいご飯をたくさん作らないといけないからね!」
こんなに口の軽いお母さんなのに、今までよくその事実を娘に隠し通せたものだなと思う。母はどこか少しだけ抜けている。そんな母を反面教師にした私は、それなりにしっかり者に育った方だ…そう思っている。
事実とは異なるかもしれないけれど。
最近は、まだまだ自分は子供だと思うことが多くなって来た。私はまだ子供なのだと自覚することも、大人への1歩なのだろうか?
ドタバタと騒がしい足音が聞こえて来る。
「唯! 唯ぃいい〜!! ぜぇ、はぁ、はぁ、はぁ…唯……本当に帰って来たんだね?…」
お父さんも相変わらずのようだ。
「ハグしてもいいかい!?」
「それは嫌! 服が臭くなるから!」
お父さんが泣きながら崩れ落ちる。
「あらあら、今日くらいは許してあげても良いんじゃないかしら? お父さん、いつもいつも唯の心配ばかりしていたのよ」
「えぇ〜…3秒ね?」
「唯ぃいい〜!!…ひしっ!……………」
「長いっ!」
「ああ、まだカップラーメンが出来上がるには早いだろう唯!? もう1度ぉ〜」
「お父さんボケて来たんですけど!?」
「お父さんは昔からオタンコナスよ!」
そうだった。こんなお父さんだったな。
娘のことが大好きな、ごく普通のサラリーマンである父。水城院 幸作。そして、そんなお父さんがお嫁さんに貰ったのがこれまた普通の主婦である母。水城院 美夜子。
ありきたりな2階建ての一軒家。ローンだってたくさん残っている。お祖父様があんなにお金持ちならば、家のローンくらいポンと払ってくれても良さそうなものなのに…。
「ゆ、唯…感動の再会なのに…」
「お父さんやめて! 汗臭い!」
「はい。お父さん。目を瞑って!」
「ぎゃあああぁ〜!!」
目を瞑ったことを確認する前に、少しだけ抜けている母が消臭スプレーを顔面に噴射して見事な目潰しを決めていた。
「目がぁ〜!? 目がぁああ〜!??」
「あらあら、どうしましょう?…」
「……お母さん!? ヤカン沸騰してる!」
私は慌ててガスコンロの火を止めた。
「………もう! 2人とも、私が居なくてよく無事に生活出来てるわね!?」
「ありがとう唯、助かったわ」
「ぐすっ…父は無事ではない…」
そのようだけど命に支障はなさそうだ。
「2人とも気を付けてよね。帰って来たら家が火事で焼け焦げていましたなんて洒落にもならないんだからね!」
「「は〜い!」」
緩い夫婦だ。高校1年生の娘に注意されて素直に返事ができる父と母なのである。
「はぁ〜…それよりも、私…お父さんに大切な話があるのよ…」
「おめでたですよお父さん!」
「何! お父さんは許さんぞ!?」
「お母さんは夕飯の支度をお願いね!」
「は〜い! るんるんるる〜…」
「お父さんは許さん…ぞ?…」
「大切なお話があるの! いいわよね!?」
「あっ、はい……」
私は父を連れて部屋を移動する。
懐かしい自分の部屋。まだ4ヶ月と少ししか経っていないはずなのに、こんなにも懐かしく感じてしまうなんて。思った程埃は積もっていないし、部屋は綺麗なままだった。家を空ける時に念入りに掃除はして来たけれど、母が定期的に掃除してくれていたのだろう。
「どうだい! お父さん毎日唯の部屋を掃除してるんだ! んごふっ!??…」
鳩尾にいいのを1発叩き込んだ。
「勝手に娘の部屋に入らないでよ! 確かに何だかおじさん臭いニオイする! 換気換気…」
「ち、父はそんなに臭いのかい?…昔はお父さん大好き…将来はお父さんのお嫁さんになると言って、婚約届も書いたのに…ほら…」
「婚約届ぇ〜…これ本物っぽいわね?…」
「本物だからね!…ごふっ!??」
「物心ついたかも怪しい娘に何自分の名前書かせてんのよ! もう! 愛してくれてありがとう! でもこれは燃やしておくから!」
「んぎゃああぁ〜!?? 父の宝がぁあ!!」
「ああもう! 返してほしかったら私の質問に嘘偽りなく答えてよ!? こっちも色々と立て込んでて、あまり余裕が無いんだから!」
「………唯…泣いたあとが………」
「んっ…何でそんなとこだけ鋭いのよ…」
オタンコナスでも一児の父には違いない。娘のことをよく見ているということだろう。
「私には時間が無いの! 貴重な夏休みを2日も使って里帰りしているの! 私は一刻も早くお祖父様のお屋敷に戻って、ナユタとの戦争に参加しなければならないんだから!」
「父も力を貸そう!」
「いらないわよ! でも話は聞かせて…」
「物騒なことじゃないんだろうね?」
「問題無いわ。私は元気にやってるから」
お父さんはようやくおふざけモードをやめてくれて真面目な顔で私に向き直る。
「大切な話とは何だい?」
「………お祖父様とのことよ…」
お祖父様と疎遠になってしまったこと。絶縁したまま、家のローンすら工面してもらえなくなってしまったこと。2人の間に何があったのか。どうして隠していたのか。何故幸兄を知っているのか。私は父に、私が知らなければならないあらん限りを問い質した。
「………水城院財閥は、この国を支える大企業をいくつも束ねている御家でね。不詳この父も、そんな水城院財閥の後継者として、この世に生を受けたんだ…」
私は父の話を黙って聞いた。
「けれども、お父さんはお祖父ちゃんよりも遥かに出来が悪くてね〜! お祖父ちゃんの言いつけ通りに、水城院財閥を引き継ぐ後継者として育てられて来たにも関わらず、お父さんはとうとう、お祖父ちゃんにその器を認めさせることができなかったんだ。お父さんは大財閥の総帥なんて柄じゃなかったのさ!」
「サラリーマンが精々だものね…でも、サラリーマンだって…カッコいいわよ……ちゃんと家族を笑顔にしてくれていたもの…」
「唯ぃい〜! ちゅーしていい?」
「ダメ! 嫌! キモい! 話続けて!…」
お父さんが泣きながら話を続ける。
「お父さんは水城院財閥を継げる器じゃなかったから、お祖父ちゃんは水城院財閥を託せる次の人材を探す必要があったのさ。水城院財閥は昔から、血の繋がりではなく、水城院財閥を継ぐに相応しい人に当主の座を引き継いで来たんだ。お祖父ちゃんは優秀だったから、そのまま曾祖父ちゃんから当主の座を引き継いでいたけどね!…お父さんが優秀だったら…お母さんと唯に、もっと良い暮らしをさせてあげられたのかもしれないね…」
「…貧乏だったけれど…私は、優しいお父さんと、優しいお母さんの子に生まれて、こんな普通な日々を精一杯生きるのも…とても楽しかったわよ。不満なんて無かったわ…」
「うっ、うぐぅ……」
「な、何泣いてんのよ!?」
「娘が立派に成長していて涙が…」
「はい。ティッシュ…話を続けて…」
1度鼻水をかんでからお父さんが再び話し始める。
「絶縁。というか、お父さんがお祖父ちゃんと疎遠になった理由だったね。それは、お父さんたちが水城院財閥の人間だとバレると身代金目当ての誘拐とかに合って危ないからだよ! 父も1度拐われたからね!!」
「…………え?…誘拐されたの?…」
「うん! 死ぬかと思ったよ。ははははは!」
「え、えっと…無事だったの?」
「うん! お祖父ちゃんの旧知の友で、柴神っていう、私よりも強い奴に会いに行く。をモットーに生きている凄腕の格闘家さんが居てね! その人が、あっと言う間にお父さんを誘拐犯さんたちから助け出してくれたよ。いやはや…本当にあれは刺激的なハプニングだったね。唯香もそのうち体験するかもね…」
「怖いこと言わないでよ!?」
「そんなこんなで色々あって、水城院財閥と関わりのある人間であることを伏せるためにお父さんたちは水城院財閥を出て、こうして普通の家庭として生活することにしたんだ」
「え? じゃあ!?…お父さんとお祖父様が絶縁したっていうのは……」
「ん? ウソウソ! 何なら今も、年に数回はこっそりと、お祖父ちゃんと会食して、互いの話をしているよ。お父さんはお祖父ちゃんと喧嘩したことは無いからね! 出来の悪さに呆れられたことは山程あるけれどね!」
「そ、それは…容易に思い浮かぶわね…」
「唯が母親似で良かったよ〜」
「それは本当に私もそう思うわよ…」
お父さんが再び泣き出してしまった。
「…疎遠にはなってしまったけれど、繋がりを断ち切ったわけではないよ。だからこうして唯の面倒を見てくれてもいる……お父さんポカを結構やらかすから、稼ぎが悪くて娘の学費も危うくて…本当にごめんね唯!」
「……別に、良いわよ…お父さんが頑張っているのは知っているもの…苦手でも、精一杯頑張って来たんでしょ…お母さんと、私のために…だから、謝らなくていいのよ?」
「これは本当にお父さんの娘かな!? 良い子に育ち過ぎちゃいないだろうか!??」
「ああもう! いちいち感動して泣かないでよね! それで…」
「ごめんごめん。それで、お父さんに呆れたお祖父ちゃんが学費を出してくれることになってね。お祖父ちゃんのお屋敷の傍にある学園ならば、歩いて通うこともできるし、ボディガードも用意できるからって話でお父さんは安心して……ボディガード!?…それって、男の子じゃないだろうね唯!?」
今気付いたのこのポンコツな父は?
「ボディガードって…幸兄? そっか…だから私のことあんなに助けてくれたんだ…」
誘拐されないように気を付けてねと言われたこともあったわね。誘拐されたのが、私の父だとは思わなかったけれどね!?
誘拐なんかされるわけないでしょと反論したのが何だか恥ずかしくなって来たわ。私ってこの父の血を継いでいるんだものね…。
馬鹿にしないで、ちゃんと気を付けよう。




