第47話 同じ願い
何もやる気にならない。寝よう。寝て起きても、問題が解決しているわけではないけれど、それでも今は眠りにつこう。少しくらいは気が晴れるかもしれない。
自分がこんなにショックを受けるだなんて思いもしなかった。こんなに好きだったの? 今まで取って来た彼への嫌な態度の数々が悔やまれてならない。出会いからやり直したい。どうして早まった真似をしてしまったの?
抑え切れない程、好きなんじゃない!!
メイドのことをとやかく言う資格なんて私には無かった。バカは私の方だ…。
「…ぐすん………ゆきにぃ…」
「はい! 呼びましたか唯香様!?」
「…へ?…がっ、ぎゃああぁあぁ〜!!?」
何でメイドが私の部屋に居るの?
内側からしっかりと鍵を閉めておいたのに。
その疑問にお答えしましょうと、緑髪メイドはスカートの中からキーピックを取り出す。
「メイドの七つ道具ぅ〜!!」
「泥棒の七つ道具じゃない!?」
思わずノリツッコミをしてしまった。
「まあまあ、先ずは落ち着いて鼻水をチーンしてください。こちら幸守様の使用済みティッシュペーパーになります。ナユタ秘蔵のコレクションです!」
「………はっ!…ば、ばっちい! 変態! 何てもの収集してるのよ変態変態変態!!」
「おや、これの意味がわかるのですか? 唯香様もなかなかお好きなようで! いずれ本物をゴックンする際にむせて吐き出すなど愚の骨頂ですからねぇ〜! そんな粗末なことで嫌われては元も子もありません!」
「………そ、それは…って、そんな粗末なことで幸兄は人を嫌いになったりはしないわよバカじゃないの!?」
「わかっているならいいのですよ〜! 誠に残念ながら、幸守様は唯香様に何と言われようとも、唯香様を嫌いになったりはしません。この際、嫌いになって2度と口を聞かなければ良いのにと思いますが、幸守様は明日からも頑張って唯香様と仲の良い兄妹をやっていこうとするのでしょうね〜!」
「…………………………」
「勝手に自滅した挙げ句、明日からは幸守様を無視ですか? 良いご身分ですね〜! まあ、良いご身分なのは確かですけどね〜」
「幸兄に何を聞いたのよ!?」
「幸守様が、唯香様の恥を晒すようなことをナユタに伝えたりするとでも? 自分がナユタよりも幸守様を知っているだなんて、まさか本気で思っていませんよね〜?」
「うっ……」
言い返せないのが悔しい。
また、涙が溢れ出しそうになる。
「これで唯香様も幸守様に告って振られた同志というわけですね! ふぅ〜! 幸守様がワンチャン。ツルペタ妹属性じゃなくて本当に良かったとナユタは安堵しております!」
「幸兄はメイド萌えでもないみたいね!」
「いえ、幸守様メイド萌えですよ。昔一緒に見たアニメの中に登場したメイドさんのことを可愛い可愛い連呼していましたし、メイド萌えは間違い無いと思われます…」
そ、そうなんだ。だったら私もメイド服を着たら少しは女の子として…。
「はは〜ん。メイド服を着ればワンチャン女の子として見てもらえるなんて浅はか極まりない理由でメイド服を着ようとしているのが見え透いていますね〜!」
「……ぐっ…だ、だとしてもアンタにだけは言われたくないのよ変態バカメイド!!」
「こちらに唯香様用にサイズ調整を施したメイド服も用意が御座いますので、お試しになられたいのでしたらどうぞご利用くださいませ。メイド萌えはマジなので!」
真に受けてはいけないが、試してみるだけならばタダなのかもしれない。
「そ、そんなことはどうでもいいのよ! アンタここに何をしに来たのよ! 私のことを笑いにでも来たの!?」
「そりゃ普通に笑っちゃいますけれど、幸守様がそう簡単に落とせるのでしたら、ナユタのこれまでの色仕掛けはいったい何だったのかという話です! 残念ながら、幸守様は黒髪属性にもツインテール属性にもツルペタ属性にも屈しなかったようですね。流石は幸守様と言って良い難攻不落の要塞っぷりです!」
確かに、緑髪メイドは生粋の変態であることは間違い無いけれど、そこだけ目を瞑れば私から見ても美少女だと思うし、胸はとてつもなく大きいし、引き締まった良い身体に、整った顔立ち、きめ細かくてシミ1つ無い白い肌をしている。その上、仕事はできるし、何より幸兄に一途な女の子だ。
今までこんな子を傍に置いていても手を出していなかった人が、同じ時を過ごした時間が5ヶ月にも満たない私とどうにかなるなんて驕りが過ぎていたのかもしれない。
こんな変態に諭されたくはなかったけれど。
ひょっとして、このメイド、私のことを慰めに来たんじゃ…。
「さてさて、唯香様を笑う前座はこれくらいにしておきまして〜」
絶対に違う。思えば、このメイドは最初から私がこのお屋敷で暮らすことになったことを歓迎してくれてはいなかった。今になって思えば、それはそうだろうと私も思う。
だってそんなの、意中の相手が自分ではない誰かに取られてしまう。その可能性が上がっただけの出来事でしかないのだから。
「ナユタのお役目は幸守様を間違った道に進ませないことなのですよ。幸守様に色仕掛けを仕掛けて楽しみ、あわよくば人生の墓場で幸せになろうというのは、あくまでも強欲なナユタの上振れなのです!」
何を言っているの? 声色が変わった…。
「唯香様は幸守様がなさろうとしていることに気付いていらっしゃいますか?」
「……幸兄がしようとしていること?…」
「はい。ああもういいです〜。その様子では好き好き言って幸守様のことを何も理解していなかったことは明白ですから〜!」
「なっ!? だから、アンタにはっ……」
でも、その通りだ。言い返せない。
「幸守様は唯香様にきちんと伝えていたと思ったのですが、忘れてしまいましたか?」
「………あっ…幸兄は私に、お父さんとお祖父様の関係を修復してみせる…とか何とか言っていた気がするわね?」
「覚えていましたか〜。仕方無いですね。今回はギリギリ合格と判断してあげましょ〜」
「………………………」
何様なのよと噛みつきたいところだが、このまま、何も知らない状態で幸兄の懐へ踏み込んでも門前払いされるだけだ。
このメイドがこれから私に話そうとしていることは、幸兄のために必要なことで、おそらくは、幸兄と結ばれたいナユタ自身にはとても不利になるようなこと…。
憎まれ口くらい我慢しなくちゃ……。
逆の立場なら、リスクばかりが大きいそんなことは私にはできないかもしれない。ナユタの方が私よりもよっぽど幸兄が幸せになることを願っている。認めたくない。でも…。
メイドの幸兄への想いだけは本物だから。
私が事実を認めなきゃ、勝負すらさせてもらえない。
この人は、私の恋のライバルだ。
「…最初からその目をしてくだされば、ナユタだって煽りやしませんでしたよ……」
溜め息を吐き緑髪メイドが続ける。
「よいですか? 先ず、幸守様が水城院家の人間となり、果たそうとしている目的について話させていただきます。それはズバリ、絶縁してしまった唯香様の父君であらせられる幸作様と源治郎様の関係を修復することです」
そこまでは聞いている。
「そして、幸作様にこの水城院家を託し、用済みとなった仮初めの息子である自分の存在を綺麗さっぱり消し去ることです…」
「……………え?……」
どうしてそこで幸兄が消える必要が?
「幸守様は水城院 幸守という存在を、水城院家に存在する必要の無い異物だと考えています。幸守様は、源治郎様に拾われた恩を返すために行動しているだけに過ぎません。それは、源治郎様に命じられてそのように動いているわけではなく、完全に幸守様自身の意思で定められた目的を果たそうとして動いているだけなのです……お分かりですか?…唯香様が幸守様に散々優しくされたのは、打算あってのものだったのですよ…」
「……………………………」
「唯香様と仲良くなれば、いずれはその筋から幸作様と親しい関係になれる。そこから絶縁関係を修復して行き、幸作様が源治郎様の後継者の座についた暁には、役目を終えた幸守様は水城院家を出て行く算段なのです」
「じゃあ、何よ…私のお父さんに近付くためのパイプラインとして、幸兄は私にあんなにも良くしてくれたってわけ?…」
「はい〜! 御愁傷様です。唯香様!」
それを知らずに私は今日まで…。
「……………………………………」
嗚呼、違う……。
嘘だ…。
例えメイドの言うように幸兄が打算で私に良くしてくれていたのだとしても、自分の生命まで懸けたりはしないだろう。そんなの全くこれっぽっちも割に合わない。理屈に合っていないじゃない。源治郎お祖父様にそこまでの恩を感じているって言うの?
生命を捨てなきゃ返せない程なんて、そんな馬鹿げた話があるはずない! そもそも、そんなことこのメイドが認めるはずもない!
「…強欲メイド…私の心をへし折りたいだけなんでしょ?…幸兄が打算で動いていたとしても、それが幸兄の全てじゃない!…幸兄が私のために生命を懸けてくれたのは、彼がそういう人だからよ!! そんなこと、アンタが1番よく知っているはずじゃない!」
メイドの笑顔がスッと消える。
「…………見る目がある人が苦手です……血は争えませんね。やっぱり…唯香様は……源治郎様の孫娘なのですね……」
「もう遅いわよ! だって私、今更幸兄へのこの気持ちを抑えられないもの!!」
「もう忘れてしまったので? その涙の跡を見れば明らかです。唯香様は幸守様に振られたんですよ。玉砕したくせに、鬱陶しく幸守様に付き纏うおつもりですか?」
「完全にブーメランじゃない強欲メイド!」
「ナユタは良いのですよ! 何故って、ナユタは何があろうとも幸守様の味方ですから。何度振られても、何度傷付けられても、何度蔑ろに扱われても、一途に思い続ける覚悟で幸守様のもとに居ります! でも唯香様は違いますよね? 唯香様は幸守様の敵だったはずです。あんなに幸守様のことを毛嫌いしていたではありませんか〜。喜んで良いのではありませんか? このまま幸守様が頑張り続ければ、幸作様と源治郎様の関係は修復されて、邪魔者は1人残らず消えてしまうかもしれませんよ〜? その時は、ナユタもこのお屋敷を去ることになるでしょう。良かったですね…」
「邪魔者じゃない!…必要よ!!…幸兄はもう私にとって、必要な人なの……」
「幸守様の邪魔をしたいので?…幸守様は源治郎様と唯香様のために自分を殺して動いているというのに…」
「違う違う! 幸兄は私の気持ちを無視しているわ! 私のためになってないじゃない!!」
「………………………………」
「幸兄が本当にお父さんとお祖父様の関係を修復したいと言うのなら、最初から私に協力を仰げば良かったじゃない! 今なら、私は幸兄に何だって協力するのに!!」
「…そうなんですよね〜! でも、幸守様は唯香様のその想いを知りません……唯香様が敵に向ける視線を幸守様に送ったあの日から、幸守様は未だに、状況を更新できていないのですよ……」
「…あっ…………」
「ですが、今さっき幸守様の中で状況が更新されてしまいました。幸守様は唯香様に優しくし過ぎた。水城院家の異物が、取り返しのつかないことをしてしまったと悔やんでいました」
「私に好かれることが迷惑だったの?…」
落ち込む。気が滅入りそうだ。
でもそんなの、幸守がそうしたから、私がこうなっちゃったんじゃない!
惚れさせたのはアナタじゃない!!
「幸守様は自己評価が低いですからね〜。周りの評価は高いのに、自分がどれだけ優しい人を演じても、誰も自分を異性として好きにならないと思っていたのでしょうね〜」
水城院家の偽者だから。
自信が持てないでいるんだ。
「幸兄ってバカなんじゃないの?…」
謙虚だと言うべきなのだろうか。
いいえ、違うわ。やっぱりバカよ!
「望まれてここに居るのに、どうして自分を認めてあげられないのよ!!…誰が、ここから出て行けなんて言ったのよ!…そんなこと誰も求めていないのにっ!!」
そうか。私はそれを伝えればいいんだ。
私がそれを伝えられる人なんだ。
このメイドがいくら幸兄を説得したところで信憑性を欠いてしまう。私がそれを幸兄に伝えることで、初めて、幸兄は自分がここに居ていいと判断することができる。
でも、それだけじゃきっと不充分だ。
「お父さんと話すわ! 幸兄の抱えている、私を女の子として見ることができない理由を全て取り除いてやる!!」
「それは、幸守様が自分の手でやり遂げなければならないと定めた役割ですよ?…水城院 幸守という人間が壊れてしまうかもしれませんよ。それでもよろしいので?」
「幸兄は幸兄の力で、こうして私を味方に付けたじゃない! あの男は自己評価の足りていない大バカだから、もっと時間がかかる問題だと思い込んでいるだけなのよ! 私を動かしたのは幸兄だわ! そうでしょ!?」
「………ナユタは唯香様が嫌いです…幸守様とナユタの間に土足で踏み込んで来る…唯香様のことが、大嫌いです!……」
「私だってアンタなんか嫌いよ! でも…」
「同じ人の幸せを願っていますね…」
「そうみたいね…」
「でしたら、この件に関しましては一旦、唯香様にお任せすることにしましょう。ナユタが時間を稼いで差し上げましょう…2日もあれば、行って帰って来られますね?」
そうね。面と向かって聞かないとね。
今まで私が怖がって避けていた問題を。
話し合う時が来たのだと思うから。
「お釣りが出るわよ!」
「いいえ、2日間はナユタが幸守様を独占させていただきます! その後の2日間は、ナユタは幸守様に一切絡みません…行きと帰りの切符もナユタが手配しておきましょう。これは淑女協定ですよ。唯香様…」
「変態が何を言っているんだか……」
「「…………………………」」
嫌い。幸兄を誰より理解しているから。
でも、だからこそ信じられる。
「幸兄をお願いねナユタ…」
「畏まりました。唯香様…」
幸兄が自分自身と向き合うための鍵を手にしていたのは、他の誰でもない私だった。
私が気付かなきゃいけないことを…。
教えられて気付かされるなんて…。
悔しい。
でも、最後に勝つのは私だから…。
吠え面かかせてやるんだから!
アンタにも、幸兄にも…。
だから、待っていてね。私の…大好きな人…。
水城院 唯香が財布と携帯電話のみを手にして水城院家のお屋敷を出て行った後。
緑髪のメイドがポツリと呟く。
「敵に塩を送るなんて…愚かですね……これで本当に幸守様を取られたら………3日3晩涙が止まらないかもですね〜……」
ですが、これで良いのです。
世界中が敵になろうとも、ナユタだけは生涯幸守様の味方で在り続ける。
それが水城院 ナユタの決して曲げない誓いなのですから…。




