第46話 ナユタの原点
水城院 ナユタの原点。
独りだった何者でもなかった少女。
御主人様のためならば、何でもこなす最強のメイドになろうと思ったその始まりには、この先の未来、その全てを捧げたいと思える少年との出会いがあった。どんな困難が待ち受けて居ようとも、この人とならば乗り越えられると思える確信があった。
今日まで微塵も揺るぎ無い想い。これから先も揺らぐことは無いと証明し続ける。水城院 ナユタがそれを死ぬまで証明し、あの日伝えた貴方への『好き』が誰よりも強い本物だったと証明し続ける。
もう、報われているのに…。
それ以上を望んでいる強欲な娘だ。
追想。
水城院 源治郎は月ノ宮孤児院に多額の融資をしてくれている足長おじさんだった。
院長先生や、施設の大人たちが白髪の老人に向かい次々に頭を下げていた。子供のナユタでも、その人がこの世界にとって、とても偉い人だということがわかった。
興味本位だった。
年に数回顔を出す白髪の老人に尋ねる。
「どうして、お金をたくさんはらうの? ナユタたちはおじさんのやくには立たないですよ?…そんなことをしても、いみないのに……」
足長おじさんが答える。
「それは、まだわからないよ。おじさんはいくつもの会社を纏めていてね。だから、将来立派に育ったこの孤児院の子供たちが、私の会社で働いて、私に利益をもたらしてくれることを密かに期待しているんだよ。私のしていることは無駄なことではないんだ」
「ふ〜ん。でも、ほかの会社さんに入っちゃうかもしれないよ? ライバルさんに入られたらいみが無いどころかおおぞんだよ?」
「はっはっは!…君はとても賢い子だね。そうであるのかもしれない。だからこそ、こうして私は将来有望そうな子が居ないか、こうしてたまに見に来ているんだよ…他の会社さんに取られてしまわないうちにね…」
「おじさんもかしこいんだね!」
「賢いお嬢さんに聞いてみたいことがあるんだが良いかね?」
「いいよ!」
「この孤児院で、お嬢さんが一押しの子は誰だろうか? もちろん、自分自身を推薦しても構わんよ。この孤児院に、君よりも賢い子が居ると思うかね?」
「かしこくなきゃダメなの?」
「…いいや。君の一押しならば良いよ」
「だったら、ユキモリくんだよ!」
「…ユキモリ君?」
「うん! ユキモリくんはね。泣いてばかりだったナユタのことをいつもはげましてくれたとてもやさしい男の子なんだよ! ナユタはユキモリくんのことが大好きなんだよ!」
「…そうなんだね。優しい子か……」
「ナユタはね! ユキモリくんとずっと、ずう〜っといっしょにいるんだ! そのためならナユタは何だってできると思うの!」
「君にそこまで言わせるとは、余程の色男なのだろうね…」
「ユキモリくんはなきむしさんだよ!」
「……………………………」
「でもね。自分がないている時でも、たにんをよしよししてあげられる人なの! ユキモリくんが1ばんカッコいいんだから!」
「ユキモリだね…覚えておくよ…」
「うん! ナユタのいちおし!」
「君は、ナユタちゃんだね? 君のことを覚えておこう。2人とも立派に成長したら、おじさんがスカウトに来ても構わないかね?」
「いいよ! でも、じょうけん!」
「何だろうね?」
「ナユタはユキモリくんといっしょじゃないとどこにもいかないの! ユキモリくんのよさが分からない人のところにも行かないの! だから、もしも、おじさんにユキモリくんのよさがりかいできたのなら…ナユタもおじさんのおやくに立つようにがんばるよ!」
「なるほど。では、ナユタちゃんとユキモリくんの成長に期待させてもらおう…」
「うん! きっといちおしになるよ!!」
離れたくない一心だった?
当然、その通りだ。
「………………ふむ…………」
この時にその欲を見透かされたのだろう。
けれども、本心からの言葉しか口にはしていなかった。それもまた事実だ。最愛の人の良さを理解できない人のために動く気なんてこれっぽっちも無かった。全くもって論外だ。
時が経ち。水城院 源治郎様はナユタではなく、ユキモリ様をスカウトにやって来た。
ユキモリ様だけをスカウトにやって来た。
源治郎様とユキモリ様が2人で話す。
別れの時だと思った。
それなのに…。
ユキモリ様はそれを見事に拒絶した。
「有り難い申し出ですけれど、嫌です。僕は貴方とは一緒に行かない。だって、貴方には、人を見る目が無いから…」
源治郎様はナユタの欲望を見破った人だ。
そんな彼に、ユキモリ様は人を見る目が無い人だと断言してみせた。
源治郎様は後に、その心を貫き胸を抉るようなこの一言が、彼を是が非でも養子に迎えたいと思った決め手だったと話してくれた。
「…………どういう…意味かね?…」
「この中で誰が1番優秀な子なのか。そんなことも理解していないじゃないか! 何度もナユタに会いに来たくせに…そんなことにも気付けないなんて無能だよ! ここで1番優秀な子は僕じゃない…彼女だよ!…」
「…そうだとしても、私は君を迎えに来たのだがね? 本当にそれで良いのかね? 私は大金持ちだ。何だって買ってあげられる。君が私のもとに来れば、君は今よりもずっと幸せな暮らしを送れるのだよ? 何不自由無い暮らしが君を待っているのだがね?」
「そんなの決めつけないでよ! 僕は貧乏だっていいんだ。この場所で教わったよ。そんなにたくさんのお金なんて無くたって幸せになれるって教わったよ! 自由であることが本当の幸福だってナユタに教わったよ! 誰かに強いられた人生を歩むなんてまっぴらだ!…だから、僕の代わりにナユタを連れて行って、そして彼女からは決して自由を奪うな!」
「………………生意気な子だ……」
「そうだよ。僕はこの通り生意気な子だ! でも見る目はちゃんとあるよ! 彼女の手足を奪わなければ、彼女は必ず期待に応えるよ! 僕がそれを保証する!」
決して疑うことの無い強い眼差しが、水城院 源治郎様の眼鏡に適ったのだと思う。
「…はっはっは! でもこうしよう。私は2人を引き取らせてもらう。その上で、君からも、ナユタちゃんからも、決して自由を奪わないと約束しよう!」
「…2人、一緒に!? 本当に!??」
「本当だとも、いずれ彼女と離れ離れになることが怖かったのではないかね?」
「そ、そそっ…そんなわけないよ! で、出会いがあれば別れもあるのが人生だよ!…でも、ナユタには…幸せになってもらいたい…僕はただ、そう思っていただけで……」
「彼女のことが好きなのかね?」
「そ、そんなわけないよぉおお!!」
「ナユタは大好きですユキモリ様ぁ〜!」
「んぎゃああぁ〜!!? 腰がぁ〜!?」
これはユキモリ様の優しさが招き寄せ、勝ち得た2人の自由だった。これで何故、ナユタが幸守様をお慕いせずにいられようか?
そして、見る目が確かだった源治郎様をナユタも義父として認めた。全力でお仕事を全うすると決意し、お屋敷のメイドとしてありとあらゆることを覚え完璧に熟した。
選ばれたのは幸守様だ。ナユタじゃない。
ナユタがユキモリ様こそがこの孤児院1の有望株だと推したのだって、ユキモリ様の優しさを知っていたからに他ならない。
あの日、ユキモリ様がナユタにそうしてくださったように。もしも幸守様が泣き出してしまうそんな日が来るのだとしたら、その時は今度はナユタの番だと思っていた。
これは、恩返し?
そんな小さなものではない。
愛してしまった人だから。
例えいずれ、ナユタが必要とされなくなる日が来るのだとしても、それでも…。
何度やり直せるのだとしても、ナユタはこの道を絶対に変えたりしないだろう。貴方が連れ出してくれた、貴方の傍で自由に駆け回れるこの道が愛おしくてたまらないのだから!
「…ナユタ…ぼくは………すぅ……」
泣き疲れて寝てしまいましたか。キャンプの疲れも溜まっていたのでしょう。向こうでは気を遣いっぱなしだったでしょうから。
「おやすみなさい幸守様…後は、この幸守様専属メイドにお任せあれです!」
大好きです。
愛しています。
だから、ナユタも自由に動けます。
貴方に貰ったこの翼で、誰の言葉も気にすることなく、自由に生きて見せます!




