第44話 告白と役割
「それで、唯香の部屋で何を…」
良い匂いがする。女の子の匂いだ。こんなことを考えるのは少し変態っぽいかもしれないけれど、キャンプ以来唯香の距離感がやけに近くなっている気がして…。
気のせいかな。気のせいだろう。
「そうね。手始めに、ツイスターゲームのリベンジをしようと思うわ!」
気のせいじゃないのでは!?
「無茶言うな妹ぉ〜!!? 片足捻挫している唯香が僕に勝てるわけないだろ! コンディションを整えてから作戦立てて、8割は勝てる勝算ができてから挑んでほしいね!」
「浅はかね。今だから逆に狙い目なのよ。幸兄は私の足を気遣って集中できない。そこがこのゲームの攻略の鍵になるわ!」
えっ!? そうなの?
「言っとくけど、照明君や新園さんなら、そこが弱点だと言い放ってその鍵を容赦無く踏みつけるからね! 無慈悲なまでに泣き所をガン攻めだからね!?」
「幸兄はそんなことしないもの!」
「僕用の策略!? 確かにこれは攻略だ!」
言い合いながらも唯香がツイスターゲームのマットを準備していた。大体、その使う機会大して無さそうなゲームのマットをどこでどうやって手に入れたと言うのだろうか? まさかそんなものを源治郎に可愛くお強請りして買ってもらったわけじゃないだろうね?
まさかまさか、そんなそんな、ははははは。
何はともあれその、人生で2回もやればツイスターゲーム経験回数ヒエラルキーの上積みに君臨してしまえそうな遊戯、今日でやり納めになることだろう。これは供養だ。
「今日から毎日やるわよ!」
「唯香さん!? ヒエラルキーの頂点まで駆け上っちゃうってば!…そんなにこのゲーム楽しいの!? どこら辺が毎日やる気になる程奥が深いのかとりあえず説明を求むよ!?」
「これはね。男女の適度なスキンシップを取るのに打って付けのゲームなのよ。故に、毎日私と幸兄で繰り返し行うことで仲が悪くならないのよ! その予防に繋がるゲームであると心がけなさい!」
「仲が悪くならない…予防…なるほど?…」
それは確かに魅力的過ぎるゲームだ。これを毎日やると唯香と喧嘩をしない。本当なら確かに僕にも毎日やる価値のあるゲームだ。
「理解したよ!」
「幸兄ってチョロいわね…」
「え? 何か言った?…」
「いいえ何も! まさか、人生で1度くらいしかやらないんだろうなと思ったゲームを毎日やることになるとは思わなかったなと思っただけだから気にしないで!」
「入手経路が凄く気になるんですけど?」
そんなこんなで早速ゲームが始まる。
ツイスターゲームというゲームの詳細については、かくかくしかじかなので各々で調べてください。よろしくお願いします。
「幸兄、今回は4マス以上離れた場所以外は禁止にしましょ。そうでもしないと幸兄はずっと端っこで生き延びようとするもの…」
「本来僕は隅っこ族なんだよ…」
「何わけのわからないこと言ってるのよ。ほら始めるわよ。負けた方は勝った方の言うことを何でも1つ聞くんだからね!」
「えっ!? いや、だから、それ男の子側が提案するやつで、女の子からそんな罰ゲーム提案しちゃダメでしょ!?…そのうち、胸を触らせてとか言われても知らないよ!?」
「べ、別に…言えばいいじゃない…」
「何言ってるの言わないよ!??」
兄妹仲ぶっ壊れちゃうよ!?
「とにかくやるわよ! はい、足置いて、ゲームスタート! 右手赤!」
「色指定する第三者が居ないからって相手に要求して行くの!? もしや、これは高度な頭脳戦だったりするのだろうか?…右手赤…はい。どうぞ…右手緑で……」
「ちょっと! 何で緑なのよ! あのメイドのことを考えてるんじゃないでしょうね!?」
「どゆこと!??」
「今は私のことだけ考えてよ!…じゃないとあっさりと負けて、私に…もの凄い罰ゲームやらされちゃうんだからね!?」
「本当に兄妹仲円満ゲームなの!?」
「幸兄左手ここ!!」
「えぇええ!!? 場所指定!? 僕らのツイスターゲーム2手でルール壊れちゃった!」
そんな唯香に急接近させるなんて。
それでも素直に従う僕も僕だけれども。ここで嫌だと言ったら、唯香に見逃してもらえたのだろうか? 無理そうな気がする。
そのままゲームが数手進行し、どう足掻いても唯香に触れなければならない形を取らされてしまう。これは、スキンシップのゲームであるからして多少の接触は唯香もおおめに見てくれるはずだ。じゃないとこのゲームそもそも成立しないからね!?
「幸兄右手ここ…」
「その指示やめない?」
「ここに置いて…」
「あ、はい………」
義妹が開いた股の下に手を突っ込んでいる兄の図なんだけど、僕これ源治郎さんに見つかったら通報されて、務所にご飯と温かい布団が用意されたりしないよね!?
「唯香、左足を赤に…」
「ちっ…」
舌打ちされたんですけども!?
これ本当に仲良くなれます!??
どうにか第三者に見られると110をダイヤルされかねない体勢を抜け出すことに成功した。とでも思っていたのだろうか?
「幸兄、右手をここ、左手はここ、右足はここ、左足はここ…」
僕らのツイスターゲーム壊れちゃった。
その指示で勝てる人居ます!?
「ハンデよハンデ! だって私松葉杖だからこれくらいのハンデは貰わないと!」
「妹ぉおお〜!? ハンデが大きいよ!? 1度に2箇所くらいなら、まだ納得してもいいけれど四肢を全部動かしちゃったよ! それも場所まで指定されちゃったよ!?」
最早何でもありなのか!?
でも、僕がルールを破ると唯香はきっと怒ると思うんだよな。唯香だけチートもイカサマも何でもありだ。
というかその指示。唯香のその位置。
「な、何よ…早くしなさいよ…それとも幸兄は私に降参するのかしら?……」
「……ああもう! 知らないからね!?…」
僕は唯香の指示に従って次々に手足を移動させて指定されたマスに四肢を配置する。四つん這いになり、見下ろすと、そこには目の前に唯香の顔があって、このまま倒れ込んだら唇が触れ合ってしまいそうだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…幸兄、吐息かかる…」
「そ、そんなことを言われましても…」
顔だけ背けるが、落ち着かない。
次は僕の番だけど、僕が覆いかぶさっているような体勢で唯香にどんな指示を送っても今の絶妙なバランスが崩れて、たぶん僕が勝利してしまうだろう。これ僕が勝つの!??
1000%勝てないルールだったよね!?
「唯香、左手青…」
「………はい…」
「ちょっ!? 唯香さん!? そこは既に僕が占領しているポイントですよ?」
手の上に手を重ねられる。
「…幸兄右手ここ…………」
「いや、だから、唯香さん? そこは既に唯香さんが占領しているポイントですよ??」
何が起きているのか?
そうまでして負けたくないと言うのなら、罰ゲームは少し恐怖だが、何とかして僕が負けてあげるべきなのだろうか?
「早くしなさいよ。早くしないと追加するわよ。左足は、ここ…」
だからそこも唯香の左足があるところ!
「わかったよ…は、はい……」
手は広げられているせいで重ねざるを得なかったが、足はギリギリスペースが確保できそうだったため、唯香の足を踏みつけるようなことはしなかった。そんなことできないし!
待てよ。この体勢。次の一手で詰みでは?
「唯香右足緑!」
「…………………………」
頬を赤く染めた唯香がそれは無理だと僕のことを無言で軽く睨みつけて来る。そうだ。このゲームを終わらせればいいんだよ。そもそも唯香は自分に覆い被らせるような、やけに僕に有利な体勢を取らせて来たし、これもうこのまま勝ちじゃないか!
でも何故に自分から負け確定になるような体勢になったんだろう?
「幸兄、舌噛まないでね?…」
「どゆこと??」
唯香が何かを決意したようにキリッと僕を見詰めると、指定された足と重ねられた手を鋭く動かして足払いを決めて来る。同時に力ずくで手もズラされたため、当然のように身体が一瞬だけ宙に浮いて、僕は重力に逆らえずに唯香の身体に重なり、押し倒すような状態で倒れ込んでしまった。
唇と唇が触れそうになるのを反射で首を傾けることでどうにか回避するが、男の僕にのしかかられた唯香は苦しそう小さく呻いた。
「ひうっ…はぁ、はぁ、はぁ………」
身体をピタリと重ねたままだ。
直ぐに退こうとするが、僕の背に両腕を絡ませて来た唯香によって彼女の上から退くことができなくなってしまう。
「ご、ごめん!?!?? ごめんだけど何で僕を捕まえているのかな!?」
「捕まえてないと逃げるから…」
そりゃ逃げないとお巡りさんに捕まっちゃうならワンチャン逃げるでしょうよ! どうして逃げたんだ。逃げなきゃ確実に捕まっちゃうからですよと犯人は皆言うでしょうよ!?
僕ってこれ加害者なのでしょうか!?
弁護士を呼んでくれ!
せ、せめて刑を軽くしてくれぇ〜!!
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…幸兄の鼓動どんどん早くなってる…凄く熱い……」
唯香の黒髪ツインテールからとても良い匂いがする。彼女の小さな身体から僕よりも高い熱が伝わって来る。どうして彼女の方が体温が高くなっているのだろう。
「ゆ、唯香さん? 動けないんだけど?」
「じゃあ…もう少しこのままで……」
唯香さん???
ゲームに勝ったの、僕なんですけど?
これが唯香にとっての罰ゲーム。なのかな?
だとしても困るんですけど?
変な気持ちに…なっちゃうんですけど?
「ゆ、唯香?…」
「…もう少しって…言ってるでしょ……」
「……!?!??…………………」
後、10秒くらいですかね?
2分くらい経ったのに放されない。
「ゆ、唯香??…」
「まだカップラーメンできない…」
なるほどね。3分待てばいいのか!?
「………あれ? ゆ、唯香???」
「5分待つタイプもあるのよ…」
そりゃそうだろうけども!?
「…はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「んっ…はぁ、はぁ、はぁ………」
いつまで続くんだこの時間。
それからしばらく、僕は唯香の匂いに包まれながら、彼女の体温を感じ、高鳴る胸の鼓動を共有していた。
「私の上から退かないで…少しだけ、身体を持ち上げて…少しだけよ……」
僕は指示に従うことにする。何故だかわからないが、従わなければこの手を唯香はずっと離してくれない。そんな気がしたから…。
腕に力を入れて、ツイスターゲームのマットに手を着き、僅かに身体を浮かせる。
当然のように顔を真っ赤にさせて吐息を漏らす黒髪美少女の色っぽい顔が目の前に現れて僕は生唾を飲み込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…そのままで居て動かないで……答えて幸兄………」
「…何を?……」
「私は幸兄に、ちゃんと女の子として見られているの? それとも単なる妹? そういう対象としては絶対に見れない女の子?…」
どういう意味だろう?
「…唯香は僕の大切な家族…だよ?……」
「嬉しい…けど……違うのよ…幸兄の言う家族と、私が求めている家族は違う…私が求めている形は……こっち、だから……」
「………………………………」
目を瞑って顎を持ち上げる唯香。
その唇は震えていて、まるで僕からの何かを待っているようだった。待ち望んでいるように見えても仕方の無いことだろう。
そんなはずは無いと理解しているのに。
僕の唇は吸い寄せられるように唯香の唇に重なろうとする。あまりにも、唯香が可愛くて理性より先に本能が行動してしまった。
粘膜と粘膜が触れ合う寸前。間一髪のところで僕の理性がその行為を停止する。何を馬鹿なことを考えていたのだろう。そんなはずないじゃないか。絶対にそんなわけない。
唯香が僕とのキス望む理由がどこにある?
このまま身を引こう。彼女の上から退こう。
そう思った次の瞬間に再び腰に手を回されて唯香が閉じていた瞼をゆっくりと上げた。
「答えて…幸兄、私とキスするの、嫌?…」
「……い、嫌じゃないけど…これはちょっと罰ゲームにしても度が過ぎている…よ?…」
「嫌じゃないなら、良いわよね?…」
「嫌じゃないけど……んむっ!?…」
良くはないだろう?
源治郎さんの孫娘である唯香はいずれ、この水城院家の後継者となる人かもしれない。そんな人が、どこの馬の骨ともわからないこんな男に唇を許していいはずが…無いのに…。
後頭部を強引に押さえつけられて、僕は咄嗟に反応できず、決して手を出すことは無いだろうと思っていた大切な義妹と唇を重ねてしまっていた。彼女の唇はとても小さく、小刻みに震えていた。罰ゲームにしても……。
いや、これは、罰ゲームではない。
「ぷはっ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
「…………………ゆ…………」
「…幸兄…私のこと、ちょっとは女の子として見てくれる気になった?…」
瞳が今にも泣き出しそうな程潤んでいる。赤く染まった頬も、震える唇も、その熱い眼差しも、言葉も、その全てが、僕を前にしてのものだった。
「…私の気持ち…伝わらなかった?…」
「…いや、それは……その…………」
顔がどんどん熱くなってしまう。
「だったらそれでもいい。伝わるまで何度でも教えてあげるから、私…幸兄の妹で終わるのは嫌だから。だからお願い…女の子としても私のことをちゃんと見てよ…せめて、私にもチャンスをくれないと……許さない…」
「………………………」
「罰ゲーム。今ここで命令して…何でもしてあげるから、今…命令して……でも、妹で居てくれって言うのは無し! 無理なお願いは叶えてあげられないんだからね……」
唯香の行動の意図が僕にはわからない。
だから、聞くしかないと思った。
「じゃあ、正直に教えてほしい…」
「………何?…………」
「唯香は…僕のこと…どう思ってるの?」
「………これは…幸兄に答えさせられているだけだから、ノーカンなんだから……」
彼女が何やら自分自身に言い訳をする。
そして、真剣に僕を見詰めて言い放った。
「好きに決まってるでしょ! 幸兄が、この気持ちに気付かせてくれたのに、だから…責任取ってくれないと私が困るのよ!!」
「…それは…えっ!??………」
「何よ!? な、何なのよ! 私にキスされるの嫌じゃないって言ったわよね! あと何回キスすれば、幸兄は私の気持ちを信じてくれるのかしらねぇ〜!? 今からツイスターゲームの第2ラウンドを始めてもいいのだけれど準備はいいかしら!?…」
声が震えている。冗談でも、罰ゲームだから言ってるわけでもなさそうだ。
僕は唯香の頬に手を添える。
「ひゃっ!…あっ……あの…幸兄、エッチなことしてもいいけど、や…優しくして…」
僕に身体を許せるくらいに…。
唯香は僕のことが好きなようだ。
そう確信して、事実として認識して、目の前で息を荒くする少女を見下ろすと、どうしてこんなにも愛おしく思ってしまうのだろう。エッチなこと、してもいいんだ。胸を触ったりしても、怒られないのかな。許可を出されてしまったわけだし、良いんだよね?
「本当にいいの?」
「いい…幸兄なら、いい!………」
「…そ、そっか…………」
「…………………………」
唯香の魅力に全てが揺らぎそうになる。
本当に危ないところだった。
ここまで危なかったのは、ナユタにせまられた時以来、いや…それ以上に…理性が吹き飛んでいたかもしれない。たぶん僕は、唯香に初めて会ったその時から、彼女に一目惚れしてしまっていたのだろうと思う。
でも!!
僕は呼吸を整えて、ギュッと目を閉じて受け入れ態勢万全な唯香の頭を撫でる。
「…んっ………幸兄?……」
「凄く嬉しい。本当だよ。僕も、唯香のことは好きだよ。初めて会った時から、こんなかわいい子が世の中に居るものなんだなと思ったくらいだから…でも……ごめん…」
「……………………………」
「唯香を幸せにできるのは僕じゃない。その役目を、僕はきっと果たせないから…」
僕にはもう、何を犠牲にしてもやり遂げると決めた1つの目的が存在している。大人に守られるだけの弱く小さい今の自分では果たせない目的ではあるけれど、その目的を果たすために恋愛という要素を僕は、僕の人生に必要としていない。必要無いんだ。
それはきっと僕の心を揺るがすノイズになってしまうから…。
その想いが強くなれば強くなる程、唯香を女の子として好きになれば、好きになる程、僕が本懐を遂げようとする時に、それは僕の決意を鈍らせることになるだろう。
今でさえ、こんなにも動揺している。
「……私には、幸兄に好きになってもらえるような魅力が…無い?……」
「そんなことは無いよ。それどころか…もう好きにはなってると思うし……」
「えっ!?…」
「えっ…あっ、いや…その…………」
唯香の上から退いて、あぐらをかいて座る。
「さ、最初から…唯香が、他の男に取られるのは嫌だなと…思っていたので……たぶんそういうことなんだろうと…思う…」
「…そうなの?……脈ありなの?…」
「言い方が、諦めてなくない!??」
「何で私が諦めなきゃいけないのよ!」
「そりゃ、まあ…そうかもだけど……」
脈無しですって言ったら諦めてくれるのか。それならば、今ここで…。
「ダメ! もうダメ! 今更、脈無しですって言ってももう私、諦めてあげない!…」
先手を打たれた。数秒の差だったろ。
「でも、僕には唯香とは付き合えない理由があるから交際はできないです…」
「それって、メイドが好きってこと?…」
「…………ナユタとも付き合えないよ…ナユタのことも、僕は好きだけど……僕は誰かと恋愛をするつもりはないから…だってほら、僕はただの偽者だから……」
「…どういう意味よ!?」
在るべき形を取り戻したら、そこに在るべきではない形は消えるのが自然だ。
消えるべきなんだ。
繋ぎは繋ぎとしての役割を果たせばいい。
彼女と出会い、彼女に好きだと言ってもらえたこの男は、水城院 幸守は存在しない。
いずれそうなるのだから、唯香の僕への気持ちも存在しないんだ。
上手く立ち回れていると思っていたのに。
自由っていうのは、やっぱり難しい。
「……唯香…仲の良い兄妹で居よう…それが僕の答えだよ……僕、部屋に戻るね…」
「……嫌よ!……ねえ…待ってよ!…」
僕はそのまま唯香の部屋を逃げるように立ち去った。自分自身が決めた縛りは破れない。




