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第43話 NOと言える男


途中いくつかのアクシデントはあったものの2泊3日のコテージでの共同生活はとても良い経験になり、鵜野江森キャンプ場から水城院家のお屋敷に帰っていた僕はお屋敷の主であり、養父でもある源治郎さんの部屋を訪れて報告をしていた。


キャンプで起きた出来事、見たもの、感じたこと、失敗も成功も、僕が体験した全てを包み隠さずに源治郎さんに打ち明ける。


数日家を空けた時は、こうしてよく源治郎さんと話をしている。


中でも気になったのは、上級者ハイキングコースを満身創痍で突破して来た照明君のことではなく、もちろん、唯香のことだろう。


あの日以来、唯香の僕への態度がどこかおかしい気がしている。何も用事が無くとも、よく僕のもとへ来るようにもなった。


源治郎さんに何か心当たりはあるだろうか?


「…………………………」


「源治郎さん?」


黙って僕の話を聞いていた養父が不意に笑みを零して僕の目を真っ直ぐに見詰めて来る。


「これまでと同じように、なるべく耳を傾けてあげなさい。それは唯香に限った話ではない。ただし、何でも言いなりになれば良いというものではないぞ。何を知り、何を覚え、何を思い、何を選んだとしても……お前の選択ならば水城院 源治郎は水城院 幸守の選択を否定したりしない…」


「…それは、少し僕に甘過ぎませんか?」


「そうか。そうかもしれんな。だが、それが儂の決めたお前の育成方針だ…」


放任主義という程ではないけれど僕は源治郎さんに、何をすることも許されている。


孫娘の唯香と仲良くしてほしい。たまにはナユタに構ってやりなさい。等の些細な指示は出るものの、それ以外はほとんどが自由だ。


「もっと、たくさんの指示をくれた方が、僕も動きやすいんですけどね…僕は源治郎の言うことでしたら、何だって聞きますよ…」


「だからこそだ…我が子を、父の意思に左右させ、窮屈な世界に縛り付けたくはない。お前には、お前の人生を生きてほしい…」


「大丈夫です。ちゃんと生きてます…」


「であるならば、儂も安心して我が子らに後を託すことができるだろう…」


大丈夫ですよ。唯香は僕が見守ります。少なくとも、僕が不要になるその日までは…。


源治郎さんの息子さんも、唯香が学園を卒業するまで見守った後に必ず、2人の間にある問題を僕が何とかしてみせます。だから、どうか長生きしてくださいね。



話を終えて養父の書斎を後にした僕を待ち構えていたのは、源治郎さんの実の孫娘である黒髪ツインテールの女の子、水城院 唯香と、このお屋敷を管理する凄腕メイドさんのナユタだった。


「幸兄、その…お祖父様は私のことを何か言っていたかしら?」


「学生の本分は勉強なのです! 水城院家を継ぎたければ他のことに現を抜かしている暇は無いぞと仰っていたことでしょう!」


「アンタには聞いてないわよ! どうしてメイドが幸兄を出待ちしているのよ!?」


「何故って、そりゃメイドの本分は御主人様にご奉仕することだからに決まっているじゃないですかぁ〜! キャンプで疲れの溜まった幸守様のお身体を、ナユタの身体を使って隅々まで癒して差し上げなければぁ〜!」


「尚更、疲れが溜まりそうね! それなら私が幸兄の疲れを癒してあげるから、メイドは使用人の本分であるお掃除とかを頑張ってね!」


「もちろんです唯香様! 幸守様の身体中の垢を隅々までお掃除させていただきます! ナユタの舌使いをご覧に入れましょう!」


「この変態メイド! いいから下がりなさい! 幸兄は私が借りて行くわ!」


「源治郎様の孫娘であることを利用して幸守様に迫るとは、心は傷まないので?」


「メイドって立場を利用して幸兄に変態行為を仕掛けているナユタに言われたくは無いわよ! 幸兄も幸兄よ! 嫌ならちゃんと嫌って言えばいいのよ!」


「それが言えない立場なのですよ。ですから唯香様の方が自重すべきなのです!」


「嫌よ! メイドこそ少しはその変態行動を自重したらどうなのかしら?」


「ナユタのこれは生命活動ですので〜!」


「私だって幸兄と絡むのは生命活動よ!」


「おやおや〜、それはいつ程からで〜?」


「最近そうなったのよ! 譲らないから!」


出待ちの美少女2人が何やら火花を散らして言い争いをしているのだけれど…。


そろそろ、僕から得られるエネルギーとやらについて詳しく伺ってもいいだろうか?



ナユタは今日も元気いっぱいのようだし、まだ松葉杖を突いている唯香の用件から聞かせてもらおうかな。


「ナユタ、ごめんね。脚をケガしている唯香をいつまでも立たせておきたくはないから、先に唯香と話して来るよ」


「畏まりました幸守様! つまり、前座は唯香様でメインディッシュはナユタという腹積もりなのですね! それではナユタは、幸守様のお部屋でお待ちしていますね〜!」


「こらっ! 勝手に解釈するな! 勝手に幸兄の部屋でやましいことをするなぁ〜!」


唯香の注意も聞かずに自由人のメイドさんは僕の部屋まで一目散だ。2泊3日会わなかっただけで相当なエネルギーを消耗してしまったのだろう。だから教えてくれ。唯香とナユタに共通する僕から充電しなければならない不思議なエネルギーって何なのか。


ナユタからは、やる気のチャージと言われたっけ? では唯香は? 僕と話して何かやる気が出るのだろうか? 待てよ。勉強? 勉強を教えるのが上手いから、勉強のやる気が出るとかそういうことなのかな!?


脚をケガして安静にしていなければならない唯香は今こそ夏休みの宿題に手をつけるべきだろうからね! きっとそうに違いない!


「幸兄も幸兄よ。あのメイドを好き勝手させ過ぎなのよ。もう少し素直に嫌なことは嫌だって言いなさいよね!」


「唯香がお屋敷に来てからのナユタはだいぶおしとやかになったよ?」


「え? 冗談よね? あれで、おしとやかなんて言われていいわけ? 元のメイドはどんだけ縦横無尽に暴れ散らかしていたのよ?」


まあ、今でも、縦横無尽に天真爛漫なメイドさんを貫いているけれど。


「う〜ん。でも、源治郎さんもナユタのことを元気があってよろしいってよく言うし、僕も元気があることは良いことだと思うよ」


「元気が有り余っているなら尚更幸兄にチャージしてもらう必要無いじゃない!」


「………ん〜……ん?…確かに?…」


ナユタはやる気に満ち溢れていないかな?


「だったら決まりね! 今日、幸兄は私と1日一緒に居て! 嫌なら嫌って言って!」


「…………………………」


「嫌なの!?」


「嫌なんて思ってないよ! そ、そうだね。松葉杖で大変そうだし、いざという時は誰かが手助けしないとだよね? 同じ女の子のナユタに頼んだ方が良いんじゃないかとおも…」


「嫌! 幸兄にしてもらうからいい…」


「そ、そうだね。でも、僕も男だから手伝えないことも結構多そうだよ?……」


「全部、幸兄に頼むわ!」


「…………え?…りょ、了解?……」


まあ、そのうち僕を傍に置いても特に良いことなど無いと気付くだろう。そもそも、松葉杖を突いていると言っても日常生活に支障が出るレベルではない。1つ1つの動作は当然遅くなるだろうが、1人でできないという程深刻な捻挫では無かったようだし、1人でやることができないことと言えば何だろう?


やっぱり、勉強を見てもらいたいとか?


他に思い当たらないけどね。


「幸兄、おぶって!」

「…………何で?…」


「あ、足が痛いからよ!」


「そうは見えないけども? もう1度病院に行く必要は無さそうみたいだね! 松葉杖は人をペチンとする道具じゃないよ唯香!」


唯香が捻挫した足を廊下に着いて、松葉杖を振り上げるものだから途中から早口になってしまった。というか、捻挫した足着いたら松葉杖の意味が無いよね!?


「嫌なら嫌って言えばいいのよ! 幸兄は嫌なことを嫌と言えないからダメなのよ。そんなんだから直ぐにメイドにあんなことやこんなことを要求されて、ほいほいと言うことを聞いちゃうんだわ! そ、そのうち…本当にあんなことやこんなことまでされて……」


「ゆ、唯香さん?」


「そうなる前に私が幸兄に、変な壺を買わされそうになってもNOと言える人間に矯正してあげるんだからね!」


「…いや、変な強欲な壺は買わないよ? 僕そんな壺買う程、お金持ってないからね……」


そもそもナユタには嫌だと言いまくっている気がする。それでも強引に乗り込まれるだけでタイムは無限回使用している気がする。


タイム連打を試してみたけど、ナユタが相手じゃ意味が無かっただけなんだ。だから、次は絶対に勝つために僕は源治郎さんだけは最後まで取っておくのさ。


「幸兄、私の部屋までおぶって…」


「あっ、はい。どうぞ…」


「NOって言いなさいよ! どう見ても私普通に歩いて行けるじゃない! 甘やかすな!」


「ええぇ〜!?? ひっかけ問題!?」


どうしよう。義妹の様子が本当に変だ。


「ま、まあ…今回はお願いするわね…」


そう言って松葉杖を持ったまま唯香が僕の背に乗っかって来る。キャンプ場のハイキングコースで背負って以来だ。ほんの数日前に同じ事をしたばかりだが、あの日は夏だけど虫刺され予防のそこそこの厚着だったのに対して今は完全に生地の薄いラフな服装だ。


風通しが良いということは、その感触も比較的ダイレクトアタックだということである。なるべく意識しないように気を付けなければ。



「…どちらまで行きましょうかお姫様?」


「私の部屋まで! お屋敷を右回りで!」


何故遠回りの指示が出たのか謎だが、僕を休ませる気が無いのは確かのようである。


まあ、遠回りと言ってもハイキングコースを人1人背負って歩き切った僕からすれば、この程度のお屋敷の中、大した距離ではない。


「そこを曲がって、そう…次を左…そこも左ね……あっ、そうそうそこも左よ!」


「唯香さん。元の位置に戻りましたよ?」


「ごめんなさい。間違えちゃったみたい」


これ、イジメじゃないですよね?


所謂、ドメスティックバイオレンスってやつじゃないですよね?


我が家にイジメはありません!!


「次は大丈夫! 私の指示に従えば、明日には私の部屋に辿り着けるわよ!」


「わかったよ! NO!! 僕が唯香を連れて行くから僕に全部任せなさい!」


「…私を背負うのが嫌だと言いたいの?」


「あれれ!? 不正解なの!? 嫌じゃないけど、そもそも背負われたその体勢自体、あまり良くないと思いますよお姫様! 僕にまた汗をかかせても特に唯香にメリットは無いと思うよ!?」


「それは、見解の相違と言うか…別に幸兄の匂い嫌いじゃないし……」


僕から生じる汗の臭いを我慢してまでも唯香は僕にドメスティックなバイオレンスをご提供しようと言うのか。だが断じて違う。我が家にイジメはありませんので!!


「くっ、そうか。こうなれば仕方が無い。汗をかいても問題無い運び方に変えよう!」


こうして、こうして、こうじゃ!


「えっ…あっ…ちょっ、きゃっ!??」


背中から降ろして、僕は横抱きで唯香を抱えることにした。これならば、鼻の位置は僕から随分と離れた位置に来るため汗の臭いで不快な思いをさせずに済むだろう。


そういえば、この抱え方別の呼び方があった気がするな。そう確か、あれだ…。


「お姫様抱っこでもいいよね? お姫様…」


義妹の顔が真っ赤になる。


「……のっ………イエス……」


よし! 何だかよくわからないけど、義妹をNOと言わせないことに成功した! 抵抗力の弱くなった今のうちにお姫様を自室まで運んでしまおう。唯香がこの状況に順応してしまう前に完遂するんだ。急げ水城院 幸守!


「…私まだ貰われてにゃいのにっ!?……」


唯香が何か言ってるが、こちとらそれどころではない。水城院のお屋敷、無限回廊編を脱出しなければ物語が進みやしないからね!


「到着! ついたよ唯香! さあ、降りて…」

「嫌!…も、もう少しこのままで!…」


ん〜? 何で?? 唯香をお姫様抱っこしたままでは唯香の部屋の扉を開けない。これってもしかして実質的な詰みなのでは?


「ゆ、唯香さん?…実はこの抱え方って背負うより遥かに体力を消耗するんだけど…」


「でも、私は幸兄からたくさんチャージできているので効率は良いわよ…」


そうなんだ。密着する部分が遥かに減ったのに効率が上がってるんだね。意味がわからないよ。僕にはまだお姫様抱っこは早過ぎたのかもしれない。もう、ダメだ…。


「くっ、二の腕に乳酸が…」


「幸兄、今度から二の腕に乳酸を溜めたくなったらいつでも私を呼んでいいわよ!」


「遠慮しとくよ! しばらくは遠慮しとく!」


ようやく唯香の部屋までたどり着いた。これでやっと本題に入ってくれるだろう。


「それで、僕は何のためにここに連れて来られたのかな? いや、連れて来たのはほぼ僕の方だったけどね!?」


「お疲れ様、幸兄! ありがとうね!」


お礼を言ってくれるだけ報われた謎のお姫様抱っこだった。そう思っておこう。君の犠牲は無駄にはしないよ二の腕。




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