第39話 料理のできる男
夏休みを利用し、友人と義妹を引き連れてキャンプへ出かけてしまった御主人様にお屋敷の留守を任された緑髪のメイドさんは今日も元気にお勤めを果たしていた。
「ふんふんふふ~ん」
意中の彼に抱き締められた感覚を思い返しては幸せな気分に浸る。御主人様にはキャンプに出掛ける前にたくさん構ってもらったため留守番もへっちゃらなのである。
「ここまで来れば、幸守様との朝から晩までイチャイチャお屋敷生活も時間の問題なのでは〜!? やっぱり、抱き締めるより抱き締められた方が栄養がありますね〜!」
普段の2倍調子の良いメイドさんの身体は軽かった。実りに実ってしまった2つの重たい果実も何のそのである。
「はぁ〜ん! 幸守様ぁ〜、でへへへぇ〜」
器用に妄想と両立し、休むことなく手を動かし続けている水城院 ナユタを見かけて、彼女に近付く背の高い老人。
「やや、源治郎様。おはようございま~す! 今朝はお早いですね〜?」
「うむ、今夜は…アレと会う日だからな。昼食は軽いものにしてくれるかね? それと、いつものコーヒーも頼むよ…」
「畏まりました! くれぐれもお気を付けて」
パタパタ廊下を走って行く水城院 ナユタを見送り、水城院 源治郎は窓の外を見詰めながらポツリと呟く。
「………幸作……」
かつてはこのお屋敷の芝生の庭を遊び場にして駆け回っていた人物。目を細めると今でも記憶が呼び起こされて、小さな子どもの幻影が瞳の中に映し出される。
父に似て出来の良い子ではなかった。
それでも、望まれて生まれて来た子だった。
愛して育てたはずの息子だった。
母親の血を色濃く継いでいれば、こうはならなかったのかもしれない。
そして、水城院 幸守という少年に出会うことも無かっただろう。
2人目の息子は、今という青春を正しく楽しんでくれているだろうか?
もっと自由に、好きなように、自分の道を進ませてやれば良かった。
今はただ、そう思う。
鵜野江森キャンプ場。
2日目の早朝、時刻は午前5時半。
夏休みということを考えると普段ならばまだ寝ているような時間帯だが、同じ部屋に泊まっているいびきのうるさい方の友人のせいで目が覚めてしまった。
将隆君は呼吸しているのかすらわからない程静かだというのに、照明君はどうしてあんなにもワイルドないびきなのだろう。口にガムテープでも貼ってやろうか。まあ、それで窒息したら笑えないからやらないけれども。
キャンプ用に用意していた寝間着代わりのジャージ姿のまま、木々の陰から差し込む朝日を浴びにコテージの外まで出て来ていた。
早朝はまだ涼しい方だ。
日差しをその身に受け、僕は右手を顔の前に翳して太陽光を遮断する。耳を澄ませると山鳥やセミの鳴き声が聞こえて来た。時が経つに連れ、その音が騒がしくなって来る。
今は高層ビルの溢れる都会で暮らしている僕だけれど、僕はもともと都会っ子というわけではない。外で遊ぶのが好きというわけでもなかったけれど、水城院家に養子として迎えられてからは以前よりずっと外で遊ぶ機会は少なくなっていた。
「自然は良いな…空気が美味しいや……」
僕が振り向くと、そこには先程までぐっすりと寝ていたはずの友人の姿があった。うるさくない方の友人である。
「おはよう。早いね」
「ああ、幸守こそな…」
「こんな朝からどうしたの? テルのいびきがうるさくて起こされちゃった?」
「それもあるが、せっかく自然豊かな地に来たんだ。俺は…小学生の頃までは、田舎に住んでいてな。何も無いところだったが、緑だけは溢れていた……」
将隆君の昔話なんて初めて聞いた。
「やっぱり、自然はいいな。高いビルに囲まれているより落ち着く。都会は便利だが窮屈に感じることも多いからな…今は、もう慣れてしまったがな…」
「そうだね。僕も、そう思うよ…」
皆が起きて来るまで時間があるだろうし、お昼用のサンドイッチでも作っておこうかな。作り方はナユタに教わって来たし、水城院家の台所を預かる彼女程、美味しいものは作れないだろうけれど、レシピ通りに作ればそれなりのものはできるはずだ。家庭科の調理実習も、僕は得意な方だったからね。
「さてと、僕はお昼に摘めるサンドイッチを作って来ようかな。6人分、いや…もう少し多めに作っておこうかな? マサはどうする? ここに居る? 手伝ってくれる?」
「…水洗いや皮むき程度なら……」
「じゃあ、たまごサラダ作りを任せるよ」
「それは俺にもできるのか?」
「簡単だよ。先ずは茹で卵を作る。たまに箸で向きを変えつつ11分程卵を茹でて、冷水で一気に冷やす。そうすると殻が剥きやすくなるからね。すり鉢に殻の剥いた卵を移したら細かく潰してもらって、マヨネーズと塩コショウを適当に入れたら更に混ぜ合わせて完成だよ。簡単でしょ?」
「調味料の調整以外は問題なさそうだ…わかった。手伝おう……」
「本当にマサはテルと違って頼りになるよ」
「アイツにはアイツの良さがあるだろう。探す気も起きないがな…」
「そうだね。探す気は起きないね…」
いつか照明君の良さを理解してくれる女の子が現ると良いね。望み薄ではあるけれど、可能性に0は存在しないからね。
2人で喋りながらお昼用のサンドイッチを作ってしまうことにした。孤児院に居た頃も料理はそこそこ手伝っていたし、ナユタにも何度か教わったため、やろうと思えば料理もそれなりに器用にこなせる。
調理法が難しいものや、複雑な手順を要求して来るものでなければ無難に作れる。
「おお、タマゴサンドだ。…普通に美味そうだな。1つ食ってもいいか?…」
「どうぞ。多めに作ったからね」
ほぼ将隆君が作ったタマゴサンドを将隆君自ら実食する。出来立てなのでコンビニで買うようなものより美味しいだろうと思う。
「うまっ…」
「それは良かった。残りのお昼用は保冷剤を入れて保存しておく。そうじゃないと、直ぐに傷んじゃうからね」
「どうせ振る舞うなら、出来立てが良かったかもしれないな…」
「そうだね。それじゃあ、今度は出来立て朝ごはんを作ろうか? 皮むき程度なら手伝ってくれるんだよね? 6人分!」
「…言うんじゃなかったと後悔している」
そう言いながら、将隆君は朝食の支度を手伝ってくれた。コテージの共有スペースには台所もあるため、朝ごはんの定番を作る。水城院家のキッチンとは少し勝手が違ったけれどナユタのレクチャーを受けている僕ならば、この程度やってやれないことはない。
これで時間を節約して、効率良くキャンプを楽しむ時間に回すことができるだろう。
僕と将隆君の次に起きて来たのは、朝食の匂いに釣られてやって来た照明君で、女性陣が身支度を整えてからコテージの共有スペースに来たのは最後だった。
僕たちは互いに挨拶を交わし、テーブルを囲んでキャンプ2日目の朝食を頂く。
「幸兄って料理できたのね? 普通に美味しそうだし…頂きます!…あむっ、うん。普通に美味しいし…料理は全部あのメイドに任せ切りなのかと思っていたわ」
実際ナユタに任せ切りだけどね。
「幸兄さんはお料理もできるんですね! やっぱり、幸兄さんこそ最強のお兄ちゃんだと思います! 本当に美味しいです。はむっ!」
喜んでもらえて良かった。作った甲斐があったというものだ。
「マサと2人で作ったんだ。この後、ハイキングでしばらく歩くことになるから食べ過ぎは注意だけどね。特に、テルと新園さん?」
「「ガツガツガツガツ! おかわり!!」」
「………まあ、いいか…お腹いっぱいで動けないなんて言い出したら置いていこう…」
「俺様の胃袋に不可能の文字は無い!」
何でも吸い込むピンク色の星の戦士か何かなのだろうか。多めに作りはしたけれど、大人3人前くらい平らげてしまう勢いだった。朝からそんなに食べて大丈夫だろうか?
「幸守君の手料理なんてレアだからね〜! これを逃したら次はいつ振る舞ってもらえるかわからないよ〜。それなのに、お2人さんはおかわりしなくていいのかね?」
僕の手料理にそこまでの希少性は無いよ。唯香に頼まれたら作るだろうし…。
新園さんの言葉に心揺れた唯香と和奏ちゃんは顔を見合わせて、確かにと頷く。
「幸兄おかわり!」
「幸兄さんおかわりです!」
「…う、うん。本当に大丈夫?」
「心配しなくとも、私いくら食べても太らないから問題無いわよ!」
「ハイキング頑張るので摂取カロリーは消化し切れる計算です!」
食後に動けるのかという意味なんだけど。流石の彼女たちも動けない程は食べないだろう。それくらいの自己管理はできるはずだ。
「わかったよ。マサは和奏ちゃんの方の盛りつけてあげてくれる?」
「ん…わかった。どれくらいだ?…」
「大きくなれるくらいです!」
「ん…んん……ん〜???………」
「ナユタさんくらいになりたいです!」
和奏ちゃんが将隆君を困らせていた。身長のことかな? それとも……これはこれでかなりレアで面白いので僕も2人にあやかり助け船は出さないでおこう。これも経験だよ将隆君。
「はい、どうぞ唯香…」
「ありがとう。丁度良い量ね。幸兄は私が後どれくらい食べたいかがわかるのね?」
「それは、ナユタにあらかじめ唯香が普段どれくらいの量を食べて、おかわりする時はどれくらいかを聞いていたからだよ!…」
「そんな下調べ必要?…まあ、いいけど」
そんなこと聞いて何なのよストーカーなの変態なの? 気持ち悪いわね! くらいの刃物が飛んで来るかと思ったけれど、どうやら今回は大丈夫のようだった。
今の一瞬で僕も相当のカロリーを持っていかれた気がするので少しおかわりしておこう。
「幸兄も? 貸して、私がよそってあげる!」
「えっ!?…唯香は、僕が後どれくらい食べようと思っているかわかっ……あっ…」
唯香に食器を取られてまるまる1人前くらいのおかわりを盛り付けられてしまう。彼女に悪気は無さそうな? ありそうな? 昨日バスタオル姿を見られた仕返しそうな??
「男ならこれくらい食べなきゃね!?」
「………えっと…そだね……はい……」
ハイキングで吐かなきゃいいけれど。
こうなれば、道連れだ!!
「和奏ちゃん! マサもおかわりをよそってもらいたいってさ! 1人前追加でね!?」
「え?…」
ご馳走様のポーズを取りかけていた将隆君が僕を見て呆けた声を上げていた。
「任せてください! 梶原先輩も男の子なのでたくさん食べないとです! 私がたくさん盛り付けます! 任せてください!!」
和奏ちゃんも盛り付けてみたかったのかな?
「えっ、あっ、ちょっ………」
将隆君は1.5人前くらいの追加を和奏ちゃんの匙加減で盛り付けられていた。これで、もしも吐くにしても1人切りではないはずだ。尊い犠牲だった。
平和な世界の出来上がりである。
「さあ、召し上がれ梶原先輩!」
「………あ、ああ……」
将隆君は顔を引きつらせないように我慢しながらも和奏ちゃんを悲しませまいと、用意されたおかわりを頑張って平らげていた。将隆君は本当に男だと思うよ。
「和奏ちゃん俺様もおかわり!!」
照明君、魂の4度目のおかわりである。
これは嘔吐コース待った無しだろう。
「は、はい! 残り全部盛り付けます!!」
墓穴を掘ったな。だがこれで、おかわりの追加を盛り付けられなくて済むので良かった。助かったよ照明君。確かに、照明君にも良いところがあるんだね。僕と将隆君の胃を破裂させないようにしてくれるとはね。朝食を作り過ぎた僕たちを庇うとは予想外だ。
いや、まあ、実際は和奏ちゃんによそってもらいたかっただけなんだろうけどね…。




