第38話 混浴風呂
水着着用とはいえ、ついに来てしまった第2コテージの貸し切り混浴大浴場! 男女別に分かれた脱衣所で、僕たちは貸し出しされている水着に着替えて準備を整える。
阿吽の呼吸で僕は大浴場に走り込み、将隆君は照明君に突然の関節を決めて、時間稼ぎを開始した。
「いでででで!? 何だよマサぁ!?」
「許せ…これも任務だ……」
よし! これで、女性陣側に僕が陣取ることで照明君を必要以上に唯香と和奏ちゃんに近付けさせないようにできる。何もかもが作戦通りだ。ありがとう。名探偵将隆君! 君の協力に感謝を…。
「……え?…」
「はっ!??」
「ゆ、ゆきにぃ〜さん!??」
何故だ??
何故、唯香と和奏ちゃんがバスタオルを巻いた姿でそこに居るんだ!? 貸し出し水着着用じゃなかったのか!? どうして??
「…し、下に水着……着てるよね?…」
唯香と和奏ちゃんが真っ赤になる。
答えを聞く前にわかった。
これ、着てないやつだ。
「女湯に来て何考えてんのよ変態!??」
「お兄ちゃんでもそれはダメです!!」
「誤解だ! ごか、誤解というか…新園さんが居ないし!? ちくしょ〜ハメられたぁ!!」
申し開きをする前に顔面が真っ赤に染まり上がった激昂する唯香が、親友を庇いながらこちらに向かって来る。そう、女湯に乱入して来た不埒な輩をぶちのめすのに理由など必要あるだろうか? 言い訳を聞く必要も、あるはずもないだろう。三途の川が見えた。
「遺言あれば聞いとくわよ。ゆきにぃ〜」
「これは、そのっ…違くて!!」
説明すればわかってくれたかもしれないが、説明ではなく遺言要求な時点で詰みか?
流石に丸見えかかと落としはできないようで、唯香は身体に巻いたバスタオルをしっかり押さえつけながら、もう片方の拳にオーラを全て集めていた。嗚呼、そうか。これが小型ミサイル並みの破壊力というビッグバンイン◯クトというものか。うん。死んだな。
ごめんよナユタ。
僕、無事には帰れそうにないや。
「やあやあ~! 盛り上がってるか〜い?…ありゃ? 幸守君だけ?…」
僕が死刑を決行される前に立会人の新園さんが現れた。恐る恐る見ると、彼女はバッチリと自分だけ貸し出し水着を着ていた。
「なっ!??…水着は着ないのかって…まさか、初めからそういう……」
「ちゃんとあたしゃ〜確認しましたぜ?」
「…女湯なんだから水着なんて必要無いでしょって、私も和奏も…そう思って……」
「あの…はい……混浴です。ここ……」
唯香に片手で首を絞められる。多少は苦しいけれども、手が小さく締まり切らないから何とか一命は取り留めそうです!
「どうしてそれを先に言わないのよぉ〜!」
「…ぢっ、じっでるどおもっで〜……」
唯香が手を放してくれた。ぐぇえ〜。
「………くっ…新園先輩!??…」
「混浴ですかと聞かれれば、私だってそうだよと答えたさ〜。後輩ちゃんたちは私に確認を取ったかね? 私は、水着を着なくいいのかね? テルちんならワンチャン覗きに来るかもしれないよと…言ったよね〜?」
「だって! それは! 幸兄がそんなこと許すはず無いから大丈夫って…男湯と女湯を区切ってある壁でも登って来る気なら、そんなもの幸兄が必ず止めてくれるから……だから、私…大丈夫だと………」
「ユイ〜…ううぅ〜、私たちにも落ち度があるかもです……」
「げほっ、ごほっ、ゆ…唯香も和奏ちゃんも水着を借りて来るか…男女別で分かれている1番コテージの大浴場を使うといいよ…全部知っているのかと…ごめん………」
「ゆ、幸兄……」
「僕とマサでテルを止めるから…早く……」
唯香は頷いて行動を開始する。
「あれ? もう終わりかね? 少しくらいは進展があるかもと思ったんだけどね〜」
新園さんが何を言ってるかわからないが、男子用の脱衣所に戻って照明君の足止めだ。マサを援護しなければ、単純なパワーと持久力なら照明君が1番だ。
「抜け駆けすんな幸守ぃいい〜!!」
「…げほっ…くっ……もう来たか!?」
唯香と和奏ちゃんは…間一髪女子用の脱衣所に避難できたようだ。助かったよマサ。流石はマイベストフレンドの将隆君だ!
「唯香ちゃんは!? 和奏ちゃんは!?」
「1番コテージ行くってさ……」
「だにぃいいい〜!? 折角の貸し切りなのにそんなバカなぁああ〜!??」
いや、こんな欲にまみれた性欲モンスターが居たら、そりゃ混浴なんて無理でしょ? 身の危険以外の何も感じずに、ゆっくり満喫できないからね。
「…幸守…すまん……振り払われた…」
将隆君がよろよろと歩いて来た。体力を使い果たしてしまったようだ。それに比べてこの体力オバケはまだまだ余力がありそうだ。
「何だよ〜! 結局、ユミリンだけかよ!」
「新園さんで我慢しておくんだね…」
「2人とも随分な言い草じゃないかね?」
「どうでもいいが、これでようやく、ゆっくりと湯船に浸かれそうだな…」
お疲れ将隆君。本当に将隆君の時間稼ぎはファインプレーだったよ。称賛に値するよ!
「くそう! こうなりゃ1番コテージに先回りして壁向こうから聞こえて来る唯香ちゃんと和奏ちゃんのキャッキャウフフで妄想を膨らませてやるぜ! これしきのことで、俺様の欲望は止まらねえぜぇ〜!!」
「あっ、ちょっ、テル!?…」
「幸守…放っておけ……」
将隆君がそう言うのなら…。
お猿が来て早々に移動を開始した。何が彼を突き動かすのか。まあ、性欲だろう。持て余しているだろうからして…。
男女別で分かれている1番コテージの方なら別に僕らが妨害する必要も無いか。唯香と和奏ちゃんには申し訳無いことをした。唯香のバスタオル姿を見るのは2度目だから、実はそこまで怒っていない可能性もあるが…きちんと首は絞め上げられたしなぁ〜。
「後で謝らないとなぁ…」
「そうすることだな…」
「御愁傷様〜」
「新園さんも謝ってね!?…て、言うか新園さんはとりあえず僕に謝ろうね!?」
もういっそ、ここで新園さんを襲っちゃってもいい気分なんだけどね!?
「小粋な美少女からの贈り物はどうだったか感想を聞かせてくれたまえよ幸守君!」
どう思ったかだって? エッチな気分になったとでも思ったのか? 恐怖で縮こまったよ!
「殺されるかと思ったよ…謝って…」
「ごめんよ幸守君! バスタオルを剥げなかったことが、あたしゃ〜心残りさね!」
「謝る気無いなこれ…」
「無駄だ。諦めろ幸守…」
そうだね。新園さんの更生は諦めよう。
たぶん一生こうだと思うので。
唯香より、和奏ちゃんにどう謝ればいいのかわからない。唯香はたぶん、脳天かかと落とし1発で許してくれると思う。察してくれていたようだからね。僕と唯香の間にも、それなりの信頼関係が生まれているのだろうか?
だとしたら、嬉しい限りだよ。
何だか涙が出て来たよ。
「何泣いてんのよ?」
聞き覚えのある声が僕に尋ねて来る。冷や汗をだらだらと流しながら、錆び付いたロボットのように首だけ動かして、声の主を恐る恐る確認してみると……こりゃまたビックリ。水城院家の唯香さんだった…。
「………え? こ、殺しに??…」
唯香が水着姿で現れた。最早これは、ラスボスが現れたと言い直しても良いのかもしれない。まだ経験値不足で勝てる気がしない。将隆君はのほほんを満喫中だ。ヘルプミーと言っても助けてくれないだろう。万事休すか。
「そう。幸兄の言い訳を聞きに来てあげたんだけれど、その前に和奏に頭を下げるべきなんじゃないかしら? 懺悔なら今よ…」
和奏ちゃんも水着で再降臨していた。頬を赤く染めてもじもじしている。天使かな?
「えっ? えっと…さっきはごめん…2人とも水着を着ていたとしても、魅力的なことに変わりは無いし、テルが暴走する可能性を考慮して僕はマサと一緒に最終防衛ライン構築+足止めをするために先んじて……ね?…」
何事も無かったかのように身体を流し、湯船に浸かっていた将隆君がコクリと頷く。
「私たちにも落ち度はあったので…新園先輩や幸兄さんを責めるのはお門違いだと思います。でも、えっちさんはよくないです…」
「すみません!!」
「面目ない……」
将隆君まで謝罪に巻き込んでしまった。
「ゆ、許します! びっくりしてしまっただけなのでもう大丈夫です! 幸兄さんも、梶原先輩も仲直りしましょう。せっかくのキャンプを楽しい思い出で埋め尽くしたいです!」
「和奏ちゃんって天使なのかな?」
「新園とはえらい違いだな…」
比べてみると本当に天使と悪魔だ。
僕と将隆君は感謝して最降臨した天使様を拝んでおいた。彼女が居れば、きっと世界は平和になるはずだ。白沢天使教の信徒絶賛募集中です。貴方もきっと救われます。
「それで、私に対しては?」
「和奏ちゃんがうやむやにしてくれたと思っていたのに…そ、そうだね! その…首を絞めてもらっても、かかと落としを脳天に突き刺してくれても一向に構わないけれど…湯船が血に染まらない方法で天誅を下してもらえると次のお客様の迷惑にならずに……」
「水着の感想は?」
「大変可愛らしく似合っているかと! 唯香程の美少女が着ると、こんな量産型の水着であってしてもその魅力を遺憾無く引き出してしまうその圧倒的なポテンシャルには目を見張るものがあると思います!!」
途中から自分が何を言ってるかわからなくなって来ていたけれど、乱雑に褒めちぎっておいた。これでいいのか? 許されるのか!?
「…あっそ……それで、幸兄たちが阻止してくれようとした金髪はどこに潜んでいるのかしら? 先ずは金髪をこのロープで身動きできないようにしないとね…」
どこから取り出したんだい唯香さん? 今の君はどこかの緑髪メイドさん地味ているよ?
「だ、大丈夫みたい…唯香と和奏ちゃんが1番コテージに移動したと思い込んで後を追うように出て行ったから、今頃は唯香と和奏ちゃんの居ない女湯の壁向こうの音を聞き取ろうと頑張っている頃だよ…」
「金髪は本当に変態なのね…」
「えっちさんはよくないです…」
「彼女が欲しくて必死なんだよ。もう新園さんが付き合ってあげればいいのに…」
チラッと新園さんを見ると、彼女は肩をすくめて手のひらを上に向ける。
「幸守君さ〜。知らないのかい?」
「…………………………」
新園さんが仕入れた極秘情報か!?
「人は猿に恋をしないっ!!」
名言みたいに言い放つ新園さん。
「…………いや、テルと新園さん、学力同じくらいじゃん…その決め台詞に説得力を持たせたいのだとしたら、もう少し勉強頑張ろ?」
「新園の方が僅かに学力が高い…」
そうだね将隆君。団栗の背比べだけどね。その数センチにどれ程の差があるというのか。
「え〜! テルちんも面白いお猿ではあるんだけれど、どうせ付き合うなら私は幸守君がいいかな〜!」
「「えっ!?」」
唯香と和奏ちゃんが激しく反応した気がしたけれど、気のせいだろう。
「将来有望な人に養ってもらいつつ、私は私のやりたいことに人知を尽くしたいのさ!」
1年の時に同じ告白されたな〜。今も昔も全く心に響かない告白で、新園さん自身も本気で言っていないことはまるわかりだ。
「そうだね。新園さんが寄生できる、良いパートナーが見付かるといいね。でも、僕以外の人で頼むよ。マサはどう?…」
「もう少し大人しいタイプが好みだ…」
「ええ〜、2人とも同級生の紅一点に、ちと厳し過ぎやしませんかね?…それじゃあ、私じゃなくて唯香ちんか和奏ちんなら幸守君は付き合いたいと思うの〜?」
何ぶっ込んで来るんだこの同級生の紅一点。唯香と和奏ちゃんが僕を見詰めて来ているんですけれど!?
不味い。下手なことは言えない。
「…え?…えぇ〜…ど〜かな〜?…」
お茶を濁しておく。無理だって!!
「幸守君さっき唯香ちんのことを散々褒めちぎっていたのに、付き合いたいとは思わないんだね〜。そっかそっか〜。幸守君のタイプはやっぱりあの、胸のおっきなメイドちゃんなのかなぁ〜!」
ゲス顔。それでも君は僕らの紅一点か!?
ぶっ飛ばしても良いでしょうか!?
男女平等顔面パンチしても構わないかな!?
「ふ、2人とも僕には勿体無いし……」
これでいい。見事に濁したぞ。
「「………………………」」
「何それ、教科書に載っていたような回答するね〜幸守君。つまんないなぁ〜」
「つまんなくて悪かったね!」
唯香と和奏ちゃんは、怒ってはいないようだが何とも微妙な表情をしていた。教科書に載ってるわけないだろいい加減にしてほしい。恋愛を上手く躱す教科書があるなら僕に譲ってくれ水城院 幸守にインストールするから!
「マサちんは?」
「右に同じく…」
ズルいぞ将隆君。と言いたいところだけれどさっき助けられたばかりだから、便乗による逃げは許容しようと思う。
「唯香ちんは? 好みの男のタイプはどんな人なんさ〜?」
唯香にまで話を振るのか。新園さんって怖いもの知らずだよね? 君が紅じゃなくて青であったなら、今頃脳天から鉄分で湯船が真っ赤に染まり上がっていたところだよ。
「え?………そうね……」
答えそうなんだけど!??
義妹の理想がちょっと気になる義兄だった。
唯香と一瞬、目が合った気がした。
「………って、何で私がそんな質問に答えなきゃならないのよ! 嫌いなタイプならいくらでも答えますけどね〜!!」
「あっ、大丈夫です……」
嫌いなタイプは幸守君ですねわかります。僕の特徴がマシンガンのように撃ち出されて矢印となり、僕の身体に突き刺さるのだろうと思うと1つもその情報を仕入れたくなかったので僕は話を終わらせてもらった。唯香はフンっと鼻を鳴らしながらそっぽを向く。
「和奏ちんは?」
結局、全員に聞くらしい。
「そうですね。理想のお兄さんという意味では幸兄さんですね! 幸兄さんのような優しい人が私はタイプなんだと思います!」
「……それは…恋愛感情か?………」
将隆君のツッコミに和奏ちゃんが答える。
「れ、恋愛感情というものは私にはまだよくわからなくて、男女共学自体が私は鳥羽園学園が初めてだったので、男の人ともほとんど話したことなかったですし、クラスの男の子ともあまり話さないです。だから、今のところ私がお話しできるのは、幸兄さんと、梶原先輩だけです……」
和奏ちゃんにまだ恋愛は早いということか。和奏ちゃんには、ゆっくり大人になっていってほしい。温かく見守ろうと思う。
「……そうか……幸守も、俺も、男と話す練習くらいならいくらでも付き合う…男に慣れるまで、俺たちで練習するといい…」
やけに和奏ちゃんに優しいな。将隆君もいつの間にか和奏ちゃんを見守る会のメンバーに加わっていたのか。将隆君なら構わないさ。許可しようじゃないか。
「そうだね…たくさん、お話ししようね」
「はい! ありがとうございます!」
結局、和奏ちゃんに癒される一時だった。
とんでもない開幕劇だった。
泊まるコテージに戻って来た僕と将隆君は唯香たちと別れて貸し与えられた部屋で早速布団を敷くことにした。1日の疲れを洗い流すはずだったのに、和奏ちゃんに癒されただけでは肉体が回復しきっていない。ここはやはり明日に備えて早めに寝るに限る。
「テルの分も敷いておこうか?」
「まだ帰ってないのか…」
まあ、そのうち帰って来るだろう。または野山に帰って行くだろう。お猿さんだからね。
「時に将隆君!…和奏ちゃんと随分仲良くなっていたね。いつの間に?…」
「ん? ああ、幸守の家から帰る時に白沢を家まで何度か送っていただろう?…その時に、話しかけられたから話し返して、そこから少し話すようになって…ま、それだけだ…」
「気になっていたり?…」
「俺の話を聞いていなかったのか? 俺は右に同じくと言ったんだ。幸守が気になっていたというなら、そうなのかもな…」
手強い。将隆君をからかうのは無理そうだ。
「幸守こそどうなんだ?…」
切り返されて行く。
「どうって、マサも知っての通りだよ。僕は恋愛をしない。したって意味が無いから。女の子を可愛いとは思うし、服が似合っていれば素直に褒めもするけれどね。それはあくまでも関係を良好にしておきたいからだよ。特に唯香に嫌われるのは不味い……今日も死ぬ程怒っていたみたいだし…」
「死ぬ程、怒っていた??…」
「どう見ても兄ではなく、ゲス野郎を見下す目をしていたじゃないか!?」
「………そうか?……そうか??…」
何だか将隆君にしては煮え切らない返しだ。
布団を敷き終えた将隆君が僕を見詰める。
「…幸守…お前の計画に口出しする気は無いがな。もう少しちゃんと見てやれ…お前は、兄なのだろう?……」
「……どういう…………」
「歯を磨いて来る…」
答えをくれないまま将隆君が僕から離れて行く。少しだけ、軽蔑の視線? いや、将隆君に嫌われるようなことはしていないと思うし、僕たちは良い友達だと思っている。
だとしたら、今のは友へのアドバイスだ。
「唯香をもっとよく見てあげてってこと?」
義兄として、義妹のことはしっかりと見ているつもり、だけどな…。
でも、そうだね。もっとよく見ておこう。
多少は仲良くなれたにせよ、まだまだ唯香のことはよく理解できていないと思うし、せめてこう何度も何度も怒らせないようにならないとな。それが中々に難しいんだけどね。
こうしてキャンプの初日が終わった。
何か大切なことを忘れている気がするけれど問題は無いだろう。忘れてしまう程度のことだったということだろうからね。




