第35話 夏休みの予定
私立鳥羽園学園の裏にある桜の名所として知られている堤防に1人で寝転がる。
近くにあるサッカーグラウンドからは夏の暑さにも負けずに、悩み事1つ無さそうな少年たちが無我夢中でボールを追いかけている。そんな姿を羨ましく思う。何も考えずに思いのままに生きられたらと僕だって思う。
青々と茂った芝生を枕にし、仰向けになり、ぼんやりと快晴の空を見上げる。
もっと自由に生きられたら良かった。
それを許されているというのに。
自由は僕には荷が重かったのだろう。
自由は責任を伴うということを僕は知っていたからだろう。だから、自由を放棄して1つの目的を作り。その為に行動する不自由で簡単な生き方を選んだんだ。
「格好悪い兄でごめんね…唯香……」
胸に突き刺さる義妹の言葉。
そして、かつて好きだった少女の想い。
「受け入れてあげられなくてごめんねナユタ…」
いっそこのまま、君の手を取ってどこかへ逃げてしまえたらなんて、そんなことも今更考えたところで仕方が無いだろう。
結局、今の僕には、水城院 幸守という優等生を演じることしかできないのだから。
楽な道へ逃げたのだから…。
そのはずだったのに。
「思ったより、楽じゃなかったな…」
水城院 幸守は、楽な人生じゃなかった。
楽な人生など、そもそも存在しなかったのかもしれない。考えが甘過ぎた。目算が甘過ぎた。それでも、1度決めて、歩み出した以上はやり遂げなければ終われはしない。
逃げるために選んだ道でも。
せめて最後まで逃げ切らなければ、何の意味も無くなってしまう。これまでの全ての行いが無駄になる。そう、思うから…。
「嗚呼、小さいな……小さな男だ……」
夢を持ち、大きく羽ばたこうと足掻く人たちが、どうしようもなく眩しく見えてしまう。僕には夢も、希望も無い。
でももしも、僕が定めた目的のその先が続いているのだとしたら?
そうだなぁ。
夢も希望も無い僕は、代わりに夢を追い努力を重ねられる人たちを応援してあげられるようなことがしたいな。
それが何かは何もわからないけれどね。
漠然と、そんなことを思い空を見上げた。
将隆君のベストプレイスを借りて、しばらく物思いにふけり。暑さで頭がおかしくなる前に水城院家のお屋敷に帰って来てみると、唯香の部屋のドアが開いていることに気付き、僕はそちらへ歩いて行く。
流石に着替え中ではないよね?
「何だろう?…声がする…」
これは、照明君の声だ。
「だからよぉ~! 唯香ちゃんも和奏ちゃんも一緒に山に行こうぜ~! 絶対楽しいって! クソったれな期末テストを乗り切って、せっかく夏休みに入ったんだぜ~!?」
金髪頭の悪友は後輩の美少女2人に山の良さについて力説している最中だった。テンション任せの下手な説得故に、楽しいの中身がわからず大した説得力は無かったけれど、そういうものは基本的にどこへ行くかより誰と行くかだろうと思う。それがわかっているから照明君も唯香と和奏ちゃんを誘っているのだろう。下心100%で清々しいね。
普段から口数の少ない友人、将隆君も遊びに来ていたようだ。
「自然は良いものだ…自然…最高…」
照明君の援護をしているとはかなり珍しい。
彼のこれはもう説得でも何でもない。ただの好きなものアピールでしかない。やはり、援護をしていたわけではなさそうだ。
「因みに、来ないのは自由だけど、悪いけど2泊3日で幸守君も連れて行くかんね~!」
新園さんが僕の予定を勝手に決めて来る。
連れて行かれるのか。そんな話は全然、全く、これっぽっちも聞いていなかったんだけれど強制連行で拒否権も無しなのかな?
「ゆ、幸兄が… へぇ~。でも、私は遠慮しておくわ……虫…とか多そうで嫌だし…」
「行かないんですかユイ?…そうですか。ユイが行かないなら私もお留守番します!」
「…………行きたいの?……」
「ユイと一緒ならどこでも楽しいです!」
せっかくできた親友にそこまで言われては、ついて行かないわけにもいかない唯香が陥落するのも時間の問題だろう。唯香なら直ぐにでも計画に賛同しそうに思ったけれど、これは少し僕も予想外だったな。
そろそろ僕も顔を見せておこうかな?
義妹の部屋を訪れた僕が開いているドアを軽くノックすると、金髪のお猿が悪い顔でほくそ笑み、僕の腕をグワシッと掴み強引に唯香と和奏ちゃんの前まで引きずって行く。
「遅いぜ兄弟! 危うくお前は、俺らの春をぶち殺すところだったぜ!」
「どうしたの意味がわからないよ…」
遅いも何もアポ無しだよね?
僕は照明君たちが唯香の部屋に居ることに驚いたくらいだからね。
今は夏休み。詰まるところ夏である。
唯香と和奏ちゃんを連れてキャンプに行くことがこの世の春だと言いたいのだろうか。それならば納得することはできるが、僕という存在如きで唯香と和奏ちゃんを確実に釣れると思ったのなら大間違いだろう。彼女たちはそんなに安くはない。
「こんにちは! 幸兄さん!」
「うん。こんにちは。和奏ちゃん…」
今日も和奏ちゃんは唯香と仲良しさんだね。いつも唯香と遊んでくれてありがとうね。
「よし幸守! 俺様が許す! 口説け!!」
「どうしたの意味がわからないよ…」
いきなり口説けと言われても困る。
「プレゼンテーション…」
「それだ! そう言いたかったんだ!」
将隆君の解説で口説けの意味は理解したけれど、本人がキャンプに行く気が無いと言っている以上、無理強いはできない。
「…幸兄は、私を誘うの?………」
「………誘いはしないかな。でも、キャンプには僕も行こうと思ってるよ。夏休み中にどこにも出掛けないと、それはそれで源治郎さんが僕のことを心配するからね。友達と上手くやれてないんじゃないか? とかね…」
「確かに、お祖父様が言いそうだわ…」
去年の1学期は1度も友人を水城院家のお屋敷に連れて来たりはしなかったからね。友人ができなかったと思われていたようだよ。
「俺たち親友だよな〜幸守!!」
自分から自分を親友だとほざく輩にろくな奴は居ない。ここテストに出ます。
「いや、ただの腐れ縁の友人。タダ友だよ。親友になるためには、あと4年は良い子でいてもらわないと困るかな。ぶっちゃけ現状、水城院家のお屋敷を隠れ鬼のフィールド扱いしちゃうテルは友達も怪しい…」
「俺たち友達かも怪しかったのかよ!?…でも源治郎の爺さんは快くお屋敷の中で暴れ散らかすことを承諾してくれたぜ! 何ならまたこのお屋敷を舞台に……」
それは勘弁してくれないかな!?
「よし、わかった! キャンプに行くことで手を打とう。お屋敷を散らかすことを源治郎さんが許してくれても、屋敷の管理をしているナユタに負担をかけることになるでしょ…」
「あっ…そうだな……メイドちゃんには散らかしたら殺すって言われてたんだった…1度目は許されたっぽいが、2度目は無いぞって目をしていた気がするな……」
「それ、本当に2度目は無いからね?」
僕は照明君に耳打ちする。
「これ以上ナユタの邪魔をするとメイド服に仕込んでいる裁ち鋏でちょん切られるよ…」
「怖っ!? どの部位をだよ!?」
ご想像にお任せしよう。でも、そうなれば照明君が唯香と和奏ちゃんに不埒な真似を働くこともできなくなるのかな? 有りだね。
僕は再び耳打ちする。
「ナユタを怒らせて女の子になってよ…」
「幸守お前まさか!? 俺様のことを狙ってんじゃねえだろうな!? 俺様にそんな趣味はねえかんな!?」
「……………………………」
そこにある花瓶を照明君に投げつけて割ってナユタをけしかけてしまおうか? 和奏ちゃんを口説くのは許す。でも、唯香を口説くことは許さない。兄として許さない。
源治郎さんのコレクションである骨董品を割るわけにもいかないか。僕は伸ばした手を引っ込めて照明君に向かい微笑む。
「僕もお猿さんはちょっと…」
「いいぜ! その喧嘩買わせてもらうぜ!」
「呼びましたかぁ〜幸守様ぁ〜!」
呼んでないがどこからともなく現れた神出鬼没のコンバットメイドさんにより、デュエルスタンバイしていた照明君が大きく後方に飛び退き股間を押さえつけた。
「うん。ナユタ、ハサミ持ってる?」
「申し訳ありません幸守様ぁ〜…」
「な、何だよ…嘘かよ幸守…けっ! 脅かしやがってからに……」
「ノコギリじゃダメですか?」
「どこから取り出したのメイドちゃん!?」
僕にはメイド服のフリフリスカートの中から取り出したように見えた。ナユタのメイド服は4次元ポケッ的な何かになっているのかもしれない。まあ、どちらにせよ。ちょん切るから削り斬るに変わっただけのことだ。これには照明君も即サレンダーだ。
「スカートの中にそんなもの入れてたら危ないからやめなさい。何に使うのそれ?」
「お庭の手入れでたまに使いますよ〜! あとは〜、不埒な輩を懲らしめる時とか〜…このノコギリで峰打ちにするのです!!」
両刃のノコギリに峰とか無いけどね。
とりあえず、不埒な輩を降参させることには成功したので良いだろう。これで、照明君もこの恐怖体験を覚えているうちは、水城院家のお屋敷を遊び場にしようとは思わないはずだ。遊ぶなら、僕の部屋の中だけにしてほしい。そこならば最悪汚しても自分で片付けれるため問題は無いので。
「メイドちゃんもどうかね〜? 今年は一緒にキャンプに行かないかい?」
新園さんのお誘いを受け、ナユタが僕の方をジッと見詰めて来る。本当はキャンプに一緒に行きたいんじゃないだろうか?
「水城院 ナユタは、このお屋敷を守護する者です。ナユタがここに居るからこそ、幸守様も安心してお出かけできますよね? どうか気になさらず、楽しんで来てくださいませ…」
そう、言うと思った。
「…うん…お土産たくさん買って来るね…」
「幸守様の無事の帰還がナユタにとっては何より嬉しいです。去年のように、ケガしないでくださいね幸守様! どこかのお猿さんの悪ふざけで、もしもまた幸守様にケガを負わすようなことがあれば〜………」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
冷や汗をだらだらと流す照明君。
これが威圧する覇気というものか。
ナユタは顔の前で横にしたピースサインを作りチョキチョキと人差し指と中指を数回合わせながら宣言する。
「ちょん切っちゃいますよ〜!」
「幸守! 俺様は平和主義者になるぜ!!」
「あ、うん。それがいいよ……」
平和が1番だからね。




