第34話 恋愛は不要
他の学生たちより一足早く学園のプールで遊び尽くした僕は、義妹の唯香とともに水城院家のお屋敷に帰って来ていた。本日はもうクタクタで動けない。己の持久力の無さを痛感する。孤児院に居た頃の方がまだ体力があった気がする。
ナユタが飛び付いて来ても回避できる余力は無さそうだが、こんな日に限って問答無用で愛情表現してくるメイドさんのナユタは僕に襲い掛かっては来なかった。
いつも、僕の体力を見越して計画的に襲って来ているのだとしたら、僕はナユタに管理されていると言っても過言では無いだろう。
1日遊んでしまったからね。自室で金曜日に出された宿題をさっさと終わらせよう。
普段なら宿題など出されたその日のうちに片づけてしまうところなのだが、ここのところ色々と忙しかったせいで、僕は宿題を後回しにしてしまっていた。
とはいえ5分もしないうちに宿題は片付けてしまえた。大した量ではなかったし、これならば昨日の夜にさっさと終わらせておいても良かったかもしれない。後手後手だ。
プール掃除。大変だったな〜。学園のプール1つであれだけ大変だったのに、ナユタはこの広いお屋敷を1人で管理しているんだもんな。
たまにはナユタの手伝いでもしようかな?
たまには掃除くらい手伝ったってバチは当たらないだろう。思い立ったら行動あるのみだ。自室の部屋のドアに手を伸ばすと、ドアが勝手に開いて緑髪の巨乳メイドさんが姿を現した。
いつもとは違う格好だ。胸部の中心には幸守様専用ナユタと書かれている。これはメイド服ではなく、スクール水着だ。スクール水着と呼んでも許されるかどうかは定かでは無いが、大きな括りで見ればスクール水着なのだろうと思う。
「幸守様ぁ〜!!」
「どうふっ!…」
回避する余力は無いので、いきなり突撃メイドのタックルをその身で受けることになってしまった。僕の体力が少ない時には手加減してくれるメイドさんも、自分の欲求には抗えないらしい。不意にそこに僕が現れた場合の選択肢はどう足掻いてもこれらしい。
「豆腐はありませんが、代わりにナユタの柔らかいお豆腐を2丁、幸守様に押し付けて差し上げますねぇ〜。御一緒にさくらんぼも付けておきます!」
カーペットに押し倒された僕の上で、紺色のスクール水着に収まり切らない程の巨乳がブルルンブルンと暴れている。相変わらずの破壊力に僕の体力と理性が限界だ。幸いなことに先に尽きたのは体力の方だったけどね。
水着姿でもメイドカチューシャだけはいつものままだった。どういう組み合わせのコスチュームなのか。あくまでメイドは継続中のようである。いいや、ここはあえてエロメイドさんと言い直しておきたいところだ。
「何て格好してるの!? ひょっとしてナユタもプールに行きたかったの?」
「愚問ですね幸守様! ナユタはプールに行きたかったのではなく、この姿を幸守様に見せて欲情を煽りたかっただけで〜す!」
「だと思ったけどもっ! 良い子だからメイド服に着替えて来なさい!」
ナユタの肩を軽く押して引き離し、1度撤退させようとするが、いい感じに体力を使い果たしていた僕が押し倒されている状態からナユタを退けるのは万全の状態でも難しいため、当然ビクとも動かない。唯香に良い筋肉の付き方をしてるわねと言われておきながらこのざまである。上にはいくらでも上が居るということだ。
「幸守様はお疲れのご様子!? ですが問題はありません! 幸守様が命じてくださればナユタはいつでも幸守様に跨がり、くねりくねりと腰を振りましょう!!」
「そっか。ありがとう! 一旦離れてね」
「………幸守様はお疲れのご様子!? ですが問題はありません! 幸守様が命じてくださればナユタはいつでも幸守様に跨がり、くねりくねりと腰を振りましょう!!」
「あれれ! 無限ループに入っちゃったのかな!? セーブ&ロードをした記憶はないんだけどね〜!? いいから一旦退こうか!?」
「幸守様はお疲れ様のご様子!!?…」
「ストップ! わかった!…わかったよ!」
壊れた機械のように無限に実行キーを叩き続けるナユタを止める。
致し方無し。ここは1つ、ナユタとプールに行った体で会話してみよう。
「…ナユタ…その水着………いや、似合っているというか、サイズが1つ足りていないんじゃないかな!? 主に胸元が…」
今にもはち切れんばかりだ。スクール水着ははち切れるようには作られていないはずだが、対思春期少年用のナユタの凶器は規格外でスクール水着を軽くぶち抜く破壊力を秘めているようだ。育ち過ぎなのでは?
「大至急取り寄せたのですが、胸周りはこのサイズが限界だったのです! ですが心配には及びませんよ幸守様! こうして、幸守様の手にハサミを添えて〜」
「…ほう……何で!?…」
「あっ、胸が…サイズが合っていないせいか胸が苦しいです幸守様ぁ〜! お願いしますそのハサミでナユタの胸部をくり抜くように水着をカットしちゃってください〜!!」
「…ほう、ん?…ほう…そんなエッチなことをよく思いつくね! 切らないからね!?」
「では脱ぐしかありませんね〜!」
「ストップ!…か、考えさせて………」
不自由な2択というやつだ。だが、ナユタの2つの果実は確かに苦しそうに押しつぶされてはいるが、ナユタがスクール水着程度に敗北するとは思えない。別に、今直ぐに胸部を開放してあげる必要は無いと見た!
とりあえず、ハサミは危ないから部屋の端っこの方へと滑らせるように退けておく。それを見た淫乱メイドさんは勝手に理解する。
「答えは出ましたね。脱げと!!」
「ストップ!…スクール水着姿のナユタをもう少し見ていたいな! いつものメイド服姿もとっても素敵だけれど、たまに見せる違った服装に絶賛ギャップ萌え中だな〜!!…」
く、苦しいか?
「惚れ直しましたか幸守様ぁ〜」
「ほ、惚れてはいないし!…でも、ずっと前からナユタは美人だと思っているし…今更、惚れ直すも何も無いよ……」
「幸守様! 今のナユタはナユタに非ず!」
じゃあ、誰だと言うのだろうか?
「今のナユタは、幸守様専用ナユタです!」
普段から君はずっとそう言ってるよね。源治郎さんに雇われている時点で、そんなことは絶対に無いと思うんだけどね!?
スクール水着のド真ん中に書いてあるその文字に今一度視線を向ける。本当に大きい。同年代の女子でもこれ程の大きさをした女の子そうは居ないのではなかろうか?
少なくとも僕は見たことが無い。
「幸守様がナユタに戻れと言うのでしたら、仕方がありませんね〜。この変身を解いていつもの幸守様専用メイドに戻りましょう!」
「ここで変身を解かないでナユタ!?」
「誰ですかそれは〜?」
背に腹は代えられないのである。
「こ、ここで変身を解かないでもらえますでしょうか…幸守様専用ナユタさん……」
「はぁあぁああ〜!!…幸守様が遂にナユタのことを、自分の専用の雌だと認めてくださいましたぁ〜! 幸せぇ〜!!」
「認めてないよ!? ダメだこのメイド早く何とかしなくては!…何か!…何か無いのか! ナユタからマウントポジションを奪うための秘策は何か!??……」
奥の手。助けて源治郎さんを使うのは本当に最後の最後の最後にしたい。
ここは僕の部屋なので、源治郎さんがたまたま訪れる可能性も極めて低い。源治郎さんはああ見えてもかなり放任主義だ。やりたいことを自由にやりなさいと言われている。だからこんな自由奔放なメイドさんが爆誕してしまったわけなのだけれども!!
「幸守様専用…幸守様専用……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…疼いて来てしまいますぅ〜!」
もう限界が近そうだ。ナユタだけではなく、押し倒されて馬乗りになられている僕の下半身も盛り上がって来てしまっている。
万事休すか!??
刹那。開けっ放しのドアの先から何者かが僕の部屋へ入って来た。源治郎さんか。いや、その愛らしいひょっこり下げたツインテールは!?
「ちょっと!? 何してんのよ!?」
「唯香!? 助けて唯香ヘルプミー!!」
「これはこれは唯香様ぁ〜! 混ざります?」
「混ざらないわよ! 幸兄が嫌がってるじゃないの! さっさとそこを退きなさいよ!」
「幸守様はナユタとのスキンシップがお嫌なのですかぁ〜?」
「べ、別にスキンシップは嫌じゃないけど…分別を弁えてくれるなら多少のスキンシップは必要なんじゃないかとは思うけれど…度が過ぎているよね!? 1周半過ぎてるよ!」
「ほう、まだ愛が足りないと申しますか!」
「申して無いよ! 話聞いてた!?」
僕は何もおかしなことは言わなかったはずだというのに、唯香は多少のスキンシップの部分が納得できなかったようだ。いつもより多めに眉間にシワを寄せていらっしゃる。
「あっそう…そぉ〜……それなら、勝手にやっていたらいいわよ。幸兄はメイドにご執心のようだし! 別に大した用があって来たわけじゃないから、私は自室に戻るわね!」
「えっ!!? 義妹ぉ〜!?」
「は〜い! お帰りはあちらです唯香様〜!」
本当に帰っちゃうの!?
どう見ても兄は絶体絶命なのですが!?
「唯香の用事って何かなぁ〜!? 大至急の大切な用事だったんじゃないかなぁ〜!??」
話を合わせてくださいとすがりつくような目で立ち去ろうとする唯香を見上げる。
「情けない目で見ないでくれる? これが義兄だと思うと溜め息が出ちゃうから…」
その件につきまして本当に申し訳無いと思うところであり、今後何かしらの対策を用意したいとは思っている所存であります。部屋に鍵かけたり、立ち入り禁止の貼り紙するくらいじゃ何の意味も無かったよ!
「はぁ〜…本当にこの義兄は………」
「助けてぇ〜……もう、ダメ……」
「メイド! お祖父様が探していたわよ。明日の予定でいくつか変更点があるからって、何のことかわからないけれど…言えばわかるって言われたから……」
「…そうですか〜。それは、大至急の呼び出しではありませんよね〜唯香様?」
大至急の呼び出しじゃないんですか!?
「まあ、違うと思うけれど…今日はもうそれなりに幸兄で遊んだんじゃないの? 何だかピクピクしているし、その辺にしておいてあげなさいよ」
「遊んだとは心外ですね! ナユタはいつでも大真面目です! 唯香様こそ、最近の幸守様を見る目が、兄を見る目ではない気がするのですが気の所為でしょ〜か〜??」
「なっ、何が言いたいのかわからないけれど気のせいよバカメイド! いいから、早くお仕事に戻りなさいよ! お祖父様にこの一件を報告したっていいんだからね!!」
「この一件と言いますと、ナユタが幸守様に色仕掛けをしている件でしょ〜か? 源治郎様でしたら、元気があってよろしいと仰ってくださる気がします!!」
僕と唯香は泣く泣く首を縦に振った。
「…うん………」
「確かにそんな気がするわね…」
「ですが、源治郎様の本日の予定を考慮するとナユタがお話を聞きに行くのは現時刻が最も相応しいですね! もう少しで、身体も幸守様専用になれましたが……」
ナユタが僕を色っぽく見下ろして来る。
「今日のところは唯香様にお譲りしましょう。幸守様エネルギーは最低限補充完了しましたし、問題無しなのです!」
そう言うとナユタはどこからともなく取り出したメイド服をスクール水着の上に着込んでいつものメイド姿に戻った。早着替えのマジシャンのようだ。実に多芸である。
「では、幸守様、唯香様、ナユタはこれにて失礼致しま〜す! ふんふんふふ〜ん」
鼻歌を歌いながらナユタが廊下の先へと消えて行く。どうやら助かったらしい。
「………ありがとう唯香ぁ〜…」
「情けない声出さないでよ。私は今日の分の借りを返しただけなんだから…」
「借り?? 何か貸したっけ?」
「…………………………」
「え? 何か貸したっけ??」
同じ質問を繰り返すと、唯香は軽く頬を染めて僕の腹筋を踏みつけて来る。
「ふんっ! こんなところに座布団が!」
「ごふっ!?…」
義妹!? 座布団は勢い良く踏みつけるものではない。座るものだ。ああ、さっきナユタに座られてたから勘違いしたのかな?
「アンタ! 私を辱めたいがためにわざと言ってるんじゃないでしょうね!?」
何のことか本当にわからないんだけど!?
「…罰ゲームよ!……え、エッチなお願い事1つ!…を、帳消しにしてくれたから…その借りを返しただけ! 変なお願い事をしないでくれてありがとう!! これでチャラ!」
「……あれって貸しだったの?…唯香は本当に律儀だね…そんなつもりは無かったんだけれど、でも…ありがとう唯香……」
「踏まれながらお礼って変態っぽいわよ?」
「た、確かに……」
僕は一旦唯香に足を退けてもらい、彼女に差し出された手を掴んで立ち上がる。
「それで、唯香の用事って何かな?」
「……別に何も無いわ…………」
「…え?……」
「用が無きゃ来ちゃいけないの?…用が無いのに来てあげた私に助けられたくせに、用が無きゃ私は来ちゃいけないの?…」
そう言われると非常に困る。用が無いのに来てくれるかもしれない唯香に危機一髪から救われる可能性を今後も期待できるというならば是非とも用が無いのに来てもらいたい。
「滅相もないです。用がなくてもいつでも来てほしいです! 紅茶もお菓子も用意できないけれど、それでもよければ!」
「……ふ、ふ〜ん。それなら、まあ…暇な時に、たま〜に、気が向いたら、あのメイドに襲われていないか見に来てあげてもいいわよ。幸兄にはいつもお世話になっているしそのくらいは…ね?…それに……」
唯香が色っぽい目で僕を見上げて来る。
何だろう。これはどこかで。そう。これは1年生の時に校舎の裏に呼び出されて見知らぬ女子生徒に告白された時の視線だ!
ま、まさか…まさかね……。
「ゆ、ゆい……」
「同じ屋根の下で兄とメイドがエッチなことをしているなんて考えたく無いわ! するなとは言わないけれど、やるなら外行ってやってくれるかしら! 凄く迷惑だから!!」
違った。勘違い野郎になるところだった。そりゃそうだよね。妹が兄のことを異性として見るわけないじゃないか!! ははははは。
「……あっ…はい……いや、エッチなこととか僕はしないから!…そんなことしている暇は無いというか!?…自分の恋愛とか…そういうのは、必要無いというか……」
「…必要無い?…どういうこと?」
それを唯香に説明する必要も無い。
「………恋愛ってよくわからないし? 僕にはまだ早いかなって思っているだけだよ…」
「………ふ〜ん…そうなんだ……」
実に興味無さげだ。そりゃそうだ。僕の恋愛事情に興味など示したら、それはもう僕のことを多少なりとも意識していると言っているようなものだろうからね。
唯香はつまらなそうな顔になる。
本当に心底どうでもよかったのだろう。
「もういいわ。そういうことなら、あまりメイドを調子に乗らせるんじゃないわよ。メイドで困ったらいつでも私を呼んで! 呼び出されるのは迷惑だけど、呼び出されずに同じ屋根の下でイチャイチャされる方がよっぽど迷惑だから! わかったわね幸兄?…」
笑顔が怖い唯香さんだった。
「は、はい…お世話になります……」
どうやら唯香は、暇な時ならば僕のことを仕方無く助けてくれるそうだ。いつでも駆けつけてくれるわけではないだろうが、たまにでもこうして来てくれるだけで本当に助かる。現に今だって助かったからね。
「素直でよろしい! その代わり、私も幸兄に頼ることあるかもだから…その時は、ちゃんと私の役に立ってよね?……」
「それはもう! 任せておいて!」
「口先だけでは頼りになるんだから…情けない姿を見せないでもらいたいものね……」
「面目ないです…」
唯香がたま〜に仲間に加わった。
対ナユタ用のお助け機能として、とても頼りになる存在だ。別に、ナユタに色仕掛けで迫られることは嫌ではないのだけれど、嫌ではないからこそ拒絶もできない。非常に頭を悩ませる問題ではあるからね。ナユタのガス抜きもどうしたものか。
ナユタがメイドさんではなく、僕らと同じ高校生だったら…なんて、今更の話か…。
いきなりこんな話をされても唯香は困るだろうなと思う。けれど、他に相談相手が居ないのも事実だ。照明君や新園さんに相談するような話でもなければ、将隆君に振るような話でも無い。当然、和奏ちゃんにも…。
だから僕は、唯香に話したのかもしれない。
「…ナユタのことは…好きだよ………」
「……な、何よ?…突然?………」
「好きだけど、その想いには応えられないって言ったんだ。僕はもう…ちゃんと答えを出している…はずなんだけどね……」
「…………………………」
「ナユタは凄いよ。僕なら、もしフラれたら一瞬で諦めちゃうと思うんだよね。だから、誰かを一途に思える人は凄いと思う…」
「…ちょっと…あれは度が過ぎてるわよ」
「ははは、そうだね。もう少し穏便に事を運んでもらえたらと僕も思うけれど…それじゃあ、僕はいつまで経っても何も変わらないと判断したんだろうなぁ〜。僕はもう、ここで変わらないことを選んだのにな…」
「…何も………変わらない………」
何も変わらない。変わる気も無い。
僕の目的も。存在理由も。恋愛をすることなどでは決して無いから。大切だと思える人を傷つけることになったとしても、全ては選べやしないから。こんな僕にできることなんて高が知れていると理解しているから。
身の程は弁えているつもりだ。
だから、もう諦めたことなんだ。
何もかも手に入れようなんて…。
僕はそこまで強欲にはなれないよ。
だから、自分のことは二の次でいい。
「でも、何も変わらないのは…変えようとしないのは、格好良くは…無いわよね……」
「………そうだね………………」
何かを変えようと動くには勇気が必要だ。
変えることで今あるものまで失うかも。
その覚悟が必要だと思うから。
僕は誰よりも臆病なだけなのかもしれない。
だから、最初から何も無いものとして動いている僕は誰よりも弱い人間だ。ナユタは僕に騙されているだけだ。だから、それに、気付かせてあげたい。
君に相応しいのはきっと僕ではないから。
「……………………………」




