第33話 自由形勝負
自分が遊ぶより、プールサイドからライフセーバーの真似事をしている方が性に合っている僕は一通り泳いだ後は皆の無事を見守ることにしていた。
唯香は見事なクロールを披露している。25メートルを3回ターンして100メートルのタイムを測っているようだ。なかなか良いタイムが出ていそうだ。運動神経抜群だね。
和奏ちゃんはビート板を使って泳ぎの練習をしている。将隆君がコーチしてくれているようだ。1番溺れそうな和奏ちゃんを側でサポートしてくれているので2人も大丈夫そうだね。ということはやはり…。
「どうだユミリン!? ビート板を重ねてその上に乗ることで、唯香ちゃんの作り出した波を乗りこなすことができる! 俺様こそがうみんちゅ! どわっ!?」
バランスを崩してひっくり返り、背中を盛大にプールの水に打ち付ける照明君。吹っ飛んだビート板が新園さん目掛けて魚雷の如く飛んで行く。
「うわっ!? 私のビキニを狙うとは、何だかんだ言ってもテルちんはポロリを期待しているってことだね〜」
「ふっ、顔を隠せば…身体は良き!」
「何をぉ〜!?」
ふざけまくっているあの2人が1番危なそうかもしれない。注意すべきか、それとも、ここから見守っておくべきか。僕のやるべきことは明白だ。僕は唯香を見守ろう。最悪あの2人は溺れてもいい。
水城院家にとって、源治郎さんにとって、何よりも大切な彼女の身に万が一が起きないよう、見守ることが今ここで僕が果たすべき役割だろう。うんうん。うん?
唯香がプールから上がってゴーグルを外し、こちらに向かって歩いて来る。
「幸兄、さっきからずっと私のことを見ているようだけど、何か用なの?」
視線に勘付かれたようだ。そこまではっきりと見続けていただろうか? 一応、全体を見ているつもりだったけれど…。
「唯香は泳ぎが得意なんだなと思ってさ」
「まあ、苦手ではないわね。本当にそれだけの理由で見ていたの? もしかして、ワンチャン私が溺れるのを助け出して、本当に人工呼吸しようなんて考えていたわけじゃないでしょうね〜?…」
「え?…それは無いよ…新園さんに任せるつもりだし…さっきそう言ったよね?」
「…………そ、そうだったわね……」
唯香がバツの悪そうな顔をする。
そこまでして女の子とキスをしたいなんて考える男だと思われているのだろうか。こう見えても僕は唯香クラスの美少女から毎日迫られているので、少しくらいは信じてもらっていいと思うのだけれど、唯香との出会いが出会いだったから、まだどこか信じ切られてはいないのだろうか。少しショックだけれど、それも仕方無いことかもしれない。
「み、見られてると落ち着かないのよ!…幸兄だってあのメイドにジッと見詰められていたら落ち着かないでしょ!!」
「どうしよう。凄い説得力だ…」
「だから、そんなに私のことが心配だと言うのなら…一緒に居れば、いいんじゃない?」
「一緒に居ればとは? もう同じ場所に居ると思うんだけれど…」
「100メートルで勝負しましょ! もちろん負けた方が罰ゲームでね!!」
「……唯香、罰ゲーム好きだね?…まさかとは思うけれど、負けた方が1枚脱ぐとか言わないよね?」
「流石の私も、ここでそんな提案する程クレイジーじゃないわよ。一応聞いておくんだけど、幸兄って私のこと変態だと思ってないわよね?」
「思ってないよ! 本物の変態がどういう子なのかを僕はよく知っているからね!」
「それはそれでどうなのよ?」
「…………………」
どうと言われても今更だけどね。
ナユタは制御できる子ではないからね。
勝負か。まあいいか。他の女の子は友人に任せているし、唯香の側に居られるのなら問題は無い。彼女のご要望は可能な限り叶えてあげたいとも思っているし、対戦相手がほしいと言うのなら協力しよう。
「僕、そんなに泳ぎに自信無いけど?」
「奇遇ね。私も自信は無いわ。中学生の時に男子水泳部のエースと勝負して紙一重で負けちゃったし、全く自信は無いわね〜」
「少し手加減してもらっていいかな?」
「…ダメ…カッコいいとこ見せたら?」
何だかとても楽しそうなので良かった。
兄としての威厳の見せ所か。そうは言っても見た感じ勝つのは厳しそうだ。わざと負けたら唯香怒るだろうし、本気でやるだけやってみるけれど、カッコいい姿ってやつは見せられそうにもないかな。
「わかった。1回だけだよ?」
「そうこなくっちゃね!」
僕と唯香がスタート地点に立つ。飛び込みは禁止と言われているが、レースなら致し方無いだろう。飛び込みからのスタートも醍醐味の1つであるからして…。
「何だ何だ? 水泳勝負か!? そんなら俺様も混ぜろよ幸守!」
「だってさ唯香?」
「却下。サシでやるわよ!」
「だってさテル…」
「俺あと何度唯香ちゃんにフラれんの?」
告るからいけないんだと思うよ。無謀なことをしなければ苦しまずに済むのにね。
「私が審判を任された〜!」
「よろしくお願いします…」
遊びに審判が必要かどうかわからないが、唯香は勝負事はきちんとしたいらしい。トランプは遊びだったからインチキをしていたのだろうか。根に持つのは男らしくないので、今更蒸し返すつもりはないけれどね。
何はともあれ、唯香と新園さんが仲良くなってくれるのは嬉しいので良しとしよう。
「ユイ〜! 幸兄さん! 頑張って〜!」
「………………………」
和奏ちゃんと将隆君もプールサイドに上がって見物するらしい。ギャラリーまで居るとは聞いていなかったんだけれど、仕方無い。せめて奮闘して唯香にガッカリされない程度には頑張ろう。念入りに手首を解しておく。
「勝った方が、負けた方に、何でも1つだけ言うことを聞かせられるでいいわね?」
「幸守やっぱりそこ替われ! 俺様が唯香ちゃんに勝ってエロいことを頼むからよぉ〜!」
「絶対に替わるか!! マサ!」
「任せておけ……」
「おい、おいおい、もう止せ!? 今のは軽い冗談だろうが!? んぎゃあああぁああぁ!」
将隆君が照明君を始末してくれた。後で何か褒美を取らせなくてはなるまい。
「え、エロいことって、まさかとは思うけれど幸兄も私にそういうこと要求する気じゃないでしょうね!? だ、ダメなんだから…」
そんなわけないだろ? あれ? でも、心なしかダメじゃなさそうに見えるのは何故? 男として認識されていないからなのだろうか?
「新園さん。始めちゃってくれる?」
「よし来た〜! 勝った方が負けた方に何でも1つエロいことができる自由型100メートル位置について、よーい、ドン!!」
「ちょっ!!?…あっ、このっ!!」
唯香が新園さんの突然のデバフによりバランスを崩してスタートを失敗していたが、僕は容赦無く好スタートを切っていた。ちゃんとハンデを貰えたようで何よりだ。
「幸守の奴、意外と速いぜ!?」
「幸守は何でも無難に熟すからな…」
「唯香ちゃんも負けてないね〜」
「ユイ〜! 頑張ってくださ〜い!」
25メートルを折り返してプールの壁を蹴り華麗にターンを決める。器用貧乏はこういう時には役に立つ。唯香との差は僅かしか無いが意外と距離は詰められていないか。
新園さんのデバフのおかげか?
「おっと、唯香選手! 幸守選手から一馬身遅れての追走だ〜! このまま負けてしまってエロいことをされても構わないからこそわざとリードを許しているのかぁ〜!!」
「そうなのか唯香ちゃ〜ん!!」
50メートルを先に折り返す。審判と野次馬の言いたい放題な発破に、唯香がそんなわけないでしょとばかりに追い上げて来る。これはデバフというよりバフだろう。みるみるうちに加速して来る。
「頑張ってユイ〜!!」
75メートルを先に折り返す。だが、もうほとんどその差が無い。最後の体力を振り絞ってラストスパートをかけるしかない。
「残り0.3馬身差だ〜! 先行逃げるはアニノユキモリーニ! それを追うはイモートユイカーノ! 先にゴールするのはどっちだ!? どっちだ!? どっちだぁああ〜!!?」
新園さんは大興奮でとても楽しそうだった。
「ぜぇ…はぁ、はぁ、はぁ…………」
「くっ…はぁ……はぁ、はぁ………」
「タッチの差だが、先行アニノユキモリーニが逃げ切りで勝利だぁああ〜!!」
く、苦しい。何か勝った。新園さんの援護射撃が半端なかったせいで何か勝った。先程よりも明らかに唯香の調子が乱されていたように感じられた。でなければ、ぶっちぎられて終わっていただろう。
「…こ、このぉおお〜!!?」
「ひっ! おっと、イモートユイカーノここで審判に抗議か!?」
「誰がイモートユイカーノよ!? 抗議するに決まってるでしょ!! 何で幸兄は平然と泳いでいられるのよ示し合わせたわね!?」
自分はトランプの時に和奏ちゃんと誰が見ても明らかな示し合わせをしていたくせに。そう口元まで出かかってやめておく。
「…はぁ、はぁ…いや、だって新園さんの茶々はいつものことだし…ねえ?……」
照明君と将隆君はうんうんと頷いていた。
つまり、慣れで僕はデバフを弾いたらしい。
まだ新園さんに慣れていなかった唯香には耐性が備わっておらず、ダイレクトにデバフの影響を受けてしまったようだ。
「さあ! アニノユキモリーニ! イモートユイカーノへのエッチな要求は何だ〜!??」
「変態! 変態変態変態変態変態ぃ!!」
「……………………………」
新園さんは本当に楽しそうだなぁ。
「えっと、まあ、勝ちは勝ちみたいだし…軽くほっぺたをつねるくらいで?…」
「幸兄のいくじなしっ!!」
何故僕が唯香に罵倒されているのか意味がわからないのだけれど、もっと強めの罰ゲームでも良かったということなのか。唯香は僕にどんな何でも1つを要求する気だったのか。負けなくて良かった気もする。もしかして、僕は結構危なかったのでは??
「ユイ〜! 負けは負けですよ〜!」
「…くぅうう〜………」
唯香は本当に負けず嫌いだな。
本気で悔しがっている。和奏ちゃんを涙目で睨みつけても仕方無いだろうに。
プールサイドに上がってから、僕は唯香の横に立ち、恐る恐る確認を取った。
「い、嫌なら、やめとこうか?…」
「早くやりなさいよ! いくじなし!…」
後が怖いから本当に軽くにしておこう。
「では、失礼して…」
「むぎゅ〜……ふぎはぜっはいはふ!!…」
どうやら僕はまた何かの機会にタイマンを仕掛けられるらしい。勝負の相手が欲しいのなら、次は別の誰かでお願いしたいところだ。
「これにて試合終了! いや〜、兄妹の仲の良さを見せつけられましたね〜! 解説の和奏さんどうでしたか!?」
「仲良しさんで羨ましかったです!」
それはただの感想だよ和奏ちゃん。
解説さんのお仕事ではない。
「スクール水着を脱ぎ散らかせ! くらい言わねえか幸守このヘタレ野郎が!? 俺様なら容赦無く言うね! 嗚呼、言うね!!」
「だろうね。そんでもって全国の女性を敵に回すんだろうね。だからテルは唯香に相手してもらえないんだよ。存在そのものが危ないからね。マサならどうしてた?」
「……ん〜……お萩とほうじ茶を要求…」
「お前もブレねえ奴だな。エロい罰ゲームっつってんだろ! これだからヘタレ野郎はダメだぜ! ダメダメだぜ!」
人畜無害だから和奏ちゃんも将隆君には心を開いているのだろう。それだから照明君はダメなんだよと言いたいのはこちらの方だ。
唯香がジト目で新園さんに詰め寄っている。開幕のデバフから言いたい放題だったため、自分が負けたのは彼女のせいだと思っているのだろう。正直、その通りだ。
2人とも仲良くしてね?
「まあまあ、幸守君が警察にお世話になるような小悪党じゃないことは唯香ちんも知っていたんじゃないかね〜?」
「…くぅ…次は絶対許しませんからね!」
「ほっぺた痛かったですかユイ?」
「大丈夫よ! つままれた程度よ!」
「痛くないなら、今度私も、幸兄さんに1度ぎゅ〜ってされてみたいです!」
何はともあれ、楽しんでもらえたようなので何よりである。唯香との勝負は、ほとぼりが冷めるまで受けて立ちたくないけどね。




