第32話 プール開き
水城院 幸守とお馴染みのメンバーである愉快な仲間たちは休日であるにも関わらず、通っている高等学校、私立鳥羽園学園を訪れていた。目的は当然、体育教師からお許しが出たプール開きの先行体験である。
学園指定のトランクスタイプの水着を着て、友人と3人で女性陣の登場を待つ。僕も将隆君もちゃんと学園指定の水着を着ているというのに、照明君だけは柄物の水着だ。そうまでして目立ちたいものなのだろうか?
これが普通に体育の授業なら、余裕で見学を命じられていたことだろう。
「ぐへへ、ぐふ、ぐへへへへ〜…嗚呼、待ち遠しいぜ! 我が青春の空色プールよ…」
ちょっと何言ってるかわからないけれど。
「マサ、お猿さんが暴走したら僕たち2人で肋の2、3本へし折って犯罪を未然に防ごうね」
「そうだな…1人3本はへし折らんとな…」
「おい何で合わせて7本へし折ろうとしてんだよお前らは!?」
一桁の足し算もできないだなんて、照明君はどうやってこの学園の入試をパスしたと言うのだろうか。定員割れでもしていたのか?
プールサイドにて。男性陣が尚川 照明をどう処理するか検討している最中。
時同じくして、女子更衣室には学園指定のスクール水着を着たルールは守るタイプの唯香が、同じくルールは守るタイプの友人、白沢 和奏とともに身だしなみのチェックを行なっていた。地味でダサい。とはいえ、これがスクール水着というものなので仕方が無い。
「ユイ! 良く似合いますよ! ユイは引き締まった身体をしていて羨ましいです!」
「そうかしら? ちょっとライン出過ぎな気がするけれど、まあ仕方無いわね。和奏だって引き締まった身体をしていると思うけど?」
「お腹をへっこませています!」
そう言うと、和奏はへっこませていた力を抜いて見せて来るが、そう体型は変わらない。むしろ健康的で程良い、女の子らしい身体つきをしている。幸兄は、引き締まった身体と健康的な身体どちらがタイプなのだろう?
いやいや、待って!??
そんなこと考える必要無いわよね!?
幸兄の女性の好みのタイプなんて私には何の関係も無いのに何故、そんな無駄なことを考えてしまったのだろうか。
でも、とりあえずは…水着姿を褒めなかったら鳩尾に1発叩き込もう。社交辞令もできない義兄だとは思わないけれど、もしも万が一その程度のことも言えない男だとするならば容赦するつもりは更々無い。
「さ~てお嬢さん方! 野郎どもに、水着姿のお披露目といこうじゃないの~!」
1つ学年上の先輩である新園 弓莉が持つ、あるものを見て私と和奏は僅かに落ち込んだ。
1年という時間の差はあるものの、それくらいでは言い訳にならない程のボリュームを新園 弓莉は持っていた。意外と着痩せするタイプの女性だったらしい。
我が家の使用人であるあの緑髪のメイド程ではないが、明らかに自分の倍はある。羨ましいなんて口には出さない。出したところで意味など無い。自分が惨めになるだけだ。
新園先輩がプールへ向かってから、和奏が私の隣でこっそり呟く。
「幸兄さんは、胸の大きな女の子の方が良いのでしょうか?」
「ゆ、幸兄は見かけで判断しないわ! そうよ…劣等感なんて感じてないんだから…」
「そ、そうですよね! 幸兄さんは小さい方が好みですよね! 私も…そう思います!…」
それはどうだかわからないが、幸兄も所詮男であることに変わりは無い。男という生き物はどいつもこいつも大きい胸が大好きな生き物であると、クラスの猥談好きな女の子が話していた気がする。
幸兄の好みなんか知らないけれど、知る必要なんてそもそも無いことだ。知ったから何をどうするわけでも無し。胸の大きさなんかよりも、引き締まったボディラインで見惚れさせてやればいいのである。
だから! 何で私が幸兄を見惚れさせなきゃならないのよ! それこそ必要無いのに!?
暇なので、女性陣を待ちながら準備運動をしていた僕と照明君と将隆君の3人。野生のお猿の勘なのか、何を察知したのか突然照明君が女子更衣室の方へ目をやった。
「この匂いは! 来るぜ! ご両人!!」
本当に嗅ぎ分けたと言うならば、ナユタ並みの嗅覚だ。確かに、唯香も和奏ちゃんもとても良い匂いがするけれど…。
「本当に出て来た……」
「…え?…新園さん?…」
「野郎ども~! またせたね! それじゃ、いっちょ楽しもうかね~!」
脱ぐと意外と胸のある新園さんを先頭にスクール水着姿の唯香と和奏ちゃんもプールサイドへとその可愛らしい姿を見せる。例えるならばマジでエンジェルと言ったところか…。
「いや、ビキニ水着は校則違反…」
「細けえことはいいんだよ幸守!! うひゃあ~! ユミリンはともかく、2人とも最高に可愛いぜ!!」
「何だとぉ〜! 見る目の無いお猿だよ! このナイスバディが目に入らぬとは!」
照明君と新園さんの口喧嘩はいつものことなので置いといて、僕はジト目を送って来る義妹の唯香と、妹扱い希望の和奏ちゃんに声をかけることにした。
「2人とも可愛いね!」
「ん…美少女だな…美少女だ…」
女の子を褒め慣れていない将隆君は、うんうんと頷きながら美少女たちに美少女だと連呼していた。それにしても、将隆君と和奏ちゃんはいつの間に仲良くなったのだろう?
「えへへ〜…幸兄さん、梶原先輩、ありがとうございます!」
「社交辞令よ和奏。でも、一応ありがと…それにしても、え? 幸兄って意外と腹筋割れてるのね? 程良く筋肉ついてるし…なかなか良い身体してるじゃない…」
そ、そうかな? まあ、ある程度身体を鍛えるのは習慣になっていたというか。僕の出身の孤児院で身体を鍛えることは基本と教わってきたので、これはその名残というか…。
「…ゆ、唯香さん? 見詰め過ぎでは……」
「ちょっと触らせてよ? やっぱり、良い筋肉の付き方してるわ! へ〜、ふ〜ん!?」
義妹に身体中をペタペタ触られている。唯香は筋肉フェチか何かなのかな。両手を上げて僕は何も手を出していませんよのポーズを続ける。あの、本当に触り過ぎでは!?
「ズルですユイ! 私も幸兄さんの筋肉を堪能したいと思います! つんつん…硬い!」
「唯香? 和奏ちゃん? 当店は、お触りは禁止となっております……」
こちらから触ったら間違いなく変態と言われるのに、そちらからのお触りは良いだなんて理不尽だと思いませんか? スクール水着より遥かにエロいはだけたメイド服姿のナユタに押し倒され慣れているせいでこの程度では動じたりしないけれども…。
「唯香ちゃん! 和奏ちゃん! 俺様の筋肉なら触りたい放題だぜ! ふんぬっ!!」
上腕二頭筋をアピールする照明君。確かに単純な筋肉量ならば照明君が1番多いだろうけれども、そこから引き締めなければ効率良く動けはしないだろう。対抗意識か? 対抗意識なんてものが僕にもあったのか?
「梶原先輩も、つんつん…硬いです!…」
「それなりだ…幸守には負ける…」
「何でだ!? 何で幸守とマサだけ美少女から触りたい放題されてんだ!? 俺だってプール掃除頑張ったんだから、つんつんくらいされてもいいじゃねえか!?」
照明君の大声で和奏ちゃんがビクッと肩を上げて、僕の背後に隠れてしまう。
「怖がらせてどうするの? テルは、顔がちょっと怖いよね。少し笑ってみようか?」
「こうか!? ニカァー!!」
「幸兄さん! 頭黄色い先輩は無理です…」
残念ながら無理らしい。
「無理!?!??」
「で、でも…私は家の用事で先輩たちのお手伝いができなかったのに呼んでいただいて、感謝はしているので………つんつん……ひゃう〜!………」
照明君に近付き、上目遣いをしながら、その腹筋を2度つんつん触った後に、和奏ちゃんが今度は将隆君の後ろに隠れて照明君をそっと見詰める。
「……か…可愛い過ぎねえかぁあ!??…掃除頑張って良かったよ!…俺……」
「良かったね〜テルちん…」
「ユミリンも少しは見習えよ〜」
カチンと来たのか新園さんが照明君の無防備な腹にキレの良いジャブを放った。
「ツン! ツン!」
「ごふっ! ごふっ!? 何しやがる!?」
女の子の軽いジャブでも無警戒の鳩尾に的確に叩き込まれるとそれはもう痛いものだ。
「……ふむふむ、脚の筋肉も凄い…」
唯香はいつまでお触りしているのだろう? 流石の僕も唯香のような美少女に触られ続けると照れて来てしまうのですが?
「えっと、せっかくプール開き前にプールを貸してもらえたんだし、そろそろ準備運動して遊ぼうか?…唯香もそろそろ……」
「え?……あっ、コホン! そうね!…」
ようやく自分が異性の身体をペタペタ触るという恥ずかしい行動をしていたことに気付いたのか、唯香は軽く頬を赤くして、謎の筋肉チェックを止めてくれた。
「うっしゃああ〜! 1番プール貰い!!」
照明君がまたしてもルールを破り、プールサイドを勢い良く駆けて、水の中に飛び込む。体育教師がこの場に居れば注意勧告と同時にイエローカードだろう。ちなみに、プールサイドダッシュで1枚。危険な飛び込みで1枚なので照明君はレッドカードで退場である。何なら学園指定の水着でもないからね。
「あっ!? 貴重な1番プールを!…ならばせめて2番プールは私がっ!…」
「新園さん! 準備運動は大事だから! 僕たちは先にしてあったから!…悪いけど、他の連中が馬鹿やらないように見張りを頼むって先生に頼まれてるんだよ…だから、ルールはちゃんと守って安全に遊ぼうね?」
「くっ! 教師の犬め!!」
そこまで言われる筋合いは無いけれど、一概に否定もできないので今日のところはそういうことにしておこう。
「ほら、準備運動だよ! 唯香も和奏ちゃんも足をつらないようにしっかりとやっておくんだよ。溺れたら、テルが人工呼吸することになるかもしれないからね!」
「よく言った! 任せておけ幸守!!」
まあ、本当にもしもの事態が起きたら、きちんとした知識のある人にやってもらうことになるだろうけれど。照明君にその知識があるとは思えないからね。そう、これはただのこけおどしなのである。
「準備運動するぞ〜! 後輩ちゃんたち〜!」
「お、おお〜!」
新園さんと和奏ちゃんは絶対に嫌だとばかりに気合いを入れた。狙い通り過ぎる…。
「…ハッタリでしょ?」
「…う〜ん…まあ……うん…」
唯香に耳打ちされて素直にイエスと答えた。冷静に考えれば、こけおどしだということはバレてしまうか。流石は唯香さんだ…。
「でも、万が一の時は幸兄がしてよ…あの金髪に唇を奪われるより遥かにマシだから。それに幸兄なら、人命救助に邪な感情は持ち込まないでしょ?…」
信頼してもらえているのかな?
「…そりゃ持ち込まないけれど…そうならないように、唯香もしっかり準備運動しておくんだよ。あと、危ないことはしないでね?」
「わかってるわよ! 1つしか違わないくせに子供扱いしないでよね! フンっ!……」
僕から離れて唯香も新園さんと和奏ちゃんの準備運動に合流した。
そして、僕に近付く水も滴る金の猿。
「で? どう溺れさす幸守?…」
「マサ、ちょっとこの危険人物をぶん殴って撤去しておこうと思うんだ手伝ってよ!」
「任せろ…」
「汚えぞお前ら! 2対1なんてプライドは無いのか!? それでも男かお前ら!!?」
「女の子をわざと溺れさせて人工呼吸しようとするテルよりはマシだよ。ついでに言っとくと、その万が一が起きてもやり方知らない人にはやらせないからね?」
「陸地まで引っ張って来て、仰向けにし、意識を確認し、意識が無ければ顎を持ち上げ気道を確保し、鼻を塞いで口から空気を2、3度送り込めばいいんだろ!?」
「「………………………」」
「何だよ? 違ったか?…」
「違ったよテル…予定と違った……」
「よし、計画変更だ。ぶっ殺そう…」
「どうしてそうなる!??」
僕と将隆君はタッグで照明君を死なない程度にぶっ殺しておくことにした。悪く思わないでもらいたい。これも唯香と和奏ちゃんのためなんだ。プールで遊ぶ前に女性陣にも人工呼吸のやり方をレクチャーしておこう!
それはそれとして、照明君はぶっ殺そう!
「プールサイドで遊ぶのは禁止なんじゃなかったのかよお前ら目がマジだぞ!?」
「遊びじゃないからいいんだよ…」
「平和には、犠牲がつきものだ…」
「マジで、おまっ、ちょっ…んぎゃあああぁああぁ〜!!?……」
保険は打っておけるだけ打っておこう。
準備運動の終わった女性陣に近付いて僕は3人の女の子に人工呼吸のレクチャーをする。
「へぇ〜、人工呼吸ってそうやるのか〜」
「私にもできるでしょうか幸兄さん…」
「和奏は溺れる側よね?…」
「そうだね。和奏ちゃん泳ぐのは得意ではないって言ってたし、もしもの時は新園さんか唯香が助けてあげてね。陸まで引き上げるのは僕たちでやるからさ…」
「私は別に、そのまま幸兄さんに人工呼吸されても構わないです…よ………」
「「……………………」」
頬を赤く染めて冗談を言う和奏ちゃんの言葉を本気にしたのか、唯香と新園さんがギョッとした目で銀髪の少女を見詰めていた。
「そ、それは…そうだね…新園さんと唯香が直ぐに対応できなさそうなら、申し訳ないけれどそうさせてもらうよ…でも、そんなことにはならないように気を付けて遊ぼうね?」
「はい! 浮き輪さんの準備は万全です!」
「………別に私だって……………」
小声で聞こえなかった。
「…ん? 何か言った唯香?」
「なっ! 何も言ってないわよ! 変態!」
「…え? 何で…あっ……唯香……」
唯香がそっぽを向いて、僕から離れ、水泳キャップを被りゴーグルを装着してプールの中に入って行く。
「待ってくださいユイ〜!」
和奏ちゃんが唯香の後に続く。
何か気に障ったのだろうか?
「隅に置けないね〜幸守きゅん!」
「後学のために僕の何が不味かったのか教えてくれないかな新園さん?」
「え? そういうところが悪いんじゃないかなとあたしゃ〜思いますけどね〜。ていうか2番乗りも先を越されたんだけど! 待つんだ後輩ちゃんズ! 殿は私が務める!!」
殿を務めて最後に飛び込む新園さん。
「僕が唯香を見ておくから、マサは和奏ちゃんのことを気にかけておいてもらえる?」
照明君をやっちまって一仕事終えた将隆君が僕に近付いて来たので、改めて安全に遊ぶための指示を出しておく。
「わかった……」
「テルも一応、新園さんを頼むよ?」
「俺はユミリンかよ〜。わ〜ったよ…どさくさに紛れてあの乳揉んだろ〜!」
もう少し炒めておくべきだろうか?
まあ、照明君も犯罪に手を染めるようなことはしないだろう。そこまでしそうなのは、どちらかと言うと情報を武器に戦う新園さんの方だし。大丈夫だと信じている。血の海が出来上がらないことを心から願うばかりだ。




