第29話 隠れ鬼
「2人でやるの?」
源治郎さんが許しても、屋敷内を散らかされると知ればナユタが黙っちゃいないはず。部屋の一室くらい散らかされるのは想定の範囲内だろうが、お屋敷中でドッタンバッタン大騒ぎされるとなれば話は別だ。
出よナユタ! そして、願いを叶えたまえ!
「7人でやるんだぜ! 源治郎の爺さんも誘ったんだけどよ。爺さんは腰が痛いから遠慮しておくってよ〜!」
源治郎さんをそんなアホなことに誘うな!?
バカって凄い。たまに本気でそう思う。
「幸守君! 和奏ちんを連れてマサも来るってさ! 幸守君と和奏ちんが参加するなら、やったるって妹ちゃんも言ってたよ〜!」
妹ぉおお〜!?!??
面白そうだけど、お祖父様が許すとは思えないから流石にそれは無いわよと言っていた妹の唯香まで寝返っているとは何事だ!?
だがしかし、僕はそのゲームに参加するつもりは無い。僕まで一緒になってお屋敷内を荒らすなんてとんでもない。このお屋敷の平和は僕とナユタで守り切って見せよう!
「……ん??……………」
僕を頭数に入れられているとして。
指折り数えてみる。
僕、唯香、和奏ちゃん、照明君、新園さん、将隆君の計6名。源治郎さんは参加しないという話だったよね。だったら、その幻の7人目はいったい何処の緑髪メイドなのか?
「幸守様に追い回される宴と聞いて馳せ参じました! 楽しみですねぇ〜幸守様ぁ〜!」
水城院 ナユタが寝返った。何故??
「はっ! おのれ新園さん!…そういうカラクリか、順序が逆なのか!?……」
ニヤリとほくそ笑む新園さん。
源治郎さんはナユタが働き詰めでろくに遊びもしないことを気にかけていた。そのナユタを全力で遊びに参加させられる機会など、そう多くはないだろう。
先ず、言葉巧みに、僕に追いかけ回される展開があるよとナユタを説得。
そこから、息抜きとしてナユタを遊ばせるためにと源治郎さんを説得。
これならば源治郎さんの性格上、説得できる確率は7割前後に達するだろう。唯香が乗り気なことも話せば、可能性はもっと高くなるかもしれない。人心掌握に長けた新園さんの為せる業というわけだ。悪魔の所業だ!
いずれは水城院グループの人事を任せてもいい逸材なのかもしれない。勉強はできないけども!
「な、なんてことを……」
愛の重いメイドによるデモンストレーションが僕にぶちかまされる。
「幸守様ぁ〜! 捕まえたぁ〜!!」
「どふっ!?…」
まだ、まだ始まってないんだナユタ…。
「ちょっ!? 合法的に抱き着くな変態!」
唯香が僕に抱き着き、腰を鯖折りしようとしているナユタを引き剥がそうとする。早くしないと本当に折れちゃう助けて妹ぉお〜!?
「お邪魔します幸兄さ…ん?…」
「…………修羅場?……」
和奏ちゃんと将隆君も合流する。良いところに来てくれた。とりあえず、ナユタのその特盛で僕の腰がぽっくり逝くその前に僕を助け出してほしい。そうしないと頭数が1人欠けることになってしまうからね!?
お前もやる気じゃないかって?
唯香と和奏ちゃんに参加してほしいと頼まれそうだからね。やむを得ないだろう。
「やめてぇ〜!? どうしても抱きつきたいならそこの金髪の胸空いてるよナユタぁ〜!」
「はいはいっ! そこの金髪こと尚川 照明君です! さあ、可愛らしいメイドさん! 俺様の胸目掛けて飛びコんブふっ!!?」
飛び込み際にメイドさんの渾身の肘鉄がテルの横っ腹にめり込んだ。流石はパーフェクトコンバットメイドだ。痴漢撃退用のマーシャルアーツも体得済み。肋骨粉砕コースだ。
「失礼しましたお客様。しかし、ナユタの身体は幸守様だけのものなので~す!」
尊い犠牲だった。奴の肋が逝ったところで人類に何ら支障は無い。ありがとうパトラッシュ、君のことは忘れないよ。
「うっ… ぐふっ! 今時のメイドさんの戦闘力を垣間見た…ぜ………ガクッ…」
無事に解放された僕は物語になぞらえるように天使に彼の面倒を見させることにする。いや待て、それは少し勿体無いので、照明君の面倒なんて小悪魔で充分だろう。
「新園さん…そこに救急箱があるから、一応処置してあげてよ…」
「仕方無いな〜。ほら、テルちん! どこが痛むのか教えなされ! ここ? この辺?…」
カーペットに倒れ込む悪友の腹を足で小突きながら確認する新園さん。どう見ても手当てをする気が無い。そもそもまともな手当てができるのか怪しい。最高の友達だね。
「ち、違う…そ、そこ……冷却スプレーかなんか頼む。…てか、テメェ…もう少し優しく患部を探せよユミリン…」
「文句言わないでほしいな〜。どさくさに紛れてメイドちゃんのおっぱいを堪能しようとしたテルちんを手当てしてあげるだけ私は優しいと思うんだけどな〜」
「くそっ、ユミリンはいつも優しいなぁ〜」
新園さんは涙が出る程優しい女の子だったようである。ヤブ保険委員のようなふざけた手当てをして、病は気合いでぶっ飛ばすタイプの頑丈男。尚川 照明が復活した。
「ふっ、刺激的なハグだったぜ!」
いいや、殺人的な肘鉄だったけどね。
女の子多めだし、照明君にはこれくらいのハンデを負ってもらうのが丁度良いかもしれないね。肉体のダメージで少しは逃げ足も落ちるはずだ。
かくして、無駄に広い水城院のお屋敷を舞台にした未だかつて無い世にも恐ろしい隠れ鬼が開始されるのだった。誰にとって恐ろしいかだって? 言わなくてもわかるだろう?
メイドさんが開幕前から当然のように僕だけをロックオンしている。他の人類は、どうやらアウトオブ眼中のようだ。そもそも僕とナユタは日頃から鬼ごっこをしているようなものなので、改めて隠れ鬼をしますと言われても困ってしまう。常日頃が隠れ鬼だ。
知らない人に説明しておくならば、隠れ鬼とは単なる鬼ごっこの派生遊戯だ。1つだけ違う事は開始の合図を行う時点で逃走者は既にどこかへ隠れている状態であることだ。
このような広いお屋敷などで、物陰がたくさんある場所では、初期配置が見渡せる鬼ごっこよりも隠れ鬼が定番なのだろう。
ともあれ、鬼ごっこだなんて、皆まだまだ子供だな。全く仕方の無い子たちだと溜め息を吐いていた僕も今では大真面目で参加していたりする。
鬼が、鬼より危険な妖怪メイドのナユタさんなのだ。あれに捕まれば最後、僕の身の安全は残念ながら保証されていない。こっちは遊びじゃないんだよ!
「幸守様ぁ~! どこですかぁ~? 捕まえたら本当に食べちゃいますからね~! じゅるり…あはははははははは~!!」
ドクン! ドクン! ドクン!
ビクンビクン! ビクンビクン!
妖怪メイドにロックオンされるわけにはいかない。見つかれば最後だ。1度も見つからずにこのデスゲームを終わらせるしかない!
というか僕以外も探してねっ!?
「ようし! 役割分担だ! 俺様は2階を探すぜメイドちゃん……さん…殿……様………よろしいでしょうか?…」
肉体で思い知ったダメージが金髪の少年の語尾を隔たらせた。鬼に選ばれたのは金髪ベジタリアンの照明と、お屋敷を熟知している幸守君大好きメイドのナユタさんだった。
「良いでしょう! 言っておきますが、必要以上に暴れ散らかしたら殺しますよ〜! お屋敷の後片付けを誰がするのか考えて、塵1つ落とさないように楽しんでくださいね〜!」
「動いたら殺すと言われてねえか!?…メイドちゃん? 今の俺様はお仲間だぜ?」
「ナユタは幸守様の匂いを辿りピンポイントで捜索します! 作戦開始です! 他の全てはお任せします! いざぁ〜!!」
「俺への縛りプレイ要求の難易度と、役割分担の比率がおかしくね!? 俺の作戦、何も聞いちゃいなかったんだなぁ〜!? もういいよそれで行こう! いざぁ〜!!」
偉い人も言っていた。人生諦めが肝心だ。
人の言うことを聞かない子というのは居るものなので仕方が無いったら仕方が無い。
鬼を相手にした方がマシだったかもしれない隠れ鬼が始まった。今回の鬼は2人らしい。人類アホ代表の照明君と、水城院家が誇る天上天下唯我独尊コンバットメイドである水城院 ナユタの2人である。
鬼は増えないが替わりもしない、一発タッチ&アウトのルールらしい。
「ここですか幸守様ぁ~!」
水城院 ナユタが現れた。気配を殺して身を隠しているため、ちょっとやそっとでは見つかりはしないだろう。
「クンカクンカ…違いますね~。ここからは昼間嗅いだ幸守様の枕と同じ匂いが漂って来ません。ハズレです!」
ガチャンとドアを閉めて緑髪のメイドが客間の空き部屋を出て行った後に、ゆっくりとクローゼットから出て来た少女は声を抑えながら激怒する。
「幸兄の枕で何してんのよ!? あの変態メイド! お祖父様に言い付けてやるんだから!…いいえ、きっと今更なのね…大体どうして源治郎お祖父様はメイドの勝手を許しちゃってるのかしら………まさか…幸兄とナユタって既に、そういう関係?…」
あれ?…何だか…モヤモヤする…。
独り言をボヤキながらしばらく赤面していると部屋の外から男の叫び声が聞こえて来た。
「待てやぁ~幸守ぃ~! テメェを華麗にぶちのめしてメイドちゃんに献上しちゃるぜ!」
「くっ!? ナユタを警戒するあまりテルも鬼だって事を忘れていたぁ~!!」
隠れていた空き部屋の側で聞こえて来た頭の悪い金髪の先輩と幸兄の声。助けなければ!
唯香はそっと部屋のドアを開けて廊下の角を曲がって来た義兄を手招きで部屋の中へと招き入れる。このタイミングなら振り切れる。
「……唯香っ!?…」
「…中へ早くっ!…」
ドアを迅速にそっと閉めてから唯香はもと居たクローゼットの中へ義兄を押し込めて、次いで自分もその中へ入り内側から扉を閉めて息を殺した。
「幸守ぃ~! ちいっ!? 見失ったか…。全く逃げ足だけは速い奴だぜ……いや、待てよ…俺が幸守を捕まえたら、メイドちゃんの楽しみを奪うことになるんじゃね?…そしたら俺また悶絶させられるんじゃね?…」
確かにありそうだと思う幸守と唯香。
「はぁ、はぁ、はぁ…あれ?…もしかして僕、ここでわざとテルに捕まった方が身の危険なかったんじゃない?」
「ダメよ! わざと負けるの禁止!!」
「そ、そうだね……うん……」
わざと負けるという選択肢は仲間たちを興冷めさせることだろう。特に、負けず嫌いな性格の唯香にとっては勝負事にわざと負けるような男の好感度はダダ下がりだろう。
それとなく手抜きして照明君に捕まってしまえば良かったものを、ここまで逃げ切って唯香に庇われてしまっては、今更わざと捕まる作戦を実行することもできない。
それにしても、何だろうこの状況!?
僕と唯香は狭いクローゼットの中で息を殺していた。先程まで全力疾走していた僕の呼吸が整わないのは、どうか許してほしい。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
「ちょっ! あ、あまりハァハァ言わないでよ幸兄! しかも、私に抱きつきながらっ!」
「ご…ごめん……はぁ…はぁ……でも、抱きついているのは唯香なんじゃ?…」
「な、何で私が好きで幸兄に抱きつかなくちゃならないのよ!? 勘違いしないでよ! そんなわけないでしょこのバカ兄っ!」
好きとか嫌いとかの問題ではなくて、この場合は仕方無くなのでは? だとしても、同じクローゼットに隠れなくても良かったとは思うけれど、僕も唯香も隠れるのに必死だったからこのハプニングも仕方無いよね?
「とにかく、助かったよ唯香。…はぁ、はぁ……ありがとう…」
「い、いいわよお礼なんて。それよりも、早く息を整えなさいよ。見付かるじゃない…」
「待って唯香…ゴメン、もう少し……休ませて…僕、そんなに体力無いからさ…」
いや、体力はそこそこある方だ。体力というよりはむしろ、ナユタへの警戒で精神がガッツリと擦り減っていたことが原因だろう。対ナユタから隠れてやり過ごす難易度の高さは計り知れないものがある。他のものに注意を割く余裕など皆無だ。正直、敵にしたくない。
「だらしないわね。も、もう少しだけなら…このままで居てあげてもいい…でも、本当にもう少しだけだからねっ!?」
早くなった心臓の鼓動を聞かれているのが、何だか無性に恥ずかしくなる。わざわざ耳を胸板に押し付けて来るのは何故なのか? 顔を埋めるよりはマシということなのかな?
さっさと呼吸を整えて別の隠れ場所へ移動しようと思う。1箇所に留まると、臭いで追跡して来るボルゾイ型メイドも居ることだし、唯香を巻き添えにするわけにはいかない。
「そ、そろそろ大丈夫…はぁ、はぁ……ありがとう唯香…僕は別の場所に移動するよ…」
「も、もう少しこのまま…まだ息切らしているじゃない。ちゃんと整えてから移動しないと直ぐに見つかって捕まるわよ?…」
唯香と狭いクローゼットの中で2人切りの上に、こうまで密着されているとどのみち息が整わないというか。心臓の鼓動がうるさいままだ。どうして僕の義妹はこんなに美少女なのだろう? 密着されていたら一生ドキドキしてしまうじゃないか。とは言えないけど、少し察してほしいところではある。
無我の境地。無我の境地。無我の境地。
落ち着け。孤児院での鍛錬を思い出せ。あの頃の僕はもっとやれる子だったじゃないか。
「……ふぅ…もう大丈夫…改めて、助かったよ唯香。ありがとうね!」
「い、いいわよ…別に…これくらい……」
「じゃあ、僕は他の場所へ移動するよ」
「……捕まるんじゃないわよ?」
「精々、頑張ってみるよ…」
親指を立てて軽くウインクした幸守は唯香が隠れている空き部屋を後にして、静かに廊下を移動し始めた。わざと捕まったりは、しないだろう。頑張ると言ったからには頑張る男であるということくらいは知っている。
自らも廊下を一旦確認してから部屋のドアを閉めて、再びクローゼットの中へ隠れようとして唯香は呟く。
「もうっ! 幸兄の汗…ついちゃったじゃない……幸兄の……汗の…匂い…が………」
スンスンと自分の服を軽く嗅いで唯香は顔を赤くし、クローゼットに向かって激昂する。それは内側に備え付けられていた鏡に映る自分の姿だった。
「なっ! 何見てんのよ! 大体、アンタが同じ場所に飛び込んだからこんなことになったんじゃない!…私なら、ベッドの下でも潜り込めたんじゃないの!?…何で、わざわざ幸兄と同じ場所に隠れたのよ! おバカ……」
返事が無い。ただの鏡に映った自分自身のようだ。顔が真っ赤になっている。後から1人で勝手にキレた自分が恥ずかしくなり、義兄も別の場所に移動したことだし、とりあえずは、何故か高鳴ってしまっている心臓の鼓動を落ち着けることにした。
「何よ…幸兄の……バカ……あれじゃ私に密着されていたからかどうか判断のしようが無いじゃない……ん? 何言ってるのかしら私!?」
と、とにかく先ずは隠れないと。
クローゼットの中か、ベッドの下か…。
義兄の匂いがついたクローゼットの中か。
少し汚いかもしれないベッドの下か。
「………べ、別に…幸兄のことなんか何とも思ってないわよ!…何とも思っていないならクローゼットでいいわよね…うん………」
誰に言い訳をしているのだろうと思いながらも、水城院 唯香は再びクローゼットの中で身を潜めることにした。ベッドの下は汚いからクローゼットの中なのである。
他意は無い。
無いったら、無い!!
「マサみっけ! 捕まえたぜ〜!」
「…………チッ…」
「表情変えずに舌打ちすんなよ。つか、今のタイミングなら別に走ってワンチャン逃げれたろお前…さては走ることを面倒臭がったろ?…」
「…………………」
「いや、無視すんなよ! とにかく、捕まったんだから一緒に来てもらうぜ!」
10分もすると金髪頭のヤンキーボーイ、尚川 照明が新園 弓莉と友人の将隆を発見して見事に確保していた。
一悶着あって冷静になれなかった唯香も、幸守の汗の臭いを追跡して来たという変態メイドのナユタに不覚ながら確保されていた。幸守を見つけたと思ったのに、そこに居たのが唯香だと認識した瞬間。ハズレですと呟いた変態メイドの落胆ぶりを唯香は忘れることは無いだろう。
「残るは、和奏ちゃんと〜…」
「幸守様ですね~! あぁ〜ん! 流石はナユタの幸守様ですねぇ〜!」
もう1度屋敷内を隈無く探そうと、鬼の2人が出て行ってから幸守部屋に集められて、捕まってしまった面子が話し合う。
「まさかテルちんに捕まっちゃうなんて不覚だったな~」
「…野生の勘だろ。流石は猿だ」
「こっちは嗅覚で発見されたとかいう意味のわからない捕まり方をしたんだけど、あのメイドは本当にいったい何者なのよ?…いいえ、何でもないわ! 何でもないんだから…」
でも、やっぱりと唯香は唸る。
「幸兄のせいよ! 幸兄のせいだわ! て、言うか誰がハズレよあのメイドぉ〜!?」
二重の意味で顔を真っ赤にし、敗北を味わい百面相する唯香を見詰めて、先輩2人は顔を見合わせ小首を傾げた。
「ん〜、どったのかいね~?」
「…さあな…幸守は罪な男だ…」




