第28話 まさかの許可
とある都会の高級住宅街。その一角に佇む1軒のお屋敷。水城院家。この国の次世代を担って行くであろう学生たちの大半がその本分を果たしている最中、推定女子高生くらいの歳と思われる1人の少女が広々とした天然芝のお庭にて洗濯物を干していた。
洗濯物カゴから脱水した布切れを拾い上げ、シワを伸ばすように軽く払い、崇めるように太陽に翳した。
軽く頬を赤らめている緑髪のその少女は誰がどのように見ようとも、間違い無く…。
「幸守様のパ・ン・ツ…くんくん、良い香りぃ~! あっ…また濡れてしまいますぅ〜」
正真正銘混じりっけ無しの変態だった。
彼女の名前は水城院 ナユタ。
富豪。水城院 源治郎の住まう豪邸を、たった1人で管理しているアルティメットハイパーコンバットメイドさんなのである。
愛しの御主人様が履いていたパンツを名残惜しそうに干し終えて、メイド服を着こなした緑髪の少女は屋敷の中へと入って行く。
管理の行き届いた髪の毛一本落ちていない花柄絨毯の廊下に、ピカピカに磨き上げられた曇り1つ無い窓。清掃に見落としがないかまん丸お目目でチェックしながら水城院家専属メイドは台所へとスキップする。
このお屋敷に住まう雇用主。水城院 源治郎様に頂いてもらうランチを用意するためだ。
この広いお屋敷に対して、雇われいる使用人は僅か数名。それも、普段はお屋敷の外で別の仕事を担いながら、必要があれば事前に招集をかけることとなっているため、実質このお屋敷を管理しているのは、この万能メイド長である彼女1人と言ってよいだろう。
使用人として並び立つ者が居ない程、働き者で飛び切り優秀なのだが、それ故に目を瞑り切れない程の致命的な欠点も存在する。
しかし、お屋敷の主である水城院 源治郎はその欠点があるからこそ、彼女のことをとても気に入っていた。水城院 幸守が大好きで、いつ何時でも、何があろうとも、必ず彼の味方であるナユタの存在が水城院 幸守という少年をこの世に留まらせていると言っても、それは決して大袈裟な話ではない。
幸守とナユタを孤児院から引き取とり、養子として迎えた当時は、これこそが最善の選択だと信じていた。
この国を支える名家、水城院財閥の現総帥である水城院 源治郎は、血の繋がりには固執していなかった。実の息子であろうとも、その資質が欠如していれば、水城院家の後継者として次を託すつもりは無い。
これまでもそうであったように、水城院 源治郎は自分の後を継ぐに相応しい後継者を、己の目で見定めたまでに過ぎなかった。
そして、その相手に相応しい将来の伴侶こそが彼女、水城院 ナユタであると、そう思っていたのだ。
水城院 源治郎は血の繋がりになど固執していない。それでも、実の息子が手塩にかけて育てた孫娘を愛していないというわけではない。水城院 幸守という男は、本人が思っているよりもとても優秀で、優しい男なのである。
孫娘である水城院 唯香の心の変化は、決して想定外のものではなかった。当の本人はまだ自覚していないかもしれないが、時間の問題だとは思っていた。
唯香もまた、できの悪い息子から生まれたとは思えない程良い娘に成長していた。どちらと結ばれても、幸守ならばこの水城院家を正しい未来へ繋いでくれるだろう…。
水城院 源治郎は、自分の目で見定めた、次世代の光に照らされている。
「…後はただ、この生命尽きるまで…我が子らの成長を見守るのみ……」
メイドとして働く水城院 ナユタにとって、お屋敷の主である水城院 源治郎は雇用主であり、水城院 幸守とともに自分を養子に迎えてくれた養父でもある。今現在、何不自由の無い暮らしを送れているのは、全て源治郎様のお陰であり、彼に迷惑をかけないように心掛けることは幸守様との大切な約束だ。
そう。水城院 源治郎に止めなさいと言われれば、ナユタは従順にその指示に従う。しかし、止められない限りは自分のやりたいことを止める気は皆無なのである。
清掃道具を片手に、とあるドアの前まで赴いて立ち止まったナユタは、そこにしっかり貼り付けられた『ナユタ出入り禁止ダメ絶対』と書かれた、愛しの彼の照れ隠し貼り紙を当然のように無視して、コンバットメイド七つ道具を駆使して余裕の入室を果たす。
「失礼しまぁ〜す!」
内鍵を付けても無駄なのである。こう見えても彼女は、何ならできないのかと言われる程のアルティメットハイスペック万能メイド。ピッキングによる鍵開けなど朝飯前だ。
部屋に入ると、その部屋からは愛してやまない少年の匂いがした。深呼吸して胸を膨らませ、御主人様エネルギーをチャージする。
呼吸でも不足していた場合、幸守様の匂いがついたベッドで更なる御主人様エネルギーのチャージをする必要があるが、とりあえずは先にお掃除を済ませてしまおう。
鼻歌を歌いながら部屋の隅々を懇切丁寧に磨き上げて塵1つ残さない。ナユタ専用機として特別仕様に魔改造した吸引力の本当に変わらないただひとつの掃除機にて、埃を完全に吸い取って行く。今日も完璧なお仕事だ。
「むむっ!? これは、この長さは、唯香様の髪の毛! 幸守様…またナユタに内緒で唯香様を連れ込んでナニをしていたのですね~。言ってくれれば朝でも夜でも何度でもナユタがナニのお相手をしますのにぃ~!」
唯香のナニとは勉強であり、ナユタのナニとは保健体育の勉強である。同じ勉強なので、どちらもナニと表現して問題は無いだろう。
保健体育の勉強がしたいから、ちょっと僕の部屋まで来てくれないかなナユタ。
「ああっ! イけません幸守様ぁ〜! ナユタをベッドに縛りつけてナニをするおつもりですか!? あぁ〜! 幸守様ぁ〜!!」
今日も変態メイドの桃色の脳裏は、御主人様一色で染まり上がり、鼓動を3倍に加速させて常人の3倍速く動ける程、妄想が捗っていたという。
他の部屋より念入りにお掃除した愛しの幸守様部屋はところ構わず光輝く。お褒めの言葉を頂きたいところだが、立ち入り禁止って言ったよねと、幸守様はいつものようにツンデレることだろう。そこがまた襲いたくなる程可愛くて愛おしい。
妄想していたら我慢ができなくなった。
彼の匂いが微かに残るベッドへダイブする。
「幸守様ぁ〜!! すぅ〜、はぁ〜……」
この匂いだけでご飯が3杯食べられる。
枕を抱き締めて、少年の匂いを嗅ぎながら身体を火照らせて行くメイドさん。
嗚呼、始まる。
イマジネーションが具現化する。
『幸守様ぁ~! そんな、いけません。ナユタは一介のメイドに過ぎません!!』
『黙れこのメス豚めっ! 良いぞ。もっと必死に抵抗してみろ! その方がヤりがいがあるってもんだぜ! ハッハッハッ!!』
※妄想の相手は、ちょっとアグレッシブに補正された幸守君です。
『ああれぇ~! 恥ずかしいです~。そんなところ開いちゃダメ〜幸守様ぁ~!!』
『こんなもんはまだまだ序の口だぜ! さて、そろそろ俺様のビッグ・マグ○ムで女ってやつを教えてやるぜ!!』
※妄想の相手は、ちょっとアグレッシブに補正された幸守君です。
『そ、そんな…あっ…らめぇれすぅうううう!! はぁ、はぁ、はぁ…』
『先ず1発目! ビッグ・マグ◯ムをドロー! モンスターカード! モンスターカードぉ!』
※妄想の相手は、ちょっとアグレッシブに補正された幸守君です。
…………妄想の相手は……。
「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ〜………危うくイマジン御主人様で処女を喪失してしまうところでしたぁ〜。この初めては、幸守様のために最後まで取っておかなくては!!」
1日のお楽しみを終えてチャージ完了で大満足な緑髪メイドのナユタさんは、愛しの幸守様部屋を後にする。
鼻歌を歌いながら気分上々のメイドさんは残りのお仕事に取りかかった。水城院家のお屋敷はとてつもなく広いのだ。本来なら管理に10人は使用人が必要だろうと言われているところを、1人でやりたいと源治郎様に頼み込んで許可を貰った仕事なのである。
遊んでいる暇など全く無いのである!!
※幸守部屋での一時は遊びではなく呼吸であることをご理解ください。
「ふんふん~! ふふ~ん!」
源治郎様に頼まれた雑務を熟すこと。来客対応。時折アポ無しのお客様のお相手。掃除洗濯料理と、幸守様のナニのお相手が彼女の主なお仕事である。一通りのお仕事が終われば残りは自由時間となる。
普通に働いている限り、それ程自由時間は作り出せないものの、自分と幸守様を一緒に引き取ってくれた源治郎様には自分のできる限りの恩返しをしたいと考えているし、使用人として働いているのも自分自身がやりたくてやっていることなので全く苦ではない。
疲れて休みが欲しくなった時はいつでも言いなさい。と源治郎様からは言われている。水城院家は使用人の10人や20人を雇う財力を所持しているため、本来ならば、水城院 ナユタがお屋敷に務めて、使用人として働く必要は無いのである。
それでも働かせてもらっているのには、いくつかの理由がある。その理由の1つは、愛しの彼がメイドさん萌えだからである!!
そう、あれはまだ幼い頃。
幸守様はアニメを見ながら言ったのだ。
『あのメイドさん凄く可愛いね。ナユタが着たら、きっと似合うだろうね。メイドカチューシャもナユタの髪に良く似合うと思うよ』
それ以来ナユタはメイドさんとして生きることを決めたのである!!
あのアニメに登場した御主人様のために何でも熟すスーパーメイドさんこそ、ナユタが理想とし目指している、愛しの幸守様が萌え萌えキュンキュンして憧れた女の子。
水城院 ナユタが邁進し、やがて必ず登り詰めるメイドさんの到達点なのである!!
そして、そのアニメは、実は当時の幸守少年が孤児院の悪ガキに唆されて見せられていた大きなお友達専用のアニメだった。
全年齢対象と言えなくもない健全な導入部分だけを幸守少年は見ていたため、ナユタが何故に目覚めてしまったのかを知る由も無いのだが、ナユタにとっては意中の少年が『凄く可愛い』と言い放った女の子なのである。
夜な夜なこっそり最後まできっちりと見て、幸守少年の好みをインプットしたナユタの目標はその時に決まってしまったのである。
そんなことなど知る由も無い水城院 幸守は今日も今日とて変態メイドさんの重過ぎる愛に振り回されることになるのだが、それはまた御主人様が帰って来てからのお楽しみだ。
「幸守様ぁ〜! 早く帰って来ないかな〜!」
こうしてナユタは今日も、お元気いっぱいに愛しの御主人様を追い回すのであった。
私立鳥羽園学園に通っている秀才の少年、水城院 幸守は学園の可愛い女子新入生ランキング3位以内は確実と噂されている黒髪ツインテールの美少女、水城院 唯香と並び歩き、兄妹で仲良く会話しながら下校していた。
金髪の逆秀才。尚川 照明は物申す。
「コイツらさ。兄妹ってかよ~。彼氏彼女って感じじゃね? え? 殴っていい?」
「よぅし! 許そうではないか! だが奴は戦闘力53万を地で行く秀才! 落ちこぼれのテルちんでは、先ずはスーパーなベジタリアンになることがリア充な幸守君を宇宙の塵と化す最低条件さね!」
「くっ! 幸守めっ! 奴はあと2度の変身すら残しているというのか! だがなユミリン! 見よこの金色に光る逆立つ髪を! 何を隠そうこの俺様こそがそのスーパーぁああ!!…」
「戦闘力10万! 20万! 30万! 34万……あ、ダメそうだテルちん。35(雑魚)で止まっちまったよ〜! 惜しいぃ〜」
「うぉおおおぉおおお!!…くっ…リア充力53万の幸守には届かねえか!?…おい待てユミリン…今俺様のことを雑魚って言ったか?」
今日も照明君と新園さんが僕らの後ろで超ベジタリアンごっこで盛り上がっている。
僕のリア充力が53万だって?
唯香や和奏ちゃんには、それなりに親しい人だと思ってもらえているわけで、確かにそれくらいはあるのかもしれない。少なくとも35の照明君よりはマシか。
「おい幸守テメェも今俺様に向かって憐れみの視線を向けただろ! 乳揉まれてえか!?」
男の胸など揉んでどうする気なのか?
僕と唯香の後ろには、当然のように2人の悪友が付いて来ている。暇なのかな?
今日も馬鹿騒ぎをさせたら右に出る者の居ない名コンビっぷりだった照明君と新園さん。お前たちこそもう付き合っちゃえよと言いたいところだけれど、照明君と新園さんが恋に落ちる日は来るのだろうか?
ちなみに、これからみんなで水城院家を舞台にした隠れ鬼をするらしい。馬鹿なのか?
照明君と新園さんが駄々っ子のようにごねるから、よしわかった。源治郎さんに申請して許可されたら遊んであげる。とだけ言っておいた。源治郎さんが万が一にも了承する訳が無いだろうが馬鹿め! チョロいね。
唯香と和奏ちゃんは少しだけ面白そうと、何故か気乗りしていたが、源治郎さんのお屋敷をコイツらの庭にするわけにはいかない。
さっさと追い返してしまおう。
「幸兄の友人は今日も愉快ね」
「そうだね。愉快過ぎて、そのままいずれは愉快犯にでもならないか僕は心配だよ…」
「愉快犯って何だユミリン!?」
「愉快なんじゃないかね〜?」
2人の将来が心配だ。心配するだけで、将来まで面倒を見る気は無いけれど。高校までは乗りかかった船だから面倒を見るつもりだ。何故か担任の先生にも面倒を見てやってくれと言われているからね。
「それはそうと幸兄……」
「何かな?」
「私も幸兄の変身が見てみたい!」
悪戯っぽく言う唯香さん。
あと2度の変身を見てみたいとな?
「残してないから、兄が妹の無茶振りに何でも応えると思ったら大間違いだから…」
我が妹も随分と愉快になって来たものだ。
学園から帰宅した僕たちは水城院家のお屋敷へ続く正門をメイドさんのナユタに開けてもらい、屋敷内へと入って行く。
「天然芝。何度見ても広い庭だよな。なあなあ幸守、ゴルフとかできるんじゃね!?」
「いや、できてもサッカーくらいかな?」
庭の面積から逆算して、できそうなスポーツを不意に答えてしまった。不覚の極み。ナユタの手入れしている庭でサッカーなんてさせないぞ。やるならばボールは照明君だ。もうゴールは嫌だと言い出すまで蹴り飛ばし尽くしてあげよう。
僕らは庭を通ってお屋敷の中へ入る。出迎えてくれたのは来客対応が苦手な来客対応モードの緑髪メイドさんだった。
「お帰りなさいませ幸守様ぁ〜!」
「ただいま、ナユタ」
「ついでに唯香様。それと、いらっしゃいませナユタの管理する幸守様の愛の巣に土足で踏み込むその他のお客様ぁ〜!」
「おいユミリン、俺ら歓迎されてねえぞ!」
「土足で踏み込んでるのは確かだしね〜?」
ニコニコするメイドさん。以前来客対応中は僕へのアプローチは程々にと源治郎さんに言われたことで、その程々をこうして忠実に守ってくれているナユタだが、飛びかかりたい欲が溢れ出ているのは言うまでもない。
よく堪えている。偉いぞナユタ!
相も変わらずに行き届いた清掃で、お屋敷の中には塵1つ見当たらない。アルティメットハイパーコンバットメイドの水城院 ナユタさんが一刻でやりました。できるメイドは本日も大変凄まじいのである。
このお屋敷内で騒ぎたいと言われてもね。そんなもの、あの威厳ある源治郎さんが了承するはずが無い。隠れ鬼がしたいんですと頼み込んで一蹴されて来るといい。
流石に今回はゴーサインは出ないだろう。
お勉強会なんですは通用しても、隠れ鬼のフィールドにしたいんですが通じたらプライベートポリスは要らないという話だ。
自室へ鞄を置きに行った僕が適当なフード付きトレーナーの服に着替えて制服をハンガーにかけ、クローゼットにしまうと、部屋のドアの向こうから友人の声が聞こえて来る。
その声に反応してドアを開けてみると、残念そうに落ち込む金髪頭の悪友とクラスメートの女の子が俯いていた。
そりゃそうだろうよ。何故源治郎さんがそんな横暴許すと思ったのか。そもそも、このお屋敷の中に飾られているいくつもの美術品にどれだけの価値があると思っている? そんなものを1つでも倒して割ってみろ。人生5回は一生強制労働で償わなければならない。当然、高校生に払えるわけもない。
一利無くて百害ありの頼みだ。
源治郎さんが認めるはずが無いのである。このままさっさと追い返して…。
「OKだってよ友よっ!」
「源治郎おじ様は元気があって宜しいって言ってくれたよ! 流石幸守君のお義父様!」
「そんな馬鹿な。嘘を吐くな。嘘吐きは泥棒の始まりだぞ。よし理解した。黄色い救急車を手配してあげよう。それに乗ってどこへなりと行くがいいんだよ…えっと、黄色い救急車を呼ぶための番号は〜……」
マジか? 正気か。本気か!? この水城院家のお屋敷内で隠れ鬼をおっぱじめようって?




