第22話 兄が欲しかった
和奏ちゃんの歩幅に合わせて並んで歩き、車道側には僕が立った。無言のままジッと顔を見詰めて来る和奏ちゃん。その上目遣いは何なんだろう。僕に頼み事でもあるのかな?
「どうしたの?…前を見て歩かないと危ないよ和奏ちゃん」
そうジッと見詰められると少しテレる。和奏ちゃんは唯香に負けず劣らずの美少女さんだ。
「…羨ましいです」
「えっと、そうなんだ?……羨ましい?…」
「私はユイが羨ましいです。こんなに頼れるお兄さんが居るのはズルいですよ! 私も、お兄さんみたいなお兄さんが欲しかったです。お兄さん…白沢 幸守と名乗りませんか?」
「いや、それはちょっと……」
何を仰っているのかな?
僕は何の勧誘を受けているのだろう?
「僕が和奏ちゃんのお兄さんになる方法は無いんじゃないかな?…」
「が~ん!? ま、まだわかりませんよ! 例えば私が、ユイを手籠めにしてお嫁さんにすれば、お兄さんは私のお兄さんです!」
何だか凄いことを言い出した。そんなにお兄さんとして評価してくれるのは、兄冥利に尽きるというものだ。義理の兄だけどね?
「お兄さんは、ただ、そこら辺に居るお兄さんではないんですよ!」
実の兄妹ではないからね。でも、それだけで血の繋がらない兄妹もそれなりには居るはずだ。例えば親の再婚とか。僕のように養子として家族が増えることもあるだろう。
「僕は普通だと思うけれど…」
「お兄さんは知らないんです。いいですか、普通の兄妹というものは、高確率で仲が悪いものなのです!」
そうだったのか!!? いや、でも唯香とは仲良くしたいと思っているし、今更仲の悪い普通の兄妹を演じるのは違うと思うし、そもそもそれは和奏ちゃんの偏見であって、普通に仲の良い兄妹も実在しているのでは?
「お兄さん程、妹思いでハイスペックなお兄さんを私は他に知りません。つまり、お兄さんはフィクションなんです!」
「え〜…そんなことないよ? 紛うことなきノンフィクションなんだけどな…」
ハイスペックでもないと思う。皆が他のことに熱意を注いでいた分、僕は少しだけ身体を鍛えることと、勉強に時間を費やしていただけでしかない。和奏ちゃんに尊敬の眼差しを向けられるのは嬉しいが、流石に過大評価だろうと思うよ。
「今まで隠していましたが、私は1人っ子さんなので、兄妹というものに憧れを感じているのです! 私はずっと、お兄さんが居たらなとフィクションを妄想していました!」
「そ、そうなんだ…隠していたんだ…」
そこに驚きを隠せない。
「恥ずかしいのでユイには言わないでくださいねお兄さん。約束ですよ!」
この子は天然も入っているのかな?
「うん。わかったけど…和奏ちゃんもバレないように気を付けないとね? 頭を撫でられても唯香みたいにフン!って、素っ気無い態度を取らないとだね?」
「そうですか?…では、練習します!」
頭を差し出して来る和奏ちゃん。
な、撫でればいいのかな。後で唯香に怒られないか不安だけど、和奏ちゃんに頼まれたからしただけということならば、僕は裁判で勝てる気がする。撫でておこうかな。
「今日は1日よく頑張ったね。偉い偉い」
「でへへ〜…」
あっ、ダメだこの子。
「和奏ちゃん。唯香をインストールして…」
「あっ! そうでした!…フン! 別に私はお兄さんのことなんか、好きじゃないんですからね! でも、ちゃんと撫でてください…」
唯香ってそんな感じだったっけ??
とりあえず、撫でておきますか?
なでなで、なでなでなでなで…。
「でへへ〜…もっと、撫でて〜……」
うん。ダメだこりゃ。
「和奏ちゃん。唯香をインストールして…」
「あっ! 危うくお兄さんのなでなでの魔力に騙されるところでした!」
人聞きが悪いな。僕は和奏ちゃんを騙そうとなんてしていない。頼まれたから付き合っているだけなのだけれど?
再び和奏ちゃんが唯香っぽく眉を八の字に吊り上げるが、唯香と違ってどうにも小動物に似た愛くるしさが抜け切らない。迫力満点な唯香の真似は和奏ちゃんには無理そうだなと思った。
「フン! 私がなでなでくらいで喜ぶと思わないでください! でも、和奏ちゃんばかりなでなでしないで私も撫でてください! 私は嫉妬しています! お兄さんは私のお兄さんなんだから私だけを甘やかしてくれないとダメなんですからね! フン! フンフン!!…」
「和奏ちゃん? それ、唯香なの?」
「完璧でした!!」
「和奏ちゃん。唯香に怒られるよ?…」
僕が唯香に、本当はそう思っていたんじゃないのと尋ねたら、間違い無く胸ぐらを掴まれてグワングワン揺すられながら罵声を浴び、腹に3発、顎に2発、最後に脳天にかかと落としの1発をお見舞いされて帰らぬ人となってしまうことだろう。
「和奏ちゃん…仮にもしそれが、本当に唯香の心の声だったとしても、唯香の前で同じことを言ってはいけないよ?」
「どうしてですか?」
「僕が死んじゃうからだよ…」
「お兄さんはスーパーマンさんなので弾丸だって眼球で弾き飛ばすはずです!」
和奏ちゃん。そんなに瞳をキラキラされても困るんだよ。容赦無く眼球を貫通して脳を抉り、頭蓋骨を突き抜けて帰らぬ人になっちゃうから、そのフィクションはフィクションとして受け止めておくんだよ?
幸守お兄さんとの約束だよ。
そんなこんなでお喋りしながら和奏ちゃんを自宅まで送り届ける。道中、前を見て歩かない和奏ちゃんが2度程こけて、転倒しないように身体を支えたりもした。何かと危なっかしい子なのでこれからも多少気に掛けよう。
「…着いちゃいました。お兄さんとのお喋りは凄く楽しいので、もっとたくさんお喋りしていたかったです。いつでもたくさんお喋りできるユイが羨ましいです!…やっぱり、ユイと私の結婚を考えておいてくださいねお兄さん! よろしくお願いします!」
「外堀から埋めようとしないでね。僕も和奏ちゃんとお喋りできて楽しかったよ。また明日、学校でね。おやすみ和奏ちゃん…」
「…お兄さん………」
名残惜しそうに呟く和奏ちゃんが僕の服の裾を小さな指で摘んで来た。
「………どうしたの?……」
「…えっと……えっと……ちょっとだけ、上がって行きません…か?………」
軽く振り返り、薄く頬を赤らめる和奏ちゃんを見て僕は一瞬だけ考えたが、唯香との約束があるからな。和奏ちゃんがどういうつもりで言ったのかはわからないけれど、僕は和奏ちゃんに必要以上手は出さない。
「………また今度、機会があればね…」
「…………はい!……フン!…」
頭を差し出された。しかも、中途半端に唯香がインストールされたままだ。和奏ちゃんは本当に可愛い子だな。これは男子からの人気も高いだろうなと思いながら、反射でそんな美少女の頭を撫でてしまう。流石に撫で過ぎなんじゃないかと思うけれど、和奏ちゃんが凄く嬉しそうなので怒るに怒れない。
「…なでなで………はい。おしまい!…次は、テストで満点取ったらだね…」
「え〜!? ハードル高いですよお兄さん!…そんな意地悪言うお兄さんには、頭にかかとでコツンてしちゃいますよ! フン!…」
「やめてください死んでしまいます…」
かわいくないです。死んでしまいます。
コツン。コロリ。死んでしまいます。
「お兄さん! ユイも頑張ったら誰かに褒めてもらいたいと思うはずです! テレているだけで嫌がってはいないと思います! だから、ユイが頑張っていたら、ちゃんと褒めてなでなでしてあげてください! それが、お兄さんの義務です!」
そうだったのか。眉唾物だけども。
「…………覚えておくよ…」
「はい! 覚えておいてくださいね!」
それならば、少し怖いけれども、今度適当なタイミングで唯香の頭をもう1度だけなでなでして褒めてみてもいいのかもしれない。
可愛い後輩のアドバイスを無碍にするわけにもいかないからね。逆上の腹パン1度くらい覚悟の上で実行してみよう。
「骨は私が拾います!」
「考えを改めていいかな?…」
早速不安になって来た。




