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第21話 学年首席


資産家の養子という立場である水城院 幸守はそれなりに猫を被った生き方をしていた。


鳥羽園学園での彼は一般生徒の目から見ると文武両道、性格も良い方で、ルックスもそこまで悪くはない、いわゆる優等生に見えるのだという。


見た目はさて置いて、これは彼が元から持ち合わせていたものではなく、水城院家の人間として、そのように見せようとした行動の結果であった。ボロも少々見え隠れするもののおおよそ優等生を演じ切れている。


一身上の都合で自分の身は自分で守れるようにと肉体を鍛え上げているため、ある程度の護身術もマスターしている。


その見た目によらず、ナイフを持った不良程度なら難無く返り討ちにできたりもする。一身上の都合により荒事の対処もそれなりに熟して来た。


無論、自分から厄介な揉め事に関わる事は極力したくないのだが、厄介なことに巻き込まれやすい星の下に生まれているようだ。必要に迫られれば手加減するつもりもない。


彼は学力も非常に高く、学年内でも常にトップクラスとされているが、もともとはあまり学のある人間ではなかった。勉強は嫌いではないものの、自分から熱心に勉強するタイプではなかった。


幸守が誰に言われるでもなく勉学に励むようになったのは当然、水城院家の人間として恥ずかしくないようにするためである。


使える時間も限られているため、毎日1時間程度の予習復習をするだけの行動なのだが、本来ならば一般的な高校の学力レベルなど、その程度でも充分なのだ。


来週には、幸守たちが2学年となり、最初の中間テストがあるが、彼には取り立てて慌てる様子も無い。むしろ、その逆で楽しみでさえあるくらいなのだが…。


そんな彼の友人には誠に遺憾なことながら、高校生活を嘗めて、エンジョイする気しかない天性のアホが多かった。友達は選ばなければいけない。何故かって、選ばなければアホばかり増えて行くからである。


「底辺×高さ÷2だろ! 俺様だって数式の1つや2つ熟知してんだぜ! どやぁ~っ!」


「小学生じゃないんだから、そんな簡単な問題は出ないよ。ちなみになんだけど、平行四辺形の面積の求め方は?」


「俺様を馬鹿にしてんのか幸守? 底辺×高さ÷2×2だろ! 平行四辺形ってのは三角形2つの組み合わせだかんな!」


天才なのか馬鹿なのか。何故無駄な計算をしていることに気付けないのだろうか。コイツはもう諦めた方が良いだろう。これでよく進級できたものだなと思うよ。


「ちぇ~! この私に数学の勉強をやらせようなんて、あの教師はいったい何を考えてるのかね~幸守君よ~」


「生徒に勉強を教えるという、極めて常識的なことを考えているよ。教師の鏡と言っても過言じゃないくらい普通だよ新園さん…」


逆に何1つとして疑問を持つような行動はしていなかった。この学園の教師陣営はどなたもとても普通の教師たちだ。良くも悪くも個性の欠片も見られない普通の教師である。


「まあ、テルは手遅れとして、新園さんは地頭は良いんだから、少し勉強すれば80点は取れると思うよ?」


「おい、今俺様を見捨てたか?」


だって救済措置前提の生き様だもの。


この学園の単位獲得に救済措置があって本当に良かったね。夏休みは返上かもしれないけれど、まあ自業自得だし頑張ってよ。


そもそも、照明君と新園さんなんてどうでもいいんだよ。担任の先生に、友達だったら中間テスト直前に少し勉強を見てやってくれ。無駄だとは思うけどな。と、無駄に頼まれたから仕方無く、僕は水城院家のお屋敷でお勉強会を開いたのだ。優等生も楽じゃない。


というか無駄だと理解しているなら頼まないでもらいたいところだ。無駄なのだから!


教師が生徒を宛てにするとは世も末だ。


2人のやる気など皆無だったし、無口な友人の将隆君に至っては勉強会などパスらしい。ともあれ彼は毎回赤点ギリギリを超えて来ることに定評があるので今回も何とかするだろうが、この2人は僕が何とかしてあげなければ赤点の山を築いてしまうことだろう。


全く、世話の焼ける友人である。


コンコン。僕の部屋のドアがノックされて、お屋敷に仕える緑髪のメイドさんが普段の変態モードを上手に隠し、礼儀正しく僕の部屋に入室した。普段はどうかって? 僕の名前を叫びながら飛びかかって来るところだよ。


「失礼しま~す。唯香様と幸守様にお客様ですよ~」


勉強会の話を聞いた唯香と和奏ちゃんも参加したいと言い出し、結局今回もこのメンバーで集まってしまったわけだが…。


「遅れてすみませんユイ! お兄さん!」


「いらっしゃい和奏!」


「大丈夫だよ。ようやく全員揃ったね。それじゃあ、早速勉強会を始めようか」



メイドさんの案内で遅れて勉強会に加わった和奏ちゃんが唯香の隣に座り、2人で仲良く微笑み合う。和むな〜。和んでいる場合でもないけれど。特にそこのアホ2名。ダメでもせめて真面目に勉強してもらいたい。


唯香と和奏ちゃんはやる気満々だ。スクールバッグから勉強道具を取り出して行く。


僕は自分の勉強は今日はそこまでするつもりが無い。しなくても点数は取りたいだけ取れると思うので問題無いだろう。本日は照明君と新園さんが特にヤバいらしい数学の勉強を基礎からしっかり教えるつもりだ。


無駄かもしれなくてもやれるだけやるさ。


ナユタに用意してもらった大きめのホワイトボードにこれだけ丸暗記できれば中間テストで赤点なんて先ず取らないであろう要点を書き出して行く。この学園のテストの出し方から推測するに、まあ、こんなものだろう。


「はい。注目。ここテストに出ます」


「凄いです。纏めるの上手で先生方よりわかりやすいです。ユイのお兄さんって、頭良かったんですね!」


和奏ちゃんに尋ねられた唯香は、そんなこと知らないわよと言いたそうだったが、その場の空気を読み、とりあえずで頷いておく。


ただの1度も手を止めることなく教科書も見ずにホワイトボードいっぱいに数式を書き出した僕は照明君と新園さんにノートを取らせる。渋々書き写す彼らから離れて、その間に僕は後輩たちの教科書を手に取った。


「唯香は…えっと、確か…このページまでが中間テストの範囲でいいんだよね?」


「え、ええ…そうだけど…」


さっとページを捲りテスト範囲を暗記する。1年前に勉強した数学だ。1分も見返せば、その時の記憶が蘇っても来る。


「数学の担当教師は岡野先生?」


「はい! 岡先ですお兄さん!」


「岡野先生の作る1年時、1学期の数学の中間テストなら出題箇所を予測できるよ。一応、唯香のノートを見せてもらおうかな……ふむふむ。教え方が全く変わってないね。過去問と、僕たちの時の問題から擦り合わせて、今回出すであろう問題を予測すればいいだけだから…ナユタ、ホワイトボードもう1つあったよね?」


「直ぐにお持ちしますね〜!」

「「…………………………」」


ホワイトボードとは別にA4サイズのコピー用紙2枚を使って、手書きで当日出るであろうテストの予測問題を作って行く。


数Aの教科書を片手に予備のホワイトボードにはぎっしりと数式を書き出して、僕は後輩少女2人がどの程度まで問題を解けるのか適当な問題を作り、実際に解いてもらう事にする。でき次第では、発展問題まで解けるように勉強を教えていこうと思うし、そんな必要が無いのなら何も口出しするつもりはない。


照明君や新園さんと違って唯香や和奏ちゃんはしっかりとノートを取っていたし、真面目に授業を聞いていただろうから、赤点など端から有り得ないだろうけれどね…。


「こんなにスラスラと? 幸兄って、前の数学のテスト何点だったのよ?」


「え? 100だけど?…ほら、問題だよ唯香。和奏ちゃんも解いてみてくれるかな?」


「ひゃ、100点!?」

「お兄さん天才でしたか!?」


新園 弓莉は得意気にニヤリと笑い、ふふんと鼻を鳴らして自慢話を続けた。あたかもそれが自分の自慢話であるかのようにである。


「幸守君はほとんどの教科が100点さね! それもほとんど毎回ね。全く面白くもないクソ生意気な点数だよね幸守君よ〜」


「クソ生意気って、言葉遣いに品が無いよ新園さん。僕は別に…普通に勉強して普通にテスト問題を解いているだけだよ。うちの問題そう難しくないし…」


「ほらね。クソ生意気でしょ? 終いには、教科書見てるだけで100点取っちまうお前なんぞに教えることは何も無いから、アホの友人の勉強でも見てやれって私たちのことを先生に丸投げされてるの。面白いよね〜!」


「何も面白くないけどね!?…僕に悪いと思うなら、せめて感謝して真面目に学ぼうね!?」


シャーペンを器用にクルクル回しながら照明君もゲラゲラ笑う。


「ちょうど俺様の10倍の点だな友よ!」

「そうだね。テルは本当に頑張ろうね!?」



唯香と和奏ちゃんに尊敬の眼差しを向けられている。気がするけれど、本当に別にそこまで大したことはしていない。学んだことをちゃんと理解して、覚えているだけ。本当にただそれだけなんだ。だから、学んでないことは何もわからない。大学生レベルの問題を解けますかと言われたら当然、大体は解けないからね。


「…な、何よ…カッコいいところあるなら、もっと早く言いなさいよ……」


「お兄さんは最初から優しくて、かなりカッコよかったと思いますよ? 私も、ユイのお兄さんみたいなお兄さんが欲しかったです! ユイが羨ましいですよ〜」


和奏ちゃんのような妹なら僕も欲しいかも。なんて考えたら、心を読まれたのか唯香に鋭い視線を向けられた。ような気がした。


「まあ〜、聞かれてもいないのに、僕この前のテスト100点だったんだ凄いでしょ〜! なんて自慢して来る兄よりも良かったんじゃないのかな〜唯ちん?」


新園さんの問いかけに頷く唯香。


「確かに。それは凄いけど、聞かれても無いのに自慢して来るのはダサいわね。というよりウザいわね。幸兄は合格だわ…」


僕は何の試験に合格したのかな? 何点からが合格で、何点満点のテストで、僕は何点だったのか、どこを間違えていたのかまで教えてくれると助かる。今後の参考にしたいので。


「はい! ユイのお兄さんは、カッコいいお兄さん合格です!」


和奏ちゃんに言われると悪い気はしない。


「そうかな〜? ありがとう和奏ちゃん」


「何デレデレしてんのよ幸兄…」


「で、デレデレなんてしてないよ。それよりもほら、問題解いて、せっかくの勉強会なんだから限られた時間を有効に使わないとね?」


「は〜い!」

「わかってんぜ〜! 後でゲームしようぜ!」


新園さんと照明君はわかってないな。


それからしばらくして、見え透いていた未来が訪れてしまう。唯香と和奏ちゃんは真面目に勉強しているというのに、数学の勉強を一通り終えた照明君と新園さんは息抜きにと、流行りのテレビゲームを始めてしまった。息抜きで終わる気配は無い。教えたことを本番で発揮できれば赤点は回避できるとは思うけれど、目算ギリギリだろうな。


それから更に時が経ち、水城院家に仕える緑髪のメイドさんが持って来たお茶菓子を頂きながら唯香と和奏ちゃんも少しの間、休憩をしていた。2人とも良い子だな。勉強の教え甲斐がある。生徒に恵まれるとはこういうことを言うのだろう。不真面目な生徒を多く抱えたうちの担任は本当に可哀想だな。


だとしても、その不真面目な生徒を僕に丸投げして来るのは違うとは思うけれどね。


何はともあれ唯香と和奏ちゃんは僕の睨んだ通り、基礎がしっかりできていたため、発展問題を解く力を身に着けさせていった。後半はもう唯香と和奏ちゃんに付きっきりだ。バカ2人の面倒は見切れない。


「イケイケ! そこだ!」

「邪魔だ邪魔だ! どけどけ〜い!」


「あっ!? テメェ、赤甲羅は卑怯だぞ!」

「悔しかったここまでお〜いで!」


楽しそうにレースゲームに励んでいる。


「あの2人は救えないかもしれない…」


友人2人を眺めながら、半ば諦めムードの僕に、銀髪の少女がエールを送ってくれた。


「ファイトですよお兄さん!」


と言われても、僕がいくら頑張ろうが当の本人がやる気を出してくれなくてはどうしようもないわけで、唯香と和奏ちゃんという後輩2人が見ている前だからと、前半だけでも真面目に勉強してくれたのが照明君と新園さんの集中の限界だったのだろうと思う。むしろ、いつもよりも長く保った方だよ。


「幸兄、これはどう解くの?」


「どれ? これか。これはね…先ずこっちの数字を求めてからホワイトボードに書いた⑤の公式を用いて解いて行くんだよ。注目するのは、こことここ…」


「なるほど。幸兄教えるのも上手いわね…」


「そうかな? 唯香が真面目に頑張っているからだよ。複雑な発展問題に見えても、冷静に1つ1つ習ったことに当てはめて行けば、基本的に解けない問題は無いんだ。そういう風に作られているテストだからね…」


「…簡単に言ってくれるわね?」


解き方が決められていて、答えが決められている問題なんて簡単なものなんだよ。冷静に見ればわかる程度のものだからね。


「お兄さん! こちらもお願いします!」


「ん〜、どれどれ…和奏ちゃんは賢いね。解き方はちゃんと合ってるよ。でも、ほらここの計算が間違ってる。ケアリスミスだね」


「…えっと……あっ、本当です。お兄さん…そんな一瞬でよくわかりますね? 凄いです!…つまり、こうして…こうして………解けました!」


「うん。正解! よくできました〜」


「あっ……えへへ〜……」

「ちょっ!? 何してんのよ幸兄!?」


あっ、しまった。孤児院に居た頃に、下のチビたちに勉強を教えていた時の癖で、問題を理解し上手く解けた和奏ちゃんの頭を撫でてしまった。女子高生にもなると撫でられるのは普通に嫌なだけだよね?


「ご、ごめん…」

「あっ…もっと撫でてほしいです…」


「和奏!? わ、私が撫でてあげるわよ!」

「ごふっ!??」


唯香が僕の横腹を勢い良く突き飛ばして、和奏ちゃんの頭をよしよしと撫でている。僕はというと、唯香のパワーがあまりにも高かったため腹筋を貫通して胃液を吐きかけた。華奢な唯香の身体のどこにこれ程の怪力が仕込まれていると言うのだろうか??


「でへへ〜! ユイも後で私が撫でてあげますね! お兄さんも私が撫でます!」


「私はいいわよ。アイツも不要よ! 何をデレデレしているのかしら幸兄?」


「で、デレデレなんてしていないのに…」


「そうですよね。ユイもお兄さんに頑張ったねって撫でてもらいたいですよね!」


唯香のなでなでが数秒停止する。


「…………そうなの?…」

「ちちち、ちっがうわよ!?!??」


違うらしい。それも物凄く違うらしい。和奏ちゃんは、頭を撫でても嫌がらないらしいけれども、唯香の頭を撫でるのはやめておくべきなのだろう。次こそは唯香の怪力で胃液を吐き出しかねないからね。


「…ユイは素直じゃないです!」

「そんなことないんだから!」


「大丈夫! 唯香のことは、頑張っても、頭を撫でないように気を付けるよ!」


「えっ…そ、そう…ありが…と………」

「本当に素直じゃないですねユイ…」


これにて一件落着だ。



水城院家で開かれた勉強会初日は予想通りの結末で幕を閉じることとなる。真面目組と不真面目組がバッサリ別れてしまい、結局僕の同級生2人は午後6時を回るまでひたすらゲーム三昧で時を過ごしてしまった。


これも想定内と言えば想定内だけどね。


「いやぁ~! 遊んだぜ! ほんの刹那の休憩のつもりがぁ~。おっかしいなぁ~」


「おかしくないよ。案の定だよ。別に僕は構わないけどさ。2人とも大丈夫なの?」


「赤点取らなきゃ良いんだろ! だったら話は簡単だぜ幸守! この学園の入試、塗り潰しペーパーテストを見事突破した俺様の秘奥義、鉛筆コロコロでどんな荒波だろうが紙一重で乗り切れるはずだぜ!」


奇跡の安売りに期待しない方が良いと思う。そもそも、うちの数学に選択問題は無い。途中式までしっかり書かないと減点の対象だ。前提が間違っている。けれど…。


確かにうちの数学の問題って最終的に1〜6の正数が答えになる問題少なくないかも?


あれ?? 何だか僕もワンチャン行けちゃうんじゃないかって気がして来たんだけど? 途中式が無くても答えが当たっていれば、当然、減点されても点数自体は貰えるからね。


「鉛筆コロコロ作戦か…」

「幸守にもオススメだぜ!」


いや、僕は普通に解くけどね。


「大丈夫さね! いざとなったら取って置きのネタを使って〜…教師を揺すれば、点数なんていくらでも補填可能。ふふっ、ふふふ、ふふふふふ…」


「こらこら、不正はダメだよ新園さん。脅迫もダメだよ。いや、本当にダメだからね?」


「うむっ! 心配してくれるな幸守君よ! ちゃ〜んとバレないようにやるさね!」


いや、そうじゃなくてね。


「また山張り頼むぜ幸守!」

「またね〜。バイビー!」


手を振りながら帰宅して行く照明君と新園さんを水城院家の正門から見送り、僕は1つ大きなため息を吐き出してから、和奏ちゃんの家を目指してお屋敷を出発することにする。


「さあ、僕たちも行こうか?」


「お兄さん、本当に良いんですか?」


「うん。和奏ちゃんの家の側まで送って行くよ。もう直ぐ夜だから、和奏ちゃんを1人で帰すわけにもいかないし、僕がそうしたいだけだから気にしなくていいよ…」


「…お兄さん優しいです!…えへへ〜 」


これもまあ、普通だと思うけれどね。何だかんだ言っても照明君だって新園さんを途中まで送って行ってるわけだし、何も特別なことをしているわけではない。


唯香にも和奏ちゃんを家まで送るように頼まれたし。頼まれた時に、ボソッと、私の大切な友達に手を出すんじゃないわよ。と言われたのは気になるけれど…。


手を出すとは? なでなで禁止令かな?




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