第20話 兄妹の距離感
翌日の月曜日。
僕は新園さんに妹に何を吹き込んだのか洗いざらい吐かせようとした。しかし、小悪魔の尻尾をフリフリさせながらも、彼女は口だけは割らずに外国語のようなただの日本語で堂々と誤魔化してきた。
「ナンノ~ことだか~ワかりまっしぇ~ん」
温厚な僕でもイラっとすることはある。
「で、どうだったの? 唯ちんのバスタオル姿はどうだったの? 萌えた? 男の本能を刺激されちゃったんじゃないの〜?」
どう考えても入れ知恵したでしょ!?
少なくともこの件に関わっている事は明白だが、彼女は勉学はできないくせに、社会では役に立ちそうな狡賢い部分で頭がすこぶる良いため、計画内でバラす事はあっても計画外でバラすことは無いだろう。情報屋はタダで情報を売らないものだからね。
新園さんに耳打ちされる。
「私に貸し1つ、付けといたげる!…それともこの情報撒き散らす〜? ふふふふふ〜」
この情報とは。僕と唯香が混浴したという情報のことを指している。僕に悪評が立つということは水城院家の評判を下げることに繋がり、義妹の唯香にとっても、まだ兄と一緒にお風呂に入るんだねと嫌な噂を流されることになってしまう。
交渉もお上手だ。畜生、唯香を人質に取ることまで彼女の計画の内だ。示談でこの場を治めることしか今の僕にはできそうにない。
ただし、そこまで頭が回らないであろう照明君よ。貴様は絶対に許さない。今回ばかりは堪忍袋の緒が切れたぜ!
「借りを返してもらおうか…」
「はや〜…何? 私の胸でも揉む?…」
僕がそれに応じないと知って言ってるのがとても気に食わない。
「新園さんが、テルに自分の胸を揉ませる。と言いたいところだけど、それだと僕がテルに感謝されそうで死ぬ程腹立たしいから止めといて…」
「賢明な判断だね〜」
「テルに地獄を見せる手伝いを要求する。でも1度で終わらせるんじゃなくてね。縄田でじわじわと首を絞めるような地獄を僕は所望しているんだ。背中の傷が疼かなくなるまでは協力してくれるよね?」
「フレーズが面白いから乗ったよ!」
興味は無いけれど、僕が己に課した使命を果たした暁にはこの女の乳もそのうち揉んでやろうか? 僕の背中の傷は今でも普通にズキズキしている。揉んだろか?
冷静になれ水城院 幸守。
源治郎さんに迷惑はかけないがルールだ。
「僕らの足がつかないように…」
「完全犯罪で行こう幸守君…」
「「くっくっくっくっく…」」
「俺に聞こえてるがいいのか?…」
将隆君は大丈夫。何故なら僕の味方だから!
それからしばらく、示し合わせたような奇妙奇天烈摩訶不思議な不幸が照明君の身に降り注ぐことになるわけだが、それはまた別のお話である。
「手始めに、和奏ちゃんの好感度を下げようと思うんだ…」
「エグいところ抉るね〜。でも、そんなことしなくても和奏ちんのタイプはテルテルじゃないと思うけどね。告ったら1000%振られるから大丈夫だよ!」
「告ったら俺1000%振られんの!?」
おっと、トイレから戻って来ていたか。僕と新園さんの闇の契約は聞かれてないな? 大丈夫だよね将隆君? マインドクラッシュするまで僕は照明君を許さないからね?
将隆君は、僕の視線の意味を理解して小さくコクリと頷いた。流石は僕の味方だ。
「和奏ちゃんって、恋愛に興味があるって感じじゃないからね〜。あれはそう、お兄ちゃんが欲しかった女の子って感じさ!」
「確かに…」
「ふむ…」
「わかりみ〜…」
わかりみが深い照明君が机を叩く。
「ワンチャンくらいあるだろう!?」
当然、ワンチャンくらいしか無いが、ワンチャンくらいはあるだろう。だがしかし、それを潰すのが僕と新園さんの闇の契約だ。
さあ、闇のゲームの始まりだ!!
「程々にしておけよ……」
将隆君の忠告は聞き届けた。程々にはしておこうと思う。悪友とはいえ友人には変わりないので、その友情が完全崩壊する前には切り上げるつもりだ。その頃には、僕の背中のたわしの傷も消えている頃だろうからね。
1日の授業を全て終えて、睡眠学習に勤しんでいた金髪の悪友を叩き起こし、帰宅部所属の僕たちは帰路に着く。昇降口で靴を履き替えて学園の表門に向かうと、そこには黒髪ツインテールの美少女が待機していたりして、帰宅する男子生徒の注目の的になっていた。
「唯香? どうしたの?」
和奏ちゃんでも待っているのかな?
声をかけてみると、唯香は軽く頬を染めながらそっぽを向いてしまう。昨日は悪友の策略により恥ずかしい思いをさせられた彼女が、僕から顔を背けるのも無理の無いことだ。
せっかく仲直りしたのにまたこの展開か。
「べ、別に… 和奏が用事があるからって先に帰っちゃったのよ。だから、たまには幸兄と下校しようかなって…前に幸兄、1人で帰るのは危ないからって言ってたし…」
「デレが早くねえか?」
「デレが早いね〜?」
照明君と新園さんが後ろでひそひそ話しているが、唯香の耳にも届いていたようで、何故か後ろの2人ではなく、鬼の形相で僕を睨みつけて来る。おっかない美少女だ。
「よし、一緒に帰ろうか! 全く、テルも新園さんも唯香のことをこれっぽっちもわかってないんだから。唯香が僕にデレるわけないじゃないか。今も…睨まれたし……」
「べ、別に睨んでないわよ!!」
怒鳴られたし。
「唯香は1人で下校しないでねっていう僕の頼みを聞いてくれただけだよ! それ以外に特別な理由なんて、何にも無いよね!」
これで完璧なフォローのはずだ!
「ええそうよ! 何にも無いわよっ!!」
凄く不機嫌だ。そりゃ、和奏ちゃんと一緒に帰りたかった気持ちは僕にもわかるけれど、そんなに迫力満点で怒鳴らなくてもいいじゃないか。覇気で1歩後退しちゃったじゃないか。勘違いなんてしていないのに…。
「いやいやいや…マジか〜……」
「幸守君さ〜、そういうとこだよ…」
どういうところの何が何なのか?
「………朴念仁……」
無口で無愛想な人を指す言葉だ。唯香は誰のことをそう言ったのだろう? 少なくとも僕は無口という程では無いだろう。照明君も新園さんも違う。となれば…将隆君か?
唯香と将隆君は夜桜を見に行った時に少しだけ面識を持った。もしかして唯香は、将隆君を呼んで来いと言ってるのだろうか?
「え? マサがどうかしたの?」
面倒臭がりだが、将隆君は良い奴です!
「…幸兄って、たまに自分のことに凄く無頓着よね? どう考えても私は今、幸兄に朴念仁って言ってたでしょ!…全く……」
「そ、そうなの?…ごめん…これからは、もっと唯香に話しかけるよう心がけるよ!」
「そうじゃ…ないんだけど…もういいわよそれで…じゃあ、そうしてくれる?」
「うん。任せておいてよ!」
何だか唯香に呆れ顔をされてしまった気がするけれど、もっと話しかけて良いと言われたのは素直に嬉しかった。話しかけられるのは強いて言うなら嫌寄りかしら。みたいに言われるものだと思っていたので少し予想外ではあるけれど、何となく、唯香からも僕と関わろうとしてくれているのが嬉しくて、彼女に笑顔を向けてしまう。
「んっ…な、なな、何笑ってんのよ!?」
「ん〜ん〜、別に、何でもないよ」
「あと、そっちの2人は要らないから…」
「うん。わかった。しっし…」
僕は虫でも払うように友人2人を追い払う。
「テメェ…ダチにその態度かよ…」
「嫌われちゃったね〜」
「それよりもいいのかよ。妹に言われるがままでよ。お前には、兄貴としてのプライドはねえのかよ幸守?」
そんなものクソの役にも立たないからね。
「しっし…エンガチョ…よし、これでもう大丈夫だよ唯香…テルとは縁は切ったから!」
「俺たちの友情その程度だったのかよ!?」
「そこまでしなくてもいいわよ…」
そこまでしなくても良かったのか。でも僕は照明君との友情と、唯香との親密度、どちらを取るかと言われたら照明君を蹴っ飛ばして当然のように唯香との親密度を取るだろう。
照明君との友情で源治郎さんの幸福は買えないからね。仕方無いね。打算まみれと言われようと、僕は唯香を優先するさ!
「じゃあ、明日から友達再開にしようか?」
「今仲直りしようぜ!?」
それはちょっと面倒臭いかもしれない。
「また明日ね新園さん!」
「ほいほい、またね幸守君」
「何で俺だけエンガチョされて、ユミリンはエンガチョされてねえんだよ!? この差は何なんだおい? 何か知ってんだろユミリン?」
「え〜、いくら出す?」
「情報料取るなよ友達だろうが!?」
照明君と新園さんに挨拶してから、僕は2人のショートコント『俺だけエンガチョ』を無視して唯香と2人での下校を決めた。
「お待たせ唯香…2人切りだね!…」
「ふ、2人切りっ!?……そ、そう……そうね! 2人切りね……2人切り……」
何か不味かっただろうか?
新園さんを呼んで来た方が良いのか?
新園さんの方を見ると、しっしと手を払われてしまっている。新園さんにはまた明日と言ってしまったし、今更やっぱり3人で帰らないかと提案するのもおかしな話だ。というかそんなこと言ったら、御一緒に照明君も如何ですか。今なら無料サービス中です。勝手に付けておきました! と言われてしまう。それは論外だ。
「…嫌だった?」
唯香の顔色を窺う。覗き込むようにして尋ねてみると、彼女は頬を赤くしながら警戒心剥き出しのバックステップを踏んだ。
「にゃっ! ち、近い! 顔が近いのよっ!! もう少し距離の詰め方も勉強しなさいよ!」
「…え?…そんなこと言われても……兄妹の距離感って、どんなものなの?…」
「そんなこと私が知るわけないでしょ!」
「うん。僕も知らないしそうだよね…」
「こらこら〜、設定思い出しなよ御両人?」
端から見ていた新園さんから呆れた声の援護射撃が飛んで来た。忘れていた。僕たちはこれでも兄妹ということになっていたんだ。
兄妹か。道の先に見知らぬ兄妹を発見する。
「おにいちゃん。て〜」
「しょうがないな〜。はなすなよ〜」
なるほど。あれが兄妹らしい。
唯香もたまたま同じ光景を目撃したようで、僕の手に視線が向いている。
「唯香…帰ろうか?……」
「……う……うん……幸兄……………」
「おい、唯香ちゃん乗ったぞユミリン…」
「乗ったね? これもうデレ期だね〜…」
外野が五月蝿いせいで赤面した唯香が手に渾身の力を込めて、僕の手をぐしゃっと握り潰す勢いで繋いで来た。痛い。痛い痛い痛い。たぶん本気出せば返し切れるけど、力を入れたら今度は唯香の手が潰れちゃうよ!?
「か、帰るっ!!…さっさと帰るわよ!」
「あっ、はい…唯香? もう少し、力を抑えてくれると嬉しいんだけどね?…」
「うるさい!!」
ぐしゃっと、僕の手がへしゃげる音がして、水城院 幸守の情けない悲鳴が木霊した。
水城院さん家の幸守君は経験から学んだ。
妹と手を繋ぐのは、とても危険である、と。




