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第18話 恩には恩を


気を失ったまま近くの病院へ搬送された僕は直に目覚めて、軽い手当てを受けただけで、次の日の朝には難なく無事退院となったのだが、額にはそこまでしなくてもと思う程の大げさな包帯が巻き付けられてしまった。


「や~い! ミイラ男~! だはははは!」


ミイラ男に失礼だ。これくらいの包帯している人、病院にはいくらでも居るだろう。


「大丈夫かね幸守君? それにしても、幸守君はよくケガをするね〜」


日曜日だというのに、わざわざ病院までお見舞いに来てくれるなんて友達甲斐のあるクラスメートである。新園さんと違ってバカ笑いしている照明君はだいぶ不謹慎だが、心配はしてくれていたみたいなので良しとしよう。


「2人とも、わざわざ見舞いに来てくれてありがとう…」


一応お礼は言っておくが、暇なのかな?


「朗報だぜ幸守! 和奏ちゃんは家の用事で今日は来られないってよ!」


嬉しそうに何を言うかと思えば、別にこの程度のケガなんて心配してもらう程のことではない。1日経過観察も、少し大袈裟なのではないかと思う。病院のベッドを1つ、1日占領してしまうなんて申し訳無いことをした。


今回は受け身を取るわけにはいかなかったから仕方無いか。そんな余裕も無かったし。


「別に来なくても良かったのに…見た目程大したケガじゃないんだから……いや、本当に全く大したケガじゃないんだよ? この包帯だって、何なら今すぐ外したって、もーまんたいなくらいには………ね?…」


「………………………」


今にも泣き出しそうな罪悪感溢れるその表情に何を言えば良いかわからなくなる。唯香まで来てしまったか。彼女の性格からしたら当然なのかもしれないが、折角の休日を僕の出迎えで潰させてしまって、申し訳無い気持ちになるのはこちらの方だ。


「……唯香…ケガは無い?…」


「ケガしたのは私じゃないでしょ!!」


「そ、そう…ですね……かすり傷だけど…」


「背中の傷は剣士の恥だぜ幸守!」


照明君はちょっと黙っていてくれるかな?


空気を読んだ新園さんが照明君に何やら耳打ちして、青ざめた照明君が大人しくなり、新園さんに手首を引かれて少し距離を取るように、とぼとぼ歩いて行く。


何を言われたのやら…。


「…幸兄…本当に、ごめんなさ…むっ!?」


人差し指を彼女の唇に押し当てて、僕は強引に彼女の謝罪をキャンセルする。


彼女に謝られるような事ではない。むしろ、僕の方が彼女に謝っておくべきなのでは?


僕に巻き込まれて、唯香にまで怖い思いをさせてしまったわけだし、謝られると僕の罪悪感が増すのでもうやめてほしい…。


「ケガは無さそうだね。巻き込んでごめん。唯香が謝るような事は何もなかったよ…」


「そ、そもそも私がっ!!…はぅ…」


黒髪ツインテールの義妹の頭に手を乗せ、ぽんぽんと優しく叩く。


僕にとって、僕のケガなんてものはどうでもよいことだ。そりゃ、動かなくなる程のケガは困るけれど、治るなら別に問題は無い。所詮は使い捨ての肉体に、使い捨ての人生だ。何も問題は無い。


いや、源治郎さんやナユタに心配をかけるのは良くないかもしれない。源治郎さんに怒られるとへこむし、ナユタに泣きながら飛びつかれでもしたら二次被害になりかねない。


ともあれ、見た目程大したことは無いので僕は自分の足で水城院家のお屋敷に向かって歩き出す。自分の口から源治郎さんに何ともないですと報告しておかなければならない。


「お屋敷に帰ろっか…唯香……」


「……何で、何でそんなにへらへらしていられるのよ?…少しは私を責めなさいよ…バカ……」


少し歩いたところで振り返ると、唯香が小声で何か言って来たような気がしたけれど聞き取れなかった。何だかプルプル震えてこちらを睨んでいるのだけれど…。


頭ぽんぽんはやらかしだったか!?


泣き出しそうな子供を、よしよしと、あやすようにしてしまった…。


お、怒ってる?


流石にここで怒りの脳天かかと落としを貰うわけにはいかないので、僕は唯香の鋭い視線を見なかったことにして、そそくさと水城院家のお屋敷へ急ぐことにした。




「どうしてそんなに優しいのよ……」


幸守の背を見詰める唯香。そんな彼女を眺めていた 照明と弓莉は互いに顔を見合わせて、ニヤリと微笑むと、打ち合わせたかの如く動き出す。悪ふざけは2人の十八番である。


彼らは退屈していたのだ。身の回りで巻き起こる面白いことが大好物なのである。


退屈凌ぎに幸守のお見舞いに来ていた照明は黒髪ツインテールの後輩の側まで近付くと、幸守に聞こえないように呟く。


「唯香ちゃん。幸守に、命の! 借りができちまったなぁ~。命の借りが! それも2回分だぜおい…わかってるのか〜?」


「うっ…」


横断歩道でトラックに跳ね飛ばされそうになったのを助けられた件と、今回の堤防での出来事だ。今回の件は命に関わるような事ではなかったとは思うけれど、借りは借りだ。自分を庇って病院送りになっている。間違い無く借りだと唯香はそう思った。


照明同様、退屈凌ぎで幸守のお見舞いに来ていた新園 弓莉も金髪頭の問題児に続き、お友達の妹ちゃんに追い討ちをかけて行く。


「そうだね〜。幸守君はああいう性格だからね~。唯ちんを心配させまいと、本当は凄く痛いのを、我慢していると思うんだよね〜。うんうん…ちらっ…」


何の根拠も無い嘘を真に受けてしまう程度には動揺している唯香は更に落ち込む。昔の偉い人は言いました。女を落とすなら、弱っている時が効果的だと。


チャーンス! と言わんばかりに悪い先輩2人は後輩の少女にとある提案をする。


「ここは、鶴の恩返し大作戦だな!」

「幸守君を癒すにはそれしかないさね!」


「……恩返し?…」


白沢 和奏がこの場に居れば、水城院 唯香がもう少し冷静に物事を考える余裕があったのならば、2人のゲスい企みなど看破できていたはずなのである。


しかし、何とか義兄に借りを返したい唯香は悪魔の囁きに耳を貸してしまうのであった。


「……恩返し…」


「そうそう! 大事だぜ〜!」

「恩には恩を。仇には仇をだよ〜!」



後ろで何やら落ち込む唯香と、照明君、新園さんの3人が話し込んでいたようだが、義妹を励ましてくれていたのだろうか。心なしか元気が戻って来ているような気がする。


水城院家のお屋敷に戻って来た僕と唯香はお屋敷勤めのメイドさんである緑髪の美少女、ナユタに正門を開けてもらい、屋敷の中へと足を運んだ。


久々に正門を使った気がした。


今日は一刻も早く源治郎さんにケガが大したことは無かったと伝えるため、裏門に回る手間を省いたのだ。流石のナユタも僕にトドメを刺す殺人タックルでお出迎えは…。


「幸守様ぁ~!! 報告は受けております! あまり無茶をなさらないでください!!」


ギリギリセーフでタックルは無かった。出迎えてくれたナユタがマジ泣き寸前の表情だったので、頭ぽんぽんをして慰める。唯香は嫌がっていた気がするが、ナユタにはこの手がとても有効だ。たまに効き過ぎて、そのまま夜這いに来ることもあるが、今はまだ朝なので問題は無いだろう。無いよね?


「心配かけてごめんねナユタ。でも大したこと無いからさ…」


「えい!」


ぴとっとケガをした額の端に手のひらを押し当てて来るナユタさん。大したことは無いとは言ったがケガはケガだ。痛いものは痛いのだ。僕の情けない悲鳴が木霊する。


「あぐぅあぁあ~? 何するのナユタ!?」


ピンポイントで傷口をタッチするメイドさんは実はMではなくSだったのだろうか?


そんな光景を目にした唯香は悪い先輩2人の言葉を思い出してしまう。


本当は痛いのに平気な振りをしているのだ。水城院 幸守は優しい人間なのだ。


唯香はすかさず幸守を守るように緑髪のメイドさんとの間に割って入った。胸が大きくて邪魔で割って入るのも無駄に一苦労だ。


「何してんのよ! ケガが悪化したらどう責任取るつもりなのよ!? 幸兄はケガ人なんだからふざけないでよねっ!?」


「ナユタは幸守様がケガをした原因を既に風の噂で知っているのですが、唯香様がそれを言いますかぁ~? そうですかそうですか〜」


「うっ!…そ、それは………だって……」


「ああ、なんてことを。折角少しだけ唯香が立ち直って来たところだったのに…」


「甘やかすのでしたら、ナユタだけにしてください幸守様ぁ! ナユタでしたら、いくらなでなでしても嫌がったりしません! ついでにいくらでもこの胸をなでなでしていただいて一向に構わないのですよ〜!」


「ちょっと何言ってるのかわからないんだけど理解した。新園さんだな! 新園さんがナユタに告げ口したんでしょ!? 何かいつの間にか照明君も新園さんも居ないしさ!?」


「ナユタのメイドアイは御主人様であらせられる幸守様の全てを見透かせるのです!」


「ちょっと何言ってるのかわからないや。気にしちゃダメだからね唯香…」



「…………………うぅ……」


元はといえば、全て自分が悪い。自分がふざけたせいで、私と幸兄が土手を転がり落ちることになり、幸兄は私を庇って額から血を流す程のケガをしてしまったのだ。


我慢しているけれど、本当に平気だったのなら幸兄ならその場で直ぐに立ち上がりそうなものなのに、それすらできない程の痛みを受けていたのだとしたら、それは本来、私が負うべきだったはずの痛みだ。


「……………………」


心の傷を抉られた唯香が俯いて震えていることに気付いた僕は、不意に彼女の頭に手を乗せてしまった。乗せてから気付く、またやっちまった。しかし、やっちまったものは仕方無いので誤魔化すように撫でておく。


「…………………………」


やっちまった!! どうしよう。後が怖い。


「幸守様ぁ〜! ナユタにも〜」


頭を差し出して来るナユタだが、彼女はお元気いっぱいなので勘弁してもらう。


「そ、それよりも、源治郎さんに安否の報告をしてこないと…ナユタ、源治郎さんは?」


「書斎に居りますよ!」


「そっか。わかった…ありがとう。ナユタはお仕事に戻りなさい…」


「幸守様の御命令とあらば! 幸守様、お風呂は沸かしてありますし、お昼の支度もできています! 他にご用があれば何なりと申し付けくださいなぁ~! 心の中で来いと呼んでいただければナユタは直ぐに馳せ参じます!」


僕の心に盗聴器でも取り付けているのかな?


スッと頭を下げるなり、ナユタは屋敷の奥へと消えて行く。ああ見えても多忙な子だ。驚くべきことだが、ナユタはたった1人でこのお屋敷の全てを管理している。


このお屋敷にナユタ以外の使用人が存在しないのは、存在する必要が無いからだ。1人で使用人10人分の働きをしているハイパーメイドさんならば、心の声に反応することなど造作もないのかもしれないね。


「ナユタも悪気は無かったと思うんだ…」


「……わかってるわよ…」


フォローは入れておいたけれど、唯香の気は晴れない様子だった。彼女のことは気になるけれど、先ずは源治郎さんに自分の口から無事を報告しに行かなければならない。


源治郎さんを安心させてあげなければ…。



水城院家の現当主であり、僕にとっては養父でもある源治郎さんに背中の打ち身も、額のケガも大した事は無いと報告した後、昼食の前にひと風呂浴びて来ることにした。


土手で気絶した後、病院に運ばれて安静にしていたせいで1日身体を洗っていない。少々自身の体臭が気になり始めて来た。


そんなこと気にしたこと無かったのに、何故夜まで待てなかったのだろう。別に夕飯前に入れば良かったのに…。


ナユタに誘導されたからか。それとも、唯香に臭いと思われたくないからなのか。確かに唯香に臭いと言われると、今度は精神にダメージが及ぶ可能性は否定できないな。


これは自己防衛本能の一環だ。


そういうことにしておこう。うん。


「お風呂に入るの幸兄?」


ビクッと肩を竦めて後ろを振り返る。僕が源治郎さんの部屋から出て来るのを待ち構えていたように見える。先程の頭なでなでの報復が早速来るのだろうか。集中して対処だ。


「…ゆ、唯香…どうしたの?」


「幸兄は、どうして私の声を聞く度に怯えるのよ? その冷や汗は何なのかしら?」


「何となく、怒られる気がして…」


「幸兄は、怒られるようなことはしてないわ。私に幸兄を怒るような資格無いもの…」


予想外に報復が無い。これは、相当まいってしまっているな。僕にも落ち度はある。土手の風が強いことを知っていたなら、行く前に話しておけよという話ではあったはずだ。


「そんなこと無いって、土手に行く前に注意しておくべきだったよ…ごめんね?……」


「それは、確かにそうね…」


おっ!? ちょっと調子が戻って来たかな?


それはそれで怖いけれども。


「幸兄はこれからお風呂? そ、そうよね。1日お風呂に入ってなくて臭いものね?…」


「義妹よ。そこはもう少しオブラートに包んでくれても良かったんじゃ…すんすんすん……自分ではよくわからないけど、うん…確かに少し汗臭い気がするかな?…」


「すんすんすん…汗臭いわね!…」


義妹に体臭を嗅がれてしまった…。


この子は何をしているのかな? 普通そういうこと嫌がってしないんじゃないかな?


「べ、別に嫌なニオイではないけれど、汗を流しておくべきだと私も思うわよ…」


「う、うん…そうだね。そうするよ……」


美少女からの言葉の刃。臭い。不潔。からのキモい。までコンボを繋がれていたら僕の命が無いところだった。どうやら僕は、紙一重のところで精神的一命を取り留めたようだ。


さっさと身体を綺麗にして来よう。




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