第16話 ベストプレイス
「…くそっ! おいこら幸守!? お前もう少しは感情を込めて歌えよ!? 何なんだ今のイライラ棒みたいな歌い方はよ〜! 無難な送りバントかましてんじゃねえよ! 出直して来やがれこのすっとこどすこいが!」
僕は突っ張った覚えは無いのだが。
感情を込めろと言われても。感情込めて歌った結果が66点の照明君に何の説得力があると言うのだろうか?
君こそ最低でも機械くらいには評価されるように出直して来るべきでは?
「じゃあ、僕の勝ちだったから、僕の分の会計もよろしく頼むよ!」
「だにぃ!? そんな約束してなかっただろうが勝ったからって調子に乗るなよ!? 俺様が幸守に真のカラオケを教えてやるぜ!!」
どうしよう。微塵も興味が無い。
後は唯香と和奏ちゃんが満足するまで、彼女たちの歌声に耳を澄ませていたい。ジャイアニズムリサイタルにお金を払うなんて、そんなマゾ趣味は無いので、お金を払ったのであればせめて美少女の声で安らかな気持ちになりたい。そうか。それじゃあそうしよう。
「わかったよ。割り勘はする。でも、テルは僕に負けたんだから罰ゲームは受けてもらわないとね。テルにはこの、名誉ある1日タンバリン保有権を譲渡するよ!」
「た、タンバリンだと…お前、まさか、俺様に一生歌わせない気だな!?」
今日1日と言ったのに。それともなんやかんやで照明君の生命は今日までなのだろうか。彼は良い奴だったよ。愛すべきバカ野郎だった。
というか、タンバリンなんてカラオケ店の個室に置いてあるものなんだね。歌を歌えない音痴のための配慮なのだろうか。気遣いを忘れないこの国らしい配慮だ。
「そんなものがあったんですか!? お兄さん!? 私もタンバリンやりたいので私とも勝負してください!」
和奏ちゃんもタンバリンを鳴らしたいらしいので、照明君1日タンバリン署長の刑は取り止めることにした。天使の救済である。
「もちろん。はい、和奏ちゃん」
「ありがとうございますお兄さん!」
「タンバリンで和奏ちゃんの点数を稼ぐんじゃねえよこの野郎!? 2股野郎!」
僕にどうしろと言うのだろう?
1股すらしていないのだけれど?
初見のカラオケで場の空気を悪くしてしまったかなと思ったけれど、白熱のカラオケバトルはその後も続き、唯香と和奏ちゃんがどうにか冷めた場を盛り上げ、巻き返してくれた。頼りになる義妹と天使様である。
2人の後輩のデュエットを聴きながら、新園さんの話にも耳を傾ける。傾けないといけない案件なのかな。後にしてほしいな。80年後とかにしてほしい。
「幸守君の歌はさ…音程もほとんど完璧だったし、教科書通りに歌えていたと思うよ…」
絶賛じゃないか。じゃあ良くない?
「でもさ〜…透明過ぎるんだよね。テルテルの言ってた通り、感情というか、幸守君の色が全く見えて来なかったというか…人が歌っているよりは、機械が歌っているように感じたというか……冷たい歌に思えたよ……」
「………………冷たい歌か………」
機械が採点すれば僕の圧勝。でも、人が採点していたのならば、僕はきっと、唯香や和奏ちゃんには遠く及ばないのだろう。下手過ぎて照明君にはそれでも勝ってそうだけど。
「ありがとう。ニュアンスは何となく伝わったよ。確かに、そうだったかも、つまり今度は、感情も作って歌えばいいってことだね。難しそうだ…」
「…普通のことを難しそうに言うね~。まあ、そこで私にキレないところが、幸守君の良いところだよね…」
「キレる要素あった?」
「テルテルならキレてたでしょ?」
確かにと頷いてしまう。
でも僕は、僕の色を思い出せない。
水城院 幸守の色はどんな色なのかもわからないから、ただ機械受けが良いように、通りの良い歌い方をして点数だけを手に入れた。
僕が歌い終わった後に、唯香と和奏ちゃんが微妙な表情をしていたのはそのせいか…。
これじゃダメなのか?
「もう、歌わない方が良さそうだね」
「そうかね〜?」
新園さんが唯香の方へ視線を誘導する。
「幸兄、今度は私とデュエットね!」
「ズルいですユイ! お兄さん! 今度は私とデュエットしてください!」
何を仰っているのだろうか?
「え、えっと…いや、でも僕、教科書に載っているような曲しか知らないし…」
いや、そんなことも無いか。大好きな歌なら1つある。知名度はそんなに高くはなさそうだけれども。シューティングスター。とにかくカッコ良いと思った歌だった。
照明君が呆れ果てた顔で言う。
「天然記念物かよお前は…」
うるさいな。仕方無いだろ。それは僕の人生に必要なことだと思っていなかったし、仕入れる必要性を感じないものだった。けれども…僕という人格を作るのに、何ら影響を与えていないものとは思わない。歌の力を侮っているわけではない。ただ、僕には不要だと思っていただけだ。
それに、場の空気を悪くしたくないし…。
よし、ここは例の気遣いアイテムに助力願おう。
「ぼ、僕もタンバリンをっ!…」
「はい。却下!」
行動を先読みしていた唯香に下手くその逃げ道であるタンバリンを掬い上げられた。そのまま人差し指で器用にタンバリンをくるくると回している。
唯香さん? それを貸して。良い子だから。
「私とデュエットするの! その後は、和奏とデュエットよ!」
「はい! その後はトリオもやります!」
「…え、え〜…………」
「面白そうだね〜。最後はカルテットと行こうじゃないか! 幸守君は、どんどん歌った方がいいよ! どんどん歌ってテルちんのように盛大に恥をかき、自分の色を手に入れて行けばいいんだよ! テルちんとは比べるまでもない確かな素質があるんだから!」
「俺様今さらっとディスられてね?」
「僕に、テルのように恥の上塗りを重ねて自分の色を手に入れろってこと?…」
そもそも自分の色って何?
学園から真面目な好青年との評価は受けている。教師受けも良い。それが、僕の色ではないのだろうか?
「お前らは俺のことを傷付けなきゃ会話もろくにできねえ鬼畜なのか!?」
今はそうだと言っておこう。心の中で。
「最後は皆で四重奏か…それ、いいね…」
「おい待てや、誰か1人を、忘れてる」
見事な五七五を華麗にスルーして、僕は唯香から受け取ったタンバリンを五七五職人に手渡した。これは君が相応しいと言いたげな顔に照明君が苦虫を噛み締めたような顔をするが、今のところカラオケの採点が1番低いのは彼なので仕方が無い。カラオケ採点マシーン大先生がそう言っているので仕方が無いことだと思うんだ。ドンマイ。
「わかったよ! 僕もワイルドを手に入れることにするよ! 頑張ってみるよ!」
「こうして機械に心が宿るのじゃよ…」
誰だい君は? 新園さんが意味のわからないことを言っている。僕は誰がどう見ても正真正銘の人間だ。原動力は電気でもなければ石油でもないのだから。
「喉が潰れるまで歌うわよ幸兄!」
唯香がとても楽しそうなので、僕も彼女に付き合うとしよう。
「わかった。テルも頼むよ! 腕が上がらなくなるまでシャリンシャリンは任せたよ!」
「よ、よろしくお願いします。先輩…」
誰が任されてやるかというヤンキーフェイスをしていた照明君も、美少女の和奏ちゃんに上目遣いで頼まれては断れなかった。男とは単純馬鹿な生き物であるということだ。
「ジャラ◯ンガだ。俺様がジャラ◯ンガだ!」
ちょっと何を言っているのかよくわからなかったけれど、ジャランジャランは照明君が引き受けてくれるらしい。彼自身がタンバリンらしいので。
「最後まで楽しみましょうね幸兄!」
「うん。そうだね…」
今日は楽しもう。空気を壊さないように。
鳥羽園学園の裏通りを進んだ先に、とある少年のベストプレイスがあった。
そこはこの街一番の桜の名所でもあり、幅広の川が流れ、堤防には満開の桜が咲き誇り、土手独特の強い春風が辺り一面に桜吹雪を舞い散らせていた。春一番は過ぎ去ってしまい後は散り行くのを見守るのみだ。
花見をするには風が少し強過ぎるため、土手で寝転び鑑賞するにはオススメできないポイントではあるのだが…強風を気にしないのであればこれ程心地良い桜吹雪を感じられる場所も無いだろう。
傾斜のある芝生に寝そべり表情を変えずに風に吹かれている少年、梶原 将隆は水城院 幸守が高校1年生の時に知り合い、意気投合した友人の1人である。
将隆は基本的に無口で無愛想、友達付き合いよりも1人黄昏る時間を大切にする老人のような生き方をする少年だった。
傍らには、ほうじ茶の入ったペットボトルが置いてある。風に煽られ倒れてしまっているが、自身を壁にしてペットボトルが転がっていかないようにしていた。
数時間同じ場所で桜を眺めていたためか、彼の寝そべっている辺りには桜の花弁が身体につっかかり溜まっている。
「…お萩…食いたいな……」
グゥーと腹の音が鳴る。朝の11時から日が落ちようとする夕暮れ時まで、彼はずっとこの場で暇を潰していた。動かざること岩のごとしである。
何もしていなくともお腹が空くのが人間だ。
そろそろ帰ろうか?
将隆がそう思うと同時に携帯電話から友人に勝手に設定された陽気なメロディーが流れて来る。ビックリするのでやめてほしい。
携帯電話をズボンのポケットから面倒くさそうに取り出した将隆は簡潔に尋ねる。
「誰で何だ?」
のほほんとする将隆に対して、電話先の人物のテンションは最高潮だったという。
「俺様だっ! おうおう! 今盛り上がってっからマサも来いよバカヤロ~いっ!」
「…何だ…俺様詐欺か…」
短く呟いて躊躇無く、ピッと通話を切断する将隆だが、その携帯電話はまだ最後まで用件を伝えていないだろうとばかりに再び五月蝿く鳴り出すのであった。
「おまっ! 声で誰かわかるだろ? 容赦無く切るなよ! せめて用件をだなぁ~」
「…今日は風が気持ち良いんだ。ここから動く気は無い。お茶が残り少ないから、ほうじ茶と一緒にお萩を届けてくれたら嬉しい…」
一方的に用件を伝えて、ピッ! と再び通話を切る将隆だが、期待など全くしていない。
3度目の同じメロディーが鳴り響いて、将隆は面倒くさいそうに再び電話に出てみた。
「いちいち切んなっての! んで、今カラオケに居るんだけどマサもどうよ! 男2の女3なんだわ! 俺は和奏ちゃんとよろしくやるから男枠1つ余ってんだよ。だからマサも来てユミリンの相手をしてやってくれよ!」
カラオケ? 合コン?
「桜を眺めてる方が俺は好きだな…」
電話先の金髪猿は『桜』という単語から将隆の現在地を想像した。地元では有名な場所なので彼が鳥羽園学園の裏道から続く土手に居ることは容易に見当がつく。
「んだよ。そう遠くねえじゃん!」
「50歩圏内から検討する…」
「おまっ! 面倒臭がりにも程があるだろ!? もうちっと頑張れよマサ…じゃねえとお前だけ彼女ができずに3年間終わるぜ?」
「…知っているか?…学生の頃の恋愛が実を結ぶ可能性は極めて低い……蛇足だな…」
「枯れてんなぁ~。ああ、そうかよ。相変わらず省エネモードだなテメェはよ…」
「やる時にやることをやればいいだろ…」
「何を当たり前のことを言ってんだよ? 悪いなお前ら。マサの奴、悟りを開くのに夢中でこっちには来ねえってよ」
「もうそろそろお開きにしようか? テルも、マサの説得に失敗したみたいだし…そろそろ引き上げないと本当に喉が潰れちゃうよ……」
電話の向こうから幸守の声が聞こえる。
幸守がカラオケとはこれ如何に?
1番嫌がりそうな場所ではなかろうか? 幸守ならば、意味の分からない理由でバカみたいにお金を取られるから、そんな場所には行きたくないと言いそうだ。
「結構使っちまったぜ。また引っ越し屋のバイトでも探して小遣い稼ぎしねえとな。幸守もどうだ? 力仕事だが日給はかなり良いぜ!」
「僕はいいよ。お金はそのうち稼ぐけれど、今はアルバイトはできないんだ…」
「そうか?…んならマサはっ……」
ピッ!
携帯電話の通話を切る。
幸守は心なしかいつもより楽しそうな声色をしていた。気のせいかもしれないけれど…。
義妹のことで悩んでいたけれど、何かしら解決したのなら良かった。俺の出番は無さそうだ。本当に良かった。もう一眠りしよう。




