第15話 カラオケ
暇だし。別に構わないんだけどね。
水城院 幸守は義妹の唯香と後輩の和奏の頼みにより、彼女らの買い物に付き合わされる事になってしまった。
日用品を買い揃えたいと言う唯香。両手をフリーにしたいため、都合の良い荷物持ちが欲しいのだろう。美少女2人の頼みを断る理由も無かったので二言返事で了承したまでは良かったのだが、ショッピングモールに向かう僕たち3人の後ろには、お呼びではない2人の影があった。
僕も僕だが彼らも彼らだ。
「ねえ? テル、新園さん…暇なの?」
違うよ妹! 僕は2人を呼んでいないしショッピングをバラしてもいない。おそらくこれは情報マニアの新園さんが独自のルートで突き止めたものだろう。学園での会話は基本的に新園さんに筒抜けだと思った方が良い。
彼女は本当に目の届く範囲での出来事は何でも知っているからね。ゴシップが大好きなんだ。ゴシップと言っても、譲れる系のゴシップがね。
「抜け駆けは許さないぜ心の友よ!」
「ネタの提供ありがとうございま〜す!」
「2人とも帰ってもらえるかな? ここは僕に任せて先に行ってくれていいからさ…」
誰が呼んだか、鳥羽園学園の小悪魔こと新園さんにネタの提供なんかするものか。僕は照明君のように、そう簡単には脅しのネタを掴ませたりしないぞ。
「本当はマサちんも誘ったんだけどね~」
「けっ! アイツは興味ある事でしか動かねぇよ! 女に興味無さそうだしな!」
「本命は幸守君だもんね~!」
「だはははは! だよなぁ〜!」
本人が居ないから言いたい放題だ。
「新園さん冗談は止してよ… 僕は普通に女の子が好きだしさ……え?何? 近い近い…」
照明君と新園さんが僕に詰め寄る。
「どっちが本命だよ!?」
「それともお屋敷のメイドちゃん!?」
新園さんはナユタのことも知っているんだよね。友人をお屋敷に招待したことは無かったと思うんだけどね。源治郎さんに、迷惑がかかると思ったからね。本当に、いったいどうやって調べ上げているのやら。
「幸兄! 早くしてよ。置いて行くわよ!」
「お兄さんバスが出てしまいます!」
「あっ、うん。直ぐに行くよ!…」
唯香は僕の友人の同行を多少嫌がっているようだったけれど、たまたまばったり出会してしまった照明君も新園さんも、それじゃあ俺たちはここでと言って、素直に別れてくれるような人ではないんだよね。
「2人とも、付いて来るなら唯香と和奏ちゃんの邪魔はしないでよ? 絶対にだよ…」
「しないから安心しろよ! 何なら荷物持ちも手伝ってやんよ。見ろ! 美少女の荷物を長時間持ち続けるために鍛え上げられたこの俺様の上腕二頭筋! ふんむぅ!!」
無駄に立派な膨張した筋肉だ。もう少し将隆君のように鍛えながら引き締めた方が良いと思うけれど、僕のアドバイスなんか聞くような男ではないだろう。無駄は省略。
「結局、本命はどっちなのさ? 全く、幸守君はモテるくせにいつもそうやって誤魔化すんだよね〜」
「別にモテてなんかいないよ。確かに僕はテルと違って何度か学園の女の子に告白されたことはあるけれど…」
「おいこらテメェ何故俺様と比較した?」
「そんなの…僕が水城院 幸守だからだよ。…外見大したこと無いのに中身も知らず、それでも僕と付き合いたい理由なんて誰がどう見ても明らかじゃないか。そんなもの、単細胞でもわかるよ…ねえテル…」
「金づるにしたいんだろうな〜……ちょっと待て幸守…テメェどさくさに紛れて俺のことを単細胞扱いしてなかったか?」
「それは気のせいだよ! そんなことより、早く追いかけないと唯香たちを見失っちゃうからこの話はここでおしまい!」
「え〜!? 幸守君って恋愛とかしないの?」
新園さんがつまらなそうな顔をする。
「…恋愛って……別に………そんなの、したい人がすればいいんじゃないかな……」
女の子のことを可愛いとか、美人だなとか、そう思うことはあるけれど、だからどうなりたいと考えたことは無いな。
意識したところで無意味だから…。
無意味だと思った瞬間に冷めてしまう。
だから僕は、一生恋愛なんてしないんじゃないかな。あるいは…まだ…恋愛に発展させたいと思ったことがないだけなのかもしれないけれど、僕と付き合う子は、きっと不幸になるだろうから、僕は生涯独り身で構わないと思っているよ。
「したくてもできてない俺様への嫌味か?」
「だったら、この機に頼りになる男アピールでもして来たらいいんじゃないかな? 僕の分まで荷物持ち頑張るとかさ!…大丈夫、僕はテルの引き立て役として、荷物持ちすらこなせない頼りにならない男を演じるよ!」
「幸守! お前、良い奴だなぁ!! よっしゃあ任しておけ! 重たい荷物は全部この俺様の上腕二頭筋で支えてやるぜ!」
よし、今日は想定より楽ができそうだ。
利用できる者は利用しないとね。
この街に来てから数日、まだ足りていなかった日用品の買い出しを済ませた唯香と、彼女に付いて来た4人はたまの休日を精一杯満喫するために次なる目的地へ向かった。
1日空けたため、どこへなりと付き合う予定だった僕が訪れた場所は、未だかつて訪れたことのない若者に大人気なあのお店だ。
密室に入り、わいわい騒ぎながら歌を熱唱するだけでお金が消えて行くという、僕にとってはそれが何故、商売として成り立つのか意味不明なお店でもあるのだが、成り立っているのだから仕方が無い。
「ドリンクバー高過ぎない? こんなのお金が、勿体無いと思わない?…僕は水でいいよ。この国の水はタダだし。タダなのに美味しい。タダ最高…」
「金持ちのセリフじゃねえな〜! 全くお前って奴は貧乏臭い奴だぜ! あるもんは使わなきゃ損だろうが!?」
照明君はそう言うが、僕には僕の縛りがある。
「だから、お金持ちなのは僕ではないから。僕はなるべく源治郎に貰っているお小遣いを使いたくはないんだ。いずれ、全額返済する予定だし…借金が増えるみたいで、何か嫌だ…」
「…………………………」
唯香に聞かれてしまったか。別に隠すことではないので構わないか。
「何言ってんだ幸守? 親から貰った小遣いを全額返済する前提で生きてる高校生がどこに居るってんだよ! 俺はしないね! オカンから貰った金は全て俺様のものだからな!」
それはまた親不孝な考え方だ。
「そうだよ幸守君。源治郎おじ様だって、そんなつもりで幸守君にお小遣いを渡しているわけじゃないでしょ〜に!」
新園さんもそんなことを言われる。
それは、源治郎さんの立場からしたらそうかもしれないけれど。必要じゃないことにまで資産を使わせたくはない。例えそれが、源治郎さんにとって大した金額でないのだとしてもだ。それは本来、僕のために使われるお金ではなかったはずだ。
「僕のことは気にしなくていいから…ほら、2人も次の曲入れたら?…えっと、何だっけ? 錆びついたマシンガンで今を撃ち抜くんだったっけ? 物騒な歌だね。ほら、頑張って美声アピールしないと…微生物だけに…」
「おお、そうだな!……おい待て、テメェ今俺様のことを単細胞と言わなかったか?…」
もう少し声を抑えるべきだったか。
それよりも、僕の皮肉を理解されるとは思わなかった。次からはもう少し捻りを加えてバレないようにしよう。
和奏ちゃんの癒し系ボイスから放たれるラブソングにほっこりしながら、僕は軽く拍手を送る。カラオケが商売として成り立っている件に関しては理解できないが、カラオケで美少女がラブソングを歌っているのを聴けるというコンテンツとしてならば多少は理解できる。悪くない。
あまりにも、人によるところが大きいと言いたくもなるが、唯香や和奏ちゃんがカラオケで楽しむ姿を見られるなら、高い買い物とは言えないだろう。ドリンクバーのぼったくり金額には納得できていないけどね!
「ねえ幸兄!? どうしたの〜? まだ1曲も歌ってないわよね。ひょっとして、ショッピングで疲れちゃったの?」
隣に座っていた唯香に詰め寄られ、顔を覗き見られる。何だか急に近いな。いつもよりもテンションが高いし、上機嫌だ。近くで見るとやっぱりというか、源治郎さんの孫娘さんは美少女だなとつくづく思う。彼女の黒髪ツインテールからは何だか良い匂いもするし…。
もっと普段から笑っていればいいのに。その方が可愛くて良いと思う。魅力的だ。……僕は何を考えているんだ?
慣れないことをして思考がおかしくなっているのか?
「大丈夫。疲れてないよ」
「唯香ちゃん! コイツ音痴なんだよ! だからさっきまでカラオケに反対してたんだぜ! 音痴でも、俺たちは友達を笑ったりしないってのにな〜! ほら、握れよ幸守〜!」
照明君め。単細胞扱いしたことへの報復か。確かに僕は音楽にそれ程興味は無いけど、学園での音楽の授業で音程を合わせることに関してはそれなりにできていたはずだ。
「別に音痴じゃないし…たぶん……」
「言ったな幸守! そんなら、採点機能でこの俺様と勝負しようじゃねえか!」
採点機能って、音程を合わせて歌い、コブシとかビブラートとか加点をとにかく連発させればいいアレだよね。先程から唯香や和奏ちゃんが80点前後を出しているやつ。
「どうした〜? 怖気づいたか幸守ぃ〜」
「良いじゃない! 幸兄頑張って!」
「お兄さんファイトです!」
「幸守君男を見せる時だよ!」
そうは言われても。
カラオケって男を見せられるものなの?
「いや、俺様の応援が皆無なんだが?」
何やら勝手にデバフを受けている照明君。これならばカラオケ素人にも勝機はあるかもしれない。というか、照明君の点数は唯香や和奏ちゃんに比べたら随分と低いし、僕でもわかる程しっかりと音を外していた。
これ普通に勝てるんじゃなかろうか?
乗り気では無いが仕方無い。そもそもフリータイムの料金は割り勘なのだから、僕も1度くらいは歌っておかなければ支払う義務が発生しないかもしれない。体裁を整える意味でも1度だけチャレンジしておくか。
「わかったよ…わかったけど……僕が歌える程度に知っている歌なんてそう多くはないからね?………ん〜……ああ、これ知ってる。じゃあ、これで…」
選曲のタッチパネルを操作して、知っている歌を探してみたところ、最初に見付けたのがこの歌だった。他にも中途半端に知っている曲はあったけれど、1年生の時に音楽の授業で歌ったことのあるこの歌の方が無難だ。
COSMOS
音楽の授業も僕は真面目に受けているから、しっかりと曲と歌詞を覚えている。まあ、大きく外しはしないだろう。
「俺様の先行! さあ、行くぜ!!」
勝手に決闘が始まった。同時に僕でも知っている有名なアニメの前奏が鳴り始める。照明君らしい選曲だなと思いながらも、僕は得点を出すためにはどう歌うべきか分析する。
「漢にゃ~! 己の~ あ、世界が~あるっ! 例えるなぁ~らぁ! 空を駆けえるぅ~! 一筋のぉおお…ぬぅわがれぼすぃ〜!!」
「「………………………」」
女性陣営が静かに耳を塞いでいる。聞くに堪えないレベルというわけだ。別に得点を意識しなくても何とかなるのではないか。自分に酔ってはいけないことだけはよくわかった。
この中じゃ意外にも新園さんが1番上手だったな。点数のアベレージが高いという意味で。参考にするなら唯香か新園さんのどちらかだろう。
しかし、まあ、これでよくもカラオケの採点で勝負だなんて言えたものだと思うよ。殴り合いで勝負だと言われるよりはマシか。彼も少しは成長しているのだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ…どうだコラァ!」
66点。
「おかしいな。スカウターの故障か?」
壊れているのは照明君の方だろう。女性陣営がそんなものだろうという顔をしている時点でそんなものだったのだろう。機械は正常だ。
さて、僕のターンだ。
前奏が流れ始めてからマイクを受け取り、僕は立ち上がってカラオケの画面を見詰める。点数を出すことに集中するんだ。点数を出すこと以外にリソースを割く必要は無い。
「…これって…お前、選択科目の音楽で歌った歌じゃねえか!? 他に無かったのかよ?」
「幸守君らしいと言えばらしいよね!」
うるさいうるさい。流行りのJポップなんか知るものか。歌い切って、高い点数が出ればいいんだろう。それに、別に僕はこの歌が嫌いじゃないし、良いじゃないか…。
さあ、集中だ!
「なつのくさはらに、ぎんがはたかくうたう。むねにてをあてて、かぜをかんじる…」
「「……………………」」
誰も僕に期待などしていないだろう。
カラオケなんて初めての経験だし…。
このまま淡々と歌い切ろう…。
音さえ外さなければ、それでいいだろう。
学んだ音楽を最後まで歌い切り、僕は静かにマイクを置いた。カラオケ採点マシーンが何やらごちゃごちゃ語り出して、画面に点数を叩き出す。流石に悪魔の数字66点なんてことにはならないはずだ。67点あればいい。1点でも超えれば僕の勝ちなのだから…。
僕のCOSMOSの点数は?
「だにぃ!?…いや、まあ、うん…」
「ほえ〜、幸守君上手じゃん!」
「点数は凄く高い…です……」
94点だった。
…………あれれぇ?…高くない!?
僕って歌手としての才能あったりするの?
「…凄く上手なんだけど…幸兄? 何と言ったらいいのか…今のは……」
どうして唯香はそんな複雑そうな表情になっているのだろう? 本日の最高得点って89点じゃなかったっけ? 僕が確認した限りでは唯香の出した89点だったと思うんだけど?
「…えっと…何か、おかしかった?…」
「おかしくはなかったわよ。おかしいどころか音程殆ど外さないし、むしろ上手と言っていいんじゃないかしら?…でも……」
煮え切らない反応だ。
「……人間味が…………ううん…何でもないわ幸兄! どうやら、この勝負は幸兄の勝ちのようね。おめでとう!」
人間味とは? 普通に歌っただけなのに。
「上手でしたお兄さん!」
「機械的には94点か〜」
本当に煮え切らない反応だ。
機械的にはって何だろう。機械に採点を任せておいて皆は何を言っているのだろう? 機械に採点を任せている以上、機械の採点が全てだろうに…。




