第9話 放課後パフェ
作戦の決まった翌日。折角のナユタの援護射撃も、唯香お嬢様にお断りされては仲直りもへったくれもない。お誘いするチャンスを窺い、不信人物さながら唯香お嬢様の後をつけていると、その微粒子レベルのチャンスはいきなり到来した。
「ユイ~!」
水城院家のお屋敷。その表門の前に立ち、ちんまりした何者かが唯香お嬢様に向かい大きく手を振っている。見覚えのある顔だ。
僕や唯香お嬢様の通う鳥羽園学園の制服を着ている女子生徒。整った顔立ちに腰まで伸びる長い銀髪。昨日、下校中に唯香お嬢様と親しくしていた女の子だ。
呼ばれた唯香お嬢様が駆けて行く。
「和奏! どうしたの? こんな所まで来て」
「ユイと一緒に登校したいなぁ~って思ったんです。えっと、ダメだったですか?」
「ダメじゃないわよ。嬉しいわ。でも、遠回りだったんじゃない? 言ってくれたら、私が和奏を迎えに行ったのに…」
「お散歩は好きなので大丈夫です! それにしても、うわぁ~。ユイに聞いていた通り、大きなお屋敷ですね。ユイはやっぱり、お嬢様じゃないですか!?」
「お金持ちなのは私じゃなくて、私のお祖父様なんだってば、私はただの居候だから、お嬢様って言われてもピンと来ないし、そう言われるの嫌いなのって言ったのに…」
眉を八の字にしてフンと拗ねるように視線を逸らす唯香お嬢様。そんな彼女を見て和奏は慌てて頭をぺこりと下げる。
「わわっ、ごめんなさい! でも、大豪邸です。憧れちゃいますよ~!」
「確かに最初は凄いと思ったわよ。でも、慣れて来ると無駄に広くても疲れるだけよ?」
その気持ちはわからないでもないが、僕は慣れるのにもう少しかかったかな。唯香お嬢様は順応性が高いらしい。
「ところでユイ、そちらのお優しそうな上級生さんはいったい…」
「そちらのって……なっ!?」
物凄く嫌な顔をされて僕は悲しい。どうせ紹介はしてくれないだろうから、自分自身でお答えすることにした。
「おはよう。2年の水城院 幸守といいます」
今日も朝からご機嫌斜めな唯香お嬢様は一先ず置いといて、唯香お嬢様のお友達と思われる女の子に挨拶する。打算まみれだが、外堀から埋めていくことも1つの手だ。
「水城院という事はこちらの方は!?」
「…はぁ…心底残念ながら……兄よ…」
ため息から入る程、心底残念なのか。この溝は甘味程度で埋まるのかな?
「お、お、お兄さん!!?」
何やら反応が仰々しい。
血の繋がりが皆無な事が即バレしたのか。そりゃ、僕と唯香お嬢様ってそんなに似てないから即バレしても仕方の無いことかもね。今度こそなるべく嫌われないように立ち回りたい。
「お兄さんが居たなんて私、聞いてないですよユイ! どうして言ってくれなかったんですか!?」
「え? 聞かれなかったし、わざわざこんな奴の紹介なんて必要無いし…必要無いどころかむしろ紹介したくもなかったのよ! 和奏もスカートを濡らされないように気を付けた方がいいわよ。コイツ、変態なんだから!」
それは冤罪だ。別に僕が唯香お嬢様のスカートを濡らしたわけじゃない。タイミング悪く着替えを見てしまったことは懺悔するけれど、無い罪まで被せられても困る。弁明すべきか? いや、友達の言うことと、友達の兄の言うこと、どちらを信じるかは明白だろう。
仲直り大作戦は始まる前から終わりそうだ。
言いたい放題に僕の悪口を言う唯香お嬢様に対して、彼女の友人と思われる銀髪の少女は天使のようなとても優しい言葉を口にする。
「でも、悪い人じゃないと思います!」
よし! 君こそ僕の妹になれ!!
口に出てなくて良かった。いや、本当に。
僕と唯香お嬢様は互いに顔を見合わせる。僕としては、唯香お嬢様のお友達と思われる子の第一印象が悪くなかったのは大変喜ばしいことではあるのだけれど、友人がコイツは変態だから気を付けろと紹介して来た男に対してあまりにも警戒心が無いのは、それはそれでこの子は大丈夫なのかなと心配になってしまう。
「和奏、気は確か? 正気の沙汰とは思えない発言しないでよ! コレのどこが優しい顔なのよ!? 女の子の着替えを覗いては、下卑た笑みを浮かべるド変態の詐欺師顔じゃない!」
「な、何もそこまで…」
今度は真実も僅かに混じっているため全否定はできない。流石に下卑た笑みなど浮かべていないと思いたい。浮かべてたのか? 実は僕って変態野郎だったのか?
抵抗する意思も削がれ、ここぞとばかりに、唯香お嬢様はいかに水城院 幸守がダメな奴かを懇切丁寧に説明し始めた。
「いい、和奏…この男はね。どうしようもない変態男なのよ。私が着替えをしている最中に勝手に部屋に入ってくるわ。四六時中お屋敷のメイドを弄んでいるわ。終いには妹相手にストーカー行為までしてくるような最低男なのよ! 初めて会った時だって!……」
ところどころ真実を混ぜるのはやめてもらいたいが、メイドを弄んでいるのだけは違う。弄ばれているのは100%僕の方だ!
流石の天使様も、友人がここまで悪く言う男を良くは思わないだろうな。
「お兄さんと仲が良いんですね!」
この子は本当に天使様なのでは?
手を額に押し当てて唯香お嬢様がとてつもなく大きな溜め息を吐き出していた。気持ちはわからないでもない。僕が唯香お嬢様の立場で、友人がここまで警戒心無くほんわかしていたら心配にもなるだろう。
だが、これはチャンスだぞ水城院 幸守!
よくわからないが、絶望的なムードを舞い降りた天使ちゃんが和らげて流れを変えてくれた。これが天使様の成せる業なのだろう。
切り札を使うならここだろ!?
今です!
天の声に耳を傾けた僕は、我が家の有能なメイドさんから授かった逆転の紙切れを懐から取り出した。ごめんよ天使の和奏ちゃん。でも、ほんわか和奏ちゃんが場の空気を和ませてくれている今しか無い気がするんだ!
「唯香! つい先日、偶然こんなものを手に入れたんだけど、今日の放課後一緒に食べに行かないかな!? 5人分だから、親睦を深めるために、和奏ちゃんもどうかな?」
「…何これ? パフェ専門店の無料券?」
「こ、これは!? 1日に出せる数が限られている数量限定のパフェですよ!? 美味しいって評判です! 本当に良いんですかユイのお兄さん!? 私、食べてみたいです!」
唯香お嬢様の食い付きはイマイチだったが、和奏ちゃんの食い付きは凄まじく、まるで打ち合わせでもしていたかのような天使様を讃えたい程の援護射撃だ。
「ちょっと、何のつもりなの? 何でいきなり私の友達口説いてんのよ!?」
「…いや…そ、そんなつもりじゃ…」
「ありがとうございますお兄さん!」
唯香お嬢様の友達の好感度だけが何故か爆上がりして行く。望んだ結果とは少しズレたが唯香お嬢様も行きたくない。行かない。とは言えない空気を感じ取っている。
まさか、予め裏から手を回し、打ち合わせしていたんじゃと、唯香お嬢様が疑うのも無理は無いだろうが、上手く行き過ぎて困惑している僕の顔を見てから、再び友人の何ひとつ曇り無き眼を確認し、唯香お嬢様も渋々頷くしかなくなってしまった。
「ユイのお兄さん良い人です!」
「私は和奏の将来が心配よ…」
「僕も和奏ちゃんの将来が心配かも…」
変な男に引っ掛けられたりしないでね。
本日まで有効と書かれたパフェ無料券5人分をしっかり財布の中へ忍ばせた僕、水城院 幸守は放課後に寄り道を開始する。
設定上義妹の唯香お嬢様を連れて、悪友の照明君とクラスメートの新園さん、そして、僕の幸運の天使様である唯香お嬢様の友人、白沢 和奏ちゃんと共に口コミで噂の行列のできるるパフェ専門店にやって来ていた。
ちなみに、チケットを見せると行列に並ばずとも入ることができた。和奏ちゃんにクリーンヒットした無料チケットを譲ってくれたナユタ様々である。
「何このレベルの高い合コン!? 今日程お前の友人やってて良かったと思う日は無いぜ幸守! 俺たちこれからも親友だなおい!?」
照明君と友達を辞めたいと思ったことは何度もあるが、どうやら今日もそう思った日になりそうだ。数合わせで新園さんを誘い、もう1人は将隆君を誘ったのだが、洋菓子は苦手だからと断られて、代わりに来てしまったのがこの金髪ベジタリアンの照明君である。
呼んでないのに強引について来たのだ。
「もう少し静かにするか、森に帰るかどっちがいい? 僕にはまだ、この人は赤の他人ですと宣言する選択肢が残っているからね?…て、いうか和奏ちゃんを怖がらせないでね?」
逆立てた金髪ヤンキー面の照明君のせいで僕の幸運の天使様が怯え始めているじゃないか。彼女の笑顔だけは僕が守らねば!!
何だか目的がズレている気がするが…。
机の向かい側に座る不機嫌な唯香お嬢様を見てようやく本来の目的を思い出した。僕は唯香お嬢様と仲直りしようとしていたんだ。
それぞれ注文したパフェが到着するまでに自己紹介をする事になった。主に、和奏ちゃんのための自己紹介である。トップバッターはお調子者の照明君だ。
気張らず送りバンドしておけばいいものを、ソロホームラン狙いでフルスイングの空振り三振を決めた悪友の照明君は他の客の迷惑になるからと言われ、数量限定パフェを食べる前に店員に店からつまみ出されてしまった。
本当にバカだ。ユーは何をしにここへ?
まあいいだろう。バカの退場でヤンキー面に怯えていた和奏ちゃんに笑顔が戻った。照明君には後で僕らで制裁を加えておこう。
「え〜、バカは放っておいて、初めまして後輩ちゃん。ユイちんには2度目の自己紹介になるけどね! 私は新園 弓莉先輩よ! よろしくね!」
声のボリュームは他のお客様の迷惑にならない程度に抑えられている。新園さんならばバカの二の舞にはならないだろう。
「はい。1年C組の白沢 和奏と申します。宜しくお願いします。新園先輩!」
可愛らしい笑顔だった。僕だけではなく隣の新園さんまでその笑顔に天使を見たようだ。そして、何故か斜め前の席に座る僕を見詰めて、そのもちもちした頬を赤くする。
「幸守君さ〜。気に入られてない?」
何か悪いことでもしたのと言いたそうな新園さん。失礼極まりない。でも、和奏ちゃんの僕を見る目は確かに普通ではない気がする。パフェって女の子を手籠めにする効果でもあるのだろうか。気に入られたのならば悪い気はしないけれど、きっと気のせいだ。
「たぶん…パフェが好きなんだよ。僕の奢りだからじゃないかな?」
正確にはナユタの奢りだけど。
「ふ〜ん。そ〜かな〜…」
「他に何があるって言うのさ…」
和奏ちゃんと仲良くなれるなら是非もないところではあるけれど、肝心の唯香お嬢様の機嫌はまるで良くならない。何なら、友人を物で釣ろうとしているクソ野郎くらいに思っているかもしれない。
あれれ、僕は何をしに来たんだっけ?
互いの自己紹介が終わり、注文していたパフェが人数より1つ多く運ばれてくる。困ったことに、静かに食事もできないバカ極まれりな理由で出禁を言い渡されてしまった照明君の分だった。
5人分無料にはしてもらえるらしいが、パフェなんて1つ食べれば充分だろう。
どうすべきか悩むことになりそうだ。
そう思ったのも束の間。甘いものが好きなのか、白沢 和奏ちゃんがその大きな両の瞳を輝かせていたため、この問題は彼女に託す方針で解決する事になった。
初めは嫌々連れて来られた唯香お嬢様だったが、ものが良かったからか、彼女も満更ではない様子で美味しそうに数量限定のスペシャルパフェを頬張っている。どうやら一口目で虜になってしまったらしい。もしかして、案外チョロかったりするのだろうか?
パフェを堪能している唯香お嬢様を見ていると、視線に気付いた彼女が少しだけ恥ずかしそうにこちらを睨みつけて来る。
「なっ、何見てるのよ変態…」
公衆の面前で義兄を変態呼ばわりは止めていただきたい。誰かに聞かれたらどうする。不可抗力だが、女の子3人に囲まれている今、女性客多めのこの店の中で変態扱いされるのはいたたまれない気分になる。
「幸守君が変態とな? ほほ~、弱みを握るチャンス到来だね幸守君?」
新園さん、せめてパフェを食べ終えるまでは僕の味方で居てくださいお願いします。
「またそんなこと言って、だめですよ。お兄さんにそんな事言っちゃ…」
プクッと可愛らしく頬を膨らませる和奏ちゃんを見て唯香お嬢様は面白くない顔をする。別に唯香お嬢様の友達を奪い取りたいわけではない。でも、いつまでも根に持たずに少しくらいは仲良くしてくれると嬉しいな。
「ごめんなさい! 義妹を付け回す変態ストーカー野郎!」
う〜ん。ダメだこりゃ…。
「ほほう、ユイちんは幸守君に辱めを受けていたということですか~?」
我が校の生徒が漏れ無く恐怖する丸秘ネタ帳を開きペンを構える新園さん。貰い物とはいえパフェを御馳走している僕の弱みを握ろうなんて、僕は良い友達を持ったものだ。2度と誘ってやるもんか。
理解したさ、僕の友人は将隆君だけだ。
「お兄さんはパフェを御馳走してくれている良い人です! ですよねお兄さん!?」
後ろめた過ぎてそうですとは言えない。何なら、和奏ちゃん以外には純粋無垢な和奏ちゃんを無料チケット如きで騙している悪い先輩と見られても仕方が無いかもしれない。これでは完全に裏目だ。苦笑いで誤魔化すしかできなくてごめんよ和奏ちゃん。
天使と悪魔とお嬢様が僕をネタに盛り上がっている。嗚呼、流れが良くない。
僕とお嬢様が仲良くなる切っ掛けになればと思っていたが、このままではナユタがくれたチャンスが無駄になってしまう。
いいだろう。ならば、僕にも考えがあるぞ水城院 唯香お嬢様。和奏ちゃんに逃げ道を塞がれている今こそ好機だ。そんなわけないけど無理矢理そう思うことにした。
自暴自棄になっているわけじゃないぞ。
でも、一か八かくらいの気持ちはある。
先ずは1度、当たって砕けてみるさ!
一旦大きく深呼吸し、僕は温められた空気の中、唯香お嬢様を鋭く睨み付ける。
「な…何よ!?…」
真剣な声色で伝える。
「僕は唯香と仲良くなりたいんだ。唯香が、僕を嫌う理由もわかるけれど、非礼は全てちゃんと詫びるから…」
源治郎さんのためにも…。
これ以上、養子の僕と、孫娘の彼女、2人の間の空気を悪くするわけにはいかない。
「1度でいい。僕にチャンスをくれ!」
真剣な思いは、絶対に伝わるはずなんだ。伝わらなかったのならそれは、伝える側の覚悟が確かでないからだ。伝わるまで伝えるし、伝わらなかったとしても、それが本当に大切なことだと思うならば、少なくとも諦めることはしたくない。
諦めるってことは、その程度のことだと証明するのと同義だからだ。僕は本気なんだ。
偽りだとしても、本気で唯香と、仲の良い義兄妹になりたいと思っているんだ。
真っ直ぐに力強く見詰める僕の視線に動揺した唯香は僅かに視線を逸らそうとした。
「僕から目を背けないで!」
ビクッと肩を上げて彼女はもう1度僕を見詰める。逃げ道は和奏ちゃんが塞いでいる。パフェが効果無しだと言うのなら、せめて状況を存分に利用させてもらう。
新園さんも和奏ちゃんも黙って僕たち2人を見守っていた。大事な話をしている。その空気を感じ取ってくれたようだ。
あまりのマジトーンに店内のお客様の視聴率もほぼ100%に達していた。このまま僕も出禁コースかもしれないが、それでも構わないからもう少しだけ待ってほしい。
もう少しで伝わるはずなんだ。
パフェ専門店の店員は後に語る。
それはまるで愛の告白に見えたという。
顔を真っ赤にして目を回すツインテールの美少女。彼女はその小さな肩を震わせながら目の前の少年、水城院 幸守を見詰めていた。
「…ば…馬鹿ぁああぁ〜!!」
そう叫ぶと、唯香お嬢様は耳の先まで真っ赤にさせて、持ち前の身体能力を活かし、勢い良く跳躍して和奏ちゃんを跳び越えてパフェ専門店から全速力で逃げ去ってしまう。
うちのコンバットメイドさんには劣るかもしれないが、とてつもない運動能力だ。
「ゆ、唯香っ!?…」
同じように跳躍して新園さんの上を跳び越えて駆け出そうとした僕の腕を掴み、新園さんが僕の追跡を阻止して来る。ここは止めるところじゃなくないかな?
「無料チケットだけ置いてってよ〜?」
そうだった。ズボンのポケットから小さな財布を取り出して、財布ごと新園さんに託して僕は唯香お嬢様の後を追う。
置いてけぼりにされた2人は互いに顔を見詰めながら話し出す。
「2人とも、凄い身体能力です!」
「そうだね〜。助走も無しに軽々私を跳び越えていたね〜? 流石の身体能力だけど、義妹ちゃんもなかなかだね〜」
「「………………………」」
「あ〜あ、勿体無い。幸守君のパフェ…まだ半分残ってるけど…」
「はい! 私まだ食べられます!」
「そっか〜。あの感じじゃ、戻って来ない気もするし、いいよ。食べちゃいなさい! 幸守君との間接キスでも良ければね! ふふっ」
「…………やっぱり…やめときます…」
銀髪の少女は恥ずかしそうにスプーンを置いた。
それなりの羞恥心はあるようだ。




