大蛇退治について
本編にも登場した「大蛇退治」は
織田信長のエピソードとしてそこそこ有名なようです。
出典は太田牛一(織田信長の家来)が書いた「信長公記」(織田信長の記録として、最も信憑性が高いとされている資料の一つ)『蛇替え』というエピソードです。
(信長公記 首巻30)
内容をざっくりまとめると
あまが池という池があった。恐ろしい大蛇がいると伝えられていた。
(近くには5キロ以上の平坦な芦原あり)
そこで又左衛門という人が、雨の降る夕方、大きな恐ろしい大蛇を見た。
太さは一抱えもあって、胴体は堤の上にあって、首は堤から伸びてきて、もう少しで尼ケ池まで達するところだった。人の足音を聞いて首を上げた。顔は鹿のようで、目は光っていた。人の手のひらのような、真っ赤な舌を出した。
又左衛門は身の毛がよだち、もと来た方へ逃げ出した。
数日後、信長は又左衛門の話を直接聞いて「明日、蛇をつかまえる」と言った。
当日、近隣の農民を集め、四方から、数百のおけを使って水を掻い出した。4時間くらいかけて掻い出した。水は3割くらいは減ったけれど、それ以上はどれだけ掻い出しても減らなかった。
そこで信長は「水に入って蛇を探す」と言って、脇差を口に咥え池に入っていたが、やがて上がってきた。大蛇らしいものはいなかった。
泳ぎがうまい別の者に「もう一度入ってみろ」と言って自分の後に探させたが、やっぱり大蛇はいなかった。
(以下略)
で。
このエピソード、私が読んだいくつもの本(あ。小学生向きです……)には「織田信長は迷信を信じない人だった」「大蛇なんか信じなかった」という解説とともに記載されているんですが……。
ホントに!?
って思いませんか??
もしも自分が織田信長だったら。
99%大蛇なんかいないと信じていても、怖いですけど!?
この令和の時代。絶対に大蛇がいないと信じられている日本においても、近所の大きな池(底が見えない)に「大蛇がいたよ。雨の日に池から出てきてたよ。俺は見たよ」って言われて、「いるわけないじゃん。じゃあ、俺が潜って証明するよ」ってなりますか!?
ましてや時代は室町時代後期。
祟りとか、物の怪とか、普通に生活になじんでいた時代です。
絶対に信長も怖かったと思います!!!!
だって、本当に怖くなかったなら、一人でふらっと行って、ささっと潜って来ればいいだけですよね!?
何百個も桶を用意して、近隣の農民を集めて、4時間もかけて水を掻い出しますか?
(信長も「やっべ~。ほとんど水、減らないじゃん!」って思ってたはず!)
本当に何もいないと思ったら、脇差なんか咥えないで、池の外に置いていきますよね!?
(脇差咥えて泳ぐとか、大変そう!)
もしかしたら信長も(大蛇なんて見間違いだろ?)「もしかしたら、いないかもなぁ」くらいは思っていたかもしれませんが……。
それでもやっぱり
自分が大蛇と戦うつもりで、潜ったんじゃないかと思うのです。
(もしかしたら「度胸試し」的な要素が強かった可能性もありますが……)
あと、自分が確かめたかっただけだったら、後から別の人を潜らせる必要はないと思うのです。(まあ、確認、の意味もあるかもしれませんが)
自分で潜って終わり、じゃなくて、別の人に潜らせたのは「ほらね、大蛇はいないよ。だからみんな安心してね」って事じゃないでしょうか。
しかも、先に誰かを潜らせたのではなく、自分が先に潜っています。
個人的には、未知の危険に対して、自ら先陣を切って飛び込んでいくあたりが、信長っぽいなぁと思います。
太田牛一が信長の死後に、わざわざこのエピソードを書き残したのは、「信長ってこんな人だったよ」ということを伝えたかったからだと思うのですが、それは多分「迷信を信じなかったよ」「大蛇なんていないと思っていたよ」ということではなくて、
『皆のために、死ぬ気で池に潜ってくれる人だったよ』だったんじゃないかなぁ。
と思うのですが。
(もしかしたら「命知らずの度胸試しをしちゃう人だったよ」だったかもしれません……)
皆様はどう思われますか?




