【第6話】同期
試験の説明会は、大時計塔の三階広間で開かれた。
集まった新人は、ざっと五十人。人間、獣人、鱗のある奴、石みたいな肌の奴。年恰好もばらばらだが、共通点がひとつあった。みんな、体つきがいい。立ち姿に無駄がない。背負ってきた場数が、姿勢で分かる。
俺だけ、コンビニ夜勤明けみたいな立ち姿だった。実際、人生の直近までそうだったのだから仕方ない。
開始を待つ間、周りの話し声が耳に入った。曰く、故郷で猟師をやっていた。曰く、傭兵崩れだ。曰く、親父も渡り手だった。曰く——俺は聞くのをやめた。聞けば聞くほど、俺の「コンビニで百円探してました」が場違いになる。
「試験は十日後、訓練場『零の間』で行う。内容は当日まで非公開。ひとつだけ言っておくと——」
壇上の試験官が、間を置いた。
「試験は、二人一組で受けてもらう」
広間がざわついた。組む相手で合否が決まる、と誰かが舌打ちする。周りを見れば、もう出来上がっているらしい組がいくつも目配せを交わしていた。同郷の連れ。宿の相部屋仲間。この十日足らずで、新人たちの間にはとっくに人脈ができていたらしい。
(詰んだかもしれん)
知り合いゼロ。実力最底辺。おまけに例の水晶計測の一件は、変な尾ひれをつけて出回っている。俺と組みたい奴がこの広間にいるとしたら、それはよほどの物好きか、よほど目が悪いかだ。
「おい、そこの!」
でかい声がした。振り向くと、灰色の毛並みの獣人が、まっすぐ俺を指差していた。狼だ。狼の耳と尻尾のついた、俺よりふた回りでかい青年が、人垣を割って歩いてくる。周りが自然と道を空けた。
「おまえ、水晶計測で受付を固まらせたって新人だろ! 話は聞いてるぞ!」
「悪い意味でだろ、それ」
「おう、悪い意味でだ!」
悪びれもせず言い切って、狼はにかっと笑った。犬歯がでかい。
「オレはガロ。ガロ・ヴァンデール。おまえは?」
「空木廻。……メグルでいい」
「メグルか! 覚えた!」
声がでかい。距離が近い。だが不思議と、嫌な感じがしなかった。まっすぐすぎて、疑う場所がないのだ。
■
ガロは「体を見りゃ大体わかる」と言って、俺を訓練場の隅に引っ張っていった。説明会のあと、広間の隣の訓練スペースが開放されていた。模擬戦で組む相手を見繕う、いわば品定めの時間だ。あちこちで木剣の音が鳴っている。
「一本やろうぜ。手加減はする」
「するのかよ。……いや、してくれ。頼む」
木剣を持たされた。重い。剣というものを握るのは、修学旅行の土産物屋以来だった。あれは木刀で、しかも買ってない。
向かい合って、始めの合図から三秒で終わった。
最初の一歩を踏み込んだところまでは覚えている。次の瞬間、視界が回って、気づいたら床の上だった。受け身も取れなかった。背中で床を叩いた音だけが遅れて聞こえた。ガロの木剣は俺の首筋の手前でぴたりと止まっていて、周りで見ていた連中が失笑した。
「よし、わかった。メグル、おまえ、弱いな!」
「知ってた」
「うん、だが」
ガロは木剣を引いて、耳をぴこりと立てた。
「おまえ、最初の一歩、オレの左に踏み込もうとしたろ」
「……ああ。おまえ、構えたとき、左足に体重が乗ってた。あと打ち込む前に、尻尾の先がちょっと右に振れる。三回ともそうだった」
「三回とも? 一本しかやってないぞ」
「構え直しの素振りも入れたら三回だ。それと、おまえは打つ直前に一回だけ瞬きする。癖だと思う」
ガロの目が、まん丸になった。
しまった、と思った。初対面の相手の癖を並べ立てるのは、地球でもこの街でも、たぶん気持ちのいい振る舞いじゃない。写真を撮る人間の悪癖だ。被写体を観察して、癖を待って、シャッターの一瞬を狙う。物心ついてからそれをやってきた目が、勝手に働いて、勝手に口から出た。
「悪い、今のは」
「面白いな、おまえ!!」
鼓膜が震えた。ガロは俺の肩を掴んで、ぶんぶん揺すった。
「三秒で転がされたくせに、オレの癖を三つ拾ったのか! 目ん玉どうなってんだ! よし、決めた。オレと組め!」
「……は?」
「試験、二人一組だろ! おまえ、オレと組むんだよ!」
周りの失笑が、どよめきに変わった。誰が見てもガロは新人の中で頭ひとつ抜けている。現にさっきから、あちこちの組がガロに声をかけては断られていた。その男が、三秒で転がった最底辺を指名した。物好きにもほどがある。
「言っとくけど、俺と組んだら足を引っ張るぞ。見ての通りだ」
「見ての通りなら、オレが前で全部ぶっ飛ばして、おまえが後ろで目ん玉を使えばいい。それで釣り合いだろ」
あまりに単純な算数だった。
でも、その算数が出てくるまでの速さに、俺は少し驚いていた。こいつは俺の弱さを見て、笑って、その三秒後にはもう「使い方」を考えていた。弱さを馬鹿にする奴と、弱さに同情する奴なら、地球にもいくらでもいた。弱さの使い道を即答した奴は、こいつが初めてだった。
「……よろしく頼む、ガロ」
「おう!」
差し出された手を握ったら、握力で骨が軋んだ。前途多難だった。
その場で、俺は懐から手帳を出した。ギルドの売店で買った、掌サイズの粗末な綴じ紙だ。文字の練習帳を兼ねて持ち歩いている。習いたての音字で、俺はぎこちなく「ガロ」と書いた。
「ん? 何書いてんだ」
「名前。……人の名前は、書いて覚えることにしてるんだ」
台帳から消えた世界の生き残りが、自分の台帳を作る。我ながら、皮肉が効きすぎている趣味だと思う。でも、書かれた名前は残る。少なくとも、この手帳が破れるまでは。
「じゃあオレの名前が、その帳面の一人目か!」
「二人目だ。一人目はフィム」
「ボクが先! えっへん!」
離れた壁際で、そのフィムが額に手を当てているのが見えた。あとで聞いたら「ガロ・ヴァンデール、新人の有望株。素行評価『元気』」とギルドの内部資料にあったらしい。素行評価「元気」とは何だ。
■
その足で、俺たちは決めごとを作った。
十日で身につく剣なんてないと、ガロのほうが分かっていた。だから役割を割る。ガロが前。俺が後ろ。俺は戦わず、見る。見たものを、短い言葉で叫ぶ。それだけの連携を、試験までに体へ叩き込む。
「叫ぶ言葉も決めとくぞ。長いのはダメだ。戦ってる最中は、三語までしか頭に入らん」
「三語……『右、二つ』とか?」
「そうだ。方向、数、あとは『引け』か『行け』。それだけで十分だ」
脳筋に見えて、ガロの戦いの話は妙に理詰めだった。聞けば、猟師の家系だという。獲物を追うにも、群れで狩るにも、合図は短いほどいい。なるほど、こいつの「元気」は野生の実用品なのだ。
「毎日やるぞ。朝は無理だ、オレ、朝メシ長いから。昼と夜な!」
「メシの都合かよ。……ああ、分かった。昼と夜だ」
解散間際、フィムが通達の札を持って飛んできた。ギルドからの呼び出しかと思ったら、十級全員への業務命令だった。
「メグル、明日は検問補助実習だって。界門街で、門の検問所のお手伝い。試験前の恒例行事らしいよ」
「界門街って、門のすぐそばってことか」
「そ。第一界圏の門だけどね。十級が近づける、ぎりぎりの距離」
門のそば。世界の入り口の、すぐそば。
悪くない話だと思った。試験の前に、自分の目指す場所を近くで見ておける。そのくらいの気持ちだった。
それが、俺が初めて「世界の圧」というものを思い知る日になるとは、このときは知らなかった。




