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前世保母の私は聖霊王の愛し子~行儀の悪い子はダメですよ~  作者: 硝子細工の森


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5.愛し子の後ろ盾

 吹き飛んだ正面扉の残骸が、大理石の床を転がっていく。

 会場にいた誰もが顔を青くし言葉を失っていた。

 王妹セレスティアと最強の力をもつ魔術師アルベルト公爵。

 二人は明らかに怒っていた。圧倒的な魔力が会場を威圧している。


 だが、もう一人の存在はさらに別格だった。

 透き通る長い水色の髪。

 月光を溶かし込んだような瞳。

 男とも女ともつかない妖艶な美貌。

 そして周囲を漂う無数の水の精霊達。


 その姿を見た瞬間、会場中の魔術師達は膝をついていた。


 彼らは本能で理解したのだ。

 あれは、人ではない。

 精霊でもない。

 もっと高位の存在、神そのものに近い何かだと。


「まったく」

 水の聖霊王は肩を竦めた。

「可愛い愛し子を見に来たのだけれど」

 艶やかな声が響く。

 その声だけで空気が震える。

「随分と楽しそうなことになっているじゃないの」

 誰も返事をできない。

 エリアーヌだけが穏やかに微笑んでいた。

「お騒がせしてしまいました」

「いいのよぉ」

 聖霊王はひらひらと手を振る。

「悪いのはそこのお馬鹿さんたちなんだから」

 その視線がエレインとミリアへ向いた。

 二人の顔色が変わる。

 ミリアは震えた。

 本能が目の前の存在は、怖ろしい自分の敵だと告げている。

「エ、エリアーヌ!」

 エレインが声を張り上げる。

「こ、この者たちは何者だ!これはどういう事だ!」

「何者って?私の家族ですが」

「な?」

 きょとんとした顔になる。

 エリアーヌは首を傾げた。

「お父様とお母様はご存じでしょう?」

「そ、それは……」

「そうそう、こちらは水の聖霊王様です」

 会場が息をのんだ。


 聖霊王。

 水を司る精霊の頂点。

 そんな存在が当然のようにエリアーヌの隣に立っている。


「え?」

 エレインの顔色がますます色を失くした。

「せ、聖霊王?」

「そうですよ」

「な、なぜここに?」

「私、愛し子ですから」

 エリアーヌはなんて事のないように答える。何を当たり前のことを聞くのかという顔だ。

 会場の貴族たちは内心で頭を抱えた。立て続けに起こる衝撃についていけない。

 何故そんな大事な事を知らされていないのか。それは国家の大事ではないのか。

 しかし恐ろしい事にエリアーヌ本人はそれを特別だと思っていないようだ。


「さて」

 笑顔でセレスティアが一歩前へ出る。

 だが目は笑っていない。むしろ獲物を追い詰める肉食獣の目だ。

「まずは確認させていただきましょうか」

 扇を開く。それだけで周囲が静まり返る。

「あなたは我が娘を無能といいましたね?」

 エレインが気まずそうに目を逸らす。

「そ、それは……」

「答えなさい」

 冷えた声音で畳み掛ける。

「は、はい……」

「なるほど」

 ぱたん、と扇が閉じられる。

「面白い冗談ですこと」

 その一言にエレインは震え上がった。

 セレスティアが後ろの侍従へ合図すると大量の書類が運び込まれる。

「こちらをご覧なさい」

 山のような量が机の上に積まれる。

「五年分の業務報告です」

 国境結界維持

 王都水利管理

 物流改革

 税収改善

 領地調整

 次々と積まれ終わらない。


 貴族達が顔色を変えていく。

 王太子の印が押されていながら、その全てに実務責任者として記されている名前は。


『エリアーヌ・アルヴェール』


「まさか……」「……文官の噂は本当だったのか」「全部……?」


「すべて、です」

 セレスティアが言う。

「これらは我が娘が行っていた仕事です」

 会場が静まりかえり、貴族たちの冷たい視線がエレインへ向く。

 これまで彼の功績とされていたその大半がエリアーヌによるものだった。

「う、嘘だ!」

 エレインが叫ぶ。

「そんなことはない!」

「そうかしら?」

 すると今度は父アルベルトが前へ出る。

 彼の圧倒的な魔力で床が軋む。 

「ならば聞こう」

 冷たい声だった。

「お前は王都の主要水脈を把握しているか」

「え……?」

「結界維持に必要な魔力消費量は」

「そ、それは……」

「主要領地の年間収支は」

 エレインは何ひとつ答えられなかった。

 会場中が理解していく。

 王太子は何も知らない。本当に何も。

 アルベルトは冷たく告げた。

「無能はどちらだ」

 エレインの顔が蒼白になり、全身が小刻みに震えた。


「むーっ!」

 その時ミリアが暴れ始めた。

 口を塞がれたまま必死に何かを訴えている。

 エリアーヌは少し困った顔をした。

「あらあら」

 聖霊王が吹き出す。

「可哀想じゃないの」

「そうですね」

「解いてあげたら?」

「では」

 エリアーヌが指を鳴らす。

 水の封印が消える。

 すると解放された瞬間ミリアは叫んだ。

「魅了が効いてないじゃない!!」

 本人は気付いていないが致命的な失言だった。

「やっぱりバグじゃない!」

 さらにミリアは叫ぶ。

「なんでなのよ! こんなの聞いてない! 悪役令嬢なんだから大人しく私に負けなさいよ!」

 誰も理解できない事を叫び続けている。

 だが、エリアーヌは理解した。

(あの子は転生者で前世持ちなのね。そして現実をゲームだと思い込んでいる子)

 ミリアはなおも叫ぶ。

「攻略対象は落としたのに!」

「レベルも上げたのに!」

「チートもあるのに!」

「なんで勝てないのよ!」

 その姿を見て会場の貴族たちは冷たい目を向けている。あるいは理解しがたい狂人に向ける呆れ驚く目を。

 ミリアに魅了されている取り巻き達は困惑していた。

 今の彼女に聖女と持て囃された姿はどこにもない。

 残っているのは癇癪を起こいている子供の姿だけだった。

 エリアーヌは小さくため息を吐いた。

 前世で何度も見た自分の思い通りにならないから泣き叫ぶ子供と同じ。

「困りましたね」

 静かな声にミリアがびくりと震える。

 エリアーヌはゆっくり歩み寄る。

 その笑顔はいつものように優しい。

 しかしミリアには死神の微笑みのように見えた。

「少し、お話をしましょうか」

 その言葉に会場中が息を呑む。


 本当の断罪はまだ始まったばかりだった。


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