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前世保母の私は聖霊王の愛し子~行儀の悪い子はダメですよ~  作者: 硝子細工の森


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2.聖女様は困った子

 王立学園の昼休み。

 中庭には生徒たちの楽しげな声が響いている。

 その中心にいるのは、一人の少女だった。

「ミリア様、こちらのお茶をどうぞ」

「ミリア様、先日の授業で助けていただきありがとうございました」

「ミリア様の笑顔を見るだけで元気になります」

 次々に集まる生徒達。

 男女関係なく、教師、使用人までも彼女を称賛していた。

 その光景を少し離れた校舎の窓から眺めながら、エリアーヌは小さく首を傾げた。

「賑やかですねぇ」

 その隣で侍女のリリアが引きつった顔をする。

「賑やか、という言い方は正しいのでしょうか?」

「そうねぇ」

「どう見ても異常です」

 確かに異常だった。

 ミリアが転入してきてから三か月。

 彼女の周囲では不自然な出来事が増え続けていた。

 成績上位者が急に彼女を褒め始める。

 厳格な教師が特別扱いする。

 婚約者のいる男子生徒が彼女に熱を上げる。

 本人は何もしていない。

 実際は何か努力した風でもなく、特別な結果を見せた事もない。ただ笑っているだけ。

 しまいには、つい先日、癒しの魔法が使えるという事で周囲から聖女認定されている。

 エリアーヌは窓の外を見る。

 そこには淡く漂う魔力の糸が見えていた。

 桃色の靄のようなもの。

 人々の心に絡みつく不快な魔術。

「やっぱり魅了ですねぇ」

 ぽつりと呟く。

 リリアが青ざめた。

「禁術ではありませんか!」

「完全な禁術ではありませんが、かなり危ないですね」

 そう言いながらも、エリアーヌの声に緊張はない。

 前世で言うなら教室で一人の子どもがズルをして、玩具を独占しているような光景だった。

 放置すると大喧嘩になるから止めなければならない。

 そんな感覚だった。

 その時、机の上に置かれた水差しがふわりと浮いた。

 中から小さな水の聖霊が飛び出してくる。

「きゅい!」

「まあまあ、どうしました?」

 聖霊はぷんぷん怒っていた。

 小さな身体を震わせながら中庭を指差している。

「あの子が嫌い?」

「きゅい!」

「そうですか」

 聖霊たちは純粋だ。

 だから悪意や歪みを嫌う。

 しかし、ここまで露骨に警戒するのは珍しかった。

 その時、背後の空間が揺らぐ。

 水面のように空気が波打ち、一人の人物が姿を現した。

 長い水色の髪に透き通る肌。

 性別をまとわない妖艶な美貌。

 見た者の魂を奪う微笑み。

 水の聖霊王だった。

「まぁまぁ、みんな、騒がしいわねぇ」

 見た目に逆らう間延びした声だった。

 しかしその存在感は圧倒的だ。

 聖霊たちが一斉に飛びつく。

「お久しぶりです」

「久しぶりねぇ、エリーちゃん」

 愛し子のエリアーヌは親しげにそう呼ばれていた。

 聖霊王は窓の外を流し見る。

 そしてミリアを見た瞬間に笑みを消す。

「……あら」

 エリアーヌが目を瞬く。

 聖霊王が露骨に不機嫌になるのは珍しい。

「どうかなさいました?」

「なんだか嫌な匂いがするわねぇ」

「匂い?」

「ええ」

 聖霊王の瞳が細められる。

「他人の心を盗む匂い」

 空気が冷えた。

 周囲の聖霊たちも震える。

 聖霊王はしばらくミリアを眺めた後、ため息をついた。

「あの子、自分が主人公だと思ってるわねぇ」

「主人公?」

「世界が自分のために回ると思ってる子っているでしょう?」

 エリアーヌは少し考えた。

 そして前世の記憶を思い出す。

 あぁ、たまにいた。


 順番を守れない子。

 自分だけ特別だと思う子。

 泣けば何でも許されると思う子。

 何でも思い通りになると勘違いしてる子。


「あぁ、そいう子。いますねぇ」

 思わず納得してしまった。

 聖霊王が吹き出す。

「そこ納得するのねぇ」

「先生でしたので。そういう子供も確かにいたな、と」

「ああ、そうだったわねぇ」

 精霊王はエリアーヌの前世の記憶を知っている。

 二人は同時に中庭を見る。

 そこではミリアが男子生徒に囲まれて楽しそうに笑っていた。

 そして、その輪の中心には王太子エレインもいた。

「ミリア嬢は本当に美しい」

「そんなことありませんわ」

「謙虚なところも素晴らしい!」

「まあ」

 エレインが見惚れたような顔をしている。

 エリアーヌは静かにそれを眺めていた。

 別に怒りはわかない、悲しみもない、ただ違和感だけを感じた。

 自分の婚約者が自分には興味を示さず、あの少女ばかり見ている。それなのに不思議と胸は痛まない。

 代わりに浮かんだのは。

(あらあら)

 だった。

(とても困った子ですねぇ。なぜ公務でもないのに学園にいるのかしら?そしてなぜ彼女に侍っているのでしょう)

 聖霊王が横目で見る。

「怒らないの?」

「怒る理由がありますか?」

「婚約者を取られそうなのよ?」

「物ではありませんから取るとか言ってはいけませんわ」

 あっさり答えると聖霊王は額を押さえた。

「そういう事ではないのだけれど。あなた、本当に変わってるわねぇ」

「そうでしょうか?」

「普通の令嬢なら泣いてるわ」

「……?」

 聖霊王は苦笑する。

「でも、聖霊たちに手を出したら怒りますわ」

 エリアーヌは静かに頷ずく。

 精霊達を傷つけるなら話は別。

 聖霊達は彼女にとって、ただの使い魔ではない。

 大切な教え子で家族だった。

 精霊王も目を細めエリアーヌに同意する。

「私はエリーちゃんの周りに嫌な匂いを付けられるのさえ許せないわぁ」


 その日の夕方。

 ミリアは自室で一人で笑っていた。

「やっぱり楽勝じゃん」

 鏡台に腰掛けながら鏡を見る。


 鏡の中の自分は可愛いくて誰よりも愛されている。

 ゲームの知識もあって、魅了スキルも持っている。

 負けるはずがない。楽勝だった。


「悪役令嬢なんて所詮は噛ませ犬だし」

 くすくす笑う。


 彼女はこの世界がゲームではない事をまだ気付かない。

 そして自分が悪役令嬢だと思っている相手が、水の聖霊王に最も愛された存在であることを知らない。


 窓の外で、無数の水の聖霊たちが冷たい視線を向けていることにも気づいていない。


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