第二話 ヒロインが重いのだけれど
アリシアと関わるようになって、二週間が経った。
毎朝来る。昼も来る。放課後も来る。
来る頻度が全然変わらない。むしろ増えている気がする。
今朝も教室に入ったら、既にアリシアが私の席の横に立っていた。自分の教室は別の棟なのに、なぜ私の教室に先に来られるのか謎だ。
「おはようございます、レティシア様」
「……おはよう、アリシア。あなたの教室はこっちじゃないでしょ」
「存じています。でもレティシア様に会いたかったので」
「会いたかった、で他の棟から来るの」
「来ます」
即答だった。
私は椅子に座りながら、この二週間を振り返った。
手紙は毎日来ている。お菓子は三日に一回来る。お茶会は週に二回になった。廊下ですれ違うたびに声をかけてくる。一緒に図書室で勉強しようと誘ってくる。
全部断っていない自分も問題だと思う。でも、断ると「そうですか、また今度お誘いします」と言って次の日にまたお誘いが来るので、断るのが追いつかないのだ。
「レティシア様、今日の昼休みは空いてますか」
「今日は学級委員の仕事があるわ」
「では終わったらお声がけください。待ってます」
「待たなくていいわよ」
「待ちます」
待つんだ。
放課後になって学級委員の仕事を終えたら、本当にアリシアが廊下で待っていた。一時間以上待っていたはずだ。
「アリシア、本当に待っていたの」
「はい。レティシア様が来ると言ったので」
「来ると言った覚えはないのだけれど」
「待ってますと言ったらそういう意味になると思って」
「ならないわよ、普通は」
「わたしは普通じゃないので」
開き直った。
この子は開き直るのが得意だ。しかもそれが嫌みに聞こえないから、困る。
「せっかくだから一緒に帰りましょうか」
「はい!」
飛び跳ねるような返事だった。
並んで廊下を歩いていると、すれ違う生徒がちらちらとこちらを見てくる。公爵令嬢と聖女が一緒に歩いているのが珍しいのだろう。
噂にはなっているらしかった。
友人のマリアンが昨日「レティシア様、最近アリシア嬢と仲がよいですね」と言ってきた。仲がいいというよりアリシアが一方的に来ているだけなのだが、そう見えているらしい。
「レティシア様」
「なに」
「最近、表情が柔らかくなりましたね」
「そう?」
「以前より笑顔が多い気がします」
言われて、少し考えた。
自分では気づいていなかった。でも、アリシアがいる時間は案外悪くないと思っていたのは本当だ。毎日何かしら面白いことを言うし、こちらが素っ気なくしても全然めげないし、まっすぐすぎてツッコむのが楽しくなってくる。
「アリシアがおかしなことを言うから、つい」
「褒め言葉ですか」
「褒めていないわ」
「褒めてると思います」
「思わなくていいわ」
アリシアがふふっと笑った。
校門を出て、少し歩いたところにある噴水広場まで来た。アリシアが「少し座りませんか」と言ったので、ベンチに並んで座った。
「アリシア、聞いてもいい?」
「なんでもどうぞ」
「なぜそんなにわたくしに執着するの」
執着、という言葉を使ったら、アリシアが少し首を傾けた。
「執着というより、好きだからそばにいたいだけです」
「好きの理由を聞いているの」
「理由ですか」
「ええ。わたくしはあなたに何もしていないでしょ。むしろ関わらないようにしてきたのに、なぜここまで」
アリシアが少し考えた。
珍しく、即答じゃなかった。
「理由は、ちゃんとあります」
「聞かせてくれる?」
「……今はまだ、うまく言葉にできないんです」
「うまく言えない?」
「はい。でも、ちゃんと理由があって、でたらめで好きになったわけじゃないです」
アリシアが少し真剣な目になった。
「信じてもらえますか」
「……まあ、信じるわ」
「ありがとうございます」
アリシアがほっとした顔をした。
この子が珍しく即答しないときは、何か大事なことを考えているらしい。
翌週、事件が起きた。
いや、事件と言うほどでもないかもしれない。でも私には十分衝撃的だった。
昼休みに教室に戻ったら、机の上に小さな包みが置いてあった。
開けると、指輪だった。
細い銀の指輪で、小さな青い石がついている。シンプルだけど、趣味がいい。
添えてあったメモには「レティシア様の瞳の色に似た石を見つけました。よければ受け取ってください」と書いてあった。
アリシアの字だ。
「アリシア!」
昼休みに探し回ったら、中庭にいた。
「レティシア様、どうしました?」
「机の上の、これ」
包みを差し出したら、アリシアがにこっと笑った。
「気づいてくれましたか」
「気づかないわけないでしょ。なんでこんなものを」
「レティシア様の目の色が好きなので。似たものを見つけたら渡したくなって」
「こんなの、受け取れないわ」
「なんでですか」
「高価なものじゃないの、これ」
「高価かどうかは関係ないです。レティシア様に持っていてほしくて用意したものだから」
アリシアがまっすぐ私を見た。
「受け取ってもらえないと、悲しいです」
「……脅しているの」
「脅してないです。本当に悲しいので」
この子に「悲しい」と言われると、困ってしまう。なぜか突き放せなくなる。
「わかったわ、受け取るわよ」
アリシアが目を輝かせた。
「本当ですか! つけてみてください、サイズ合ってますか」
「あとで確認するわ」
「今すぐ確認させてください」
「せっかちね」
「レティシア様が指輪をつけるところを見たいんです」
私は少しため息をついてから、指輪を薬指にはめた。
サイズが合っていた。
「ぴったりですね」
「……なんで私の指のサイズを知っているの」
「先週、レティシア様が手袋を外していたとき、さりげなく確認しました」
「さりげなく確認した」
「はい」
この子は何をさりげなくやっているんだ。
「アリシア、あなた少し重いわよ」
「存じています」
「自覚があるの」
「あります。でも軽くできないので」
また開き直った。
「レティシア様は重いのが嫌いですか」
「嫌いというより、戸惑うわ」
「戸惑うけど嫌いじゃないということですね」
「そういう意味じゃ」
「でも嫌いとは言いませんでした」
細かい。
「指輪、似合ってます」
アリシアが満足そうに言った。
私は反論する言葉を探したけど、見つからなかった。
その夜、指輪を外しながら考えた。
受け取ってしまった。しかも似合うと言われてそのまま受け取ってしまった。
なんで断れないんだろう。
アリシアは重い。自分でも言っていた。毎日来て、手紙を送って、お菓子を持ってきて、指輪まで用意する。普通の感覚で言えば過剰だ。
でも、嫌いかと言われたら嫌いじゃない。
なんでだろう。
アリシアの好意に、嘘がない。計算がない。ただまっすぐで、ただ本気で、それ以外のものが何もない。そういう人に会ったことが、今まであまりなかった気がした。
翌日の朝、指輪をつけて学校に行った。
教室に入ったらアリシアがいて、私の手を見て目を輝かせた。
「つけてきてくれたんですか」
「ええ」
「うれしい!」
本当にうれしそうだった。
これだから困る。こんな顔をされると、つけてきてよかったと思ってしまう。
「レティシア様」
「なに」
「今日の放課後、また一緒にいてもいいですか」
「学級委員の仕事はないから、まあいいわ」
「やった」
飛び跳ねた。
十六歳がやることじゃないと思うけど、アリシアだと不思議と様になる。
昼休みに、マリアンが私に声をかけてきた。
「レティシア様、また指輪ですね。先週とは別のところに」
「ええ、いただきものよ」
「アリシア嬢から?」
「なぜわかるの」
「なんとなく」
マリアンが少し笑った。
「アリシア嬢、レティシア様のことが本当に好きなんですね」
「そうみたいね」
「レティシア様は?」
「わたくしが?」
「アリシア嬢のこと、どう思ってるんですか」
少し考えた。
困る存在、というのは確かだ。予定と違う存在、というのも確かだ。
でも。
「……悪くない子だと思っているわ」
「悪くない、でとどまってるんですか」
「今はそこまでよ」
マリアンがまた笑った。
「レティシア様、顔が少し赤いですよ」
「暑いのよ」
「今日は涼しいですけど」
「余計なことを言わないの」
マリアンが「はーい」と言いながら去っていった。
放課後、アリシアと噴水広場のベンチに座った。
今日は持ってきたという焼き菓子を食べながら、他愛のない話をした。
アリシアが好きな本の話をした。私が好きな花の話をした。学園の食堂のメニューについて文句を言い合った。
気づいたら一時間近く経っていた。
「もうこんな時間ね」
「そうですね。でも、楽しかったです」
「まあ、そうね」
アリシアがこちらを見た。
「レティシア様も楽しかったですか」
「……まあ、悪くはなかったわ」
「悪くなかった!」
「そんなに喜ぶことかしら」
「嬉しいです、すごく」
また目が輝いている。
私はため息をついてから言った。
「アリシア、一つだけ言っておくわ」
「はい」
「あなた、本当に重いわよ」
「存じています」
「指輪まで用意して、毎日来て、普通じゃないわ」
「普通を目指していないので」
「なんのために」
「レティシア様に振り向いてもらいたいので」
また即答だった。
振り向いてもらいたい、か。
「振り向いてもらって、どうするの」
「一緒にいたいです。ずっと」
ずっと、か。
「大げさね」
「大げさじゃないです、本当にそう思ってます」
アリシアがまっすぐ私を見た。
「レティシア様がどこへ行っても、わたしはついていきます」
「どこへ行っても、って」
「はい。どこでも」
判定でも何でもないけど、嘘じゃないのはわかった。
この子は、本気でそう思っている。
私はしばらく何も言えなかった。
「……あなたは本当に、わけがわからないわね」
「わけがわかるようになったら、言います」
「わけがわかる日が来るの?」
「来ると思います。もう少ししたら」
アリシアが少し意味深な顔をした。
何かを知っている顔だ。
私は少し気になったけど、今日は追いかけなかった。
帰り道、指輪を見た。
銀の細い輪っかに、小さな青い石。
アリシアが私の目の色に似ていると言った石だ。
悪くない、と思った。
指輪も。
アリシアのことも。
まだそこまでだけど、少しずつ何かが変わっている気はしていた。




