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6話 ヒューゴの気持ち

 ヒューゴがセレスと初めて会ったのは学院入学のひと月前で、兄からは婚約者候補だと言われて紹介をされた。


 ヒューゴは親が決めた相手というのなら、どんな相手とでも結婚をしても良いと思っていたが、鍛錬の邪魔だけはして欲しくなかった。紹介されてすぐにセレスへその事を伝えたらすぐに納得をしてくれたので、セレスの事は大人しそうだし自分が王都で暮らし続けるのなら、結婚するには良い相手だと思った。しかし彼女の見た目から受ける印象で、辺境の地で暮らしていけるのかは分からないと感じていた。


 セレスと初めて会った時、ヒューゴの両親は辺境の地にいたので、学院の入学準備のためヒューゴと一緒に王都に来ていた兄夫婦がセレスの後見人でもあるミュラー子爵夫妻への対応をしてくれた。


 セレスは帝国出身の平民ではあるが、家の事情で幼い頃はいくつかの国を点々とする暮らしをしていたらしい。子爵はセレスの事を遠縁に当たる子だと話していて、レーデンには国籍がないから、辺境伯家に嫁ぐ事が決まったら一度子爵家の養子にしてから子爵家令嬢として嫁ぐ事になるのだと話していた。


 そういった辺りもどこか込み行った事情がありそうに思えたが、兄に聞いてみたら平民のセレスが辺境伯家に嫁ぐ立場を得るために、一度貴族になる必要があるのだと聞かされた。


 まだヒューゴの婚約者ではないセレスはミュラー家の正式な養子ではないが、学院ではミュラー姓を名乗る事を許され、学院でのセレスはミュラー子爵家の親族という話になっているらしい。


 学院では貴族科と名前はついていても、貴族の後見人がつけば平民でも貴族科へは通う事が出来る。貴族に後見人となってもらい学院へ通っている生徒は一定数いて、彼らは身分は平民でも裕福な家の者ばかりで、経済的に苦しい低位貴族よりも良い生活と教育を受けている。セレスもそういった生徒のひとりだった。


 ヒューゴの通う騎士科も平民が通うことは出来るが、入学の条件は貴族科よりも緩く、後見人をつけなくても良かった。実技テストを合格し、授業料を払えればいいだけなので、貴族科よりも騎士科には平民が多く通っている。


 王国としては、貴族の数は少なくていいが騎士は多い方がいいという考えがあり、騎士としての基本を教えてくれる騎士科は平民にも門戸を広げていた。


 なのでヒューゴの友人には平民も多く、ヒューゴ自身も身分を気にしない性格なので、セレスが平民でも貴族でもヒューゴ自身は気にしていなかった。


 しかし貴族科の場合は、やはり貴族が多く通っている事もあり、差別とまではいかないが、貴族と平民で区別される事はあるらしい。いずれ養子に入る事が決まっているのなら、ミュラー家の名前を使って学院へ通った方がいいだろうという判断から、セレスはミュラー家の名前を借りて学院へは通っている。隠していないらしいから、彼女が平民である事は貴族科の生徒たちは知っているのだろうが、貴族の中にいてもセレスは揉め事を起こす事なくやれているようだった。


 セレスの実家についての話はほとんど聞いていないが、帝国でも裕福な家という話だけは聞いていた。入学前にしっかりした教育を受けていたらしく、学院でマナーの授業を受ける前でもセレスの所作や話し方はちゃんとしていて、ヒューゴから見ても貴族と変わらないほどだった。


 正式な婚約を結べば、セレスの実家は辺境伯家と繋がりを持てるようになる。帝国貴族と繋がりを持とうとはせずに、どうしてレーデン王国の貴族との繋がりを持とうとするのかは分からなかったが、それについても何か事情があるのだろうと深くは考えなかった。


 ヒューゴがセレスと初めて会った時の印象は「大人しそうな子」というものだった。茶色の髪と瞳といった目立たない容姿と同じように、セレスは態度も控えめで、ニーナやヒューゴのように大きな声で笑う事もない。辺境にはいないタイプの女性だった。


 辺境では気の強い女性は多いが、皆がよく働いている。しかし、セレスの傷ひとつ無い細い指は、労働を知らない指だった。


 色白で身体も細いセレスが辺境の地でやっていけるのかを、ヒューゴはセレスと顔合わせをした時から疑問に思っていた。


 辺境は治安が悪いから、あの土地の事をよく知った上で婚約を結びたいというセレスの両親からの希望で、セレスは婚約者候補という扱いになっているらしい。


 しかしヒューゴから見たらそれは建前で、セレスが辺境の地でやっていけるかをこちら側から見て判断する必要があるから、両家が納得した上で婚約者未満のような立場となったのではないのかと思えてしまうのだ。


 ヒューゴは嫡男ではないが、兄夫婦は結婚をして三年が経ってもまだ子どもがいない。もしも兄に子供が授からなかったら、兄の次に辺境を継ぐのはヒューゴかその子どもという事になる。だからセレスには辺境の屈強な男共を言い負かしてくれそうな、強くて懐の深い女性になってもらいたいのだが、婚約者候補となって一年経った今もセレスの声は小さく、紅茶もちびちびと飲んでいて、ナヨナヨとしたところは変わらなかった。


 最近ニーナが学院に入学した事でヒューゴによく絡んでくるようになった。ヒューゴにとってニーナは妹のような存在で恋愛感情はないのだが、セレスにはニーナに対してもっと強く言い返して欲しいと思っている。ニーナごときに負けているようでは、辺境伯家に嫁ぎたい彼女には悪いが、あの土地でやっていく事は難しいだろう。


 王都の貴族女性たちは女性とは男性に守られるのが当たり前だと思っているようだが、その見えないルールは辺境では通用しない。辺境の女は男の尻を叩くくらいは当たり前なのだから。


 だからヒューゴはニーナに対して表立って強く注意をしないようにしていた。セレスに強くなって欲しいという思いからきているのだが、最近少しずつだがセレスも言い返すようになってきている。これはこれで良い事のはずなのだが、ニーナだけではなく自分にもそうされると少し嫌な気持ちになってしまうのだった。


 ニーナには言い返して欲しいが、自分には何も言い返さずに従ってくれるセレスのままでいて欲しい、そんな相反する感情がヒューゴの中で芽生え始めていた。ヒューゴは自分の中で起きている気持ちの変化には気付いていなかった。


 ヒューゴは良く言えば裏表がなく、悪く言えば単純な性格をしているので、隠し事が苦手であった。


 しかし、そんなヒューゴでもひとつだけ誰にも話さず心の中に秘めている事があった。


 それがセレスを政略結婚の相手としか見れず、これからも女性として惹かれない理由だった。


 実はヒューゴ心の中には、忘れられない出会いをした初恋の女の子がいたのだった。

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