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7話 初恋の思い出

 数年前、辺境伯領と隣接している国であるベイル王国で少女たちを攫い、売る事を専門にしていた盗賊たちを辺境伯家の騎士団が捕縛した事があった。ベイル王国の騎士団と辺境伯家の騎士団とが国を越えて共同戦線を張る大規模な捕り物となり、辺境の土地でも大きな騒動となった。


 ならず者たちが隠れ家にしていたアジトはレーデン王国側の辺境伯領にある山の中にあった廃屋で、そこにはベイル王国から攫われてきた女の子たちが二十人以上も囚われていた。


 ベイル王国で犯罪を犯した者が、国境を越えてこの国まで逃げてくるという事は日常茶飯事だったが、今回は規模が大きかった。隣国で少女を攫い、密入国をしてマドック家のある辺境伯領へ連れてくるという手口も悪質なものだった。


 ベイル王国側から相談を受けたヒューゴの父や兄が、辺境伯家の騎士団を率いて盗賊の掃討作戦を行ったのだが、その時の作戦にはヒューゴも騎士として経験を積むようにと父親から命じられて参加をしていた。


 真剣で鍛錬を始めたばかりのヒューゴは、父や兄と同じ実働部隊ではなく後方支援をする騎士たちと共にいて、捕まっている女の子たちを助けて安全な場所へ連れて行く役目を与えられていた。


 女の子たちが閉じ込めている部屋に入った時、彼女たちは部屋の外で聞こえる大きな音から何かが起きている事を察知しており、ドアを開けた時には皆が真っ暗な部屋の奥で身体を寄せ合うようにして固まっていた。そして彼女たちの誰もがひどく怯えている様子だった。


 作戦は新月の夜中に決行され、突然大きな音や争う声が聞こえてきたので、女の子たちが閉じ込められた、灯りひとつ与えられていない部屋の中は恐怖と不安に支配されていた。


 その場にいた騎士たちの中ではヒューゴが一番歳下で、声変わりをする前ということもあり、ヒューゴが女の子たちへ声を掛ける事なにった。


 どこから見ても子どもにしか見えないヒューゴは、自分の顔がよく見えるようにランプを持ち、女の子たちに自分たちは辺境伯家の騎士で助けに来たのだと、ゆっくりと優しい声を心がけて事情を説明した。


 何度か同じ言葉を繰り返していくうちに、部屋の隅で身を寄せ合うように固まっていた女の子たちは、歳上の子たちから少しずつこちら側へ来てくれるようになり、最後にあとひとだけとなった時、自分よりも小さな女の子の姿をランプで照らしたヒューゴは、彼女の姿を見て驚いてしまった。


 その子は攫われてから時間が経っていないらしかったようで着ているドレスに乱れや汚れもなく、銀色の髪に紫色の瞳を持つとても美しい子だったのだ。泣き腫らした顔をしていたが、それでも彼女はひと目で他の子たちとは違うと思った。


「俺の名前はヒューゴ・マドック、辺境伯家の者だから安心して。キミたちを助けに来たんだ。もうすぐキミのお父さんとお母さんにも会えるはずだから、俺たちを信じて付いて来て欲しいんだ」


 そう言って手を差し出してみたら何とその子はヒューゴの手を取ってくれたのだった。


「……あ、ありがとうございます。騎士さま」


 女の子は手が震えていて声もとても小さかった。まだ見習いにもさせてもらっていないヒューゴはその時初めて騎士と呼ばれた。


 その瞬間ヒューゴは目の前の女の子に恋をしたのだった。彼女の小ささも弱さも全てを守ってあげたい、そう強く思った。


 父たちの作戦は見事に成功して、アジトにいた賊は全て捕える事に成功し、閉じ込められていた女の子たちも無事に助ける事ができたのだが、彼女たちの家はベイル王国にあるので迎えがくるまでに時間がかかった。こうして一時的だが、部屋数の多いマドック家の屋敷で彼女たちを保護する事が決まった。


 まず最初に辺境伯家を出て行ったのは平民の女の子たちで、彼女たちは一緒に盗賊を捕えたベイル王国の騎士たちと、後からやってきた役人がまとめて連れて帰ってくれた。


 平民でも両親や家の者が直接迎えに来ると連絡のあった裕福な家の子や、貴族令嬢たちはそれぞれの家から迎えがきたのだが、銀髪のあの女の子だけはなかなか迎えが来なかった。彼女の家が一番遠く、途中通る予定の道が土砂崩れに遭い、迂回する事になったので迎えに来るのが遅くなるという連絡があった。


 国が違うので交流もなく、囚われていた少女たちは誰ひとりとしてヒューゴの見知った令嬢はいなかった。貴族令嬢もいたらしいので、彼女たちの名前を聞く事は禁止されていたが、それでもヒューゴは銀髪の女の子のために毎日花を直接届けていた。


 ヒューゴが持ってくる花はどれも庭や野に咲いていたものだったが、女の子はどれも喜んで受け取ってくれて、最後の方はヒューゴに笑顔を見せてくれるようにもなった。女の子からはいつも「騎士さま」と呼ばれていて、彼女が喜ぶ姿を見る事と、その言葉を言わせたくてヒューゴは毎日女の子に花を届けていた。


 やがて女の子の両親が迎えに来た事で、ヒューゴの初恋はあっけなく終わりを迎えてしまう。


 辺境伯家の令息という立場のお陰で、ヒューゴも見送りの場に立ち会う事が出来て女の子の両親の顔も見る事が出来た。彼女の銀色の髪は母親と同じで、紫の瞳は父親と同じだった。


 別れ際に女の子は泣いていたのだが、最後に笑顔を見せて欲しいとヒューゴがお願いしたら、女の子は泣きながら笑ってくれた。その顔を見た時にヒューゴの中でも抑えていた涙が溢れてしまい、お互いに泣き顔だか笑顔だか分からない顔で別れたのだった。


 こうしてヒューゴの初恋は終わってしまい、もう会う事が無い彼女との思い出は心の中で大切にしていたのだが、先日セレスからチケットを貰って観に行った歌劇の席で、ヒューゴは偶然女の子の家名を知ってしまった。


 その歌劇は架空の国の貴族令嬢と騎士との恋物語で、ヒューゴにとってはあまり興味のない内容だったのだが、令嬢役をしていた役者が銀色の鬘をかぶっていた事から、初恋の彼女の事を思い出した事でつい見てしまったのだ。


 セレスが持っていたチケットは一階の中ほどの席で、その日劇場は満席だった。だから客同士の距離も近く、周りで話される会話がよく聞こえてきたのだった。


 ――あの役者も瞳の色が紫色だったらクロイツの令嬢と同じだったのにね。銀色の鬘はあっても瞳の色は変えられないから、仕方無いわねぇ。


 幕間の時に近くで聞こえてきたその言葉に、ヒューゴの耳は反応した。銀色の髪も紫色の瞳もどちらも珍しく、あまり見ない色だった。ヒューゴが慎重に先ほどの話し声に耳を傾けていると、この歌劇を作ったのは劇団を支援している帝国のクロイツ侯爵夫人で、クロイツ家は夫人と令嬢が銀色の髪をしているという会話まで聞こえてきて、ヒューゴの頭の中であの時の少女とクロイツ令嬢が繋がったのだった。


 帝国の貴族の名前に詳しくないヒューゴではあったが、クロイツ侯爵家の名前は知っていた。レーデンに赴任した事はなかったが、侯爵が外交官をしていたので、帝国以外の国々にも名前の知られた家だからだった。


 レーデン国内に於いて辺境伯家と侯爵家は同等の立場を持っているが、それは国内だけの話だった。カルス帝国とレーデン王国とでは国としての規模が違い過ぎるので、ヒューゴにとってクロイツ令嬢への恋心は身分違いの、かなわない恋だった。


 歌劇が終わった後、ニーナはしきりにあんな恋がしてみたいと言っていたが、ヒューゴには幕間の後に上演された後半の内容がまったく頭に入ってこなかった。


 その時ヒューゴが考えていたのは、頭の中に残っていた初恋の女の子の僅かな面影だった。顔がはっきりと思い出せなかったが、彼女の持つ希有な色と儚げな雰囲気だけは鮮明にヒューゴの胸の中へ刻まれていた。


 そしヒューゴがこんなにも熱心に鍛錬をするのは、彼女との出会いがきっかけだった。


 彼女に騎士様と呼ばれたあの時から、彼女に恥じる事のない騎士になる事がヒューゴの中で目標になっていたのだ。


 もう会う事は叶わないと分かってはいるが、もしも彼女に会う事が出来たのなら、その時は胸を張り、あなたのために頑張ってきたのだと伝えたい。いつもそう思って鍛錬をしてきたのだった。


 ヒューゴの想いはまっすぐだったが、その想いは違う令嬢へ向かっていて、セレスに向けられたものではなかった。

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