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55話 アルウィンとヒューゴ

 セレスティナが袖口の下に着けている腕輪にアルウィンが魔力を流そうとしたので、セレスティナはアルウィンの手に触れると、やんわりとアルウィンの手を自分の手首から離す。


 そしてセレスティナが自分で腕輪に魔力を流そうとしたその時、それまでアルウィンを睨んでいたヒューゴが、責める瞳でセレスティナを見ると口を開いた。


「キミもキミだセレス! キミが婚約者のいる相手と親密になるような人間である事を軽蔑する! クロイツ令嬢に申し訳がないとは思わないのかっ! キミは俺の婚約者候補であったが、今ここでその話は無かった事にしてもらう! そしてアルウィン・ヴェルス! 貴様に決闘を申し込む! 俺が勝ったらセレスと別れた上で、クロイツ令嬢に謝罪をしてもらうっ!」


 義憤に駆られたのか、何も知らずにひとりで熱くなっているヒューゴをどうしようかと思い、セレスティナがアルウィンを見ると、彼はスンとした表情をしていた。


「……脳筋」


 アルウィンの帝国語は小さかったが、彼の口から聞き慣れない言葉がぼそりと聞こえた。


 このような茶番じみた決闘の勝敗がどうであっても、セレスティナとアルウィンの婚約はなくならない。せめて彼が辺境伯家から届いた手紙を読んでいれば、婚約者候補の話を無かった事になんて事は言わずに済んだかもしれない。


 アルウィンは小さくため息を吐いた後、一歩前へ出てヒューゴを見降ろす。


「この国の辺境では、決闘などといった野蛮な事をまだしていたのか? すぐにその言葉を撤回しろ。自分が恥をかくだけだ。そもそも、キミの求める条件は成立しない」


「うるさいっ! 俺は男としてお前の事が許せない!」


「奇遇だな、俺も同じ事を思っていた。……わかった、決闘を受けて立とう。先に言っておくが俺はキミよりも二歳年上だし、剣も多少は使える。こちらは手負いだから全力でいかせてもらう」


 ヒューゴを見るアルウィンの瞳はいつもより鋭く、騎士団で同じ歳の騎士たちを相手に稽古をしていた姿を思い起こさせた。口の端が僅かに上がっているのは、ヴェルス家生まれの彼自身も、こういった事が嫌いではないからなのだろう。


 二人の間にはピリピリとした張り詰めた空気が漂い、この決闘を止める事はできないのだとセレスティナは思った。




 ◆◆◆




 鍛錬場へ行くと、相変わらず騎士科の生徒たちが自主鍛錬をしていた。


 ヒューゴは鍛錬場の端に立っている教師の元へ掛け寄り、鍛錬場の一部を使う許可をもらっていた。アルウィンには決闘という物々しい言葉を使ってはいたが、教師には留学生と練習試合をしたいと話していた。


 ちょうど休憩時間が終わった後らしく、休憩スペースに令嬢たちの姿はなく、騎士科の生徒たちは打ち合いの稽古をしていた。


 面白いものが見れそうだと思った騎士科の生徒たちは稽古を中断してヒューゴとアルウィンの周りに少しずつ集まってきた。


 鍛錬で使うための刃を潰した剣を教師から受け取ったアルウィンは、着ていた上着をセレスティナに預けて、動きやすくするためにシャツの袖を捲り始める。


 筋肉質な腕が現れたが、魔狼討伐で怪我をした左腕はまだ完治していないらしく、手首のすぐ上まで包帯が巻かれてあった。


 騎士科の生徒たちはヒューゴに生意気そうな留学生を負かして欲しいと思っているらしく、「頑張れ」「あんなヤツには勝てる」「コテンパンにしちまえ」「外の国のヤツになんて負けるなよ」等と、クラスに関係なくヒューゴを応援する事で纏まりつつあり、大きな声で好き勝手に言い合っている言葉が耳に入ってくる。


 これまでセレスティナがヒューゴの近くにいたのは、騎士科の生徒はほとんどが知っている。今セレスティナがアルウィンと一緒にいるからヒューゴに味方をする生徒たちが多いのだろうが、セレスティナは僅かに瞳を細める。

 

 その間にアルウィンは準備運動をしていて、それが終わると渡された剣の具合を確かめるように、剣を振ってみたり、構えの姿勢を取るような動作を始めており、落ち着いた様子だった。


 アルウィンは自分の調子を整える事に集中しているようで、騎士科の生徒のヤジは全く耳に入っていないようだった。


「知り合いだったなんて知らなかったけれど、ヒューゴったらクロイツ令嬢の事が好きだったのねえ。ヒューゴもアルウィン様もクロイツ令嬢のために闘うのよ。自分のために戦ってくれるなんて素敵よねえ。日陰者のセレスのために闘ってくれる人はいるのかしら?」


 離れた場所にいたはずなのに、いつの間にかニーナが近くに来ていた。これまでセレスティナは身分差を考えて言われるままだったが、クロイツの名を名乗るのならレーデン王国の侯爵令嬢から馬鹿にされたままではいられない。


「黙りなさい、ニーナ・レゴリー。私の本当の名を知らないから聞かなかった事にするけれど、これ以上私に話し掛けたら後悔するわよ」


 ニーナは数歩ほど後ずさった。


「……なっ、平民のクセに生意気よ! 後でお父様に言い付けてやるのだからっ!」


「じゃあ、私もお父様に言い付けてみようかしら?」


 少しだけ首を傾げたセレスティナは、高位貴族らしい笑みを浮かべながら敢えてニーナを馬鹿にするようにクスリと笑う。帝国で母から教わった笑い方のひとつで、相手をわかりやすく見下したい時に使う笑い方だった。


「後悔するのはセレスの方よっ! 覚えてらっしゃい!」


 一瞬怯んだ様子を見せたニーナだったが、それ以上は言い返そうとはしなかった。


 ニーナは頭で考える事は嫌いだったが、勘だけは鋭かった。いつもと違うセレスティナに何かを感じたようで、甲高い声を上げながら離れて行く。


 ニーナが離れた後にアルウィンの方を見たら、彼は少しの間、確かめるように剣を振り、軽く身体を動かしていた。しばらくそうしていたが、身体が温まり準備も整ったらしく、教師の元へ歩いて行く。


「準備が終わりました」


 教師にそう告げたアルウィンは、試合場として空けられた広いスペースの真ん中に立つ。


 アルウィンに向かい合うように、ヒューゴもアルウィンと同じ鍛錬用の剣を持って立った。


 レーデンも帝国も剣術の試合形式は同じらしく、お互いに礼をする。二人の構えの姿勢を確認した審判役の教師が「始めっ!」と声を上げた。


 最初に仕掛けたのはヒューゴの方だった。素早い動きで近づくと、連続してアルウィンに剣の嵐を浴びせる。


 ヒューゴの剣戟を全て受け止めて防いではいるが、アルウィンはじりじりと後ろへ下がる。騎士団で見たアルウィンは強かったはずだが、今のアルウィンは押されているように見えた。


 周りで観戦している騎士科の生徒達は相変わらずヒューゴを応援していて、耳に入れたくなくてもヤジはどんどん白熱していく。


 何度打ち続けても決定打を浴びせられないヒューゴが一旦引く形を見せたところで、今度はアルウィンが素早く走り出してヒューゴの側面へ回り込む。


 そしてヒューゴが反応するより速く動き、胴の辺りを狙ってアルウィンが剣を打ち込んだ。咄嗟に防いだヒューゴだったが、この一撃で何かを感じたのか、驚きの表情を浮かべていた。


 お互いに再び剣を構えて様子を見ているが、先ほどとは立ち位置が入れ替わっているので、ヒューゴの方が不利な状況となってしまった。


 更に間合いを詰めようとするアルウィンに対してヒューゴは、自ら攻撃を仕掛けようとはしなかった。


 そんなヒューゴを気にする様子もなく、アルウィンは分かりやすく正面から強い一撃をヒューゴへ浴びせる。自らの剣を両手で握りしめたヒューゴは何とかアルウィンの攻撃に耐えたが、腰が引き気味になっていた。


「くっ……」


 剣ごとヒューゴを押し、再び距離を取って構えを見せるアルウィンには呼吸の乱れも無く涼しい顔をしていた。アルウィンとは対照的に、ヒューゴの方は息も上がり、こめかみに汗が浮かび始めている。つい先ほどまで聞こえていた騎士科の生徒たちのヤジもいつの間にか止んでいた。


 アルウィンは全力で行くと言っていたが、手加減をしていた。最初から一方的に力の差を見せつける事も出来たが、彼はそれをしなかった。


 お互いに距離を取り、動きが止まったところでアルウィンが声を掛ける。


「どうする? ここで止めるか?」

「そんな事っ、するわけないだろうっ!」


 アルウィンの挑発にあっさり乗ってしまったヒューゴは、再び剣の連打をアルウィンに浴びせるが、疲れが出ているのか先ほど見たものよりも精彩を欠いているのがセレスティナにも分かった。


 連打していた剣をアルウィンに押し返されてしまったヒューゴは、一旦距離を置いて構えの姿勢を取るが、最初よりも大分形が悪くなっていた。


「怪我をしたくなかったら、ここからは余計な動きをするなよ」


 そうひと言告げてから、アルウィンはステップを踏むようにヒューゴに向かって踏み込むと、先ほどヒューゴが見せた剣の連打を同じようにヒューゴに向かって浴びせ始めるが、最初にヒューゴが見せた動きよりも早く、その数も多かった。


 防戦一方になっていたヒューゴが苦しそうに顔を歪めたところで、アルウィンが突然剣を止めた。周りもヒューゴもどうしたのだろうと思った瞬間に、ヒューゴの首元にぴたりと鍛錬用の剣を当てるのだった。


 アルウィンが審判をしている教師に視線を向けると、教師が慌てたように「勝者、留学生!」と声を上げる。己の負けを悟ったヒューゴは糸が切れたかのように地面へ膝を突いてしまうが、誰も彼に近づく事はできなかった。


 圧倒的な強さを見せたアルウィンは、ヒューゴを見降ろすと口を開く。


「これまで剣を振る事ばかりに時間を使っていただろう? 走り込みはちゃんとしていたのか? 腕の力が多少あっても、足の動きが悪いし、鍛え方に偏りがあるから持久力が足りていない。少し息が上がるだけで身体の軸がすぐにブレる。それに初見の相手に対して動きをよく見ないのも駄目だ。学生だから同じ相手と打ち合う事が多いのは仕方がないが、何も考えず闇雲に剣を振るのが許されるのは学生のうちだけだ。辺境も魔物が出るだろう。魔物を相手にする時は、仲間と連携していく中でどう動くかが重要になってくる。キミの場合は視野が狭く、独りよがりなところが剣に出ているから、その癖も直した方がいい」


 膝を突いてアルウィンを見上げるヒューゴは目をぱちくりとさせている。


「ど……どうして俺に助言を?」


「キミは無意識だったが、セレスティナに愛想を尽かされる行動を取ってくれた。そのお陰で彼女がこちらに戻ってきてくれた。それに辺境でティナを助けてくれた事に一応感謝はしているから、これは礼だ。キミは負傷している俺の左腕を狙おうとはしなかった。騎士としては賞賛に値するが、勝負としては上手く利用して狙うべきだったと思う」


 もし仮にヒューゴがアルウィンの左腕を狙ったところで、やり返すだけの技術がアルウィンにはあったが、先日の魔狼討伐で新人の騎士二人に盾にされた苦い思い出のあるアルウィンにとって、馬鹿みたいに真っ直ぐに正面からぶつかろうとする、未熟だが学生らしいヒューゴの剣筋に、彼自身は好感を持っていた。


 双方の実力差に大きな開きがあるのが、誰の目にも分かる試合だった。それは試合というよりも、稽古をつけてもらったという方が正しかった。


「あんた本当は騎士だろう? あんな重い打撃は騎士でないとありえない。知っていたらもっと警戒したのに、……くそっ!」


 そう言ってヒューゴは自らの拳を地面に打ち付ける。


「今は騎士ではないが、学生相手に負けるほど弱くはないつもりだ」


 そう言うとアルウィンはヒューゴへ背を向けてセレスティナの元へ向かう。


「ヒューゴったらどうして負けちゃうのよっ! もうっ! つまらないわっ!」


 これ以上自分にとって面白い事はないと判断したニーナは、負けたヒューゴを気遣う様子もなく、金切声を上げてから不機嫌そうに鍛錬場から出ていく。強い相手の隣にはいたいが、敗者の隣にはいたくないらしい。


「アル、怪我は大丈夫?」

「少しくらい痕は残るけれど、帝国に戻る頃には包帯も取れるだろうから大丈夫だよ。怪我はしたけれど、得るものが大きかったから」


 そう言ってアルウィンはにこりと笑った。あの怪我で騎士を辞めたアルウィンが得たものは、セレスティナとの婚約だった。


 セレスティナから上着を受け取ったアルウィンは、セレスティナの頭を撫でる。


「まあ、妹扱いは止めたのではなくて?」

「これは恋人としての触れ合いだよ」

「ふふふ、そういう事もあるのね」


 そうやって二人で笑い合っていたら、立ち上がったヒューゴが近づいてきたのだった。

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― 新着の感想 ―
大会で優勝してたのにそこまでダメ出しされる程未熟だったのかヒューゴ……お前いいとこないなぁ。いや、一応正々堂々と戦おうとしてたところはスポーツマンとしては評価できるけど。
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