53話 これからの事
その日の授業が終わり、アルウィンがセレスティナの元へやってくると、昼休みの時より落ち着きを取り戻したセレスティナはアルウィンに笑みを向ける。
「今日はこの後、これからの事を話さないか? 淑女科の課題があるのなら後で手伝うから」
「これからの事?」
言いながらセレスティナは窓側の壁を背に立つアルウィンの顔を見上げる。ダークブロンドの髪は光を背にすると金色が濃く見える。
アルウィンの姿は見慣れているはずなのに、翡翠のような瞳の色も、落ち着いた金の髪色も、こんなに綺麗な色をしていたのに、どうして今まで気付かなかったのだろうとセレスティナは考えていた。
「帝国へ戻ったら学院へ通い始めるだろう? 領地経営科の授業も取るのならティナの考えも聞いておきたいし、クロイツ領の特性を考えながらどの授業にすべきか相談をしておきたいんだ。じっくり話し合えるのは今のうちだと思うから」
アルウィンは帝国の学院で領地経営科を首席で卒業している。クロイツ領の事もセレスティナより詳しいので、領地の為に学ぶのなら、領地経営科にあるどの授業を受けるべきかは、彼に聞くのが一番だった。
「そ、そうね。……帰りは子爵家に寄って話をしていけばいいかしら?」
学生生活を楽しみたいと言いつつ、戻った時の事も考えるのはアルウィンらしかった。しかし今のセレスティナは、アルウィンと視線を合わせただけで落ち着かない気持ちになってしまい、考えがうまく纏まらなくなってしまう。
「せっかくだからこの間見つけたカフェで話をしないか? あの店のメニューにヴェルス領でよく食べられる鴨肉の香草焼きをサンドイッチにしたものがあったんだ。一緒に挟んであるチーズもヴェルス産のものだし、レーデンでの思い出に食べておきたいんだ。よかったらティナも食べてみて。最初から切り分けてもらえばティナでも食べられるだろう?」
「そんなメニューがあったなんて気付かなかったわ。そういえば私、ヴェルス領へは行った事がなかったわ」
「俺も避暑で訪れる事はあってもあまり長い日数は過ごしていなんだ。俺はいずれ他家の人間になるから、ヴェルス領の事を知り過ぎるのもあまり良くないと思って、クロイツ領へ行ってばかりだったしね」
早いうちからセレスティナの婚約者にと考えられていたアルウィンは、帝都生まれの帝都育ちで、夏はクロイツ領に滞在する日数の方が長かった。生家の領地であるヴェルス領へはあまり訪れていないので、知っている事は一般的な事より少し詳しい程度だった。
「ヴェルス領ってどのようなところなの? 確か酪農が盛んなのよね?」
「うん、北部は山ばかりで、山あいの地域は人よりも牛やヤギの方が多いんだ。王都寄りの地域は養鶏が盛んで、王都で食べられる卵の多くはヴェルスから運ばれているんだよ」
「そうだったの、知らなかったわ」
「だから南部は卵料理が豊富だし、ヴェルス家では毎日のように卵料理を食べているんだ。他の家に比べて使用人に出す食事にも卵を使ったものが多いし、バターも多く使われているから、ヴェルス家は食事事情が良い家だと従者のトマスが言っていたな」
ヴェルス家は武門の家という事もあり、専用の騎士団を持っていて強いと評判だった。彼らが強い理由には栄養価の高い食事というのもあるのだろう。
騎士の資本は身体で、その身体を維持するのには食事は重要な事を考えると、貴族家が持つ騎士団の中でもヴェルス家は人気が高そうだとセレスティナは思った。
「クロイツ家の騎士団も食事については考えないといけないわね」
「そうだね。俺も婿入りしたら領地の屋敷近くに養鶏場を作りたいって思っているんだ。鍛錬の後に美味い飯があるのと無いのでは士気も変わるから」
文官の家系であるクロイツ家も私設で騎士団を持っているが、ヴェルス家ほど評判は高くない。元騎士でもあるアルウィンの婿入りで、その辺りも変わっていくのだろう。
「第三騎士団は魔獣を相手にする任務ばかりだから、遠征期間のほとんどが野営なんだ。遠征中の野営では酒が飲めないし、食事も毎食が乾燥豆のスープと、干し肉に固いパンが付く程度だったから、食事時はみんな表情が暗いんだ。特に遠征メンバーは若い騎士が多いから、早く街に着いて焼きたての肉を腹いっぱい食べたいって皆思っていたよ」
遠征中の事を思い出しているのか、アルウィンは苦笑いを浮かべる。魔獣討伐の多い第三騎士団は、山や森の中に潜む魔獣と対峙するために野営をする事が多い。乾燥豆や干し肉は携帯食としては適しているが、そればかりでは辛かっただろう。
話を聞きながらセレスティナがアルウィンの事をじっと見ていたら、ふとアルウィンが頬を染めながら視線を逸らす。
「そんなにずっと見つめられると、俺も恥ずかしいよ、ティナ」
「ご、ごめんなさい。……つい目が離せなくなってしまったの」
「別に、嫌じゃないんだ、ただ少し落ち着かないだけで。少しキミの気持ちが分かったかも。……そろそろ教室を出よう」
放課後の教室で話し込んでしまったので、いつの間にか生徒は誰もいなくなっていた。
少しずつ慣れてきた手繋ぎをしながら、アルウィンと一緒に貴族科の校舎を出ると、昇降口を出てすぐの場所にヒューゴとニーナが立っていた。まるでセレスティナを待っていたかのような様子でこちらを見ている。
彼らを見ると、アルウィンはセレスティナの手を離して先に歩き出した。
「何か用?」
先ほどまで照れながら笑っていた顔とは違い、表情を消した彼はトーンを落としたレーデン語で、ヒューゴに話し掛ける。
「用があるのはあんたじゃなくて、セレスだ」
ヒューゴは眉間に縦皺を寄せながら、責めるような厳しい視線をセレスティナへ向けていた。




