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5話 せがまれたチケット②

「ねえねえ、今日はどこに行くの? まさかカフェだけって事はないでしょう? ドレスショップや宝石店にでも行くの?」

 ニーナは強請るような視線をヒューゴへ向ける。


「ああ、今日は……」

「お天気もいいですし、公園を散策しませんかっ?」


 嫌な予感がしたセレスは、咄嗟にヒューゴの言葉を遮った。これ以上面白い事はないのだと思ったニーナが興味を失くしてくれればと思って吐いた嘘だった。


「あれっ、今日は観劇に行くんだろう? もしかして日にちが違ってたか?」


(ヒューゴ様の馬鹿っ!)


 セレスは内心で舌打ちをするが、ニーナは獲物を見つけた猫のように瞳を輝かせながら、セレスを見てニヤリと笑った。


「まあ! 観劇だなんていいなあ。ねえ演目は何かしら? 私も行きたいなぁ」


「ダメだよ、チケットは二枚しかないし、今日のためにセレスが用意してくれたんだ。お前はここで帰れよ」


「ねえねえ、セレスさんって確か帝国出身よね? 今ちょうど帝国から劇団が来ているのだけれど、まさかその劇団の歌劇じゃないわよねぇ?」


 ニーナの勘は鋭く、セレスが行こうとしていたのは、まさにその劇団が公演している歌劇だった。


「えっ……」

 セレスは言葉に詰まってしまった。


「ねえ、セレスさん一緒に連れて行ってなんて言わないから、どうやってチケットを手に入れたのかを教えてっ! 私が帝国に憧れているのは知っているでしょう? 帝国の事を少しでも学びたいのよっ、お願いっ!」


 ニーナはセレスに頭を下げる。侯爵令嬢に頭を下げられてまで黙っているわけにはいかなかった。


「……帝国にいる知り合いから送られてきたのです」


「何それ、ずるいわ! それじゃあレゴリー家の力を使ってもだめじゃないのっ。あの歌劇のチケットってもう完売しちゃったのでしょう? セレスさんだけ見れるなんてひどいわっ、ねえヒューゴ、何とかしてよっ」


 顔色を変えたニーナは、隣に座るヒューゴの腕を掴むとぶんぶんと振り回し始める。


「そんな事を言われても無理なものは無理だろう? 俺だってそんなにすごい劇団の歌劇だったなんて知らなかったんだから。でも歌劇だったら帝国語が分からなくても楽しめそうだな。なあセレス、ニーナはお前とは違ってまだ帝国語が話せないんだ。前に帝国で見た事がある劇団だって言ってただろう? 今日はニーナに譲ってくれないか?」


 セレスの様子を伺いながら眉を下げるヒューゴの顔を見たセレスは、足元ががらがらと崩れていくような感覚を覚えた。


「私に……、譲れとおっしゃるの? ……同じ劇団でも、あの歌劇は私もまだ観ていませんのよ」


 セレスは信じられない物を見るように並んで座る二人を見つめる。


「そういう言い方はないだろうっ」

 これまでいつも自分に従ってきたはずのセレスに言い返されたヒューゴは、表情を曇らせて不機嫌さを顔に出す。


「でも、このチケットは……」


「もういいわっ、ごめんなさいセレスさん。私がわがままを言ってしまって。ヒューゴ、私はここで帰るわね。なんか私ってお邪魔虫みたいだわ」

 そう話すニーナの瞳にはうっすら涙が浮かんでいる。しかし言葉とは裏腹にニーナが席を立とうとする気配はなかった。


「俺が悪かったよセレス。お願いだから俺の分のチケットをニーナに譲ってくれないか? ニーナは学院になかなか馴染めなくて、休みの日は家に引きこもり気味だってこの間侯爵夫人が話していたんだ。それで気晴らしになればいいって今日はここに来たんだよ。この埋め合わせは後でするからさっ」


 そしてヒューゴまでセレスに向かって深く頭を下げるのだった。

(ニーナさんのためなら私に頭を下げてしまうの?)


 セレスからはもう何も言えなかった。セレスの知っているヒューゴはセレスに対してはあまり頭を下げない。これまで待ち合わせに遅れてきた事がヒューゴは何度もあったが、いつも言葉で簡単に謝る程度で彼が頭まで下げた事はなかった。彼の矜持だと思い、気にしないようにしていたのだが、今のヒューゴにセレスは違和感を感じてしまう。


 お茶どころか、もう観劇をする気分でもなくなってしまったセレスは、持っていたバッグからチケットを二枚と自分が飲んでいた紅茶の代金を出してテーブルの上に置く。

 どうせ今日はもう気分が晴れる事はないのだから、歌劇を観ても楽しめないだろう。ならば、ここでチケットを渡して今日の事は忘れてしまった方がいい。


「……お二人で楽しんできてください」


 立ち上がったセレスは個室のドアを開けて店を出た。チケットをテーブルに置いた時に、満面の笑みを浮かべるニーナの顔が視界の隅に入ってきたが、もうどうでも良かった。

 鼻の奥がツンと痛んだので唇をキュッと強く結び、帰りの馬車の用意が無いままセレスは店を出る。二人がどんな顔をしているのか振り返る事はできなかった。

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― 新着の感想 ―
友達いなくて…って言って割り込んできたんだから、ヒューゴが譲って女子2人で行かせれば良いのにー!!
これでこの男を切れないのはちょっと……ってなっちゃうな。正式な婚約者じゃないんだしさっさと損切しないとどんどん嫌な目に遭うだけなんだけど当事者だと色々あるんだろうなぁ。
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