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39話 恋人になって

 その日の放課後、アルウィンが街歩きに行こうと誘ってくれたので、セレスティナはアルウィンに手を繋がれながら王都の貴族街を歩いていた。


「私、男の人と街を歩くのは初めてだわ」


 ニーナにチケットを取られた日にアルウィンと街で行き会ったが、あの日の事はアルウィンも知っているし、意味合いが違うので街歩きの数には入れていない。


 クロイツ領で暮らしていた頃は観劇の為に街へ出る事もあった。


 そして街中や劇場で、若い男女のカップルを目にした時は、いつか自分もヒューゴとああやって楽しそうに歩いてみたいと憧れていた。まさかアルウィンと制服姿で、レーデン王国の王都を歩く日が来るとは思わなかった。


「俺も女性と二人で街を歩くのは帝都も含めて初めてだよ。騎士仲間と飲みに出掛けるとか、この間みたいに従者と夕飯を食べに出掛けるとか、そんな事ばかりだったなあ」


 嫡男ではなくても彼は公爵令息なのだ。容姿も血筋も良いのに、これまで女性と交流してこなかったと、信じられない事をさらりと彼は言う。


「女性からお声は掛からなかったの?」

「声を掛けられた事はあるけれど、一緒に出掛ける理由もなかったから全て断っていたよ」


 そういえばアルウィンは、夜会のダンスもセレスティナのために誰とも踊らずにいたのだった。


「もしかして、母から何か言われていたの?」

「キミの母上が? どうして?」


 当たり前のようにそう言われてセレスティナは焦ってしまった。


「私の存在がアルの行動を縛っていたのかと思って……」


「キミの家に束縛されていると思った事はないよ。結婚相手がいたら相手以外の異性と関わらないのは当たり前だよね。婚約者や配偶者以外の異性と親しくする輩もいるけれど、俺はそうしたいとは思わなかったし、婚約者には誠実であるべきだと教えられたから、おかしな事ではないと思うけれど……」


 彼は幼い頃からセレスティナの結婚相手として考えられてきた。正式な婚約者でなくても、周りは彼をセレスティナの婚約者として扱ってきて、彼自身もそう思ってきた。セレスティナを除いては。


 そんなアルウィンに対して、セレスティナは彼を兄として扱い、ヒューゴに恋をしてからは、アルウィンの事を避け続け、この数年は話すらしてこなかった。


 ヒューゴへの恋という感情がなくなった今、過去の自分を思い返すと、アルウィンに対しては愛想を尽かされてもおかしくない事ばかりしてきた。


 それに拗ねた子供がするような態度を取ってばかりいた。幼い心のまま恋をして、自分だけが成長できていなかった。


(私って、最低だわ)


 これまでが周りに甘え過ぎていたのだ。過去に辛い経験もしたし、十一の頃ならそれも仕方ないで済まされるかもしれないが、セレスティナはこの夏に社交界デビューをした。


「私がしてきた事は、ずっとあなたのことを、……冷遇、してきたのね」


 自分のしてきた事を自覚した途端、身体が微かに震えた。恥ずかしさと情けなさに押し潰されそうになりながら、セレスティナが呟いた声は小さかった。


「ティナ……」


「アル、教えて。私はどうすればあなたにこれまでの事を償う事が出来る?」


 真剣にそう問いかけるセレスティナだが、見つめ返すアルウィンの瞳は穏やかで優しかった。


「大げさだよティナは。俺の中ではこれまで見向きもしてくれなかった婚約者が、やっと俺の事を見てくれるようになったところなんだ。でも、せっかくキミの方から俺に何かしてくれるって言ってくれたのだから俺の願いを話すけれど、結婚するまでの間に俺の事を好きになって欲しい。もちろん家族としてではなくだよ」


「あなたを好きに?」


「そう、政略ではない恋愛結婚をしたいって前に話したよね。子どもの頃から俺はキミが振り向いてくれるのをずっと待っていたんだ。俺に恋をしてよ、ティナ」


 繋いだ手にアルウィンが少しだけ力を入れる。


 彼に恋をしたら、彼はきっとセレスティナに想いを返してくれるだろう。アルウィンとなら想い想われる関係になれる。


 一方的に想い続けるだけの恋しか知らないセレスティナにとって、それは新しい世界を見せてくれる響きとして頭の中に入ってきた。


「最初はフリでもいいから、俺の恋人になって」

「恋人……」


 自分で口に出してみたら、それは思っていたよりも甘い響きに感じられてしまい、鼓動が少し早くなってしまう。


 婚約者である彼の申し出を断る理由がセレスティナにはない。


「……よく分からないけれど、フリだけでもいいのなら」

「本当? じゃあ今から恋人になろう」

 アルウィンはにこりと微笑んだ。


 結婚までの間、恋人のように過ごそうと話す彼の言葉に、自分と彼との関係の中で、昔から変わっていないところもあるのだとセレスティナは思った。


 小さな頃からアルウィンに手を引かれて庭を歩く事が多かった。庭を歩きながらアルウィンはこんな花が咲いているとか、空を指で差して、この雲の形ならそのうち雨が降るとか、セレスティナの知らない事をよく教えてくれた。


 外へ出れなくなり、屋敷の中に籠っていた時だって、自分に新しい姿を与えてくれて、外に連れ出してくれたのもアルウィンだった。


 彼はいつもセレスティナに新しい世界を見せてくれる。


 恋愛という世界はセレスティナにとって憧れでしかなかったけれど、アルウィンと恋愛をするのはきっと楽しいと思えた。


 セレスティナはアルウィンと繋いだ手を、自分から強く握り返した。

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