40話 おしゃべりは弾む
大通りを少し歩いていたら、アルウィンの足が止まる。
「ねえティナ、あの店に入ってみようよ」
そう言ってアルウィンが指で差したのは、一軒の小さな服飾店だった。よくわからないまま店に入ってみると、アルウィンは髪を飾るリボンを見たいと店員に伝えるのだった。
「婚約者らしい贈り物は帝国に帰ってからするから、今は学生らしいものを贈りたいんだ」
出されたリボンの中から、アルウィンは自分の瞳と同じ色のものを選ぶと、そのリボンをセレスティナにプレゼントしてくれた。
宝飾店を出た少し先には、ヒューゴと交流会の時にいつも過ごしていたカフェが見える。休日は予約をしないと入れないが、今日は平日なので満席ではなさそうだった。
「少し歩いて疲れただろう? この店で少し休んで行こうか」
人気のある大きな店なので、アルウィンも気になったようだった。
「私、もう少し歩けるわ。……それに行った事のないお店に行ってみたいの」
「じゃあ、もう少し歩こう」
「ええ」
さっと表情の変わったセレスティナに何かを感じたのか、アルウィンはそれまで見ていたカフェを素通りする。
さらに少し歩いてから角を曲がると、先ほどのカフェよりは小さいが、〝コンソラータ〟という帝国語の名が付けられた、こじんまりとしたカフェがあったのでそこに入る事にした。
帝国語で安らぎや憩いの意味を名に持つその店は、ベージュ色に塗られた壁に緑色の屋根を持つ外観で、木製のドアプレートには〝いらっしゃいませ〟と帝国語で文字が刻まれてあった。
「へえ、この店は帝国を意識した店なんだね」
小さな店なので個室はなかったが、窓際の席へ案内をされる。椅子に座ったアルウィンは店内を見回した。セレスティナも初めて入った店で、このような店がある事を知らなかった。
店の入口すぐにある正面の壁に飾られていたのは、カルス帝国の伝統的な織模様のタペストリーで、カーテンに使われているテキスタイルも、店内で灯されているランプも、帝国で生まれ育った二人にとって馴染みのある柄や形だった。
「これを見てごらんティナ。このお店のお茶は帝国産のものばかりだ。産地も色々と取り揃えてあるが、この店ではクロイツ産の紅茶が飲めるよ」
そう言いながらアルウィンは興味深そうにメニューを眺めている。
クロイツ領で主に収穫されるのは麦だったが、南部の一部地域では僅かだが茶葉も栽培している。あまり量は多くないので帝都の限られた商会にしか納めていないので、この店は帝都でクロイツ産の茶葉を購入したのだろう。
アルウィンがクロイツ産の紅茶を注文したので、セレスティナも同じものを注文する。茶菓子は紅茶に合うものをとアルウィンが店員に伝えたら、クロイツ領で昔からよく食べられている、砂糖漬けの林檎が入ったケーキが出てきたので、セレスティナはつい笑ってしまいそうになった。
「このケーキ、子どもの頃によく食べていたわ」
「でもキミの家で出すものは林檎には砂糖ではなく蜂蜜が使われているし、生地には卵もふんだんに使われているから、俺はけっこうあの味が好きだったよ。レーデンでクロイツのお茶を飲む事が出来るなんて面白いね」
アルウィンは綺麗な所作でお茶の入ったカップを口にする。カフェの店主も、クロイツ産のお茶を飲んでいる若い二人が、未来のクロイツ侯爵夫妻とは思っていないだろう。
「アルウィンがあのケーキを気に入っていたって、今度焼き菓子を担当しているハンスに伝えておくわ」
セレスティナの言葉にアルウィンは片方の眉を上げる。
「ティナ、ハンスは焼き菓子担当ではなく、今は料理長の補佐をしているんだ。クロイツ領の屋敷で焼き菓子を担当しているのはトニーだよ」
「まあ、トニーって下ごしらえ担当だったわよね? いつ変わったの? この夏はクロイツ領に長くいなかったから知らなかったわ」
王都から一日で行けるクロイツ領へアルウィンは仕事の合間を見てよく訪ねていたので、一年以上も留守にしていたセレスティナと比べて、使用人の事も彼の方が詳しかった。
「そうそう、料理といえばティナが好きだったチキンのローストにかけるソースだって、キミがいた時は甘さが強かったが、今は俺好みに甘さは控えめにして、辛味のある味に変わったからね」
「ええっ、それはひどいわ。私あの甘い味が好きだったのに!」
「俺が変えたあの味は侯爵夫妻も気に入ってくれたんだ。これからはキミもあのソースに慣れてくれないと。でも本当に美味いから一度だけでも口にしてみて。どうしても気に入らなかったら、味を戻してもいいけれど、甘さは控えめにして欲しいな」
そう言いながらアルウィンが笑う。
アルウィンはセレスティナに関係する事は大抵知っている。
クロイツ領の屋敷には彼の部屋があるし、王都の屋敷へはクロイツ家での教育を受けるために子どもの頃から定期的に通っているので、次期領主として使用人たちも彼の事を扱っている。
セレスティナが生まれ育った場所や、セレスティナの周りにいる人々は、彼にとっても馴染みの深い場所であり、よく知っている人々なのだ。
ふたりの間に、関わっていなかった空白の時間は長かったが、それを感じさせないくらい彼との会話はスムーズに流れて会話も弾む。アルウィンとは共通の話題も多いから、会話に説明はいらない。セレスティナにとってアルウィンは、気負いを感じずに会話を楽しむ事が出来る相手である事に、セレスティナは気付いたのだった。
(こんなに近くにいたのに、どうして私は今まで気付けなかったの?)
そしてセレスティナは、これまでの自分の視野は狭く、一方的に相手を思うだけの幼い恋しかしてこなかったのだと改めて思った。
確かにセレスティナのヒューゴへの想いは純粋で強いものではあった。
しかしセレスティナが結婚という形で自分の想いを遂げても、幸せになれる人間はセレスティナ以外は誰もいない。そして最初のうちはヒューゴを得られたと満足していても、いずれヒューゴからの愛を得られないと悟ったセレスティナも不幸になっていっただろう。
(この人の事を、もっとちゃんと見ていれば良かったのだわ)
そう思いながらセレスティナはゆっくりとお茶飲んでいるアルウィを見る。
彼は決してセレスティナに早く食べろとは言わないし、こうやってお茶を飲むお店も一緒に探してくれる。婚約者として当たり前の事である、自分の色の入ったものを贈る事だって当然のようにしてくれる。
ヒューゴの事を好きだった自分が間違っていたわけではない。ただセレスティナは幼く、夢や理想ばかり見ていた。卵から孵る前の雛のように、セレスティナはクロイツという守られた小さな世界で、外の世界を知ろうともせずにヒューゴの事を、夢を見るように想い続けていただけだった。




