36話 剣術大会
レーデン王立学院では年に一度、日ごろから剣術の研鑽に励む生徒を讃える事を目的として、秋の半ばから終わり頃に剣術大会が行われている。
この大会で上位入賞を果たす事で、王宮騎士への道が開かれる事もあり、貴族科からも大会へ参加する生徒がいるほどの、大きなイベントだった。
試合形式は勝ち抜き戦で、それぞれの学年で勝ち残り、優勝した生徒にはメダルが授与される。
昨年の剣術大会でのヒューゴは二回戦で敗退していた。負けた時に対戦した相手が昨年の優勝者で、この一年は彼に勝ちたい一心でヒューゴは毎日の鍛錬に励んできた。
セレスティナはそんなヒューゴを近くで見てきたから、彼がこの大会に対して並々ならぬ熱意を持って取り組んできた事を知っていた。
剣術大会の日は貴族科でも授業はなく、試合の参加者に兄弟や友人、婚約者がいる生徒はもちろん、そうでない生徒も剣術大会を観戦するので、学院中にいるほとんどの生徒が、鍛錬場に集まっていた。
鍛錬場は屋外なので広さもあり、それぞれの学年が一度に二つの試合が出来るように六つの試合場として仕切られており、それぞれの試合場を囲むように生徒たちが集まっていた。
セレスティナも二年生の試合場にいたが昨年とは違い、ヒューゴのいる騎士科の生徒たちが集まっている場へは行かず、貴族科の生徒に混じって試合を観戦していた。
アルウィンは朝のうちは教室で姿を見かけたのだが、「図書室にいる」とだけ言い残して試合場には来ていなかった。
ヒューゴは順調に一回戦、二回戦と勝ち進んでいた。三回戦からはニーナの応援する声が聞こえるようになり、試合前後の生徒がいる待機スペースのそばで彼女の姿を見かけるようになった。
四回戦目は準決勝で、対戦するのは昨年ヒューゴが二回戦で負けた相手だった。彼は昨年の大会で優勝をしている。ヒューゴはこの大会で彼に勝つ事を目標として稽古に励んだ結果、一年生の終わり頃からめきめきと強くなっていき、稽古では彼に勝てるようにもなっていた。
ヒューゴが昨年の雪辱を果たすのか、昨年に続いて相手がヒューゴを打ち負かすのか、騎士科の生徒たちの関心は、ヒューゴたちの試合場に集まっており、多くの生徒が試合場に集まっていた。
クラスは違っても放課後の鍛錬では何度もやり合ってきた相手なので、お互いの手の内は既に知っている。
セレスティナが鍛錬の見学をしていた夏期休暇前までは五分五分の勝敗で、交互に勝ったり負けたりしていた相手でもあった。
「それでは準決勝の試合を始める、両者前へ」
審判役の教師の声で、対戦する二人が試合場の中央へ進み出て、向かい合うと礼をする。
「試合、始めっ!」
教師の掛け声と共に、両者が激しい打ち合いを始める。それはどちらも負けを譲らないという強い意思を感じさせるほどの気迫で、セレスティナもつい拳を握り込んでしまうほどだった。
ヒューゴは二回戦で負けたあの日から、この大会で優勝をするために、ひたすら鍛錬に打ち込んできた。鍛錬をする時間が欲しいからという理由で、セレスティナとのお茶会を早めに切り上げる事が増えたのは、あの大会が終わってからだった。
もしこの大会で優勝が出来たら、きっとヒューゴの事だから、次は連覇を目指してまた一日中鍛錬を続けるのだろう。
セレスティナは、ヒューゴがどうしてここまで強くなりたいと思っているのか、理由を知らない。
ヒューゴは彼なりに、初恋の相手であったクロイツ家の令嬢に誇れる騎士になりたいという一心で頑張っていた。まさか、彼女の方から彼を求めて自分の隣まで来てくれていたなどとは想像もしていなかった。
もしもヒューゴがセレス・ミュラーと向き合い、自分の隣に彼女の場所を作っていたのなら、どこかで彼女が本当は誰なのかを気付けたのかもしれないし、交流が深まっていたら、セレスティナとの過去に繋がる事を、セレスがうっかり口を滑らせるような事があったのかもしれない。
しかし、そのような事は結局、起こらなかった。
セレスティナは一方的にヒューゴを思い続け、ヒューゴがセレスティナを見る事はなかったのだから。
(結局私よりも鍛錬の方が大切な人なのよね。……それにセレス・ミュラーとしては、あの人に大切にされた事は一度も無かったわ)
その時、試合場がドッと沸いた。ぼんやりしていたセレスティナが試合場を見たたら、ちょうどヒューゴが地面に左手を突いているところで、対戦相手がヒューゴに向けて鍛錬用の剣を振り下ろそうとしていた。
「あっ……」
すんでのところで、ヒューゴは自分の剣を使い相手の剣を受け止めると、転がるように素早く相手から距離を取って再び立ち上がった。
再び剣の打ち合いが始まったのだが、セレスティナはヒューゴが左腕を庇うように打ち合っている事に気が付いた。おそらく、先ほど地面に手を突いた時に左腕のどこかを痛めたのだろう。
試合時間も長くなり、どちらの息も上がっている。剣を握る力も限界に近付いていた。先に動いたのはヒューゴの方だった、相手に向かって踏み込むと、渾身の一撃を相手に放つ。相手も必死の形相でヒューゴの剣を受けるのだが、ヒューゴの力が強かったのか、相手は剣を地面に落としてしまった。
「そこまで! 勝者はヒューゴ・マドック!」
審判をしている教師の声により、ヒューゴの勝利が決まった。ヒューゴが空に向かってガッツポーズをし、見ていた生徒たちから歓声と拍手が上がる。セレスティナもヒューゴに拍手を送った。
あと一試合で終わる。優勝はヒューゴの目の前まできていた。
決勝戦は休憩を挟んで行われる。決勝戦の相手に決まった生徒にも実力はあったが、鍛練を見ていた限りはヒューゴの方が強い。
やっとヒューゴの夢が叶うのだと思いながら、待機スペースにいるヒューゴを見たら、彼は自分で左手首に、包帯のような布を巻き付けているところだった。
おそらく先ほどの試合で痛めた左手首にテーピングを施そうとしているようだが、細かい事が苦手な彼は、上手く出来ない様子だった。これまで彼のテーピングはセレスティナがしてきた。
会場内を見渡してニーナを探したら、彼女は他の女生徒との会話に夢中で、近い場所にいるのに、ヒューゴの様子には気付いていないようだった。しかし仮に気付いていたとしても、彼女がテーピングを手伝ってくれるかは分からなかったが。
もうすぐ決勝戦が始まる。ヒューゴが焦り出したのが遠くにいるセレスティナにも分かった。セレスティナは反射的に駆け出すと、生徒たちをかき分けるようにしてヒューゴの側へ向かった。
「私がしますから、貸して下さい」
「えっ、セレス……」
ヒューゴの前に立ったセレスティナは膝を折ってしゃがむと、ヒューゴが持っていた細長い布を奪い取るようにして手に取り、手際良くヒューゴの手首へ巻き直していく。そして仕上げとばかりに最後はキツめに縛った。
決勝戦の相手は既に試合場の真ん中に立っていて、ヒューゴを待っていた。
「頑張って下さい」
立ち上がったヒューゴにセレスティナは声を掛けた。
「ああ、ありがとう!」
そう言ってヒューゴはセレスティナに満面の笑顔を向けてから対戦相手の元へ向かった。
彼からあんな笑顔を向けられたのは初めてだった。
「これから決勝戦を行う、始めっ!」
お互いに礼をした後に、審判役の教師の声で決勝戦が始まった。
ヒューゴが手首を痛めた事を知っているので、長期戦に持ち込みたい相手は、ヒューゴの体力を削ぎ落としつつ、痛めた左手首にじわじわと響くように、しきりに軽い打ち合いを仕掛けて来る。ズルいやり方に見えなくもないが、勝敗は運も左右してくるので、仕方のない事だった。
テーピングは応急処置的なものだから、試合が長引くと緩みもするし、手首の痛みが試合の流れにも影響をしてくる。
ヒューゴは一度、強めに剣を押し返し、相手との距離を取る。たくさんの生徒たちが見守る中、ヒューゴは相手に隙が無いかを伺うように、じりじりと歩きながら相手との距離を一定に保つ。
ヒューゴの剣は守りよりも攻撃を得意とする剣だ。どこかでヒューゴから仕掛けるだろうと思いつつ見守っていると、ヒューゴは相手に向かって素早く踏み込んで距離を詰めた。相手の左脇を狙っての攻撃を放とうとする。
それを防ごうと相手が動いた瞬間、ヒューゴの動きが変わり、素早く相手の右脇に剣を当てたのだった。これが真剣だったら彼の腹はヒューゴによって切られていた。
自分の脇腹に剣を当てられた対戦相手の動きが止まる。
それはヒューゴの勝利を意味していた。
「そこまで! 優勝はヒューゴ・マドック!」
試合場が先ほどよりも大きくワァっと湧く。先ほどの試合で勝った時はガッツポーズを見せていたヒューゴだったが、今は勝利を噛みしめるように、俯いて剣を手にしたまま震えていた。
この一年、ずっと目標にしていた勝利をやっと手にしたヒューゴは、涙を流していた。
一年生の時から夏期休暇前まで、ずっと彼の事を応援していたセレスティナも、感極まって泣きそうになっていた。彼の側に行って彼の勝利を讃えたい、セレスティナの中にそんな気持ちが湧き上がってしまった。
選手の待機スペースで観戦していたセレスティナを遮るものはなかった。引き寄せられるように、セレスティナの足は無意識にヒューゴの元へ、一歩を踏み出していた。
涙に濡れた顔を上げたヒューゴも、セレスティナを見て何かを言おうとしているようで口が微かに動いていた。彼もセレスティナへ向かい、一歩ずつ近づいていこうとしていた。




